「なぁ、メイジ。お前のコスプレ衣装ってどこで手に入れてるんだ?」 夕食の皿洗いを二人でやりながら、俺は以前から気になっていたことを聞いてみた。 「コスプレ衣装……?」 茶碗を拭いていたメイジが手を止めて首をかしげる。 「ほら、前に着たセーラー服とかサンタの服とか」 「ああ、あれですか。…って、コスプレなんて私が楽しんでたみたいな言い方しないでください!」 そう言うとメイジは、あの格好は俺のためを思って仕方なくしたのだと真っ赤になって力説し始めた。 俺は「思いっきり楽しんでなかったか?」という言葉をなんとか飲み込んだ。 「わかったわかった。メイジの気持ちには感謝してるよ。で、どこで買ったんだ?」 と言っても俺はメイジに小遣い程度の金しかあげてないし、買ったとしたらメイジが最初から持って いた金ということになるのだが。 「ん……と、秘密です♪」 人差し指を唇にあてて悪戯っぽく答えるメイジ。 「む、隠し事は感心できんぞ。おとーさんに正直に話してごらん?」 「誰がおとーさんですか。人に言わない約束だから駄目なんですよ。以上、終了っ」 そう言ってメイジは食器を拭く作業に戻る。 ツンとすましたような横顔がこれ以上の追求を不可能にしていた。 「ふぅ……わかった。危ないことをしてるんじゃなければ何も言わない」 「はい。そういうことはないですから。ごめんなさい、としあき」 それでこの話は終わりになった。そして俺達はいつもの雰囲気に戻って皿洗いを続けるのだった。 翌日、俺はバイトを休んだ。メイジを尾行するためにだ。 いや、だって気になるじゃん!子供っぽくない部分の多い娘だけどやっぱり子供なんだからさぁ。 べべ別に俺が知りたいとかじゃなくて保護者としてですね……って誰に言い訳してんだ。 「まぁそういうわけで電柱の陰から覗いてるわけだが……」 思考を落ち着かせようとわざと誰に言うでもなく口を開く。 こんな状況、警察にでも見つかったら一発でアウトだ。平常心を心がけなければ。 ん?公園か。そういえばメイジが同年代の子供と遊んでるところは見たことなかったな。 メイジは公園で駆け回って何かの遊びをしている子供達に近付いていく。どうやら顔見知りのようだ。 「みんな元気してましたかー?」 よく通る元気な声でメイジが公園中の子供に声をかけた。 なんか声のかけ方が教育番組の歌のお姉さんみたいだな。 「あっ、メイジさんだ。チーッス!」 『チーッス!』 !? なにやら体育会系な挨拶が次々と子供達の口から飛び出していた。 メイジと同じぐらいの年の男の子から低学年の女の子まで全員が笑顔で「チーッス」と挨拶していた。 メイジ、お前外で一体何をやってるんだ……。 「うん、よろしい。何か変わったことはありましたか?」 『ありませーん』 今度は子供達全員がハモって答えた。恐ろしく統率が取れてるな。学校行事だってこうはいかねー。 「そうですか。それじゃあ今日は何をしましょうか」 メイジがそう言って微笑んだのを合図にしたかのように、子供達が思い思いの遊びを提案し始める。 そんな感じでメイジは終始子供達に囲まれながら楽しそうにしていた。 「なんだ、結構慕われてるんだな。アイツも」 俺はなんだか自分が誉められたような気分で無邪気にはしゃぐメイジと子供達を眺めていた。 子供達と別れたメイジが次に向かったのは近所のじいさんの家だった。確か将棋で知り合ったとか。 じいさんの家は絵に描いたような庭付きの木造平屋だ。よく手入れをされた植え込みが庭を囲んでいる。 縁側で将棋でも打ってくれれば俺も観察が楽なのだが。まぁ冬だしそれはないだろう。 俺は少しでもメイジの様子がわかればと、意を決して植え込みから家の中を覗き込んだ。 庭の向こうにあるガラス戸の奥では―― 「えいっ、てぇいっ、えやぁっ!」 「ほい、ほいほい、ほいっ」 メイジとじいさんが将棋ではなく何故かwiiで対戦していた。 小さな身体を思いきり動かしてコントローラーを振り回すメイジとは対照的に、じいさんは手首の スナップをきかせた振りだけで対応している。 二人の表情から察するに、メイジは苦戦中のようだ。髪が乱れるのもお構いなしに振り回している。 あのじいさん、かなりやり込んでるな。センサーがどう振ればどう反応するのかを完全に把握してやがる。 「将棋で勝てなくても、こっちではまだまだ勝てるようだねぇ」 「ぜはー、ぜはー……次こそは絶対に勝ってみせますっ!」 やはりやり込んでいる分、じいさんが圧倒的に有利か。頑張れメイジ!俺はここで応援して………あ。 「……………(不審の目)」 気が付けば通りすがりの主婦の視線が俺の背中に突き刺さりまくっていた。 「……………こんちわ」 もちろん俺は逃げましたよ? 尾行でならした俺様としあきは 主婦に発見され通報の危機にさらされたが その場から逃走し地下に潜った。 しかし地下でくすぶっているような俺様じゃあない。 筋さえ通れば金次第でなんでもやってのける命知らず。 不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する 俺様特攻野郎――じゃねぇ! 通報&逮捕の恐怖に思わず妄想の世界に逃避してしまった。 とりあえず警察は大丈夫だと思うが……これ以上の尾行は無理か。 衣装を調達してる店に今日行くとも限らないし、メイジの外での日常がわかったからよしとしますか。 「さて、バイトが終わる予定の時間までどこで暇を潰すかなー」 そんなことを呟きながら思案を始めた途端、視界の端に見慣れた長い金髪が映った。メイジだ。 日が傾き始めた街をメイジは軽快に横切っていく。 俺はとっさに停まっていた車の陰に身を隠した。しゃがみ込んでメイジが通り過ぎるのをじっと待つ。 10秒、20秒、30秒……こんなものだろう。俺は安全だろうと判断して立ち上がる。 前に見える通りにはメイジの姿はなかった。 「………よし」 「何が『よし』なんですか、としあき?」 「うおわわわわわわっ!!」 はい、あっさり背後を取られてました。 「や、やは、メイジ。こっこっこんなとこでどう……」 「一日私を尾けた感想はどうでしたか?」 俺の混乱した誤魔化しは核心を突く言葉にあっさり打ち消されてしまった。 メイジさん顔は笑ってるのに目が笑ってないよ……。 (((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル 「いやっ、あのっ、これはだな!いわゆる親心とゆー……」 「バイトをサボって私を尾行するような人にはお仕置きが必要ですね?」 もう話題が移ってるぅ!俺の話を聞いてー! (((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル 「ごめんなさ」 「必要ですよね?」 (((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル 「ね?」 「………はい」 俺にはもう首を縦に振る以外の行為は許されていなかった。メイジさんマジ怖ぇー。 その後、自宅での一方的な裁判により、2週間の間全ての家事当番とメイジのパシリ& 命令絶対服従が決定された。 「とゆーわけで、2度と乙女の秘密を調べようとしないように」 「へい……」 ちなみに家に帰ってから肉体的にも過酷なお仕置きが待ってました。詳しくは聞かないでくれ……。 今は俺が入れさせられたお茶を飲んで休憩中だ。 「そういえばさ、いつ俺が尾行してるって気付いたんだ?」 落ち着いたところでさっきから気になっていたことを聞いてみた。 「公園にいた時ですよ。曲がり角の陰にいる人影が見えましたから」 「人影?俺の顔が見えたわけじゃないのか」 「ええ。例え隠れていても私にはとしあきだってわかりますよ?だって、としあきなんですから」 そう言ってメイジはクスクスと笑った。本当に楽しそうに笑っていた。 ぐっ、あんなこっ恥ずかしいこと言われたら照れるじゃねーか……。 「あれ?なんで赤くなってるんですか?」 「んなわけねーって。気のせいだ気のせい!」 俺は慌てて後ろを向いて否定した。不自然に頬が熱い。 そんな俺を見て悪戯心を刺激されたのか、メイジは回り込んで俺の顔を是が非でも見ようとしてくる。 「ふ~ん、本当に気のせいなら後ろを向かなくてもいいんじゃないのかな?」 「なんでもいいだろ。俺は向きたい気分なの」 メイジが回り込んできたので俺はまた180度反転してメイジに顔を見られないようにする。 「こらっ、ご主人様から逃げるな~!」 メイジが後ろから抱きついて俺の動きを封じようとしている。 シャンプーの香りがふわりと俺を包みこんで、更に俺の顔の熱が上昇した。 「どうですか、としあき?私の感触は」 そしていつも俺をからかう時の声が耳元で聞こえてくる。きっとメイジは妖しく笑っているに違いない。 「メイジッ、やっぱり俺をからかってやがったな!」 「むむ、勝手に照れたくせに。その口のききかたはなんですか~」 「いでででで!耳がっ、耳が~っ!」 そんな感じでじゃれあいながら二人の一日は平和に過ぎていった。 結局メイジの謎はなーんも解決してないけどな。 まぁ、いいか。俺達の時間はまだまだあるんだしな。