現地時間0150、目的地に到着。真夜中の雑木林だ。誰にも姿は見られていないはず。 大きく息を吸い込んで、吐く。土と緑の匂いが僕の心を少し落ち着かせてくれた。 名も知らない虫達の鳴き声も意外に耳に心地よく聞こえる。 姉さんがこの地域にいるのは既に事前調査で判明している。後は発見して連れ帰るだけだ。 個人的には気に食わないけど、父さんのお願いなら聞かないわけにはいかない。 「早めに見つけられればいいけど……。大人しく従ってもらうよ、メイジ姉さん」 そう呟いて僕は行動を開始した。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ま、眩しい……。太陽の日射しが俺のまぶたを容赦なく焼いているのを感じる。 寝返りをうって目覚まし時計を手に取ると、既に12時近くになっていた。いくら日曜でも寝過ぎか……。 メイジも隣の布団で小さな寝息を立てていた。メイジが日曜朝の特撮&アニメタイムを見逃すとは珍しい。 そういえば昨日の夜は遅くまで仮性人が昔のアメリカで大暴れするゲームをやってたもんなぁ。 「んん、ふぅ……誰が仮性人ですかぁ~……」 その時、メイジがタイムリーな寝言を吐いて掛け布団を押しのけた。 寝乱れたパジャマ姿の金髪美少女。うーん、言葉にしてみるとやたらとエロく感じるんだが。 あどけない寝顔に透き通るような白い肌、ここまではいい。 だがしかし、その股間にはビンビンに朝勃ちしているモノが張ったテントがあるわけで……。 これが我が家の『寝乱れたパジャマ姿の美少女』の現実なのだった。 世の中エロゲーみたいにはいかないな。そんなことを考えながら俺は洗面所へ向かった。 「それじゃあ、いってきますね」 「おう、車とロリコンに気を付けろよー」 外出時恒例のやりとりでメイジを見送り、俺は玄関を閉めた。 時刻は午後の4時過ぎ。日曜で最も暇な時間帯だ。 メイジはスーパーに買い物に出てもらった。ここ最近はメイジが買い物に行き、俺が夕飯を作り、 二人で後片付けというのがお決まりの流れになっている。 将来的には料理も教えたいが、その前に俺ももっと精進しないとなぁ。 ちなみに今日の献立は特売の鶏肉と里芋で煮物の予定だ。当然味噌汁とサラダも作るぞ。 メイジと暮らすようになって献立のバランスを考えるようになったのは自分でも良い傾向だと思う。 ピンポーン 来客を告げるベルにぼーっとしていた意識が引き戻された。 「はいはい、今出ますよ…っと」 玄関を開けるとそこは赤かった。アカじゃなくて赤かった。 全身を覆う赤いポンチョのようなものを着た少年が二度目のベルを押そうとしている。 「……スペイン宗教裁判?」 「っと、すいません。双葉敏明さんのお宅ですよね?」 俺に気付いた少年がベルから手を引っ込めて丁寧におじぎをした。 短く切り揃えた金髪がサラサラと流れて戻った。 年の頃はメイジと同年代だろうか?整った顔立ちにどこか知性を感じさせる目をしている。 「ああ、俺がとしあきだけど。メイジの故郷の知り合いかな?」 「あっ、はい。彼女がここにいると聞いて会いに来たのですが……」 髪の色と年頃で察しはついたが、当たりのようだ。 「あー、メイジはちょっと出かけててね。すぐ帰ってくると思うから中で待ってる?」 俺の誘いに少年はまた丁寧なおじぎで承諾してくれた。 それにしてもメイジといい、この少年といい、流暢な日本語だな。まだ子供だってのに。 「んじゃ、汚いところだけどどーぞ。えーっと……」 「僕のことはノブと呼んでください。双葉さん」 「ん、俺のこともとしあきでいいから。メイジもそう呼んでるし」 退屈な時間になんとも興味の尽きない客が来た。 メイジは自分のことをほとんど話さないし、ノブから色々と聞けるかもしれない。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 現地時間1631、姉さんが住んでいると思われる住居に到着。 同居人と思われる人物と接触し、住居内で姉さんの帰宅を待つことにする。 「ジュースぐらいしかないけど……」 そう言って差し出されたジュースを礼を言って一口飲む。 美味しいな……。姉さんの好きそうな味だ。 「それでさ、メイジはそっちじゃどんな子だったん?こっちじゃあ……」 よくしゃべる人だ。この様子じゃ精神操作の類はされてないみたいだな。 彼、としあきが話す姉さんの様子は、僕の知っている姉さんとほとんど変わりがなかった。 いつの間にか自分のペースに人を巻き込んで、それでいて誰からも愛される。 僕の知っている大好きで、大嫌いな姉さんそのままだった。ここでも…姉さんは……。 「……とまぁ、こんな感じなんだけど。ん?どうかしたか?」 「いえ、なんでも。こちらでも元気に暮らしてるようで安心しました」 嘘だ。安心なんかしてない。 この人が嬉しそうに姉さんのことを話す度に、この人も姉さんのことが好きで、 僕の知らない姉さんを知っているということに何故だか嫌な気分になる。 「僕の知ってる彼女も同じような感じですよ。勝手なところもありますけど、人気者でした」 「そっか。やっぱりなぁ。……ところでノブはどこから来たんだ?メイジは話してくれなくてさ」 来た。答えたところで彼には理解できないであろう質問。適当に誤魔化してもいいけど……。 一瞬思案したその時、僕の耳にドアの開く音と懐かしい声が同時に飛び込んできた。 さて、遊びはここまで。姉さんは僕の顔を見てどんな顔をするのかな……。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「ただいま~っ」 メイジめ、本題に入ったところで帰ってくるとは。 俺はドラマのクライマックス直前にCMが入った時のような気分で玄関へ。 そこでメイジからスーパーの袋とお釣りを受け取りながら来客があることを告げる。 「おかえり、メイジ。お前にお客さんだぞ」 「私に?家に来るような友達は一人も……」 刹那、奥の居間に視線を巡らせたメイジが凍り付いた。 「僕だよ、姉さん」 「どうして……あなたがここにいるんですか……」 メイジが今まで見たこともない険しい顔をしていた。 ずっと無視していた現実を目の前に突き付けられたかのような苦い表情。 つーか姉さんって言ったのかノブは?知り合いじゃなくて、姉弟? 「メイジ姉さんを迎えに来たんだ。父さんの命でね」 「自分で捨てておいて必要になったから連れ戻そう、ですか?随分と虫のいい話ですね」 メイジが怒りを込めた視線でノブを射抜く。ノブの方は涼しい顔で立ち上がって視線を受け止めていた。 気付けばノブの雰囲気も変わっている。さっきまでは猫を被っていたということなのだろうか。 「それに私が喜んで戻るとでも思ってるんですか?」 「もちろん思ってなんかいないよ。こんな辺境の惑星まで来るぐらいだからね。できるだけ遠くに離れ  たかったんだよね、姉さん?」 「そこまでわかっているのなら今すぐ帰って父様に伝えてください。メイジは地球人になりました、と」 な、なにやら話の内容が俺の理解力を超越してるのだが。 惑星?地球人?僕等は宇宙船地球号の乗組員ってことデスカ? だが俺の混乱とは関係なく雰囲気は悪化の一途だ。二人の間に『ゴゴゴゴゴ』って字が浮かびそうだし。 話の流れは読めないが、ここは年長者として仲裁に入るのがベストと見た。 ぶっちゃけるとこの空気と緊張感に俺が耐えられねぇ。 「とりあえず落ち着け二人とも。座ってジュースでも飲みながら話してもいいだろ?」 意を決して俺は二人の間に半ば無理矢理割って入った。空気が読めてないのは承知の上だ。 するとノブが俺の鳩尾のあたりに無言で手をかざして…… 「……邪魔なんだけど」 ダァンッ! 「としあきっ!」 なんだ!?一体何……? 身体が痛ぇ!息もできねぇ! 「ぐっ、はっ……ぁ……っ」 必死に呼吸を整えようとするが、声にならない呼気だけが口から漏れる。 後頭部の鈍い痛みと、全てが幕の向こう側で起こっているかのような感覚。 何故だかわからないが壁に背中から叩きつけられたようだ。 メイジが叫んで駆け寄ってくるのも遠くの出来事ように感じてしまう。 「としあき!大丈夫ですか?どこか痛いところとか……」 慌てて俺を助け起こそうとするが、俺の身体が重いのかうまくいかないようだ。 そんな泣きそうな顔しなくても俺は大丈夫だって……。 「そんな現地人はほっといて素直に帰ってきてよ。父さんが待ってるんだから」 ノブが少しイラついたかのような声で言う。姉ちゃん取られて嫉妬してんのかな……。 その言葉に反応したのか、メイジの顔に悲しみとも怒りともとれない表情が浮かんだ。 「ノブ……としあき…ね……私の…ですよ………」 側にいるはずなのにメイジの声がよく聞き取れない。そろそろ意識が限界らしい。 何故だろうか、空気が異質なものに変わっていくような感じがした。 メイジが顔を上げてノブを睨んで……長い金髪が風もなしに舞い上がって、俺の頬をくすぐって…… 綺麗な青い瞳が赤く変わり始めて…… 何か良くないことが起こりそうな予感だけを残して、俺の意識はそこで途切れた。