「ねぇ、としあき。……としあき?」 誰かに呼ばれてる気がする……。しかし俺は眼前の敵を打倒することに全力を注いでるのだ。空気読めどっかの誰か。 「とーしーあーきー!としあきってば~!」 いい加減諦めろ。ここで集中が切れたら俺の単位が…単位が……! あ、でもよく考えたら俺の部屋で俺を呼ぶ奴なんてのは…… 「呼んだら返事しなさいってお母さんに習わなかったんですか、このロリコンどもめ!」 ゴスッ!! 「がふっ!おまっ、メイジ……何を投げ……くおぉ~……っ!」 悶絶する俺の側には何故か家宝の『空飛ぶモ○ティ・パイソ○(全7巻)』が散らばっている。 これか、このDVDBOXを投げたのか……。 「私を無視するから悪いんです。……で、さっきから机に向かって何をやってるんですか?」 「あ~いてぇ。これはだな、レポートと呼ばれる大学生を苦しめるために存在する物だ。まーメイジにわかりやすく言うと宿題」 俺がまだ痛む後頭部をさすりつつ答えると、メイジの表情が露骨にばつが悪そうになる。ようやく己の罪を理解したか。 「あぁ~、邪魔しちゃいましたか……。としあきが勉強しているなんてまったく想像の外でしたので……」 相変わらず微妙に口が悪いなコイツは。そんなことを思いながらも手はメイジの頭を撫で、口から出るのはフォローの言葉。 やっぱ甘いよなぁ。 「いいさ、ちょうど行き詰まってたところだったしな。気分転換に散歩でも行くか?」 「ホントに!?流石はとしあきです!実は買いたい物もちょっとあったりしたんですよ」 メイジの表情が途端に明るくなる。やっぱり退屈してたんだな。最近大学関係で忙しくてあんまり相手してやれなかったし。 「ああ。だからとっとと準備してこい。10分以上は待たんぞー」 その言葉を聞いてメイジが慌てて身支度を始める。おーおー、こりゃ早いわ。 俺も手早く財布と携帯をポケットに突っ込んで玄関の外で待つ。デートの待ち合わせってのはこんな感覚なのかね……。 やがて支度を終えたメイジが元気よく玄関から飛び出してきた。 「おまたせしましたーっ」 「うし、んじゃ行くか」 久しぶりの散歩か。散歩が楽しくなったのもメイジと暮らすようになってからだよな……。 そんなとりとめのない事を考えながら俺はメイジと穏やかな日射しの中を歩き出していった。 「よしよし、ここですよここ。ここにこそ私が求めてやまない物があるんですよ!」 やけに意気込むメイジと俺の前には近所のごく普通のスーパー。晩飯で食いたい物でもあるのだろうか。それとも菓子か? そのことを口にすると、わかってないなぁとでも言いたげな口ぶりで説明を始めるメイジ。 「そんな些末な物ではありません。例えるなら日々の生活を鮮やかに彩る華にして人生の潤滑油。その名はヨーグルト~♪」 こんなノリのメイジは初めてだな。そんなに好きということなのだろうか。 「本場のブルガリアで食べて以来大好物なんですよ。さぁさぁ早く行きましょうよぅ」 ぐいぐいと俺の手を引くメイジに引きずられながら俺は奇妙に感じていた。 あの言い方からするとメイジはブルガリア出身じゃないってことなのか?じゃあメイジは一体どこの娘なんだろ……。 「としあき?どうかしたんですか?」 俺が考え込んでいるうちに目的地に着いたらしい。メイジは既にヨーグルトを5パックも両手に抱えて重そうに揺れている。 「なんでもねーよ。それより、それ全部一人で食う気か?」 「勿論です。あ、でも私と一緒に食べたいというなら特別に分けてあげてもいいですよ?」 透き通るような青い瞳。微笑みに緩む頬。身体の動きに合わせて揺れる長い金髪。 この素性の知れない少女はその小さな身体の全てを使って喜びを表現しているんだろう。 「いらね。俺は3時のおやつはヨーグルトよりもプリン派なんだ」 「ふっ、プリンとはとしあきも子供ですね。健康面に優れるヨーグルトを選ぶのが通というものです」 ……やめた。ヨーグルトを抱えながらはしゃぐメイジの姿を見てると考えるのが馬鹿らしくなる。やっぱりコイツは子供だ。 どこから来ようが子供は子供じゃねーか。それなら『大人として』出来るだけのことはしてやらなきゃ、な。 帰り道。二人で並んで歩く。今ではメイジの小さな歩幅に合わせるのも慣れたものだ。 「う~ん、幸せいっぱいです。この補給で後10年は戦えますよ~」 スーパーで会計を済ませてからメイジはずっとこの調子で御満悦だ。ヨーグルトを入れた袋も自分が持つと言って聞かなかった。 ふと見るとメイジが何か言いたげに視線を彷徨わせている。俺はメイジが切り出すのを気付かないふりをして待つ。やがて…… 「ねぇ……としあき」 「んー?」 「帰ったらとしあきのレポート手伝います。お礼と、お詫びに……」 思わず吹き出しそうになるのを抑えてメイジを見る。上目遣いで俺をじっと見つめている。彼女なりに真剣だとわかる目だ。 その眼差しに俺は少し照れ臭くなって、空を見上げながら答えた。 「ああ、しっかりやってもらうさ。とりあえず帰ったら美味い茶をいれてくれ」 「任せてください!他にもどんどん頼っていいですからね」 嬉しそうで、自信に満ちたメイジの声。 これから始まるであろうレポート地獄のことを考えるとまだ頭が痛いが、きっとなんとかなるだろうと思う。 俺にはとびきり優秀な助手がついているのだから。 「さ、急いで家に帰ろ、としあき」 俺はそう言って差し出されたメイジの手を優しく握り、家への道を足早に歩き始めた。