「パパー!」 二階から大きな足音を立ててメイジが駆け下りてきた。 足音の大きさから察するに、先ほどの数学の問題が解けたのだろう。 問題が解けず、解き方を聞きに来る時は決まって小さい足音なので、 足音だけで大体状況が把握ができるのだ。 「メイジ、お家が壊れちゃうから静かに降りなさい」 「はーい」 最後の3段だけそろりと下りて、玄関横で絵を描いている私の元までメイジは駆けて来た。 「お父さん、できたよ。もう遊んでもいい?」 「ちょっと待ちなさい。全部合っていたら遊んでいいから」 「はーい」 返事とは裏腹に、既に心は庭へ向いているようだ。 「よし、いいだろう。よくできたね、メイジ」 「う~ん」 既に遊び始めていたメイジは、間延びした、気の入らない返事をした。 正に心ここに在らずと言った感じだ。 朝9時から11時半までは勉強の時間なのだが、 早く終わった時はその分長く自由時間が取れることになっている。 今日はメイジの得意な数学だったので、時計の針はまだ10時半を回ったばかりだった。 はしゃぐのも無理は無いだろう。 「お父さん、ほら!」 メイジの差し出した両手のひらからバッタが飛び出した。 「わっ」 さほど驚いた訳では無かったが(悪戯はいつもの事なので)ちょっと大げさに驚いてみせる。 「あはは!お父さんバッタきらい?」 してやったり、と満足げな笑みを浮かべながらメイジは聞く。 私は、少し返事を考えてから 「小さいのは可愛いけど、大きいバッタはちょっと苦手かな」 と、答えた。 「そっか~。大きいのも小さいのも全部可愛いのになー」 バッタを拾い上げながら少し残念そうにそう呟くと ねーっ とバッタに小首をかしげ 「ナンシーにも見せてくるね」 と言って再び駆けて行ってしまった。 ここへ住み始めて、まだそれほど間もない頃 先程と同じように、メイジがバッタを捕まえてきた事があった。 しかしメイジは、手の中で暴れるバッタが途中で怖くなってしまったらしく 泣きながら私の元へ駆けてきたのだった。 その辺に捨ててしまえばいい。私はそう言ったのだが 「手を開くのは怖い。けれど、投げ捨ててしまうのはかわいそう」 と訴えて止まず、結局私が手を貸して一緒に庭へ帰したのだ。 あれからもうすぐ7年。メイジも、もう直ぐ9歳か。 逞しくなったな…。 裏庭へ消えたメイジの背中を見つめながらメイジの父は改めてそう思った。 そう、メイジとここに住み始めてから7年。「彼女」がこの世から居なくなり、もう7年も経とうとしていた。