「そうだな、腹減ったな」 返しながら、冷蔵庫の中身を思い出す。いかん、何も入ってないんじゃないか? 彼女の両脇に手を差し入れて膝からよいしょと退かす。 俺は、立ち上がって電気をつけるのも面倒で、よつんばいのまま台所に向かう。ぽてんと毛布の上に座り込んでいた彼女も、 俺のマネをしてハイハイで追ってくる。 台所のひんやりとした床にべったり尻餅を付いて、冷蔵庫を開ける。 冷気が頬を滑り落ち、庫内の明りが狭い部屋を照らす。 発泡酒が2本、飲みかけのウーロン茶のペットボトル、期限切れてそうな6Pチーズ、分離したマヨネーズ…。 思わずがっくりと肩を落とした。 何このラインナップ、まともに食えるものが無い。 「トシアキ、…私、お腹すいた」 後ろにぴったりとくっついていた彼女が再び言う。 心なしか、打解けた声音に聞こえた。 「しゃーねぇ、深夜の散歩としゃれ込むか」 ------------------------------------------------------------------------------ ズボンを履いて、財布を探す。 俺はちょっと歩いたところにあるコンビニまで、何か食うものを買いに行くことにした。 少女を置いて行くかどうか悩んだが、鼻歌らしきものを歌いながらトランクにウサギをつめている。 本人超行くつもりだ。 「おーい、トランクは置いてくぞ」苦笑交じりに声をかけると、すごい驚いた顔をして振向いた。 「ダメ、私コレもってく。もって行かないといけない」 その様子が必死だったものだから、俺は苦笑したまましょうがないなと呟いた。 よく考えれば、拳銃&麻薬入りのトランクを誰もいない部屋に置きっぱなしもなんか嫌だ。 彼女の服はどうしようかと悩んだが、そのままでも良いか。ちょっと奇抜なワンピース位の感覚で。 「あ、パンツは!?」思わず呟くと、彼女はTシャツの裾をぺろりと捲って真っ白いお腹を出した。 トランクの中、パンツの替え入ってなかったような…。 仕方が無く、トランクスを履かせてゴムをきゅっと縛ってみた。 「これで良し。ついでにコインランドリー行くか」 ホントにいいのかどうかは再考しないことにして、俺は洗濯物を入れるカバンを引っ張り出した。 -------------------------------------------------------------------------------- 雨上がりの薄っすら雲のかかった夜空。明るく輝く月。空気は涼しく、しっとりと肌に柔らかい。 「月がまんまるだなぁ」車が来ないのを良い事に、大通りのど真ん中を堂々と。 煌々と輝くコンビニの明りを目印に、俺はスタスタと進む。 少女は後ろからトランクを引っ張ってついてくる。 コンビニに入ると、目を瞑りたくなるほどの眩しさと、明るいいらっしゃいませの声がして、俺はホッと一息ついた。 少女は入り口で少し立ち止まった後、なぜかしゃがみ込んでブーツを脱ぎ始めた。 「え、なに脱いでるんだ!?」すると彼女は顔を上げて、不思議そうに俺を見た。 「だって、日本では家に入るとき靴を脱ぐのでしょ?」 「いや、違う!いや違わないけど違う!コンビニは家じゃねぇ!」 俺が、そう言うと彼女は眉を寄せる。 「…トシアキがそう言ったのに…」 ウウ…コンビニの店員がくすくす笑っているのが背中で感じられて、俺は恥かしくって真っ赤になった。 ------------------------------------------------------------------------------- コンビニ特有の小さな買い物篭を手にとり、俺は先に衣料品の置かれている一角に向かった。 彼女の下着を何か用意しなければと思ったのだ。 当の本人はしばらく、ぴったりというくらい後ろにくっついて来ていたのだが、色々と気になるのだろうか。周りをきょろきょろと見回している。 俺は、雑貨や文具と一緒に衣類が置かれるコーナーで唸りながらも、彼女に言った。 「君、先に食べる物見てきなよ、お弁当もあるよ」 しかし彼女はトランクの取っ手を持ったまま、うろうろきょろきょろとしている。 「貸して」 俺がトランクの取っ手をひょいと掴むと、安心したように奥の方に走って行った。 …グンゼの子供パンツで良いんだろうか…。 パンツのパッケージをもって悩んでいると、彼女が何かを掴んでもどって着た。 「トシアキ、これ、何?」 彼女が手に持っていたのは、子供菓子の一種だった。いわゆる食玩だ。 ちょっと大き目の箱にはくまの絵が描いてある。 「食玩…お菓子と一緒におもちゃが入っているんだ」 「おもちゃとおかし…すごい…」 目をキラキラさせて彼女は箱を眺めている。 ---------------------------------------------------------------------------------- 俺は手に持っていたパンツをかごに突っ込みながら、彼女に言った。 「でも、そう言うのはあんまり量が入ってないから、飯にはならないよ」 「…あ!…そう、ですか…」 その様子が至極残念そうだったので、しょんぼりした彼女からその箱を受け取って俺はしみじみ眺めて見た。 「これはオヤツな」 そう言ってその箱もカゴに突っ込む。 「今度はちゃんと食うもの選びな」 「あ、アリガト、トシアキ」 俺は手を伸ばして、お礼を言う彼女の金髪をぐしゃぐしゃと撫でてやった。 「私、ご飯、選んでくる」 そう言うと、彼女はまた勢いよく奥に走っていった。 「走っちゃ駄目だぞー」 後姿にそう言いながら、ふと俺と彼女は他人からどんな風に映っているんだろう、と少し不安になった。 もう2年くらいこのコンビニを利用していて、その間ずーっと夜間にいるあの女子店員とか。 どう考えても親子には見えない…と思いたいなぁ。 ---------------------------------------------------------------------------- そう言えば、あの店員が笑ってるのってさっきのくすくす笑いが初めてだな。 ちょっと得した気分だ、恥かしかったけど。 雑誌コーナーのラックから、バイク情報誌を1冊適当に取ってから、俺は惣菜や弁当のコーナーに向った。 さすがにこの時間だと、弁当も殆ど無い。 パンかおにぎりか…顎に手を当てて悩んでいると、彼女がまた駆けて来る。 「トシアキ!ヨーグルトが無い」 「は?」 「ご飯のヨーグルトが無い、日本人は何を食べてるの?」 「いや、何って…。とりあえず、ヨーグルトは…」 ちょうど、店員さんがケースをもってきて在庫を追加し始めた。 「あのお姉さんに聞いてみな」 俺が、そう言うとチョット不安そうに顔を曇らせた。 あ、人見知り…かな?でも俺んところに来るまでだって、色んな人にあっただろうしな。 まさかパパ達が仲良く家まで運んできてくれた訳ではあるまいし。 しばらく悩んだ後ふわっと金髪をなびかせて、彼女は店員に走りよった。 「日本人って何食べてるんですか?」 そっちを聞くのかよ!! -------------------------------------------------------------------------------- 俺は駆けよって、彼女のかわりに謝る。 「すみません、変な事言って」 「いえ。かわいいですね、妹さん…て感じじゃなさそうですけど」 と店員さんは苦笑交じりに言う。 「姪、です」 「そうですよねー」 「ですよー」 「ヨーグルトはどれですか?」 あ、俺今良い感じに会話してる…!?と思ったとたんに、少女が口を挟んだ。 「はい。こちらになります」 店員さんは棚の中間を指して、ここからここまでーと、彼女に教えている。 俺は照れくさくなって、その場を離れてレジ横のメニューに向った。店内で温めてと言うか調理を完了させて出してくれる、 そのメニューがずらっと並んでいる。 弁当以外はカレーばっかり食ってしまうんだけど、彼女はパスタとかの方が良いのかな。 米って食えるのか、米。謎だブルガリア人!! ----------------------------------------------------------------------------------