何でこんな事になったんだ…。 小さい手を握りながら俺は雑踏を必死になって駆ける。 路地の隅に置かれた自販機に片手をついて息を整える。 二次裏に冗談めかして書き込みをした昨日が懐かしすぎる。 たったの1日しか経っていないのに、今やそこらのネタより荒唐無稽な物語の主人公だ。 朝っぱらからアパートを襲撃した奴らは、ようやく撒けたのか、今は見えない。よかった。 「…トシアキ?」 小さい手の持ち主、絵に描いたような金髪碧眼の美少女が、心細げに俺を見上げてくる。 俺はトランクを足で抑えながらポケットを探る。 こんな事ならもっとちゃんと金貯めて、くそ、せめてバイクを持ってこれたら…。 小銭を自販機に入れて、コーヒーにしようかと思ったが、もう一度彼女に呼ばれた俺は、リンゴジュースを買う。 「ほら、こぼさないよう飲めよ」 プルトップを上げて渡すと、彼女は嬉しそうに微笑んで口をつけた。 くしゃくしゃになったタバコとライター、携帯灰皿を出して一服…しようとして止めた。子供がいるのにタバコは無いよな。 ふぅ、とため息をつくと、彼女が小さく「イイヨ」と言った。 「私、タバコ平気。慣れてる。ミンナいつもお構いなし、吸ってた、ダカラ」 俺は、彼女の頭を撫ぜた。 名前を呼びかけようとして、今朝のやり取りを思い出す。パスポートの名前を呼んだら、それは私の名前じゃないと、頑として答えなかったのだ。 「なぁ、そろそろ本当の名前、教えてくれないか?」 俺はしゃがんで、彼女に視線を合わせながら聞いた。 「………」 彼女は沈黙。面持は沈痛。 そんなに話したくないのだろうか…。 「ナイ…」 「あ?ナイちゃん?」 「チガウヨ。名前、ない。誰も私を呼ばない」 今度は俺の表情が沈痛になる番だった。 「誰も、呼ばない。私は道具だから…ソレとかアレとかミンナ呼ぶ」 頭を垂れる。金色の髪が、街頭の光で綺麗な天使の輪を作る。 ほつれた髪をすきながら、俺は考える。 …けど俺ってそもそもネーミングセンス皆無だし。犬はポチで猫はタマだ。となると女の子は花子か…? やばい、全く浮かばない。悩みながら、俺は携帯電話をいじった。昨日書き捨てたスレが急に気になってふたばに繋ぐ。 スレは残っていないだろうけど、何か女の子らしくってかわいい名前のヒントがあるかも…。 「…メイジ」 俺は、二次裏を見て驚いた。 「メイジって言うのはどうだ?」 「トシアキ、考えてくれた?」 驚いて顔を上げる、少女。 苦笑しながら答える。 「あー、うん、っていうか、俺じゃないんだけど、でもとしあきが考えたんだよ」 そう言うと、俺は携帯の液晶を彼女に見せた。 「ニホンゴむずかしい、私読めない」 「昨日、ココに君の事を書いた」 彼女は、眉根を寄せて不満の意を示した。 「ウソ、トシアキ、誰にも言わないっていった」 「あ、うん、ウンそうだったんだけど、余りにも驚いて…冗談めかしてでも良いから誰かに聞いてもらいたくって…」 俺、しどろもどろ。 「私、冗談ジャナイ、ヨ」 声が批難している、俺は頭を下げながら言った。 「ごめん。ホントに、ごめん。でも特定できるようなものは、何もないから」 「…なんで、メイジ?」 しばらく沈黙した後、穏やかになった声が聞いた。名前の方が気になったのだろうか。 「昨日のスレ…君に付いて書いた文を読んだとしあき達が、色々考えてくれたんだ」 もちろん、ネタだと思ってると言う事は言わない、それでも彼女の為にあいつらが考えてくれたのは、確かなはずだから。 「トシアキじゃないとしあき?」 「そ、ココにいるやつらは皆、としあきって言うのさ、メイジ」 「メイジ…それ女の子の名前?」 「気にいらない?女の子でも男の子でも有りだと思うけど…も、もしダメなら他に考えるって言ってもイイモノは浮かばないけど…」 「…女の子デモ男の子デモ…?」 「君が、もっといい名前があるならそっちでも良いし!とにかく、君とかちょっととか、ずっとそう言うのは駄目だと思う…」 「アリガト、どっちでもイイ名前、私にぴったり」 「あ…」 「アリガト、トシアキ。たくさんのとしあきも。メイジ、私の名前、嬉しい」 そう言うと彼女は…メイジは飛び切りの笑顔で微笑んだ。 *** 始まりは、一通の手紙だった。 久しぶりに実家に立ち寄った時、「いい加減ふらふらするの止めなさいよ」なんて痛いお小言といっしょに母親から渡された。 それは、懐かしいおじからのモノだった。 おじといってもどれくらい血が繋がっているのか、母方の従弟だったかまたいとこだったかだが、詳しい事は俺には判らない。 幼いころの俺にとっては、いつも面白い話やお土産をもって遊びに来る、知り合いの変なおじさんだった。 もう何年も前に海外に行って、それ以来音沙汰はなく、年を経るにつれ俺もおじさんが遊びにくる事を、楽しみに待つ事もなくなった。 アパートに帰って、狭い部屋のまんなかに腰をおろす。PCを立ち上げながら、俺は手紙の封を切った。 手紙の中身はレポート用紙みたいな薄っぺらい罫線入りのメモ。 最初の2、3行に何度か書いては取り消し線を入れた、アルファベット…?英語には見えない。変な文字だ。 3分の1くらい下に、ようやく日本語が書かれていた。 『トシアキへ。元気でやっているか。  お前におじさんの一番大事なモノをやる。2週間もあれば日本に届く筈だ。  役に立ちそうなものを一緒に持たせたので、よく考えて使ってくれ。  トシアキ、お前しか、もう頼めるものはいないんだ。  どうかあの子を守ってやってくれ。』 …あの子? 待ってくれ、ちっとも判らない。 3週間ほど前の日付とおじさんのサインらしきぐしゃぐしゃっとした文字で〆られたその手紙は、3度繰り返し読んだがちっともサッパリ意味が判らない。 封筒もためすがめつ見たが、雨に濡れたのかかすれてよく読めない。 リターンアドレス書こうぜおじさん。 そのとき、玄関から音がした。 ドアを開けて狭い玄関から顔を出す。誰もいないアパートの外廊下は、切れかけた蛍光灯でぼんやり照らされていた。 左右を見る。隣の部屋はもう寝たのか電気もついていない。廊下の付き当りの暗闇を何となく目にしながら、俺は階段に向かった。 空気が湿ってる、夜中は雨になりそうだな。そう考えながら、階段下のバイク置き場を見てニヤニヤした。バイト代を貯めて買った新品のバイクを確認して、一人悦に入る。 階段は下りずに、部屋に戻る。つっかけの所為でつるぺたんつるぺたんと音がした。 「誰も居る訳ないよなー、第一階段上がってくる音もしなかったし」 おじさんの手紙も内容が良く判らんし、明日またお袋にでも聞いてみっか。 後ろ手にドアを閉めながら、つっかけを脱ごうと足下を見る。床の上に何かある。 「アレ…?」 その何かを追うように顔を上げる。 小さな、ブーツだ。たとえるなら女の子が履くような… 「トシアキ?」 可愛らしい声が、上から降ってきた。少し震えていてイントネーションがおかしい。声の主を求めて、見上げる。 そこには、金髪の美少女が立っていた。 「君…………誰?」 たっぷり30秒呆然としてからようやく声を出した。 聞いた後に、しまった日本語じゃ通じない!と思う、に、ニーハオか!?違う、これ中国語! 「貴方は、トシアキ?」 少女はそう言うと、黒いワンピースのポケットから、くしゃくしゃになった封書を出して差し出す。少女はなぜかしっとりと濡れていた。 おそるおそるその封書を受け取る。…おじさんの手紙と同じ封筒だった。 封のされていなかったその手紙に書かれていたのは… 「ココの住所…か?」 「トシアキに会いに行け、パパそう言った」 アルファベットじゃない文字で走り書きされたそれは、さっき見たおじさんの字と同じモノだった。俺には数字しか読めなかったが、その数字は、このアパートの番地を示していた。 「パパ…と言う事はおじさんの娘…?」 そう言いながら、彼女に触れようと手を伸ばしたら、物凄い勢いで避けられた…。 ブーツのまま床の上に立つ彼女を見ながら、俺は玄関で立ちつくす。 おじさんの娘…?だとしたら、この子がおじさんが守ってくれと言った、あの子なのか? 「コレ…」 少女は後ろにおいてあったトランクを、玄関につまり俺に向けて押した。泥のついたまんまのトランクのタイヤが床に線を描く。 ギャ、何で土足で上がりこんでるんだ、この子! 「ちょ、ちょっと待って、君。まず靴を脱いで!」 玄関にしゃがませてブーツを脱がす。100均で買った申し訳程度の足拭きマットで、トランクの軌跡とブーツの足跡を拭く。 「何で、トシアキ?」 「日本では家に入るとき靴を脱ぐんだよ」 触れないようにしながら、部屋の中に招き入れる。 と言うっても、風呂トイレがついているのが唯一の救いの狭いアパートの一室で、俺は金髪の美少女と向かい合って座り込んだ。 *** …。 窓の外で雨音がし始めた。 長い沈黙の後、俺はようやく切り出した。 「おじさん…パパは…?」 渡された封筒を両手で持って、胡座をかく。背後ではPCが低い音を立てている。 「判らない…何処に行ったのか…。たぶん、もう、生きてない」 「いっ…生きてないって…」 「パパはミンナに下の部屋に連れて行かれた」 「…下?」 「下は、した。一番下の部屋、私、嫌い…すごく怖い場所」 目に見えて、彼女の体がガクガクと震えているのが判った。 「私が言う事を聞かないと、パパ達ミンナで私をあの部屋に閉じ込める…」 余程怖い思いを下のだろうか。思い出してしまったらしく、頭を激しく振りながら、彼女は叫び始めた。 「怖い怖い…ああぁぁ、パパ、パパ達がわたし、私っ」 「き、君!だいじょうぶ…大丈夫だから君…!」 立ち上がろうとした彼女は、バランスを崩して倒れる。とっさに両腕を掴んで支える。 「ネー!」 鋭く叫んで振り払われた。日本語でも英語でもない言葉…たぶんブルガリア語?で、彼女は叫びながらトランクに縋りついた。 トランクを乱暴に開けると、中からピンク色のぼろきれを引っ張り出す。 ぼろきれじゃない、ぬいぐるみ…ウサギ?真っ赤なボタンの目が片方、取れそうになっていた。 彼女はウサギを掻き抱くとトランクを倒して、這いつくばったまま部屋の隅に向かう。 「…君!」 落ち着かせようとして追いかけるが、むしろ怖がらせてしまったのか、少女はさらに逃げようとして玄関のタタキに頭から落ちた。 「アーッ!アーッ!」 錯乱してウサギを振り回す彼女を無理矢理捕まえる。 頭から落ちた所為で、折角の綺麗な金髪が埃や泥にまみれてしまった。 「大丈夫だから…、何があったか判らないけど、大丈夫…大丈夫だ」 捕まえて、抱き上げる。玄関にしゃがみこんで彼女の細い身体を抱きしめて、落ち着くように髪を撫ぜた。 しばらくはジタバタともがきながら叫んでいたが、だんだんと落ち着いてきたのか、声が少しづつ、小さくなった。 「…大丈夫だから」 そう言えばおじさんも、小さい頃こうやって転んだ俺を慰めてくれたなぁ。と懐かしく思いながら髪についた埃や泥を払ってやる。 少女は、俺には意味の判らない言葉(たぶんブルガリア語?)で、しばらく何か言っていた。 それは呪詛のようにも懇願のようにも聞こえたが、随分と立ってから、ちいさく「トシアキ」と言った。 ウサギを抱えたまま、胸にすがり付いていた彼女が、顔を上げた。顔を上げる前にすかさずワンピースの袖で顔をぬぐったのは見なかったことにした。 握り締めた手が、白くなっている。 「ダイジョブ、もう…トシアキ」 「うん」 「私、パパ、心配…」 「そうだね、でもおじさんのことだから、きっと上手くやってるよ…」 全くもって、根拠の無い言葉で、彼女を慰めた。 どうなっているのかはこっちも知りたいところだ。 まさか、死ぬとかそんな…おじさんはどんな仕事をやってたんだ…?こんな小さい娘まで巻き込んで?錯乱するほど怖いような…仕事? 「私、…あのパパが一番好きだった。私を見てくれた、…ちゃんと…他のパパ達とちがって…」 …他のパパ…?って… 「パパって…た、たくさんいるの?」 俺が思わずそう聞くと、彼女は不思議そうに返した。 「パパ達は、私を作った人。ミンナ、私のパパ」 ミンナ…って何人パパが!と言うか、おじさんの娘じゃないのか!? 混乱する俺に、彼女は追い討ちをかける。 「トシアキには、パパはいない?どうやって作られたの…?」 「いや、いるけど……1人だけ」 何故か、俺は申し訳なくなって小さな声でそう返した。 作られた?まるで男同士で子供を作ったような。違うな。 なんだろう、彼女と話しているとすごい変な感じがする。 「パパはたくさんいたけど、殆どミンナ私に酷いことする。トシアキを教えてくれたパパは、優しくて、一番好きだった…」 言葉を紡ぐ。 「嫌だって言ってモ、私に出来る事なんか他にないって…」 再び、うつむく。 心細そうな声、嗚咽。異国にたった一人、恐怖心が無いわけではないのだろう。 言っている事は、いまいち判らないが、きっと混乱してるんだ。 いきなり外国に行って知らない人間に会えなどと、なんのガイドも無く放りだされれば、大人だって混乱する。 今は良く判らないが、おじさんだってただ闇雲に俺のところに寄越したわけじゃないはずだ。 明日になったら、お袋におじさんの家族に付いて聞いて、この子の事を相談しよう。 今までみたいにダラダラ出来なくなるだろうけど、この子の為にも、俺の転機にもなって、丁度いいよな…。 少女の髪を撫ぜながら、そんなことを思った。 「君、名前はなんて言うの?」 そうきくと、不思議そうに俺の顔を見た。 「トシアキ」 「いや、それ俺の名前」 「…」 言葉が通じなかった…って事は無いよな、随分と流暢に喋る。おじさんよほど一生懸命教えたんだろうな。 「ゆっくりでいいよ」 俺が微笑みかけると、彼女も怪訝な表情を解いた。 抱きしめている体がジットリと湿っていたのに気がついた。いや、さっきも思ったんだけど、かなり濡れている。 「お風呂…シャワー浴びる?」 そう言うと、少し微笑んで彼女は首を横に振った。 「え、お風呂嫌い?!」 「私、入るよ?」 「いや、首を振るから」 「うん、だから、私風呂入る」 首を振ると肯定、…反対?なのか? 疑問に思いながらも、俺は彼女を風呂場に案内した。 「コレ、捻るとお湯が出るから…温度に気をつけてね」 そう言って狭い風呂場を後にしようとする。 「トシアキ、一緒にはいらないのか?」 背中から、声をかけられた。 「ハ!?いや…1人じゃ入れない?」 「平気。でも…1人で入って後で怒らない?」 「怒ったりなんかしないよ」 そう言うと、安心したのか、彼女はワンピースのボタンをプチプチと外し始め…。 「待って!待って待って!…俺がまだいる!出てない!」 「なんで?脱ぐ所を、見なくてもいいの?」 「見ないって!」 そう言いながら、慌てて風呂場を出る。すりガラスを閉めて、一息入れた。 *** まったく、漫画や小説みたいな事なんかそうそうないだろうけど、いきなり異国の美少女が我が家に!!って言うのは充分ネタだよな。 おじさん…随分会ってなかったけど、俺がオタクだって知ってたのかな…おふくろ誰でも言い振りまわってるのかよ…。 さして広くない部屋を横断して、押入れの中の収納を漁ってタオルを探す。着替えは…持って来てるよな。 トランクを風呂の入り口のそばに置いておけば良いか…、そう思って俺は玄関脇に倒れたトランクに近寄った。 俺は玄関脇に倒れたトランクを起そうと近寄った。 トランクのチャックが開いて、中身がこぼれかけている。 持ち上げたら、どさどさっと上のほうにあったものが落ちた。 「あちゃー」 ぼろきれのような薄汚れたシャツ。たぶんウサギのぬいぐるみものだろう、ピンク色の丸いなにか。手紙らしき紙切れが数枚。…写真が、一枚。 俺はそのよれよれの写真を手にとった。 古い写真だ…綺麗な女の人が1人、映っている。 彼女に少し似ていた、母親?おじさんの奥さんなのかな…? 手紙は纏めて、写真と一緒にいったん机の上に置く。ピンク色の推定しっぽをその上に放る。 薄汚れたシャツを掴んで、コレは洗濯してやろう、と持ち上げた。 ゴトン。 重い音がして、シャツの中から、現れたのは、1丁の銃…。 「なァーッ!?」 思わず、叫んだ。 な、なんで拳銃!?いや、まさかこんな本物の訳ないよな。 俺はおろおろしながら、床に落ちた銃を持ち上げた。 重い、なんかモデルガンとかじゃないっぽい感じに重い…。い、いや、モデルガンだってリアリティを上げるために重く作ってるって… そのとき、視線を感じた。 滴り落ちる水の音。鋭い視線…。 彼女が何時の間にか、俺の眼前に立っていた。 「トシアキ、返せ。それは私の最後の手段」 鋭い視線、責めるような口調…しかし俺は顔を上げて彼女を見る事が出来なかった。 恐怖ではなくて、驚愕の為に。 「…君」 顔を上げようとした途中で、全裸の彼女の股間に不審なものを見つけてしまったのだ。 「…君、男の子だったのか…?」 「…って?」 「だって、チンポついてるじゃないか…」 がっくりと膝をつきながら、俺は言った。 吃驚だ、さっきからずっと疑う事無く女の子だと思っていたのに。 「これは」 一切隠す事無く、むしろ誇るように彼女は…彼女…彼…? まぁいい。彼女が、大きく口を開いて何かを言おうとした時 「どうしたー、お隣さーん」 隣の住人がドタバタ騒ぎに起き出したのか、玄関脇の流しの窓からこちらを窺っていた。 俺は驚いて、とっさに彼女を抱きかかえて隠す。 「い、いや、あの姪っ子!姪っ子が遊びに来てて!」 「あぁ、そうなのか。下のおっさんに怒られねーよーにしろよ」 「は、はい!」 彼女を抱きしめたまま、こくこくと人形の様に頷く。 隣人は、タバコの煙を燻らせながらカンカンと廊下を鳴らして帰って行く。 隣家のドアが閉まる音に、俺は深く息を吐いた。 「トシアキ」 抱きしめたままの所為か下から苦しげな声が聞こえた。 「…苦しい」 「あ、ご、ごめん」 そう言って抱きしめた腕を緩める。 タンスから出したままだったタオルを手にとって彼女…の上に被せた。 「先に男の子だって言ってくれればよかったのに」 俺が、責めるわけでもなくボソリと呟くと、彼女は言った。 「男の子って?」 「女の子の格好してるから、てっきり…かわいい顔だし…スカートだし…」 最後のほうはごにょごにょと聞きづらくなってしまったが口の中で文句を言った。 彼女にと言うより、男の子にこんなかっこうさせるおじさんに対して、髪だってこんな伸ばしていたら、男だなんて気が付くもんか。 「男の子とか、女の子って何?トシアキの名前?」 「へ?」 日本語が上手く通じていないのかな。 「えーと、コレ」 何故かタオルを頭からかぶって立ち尽くしている彼女の、小さなチンコに指先で触れた。 「付いているのは、男の子。えーと、ボーイとかマンって言うのは英語か…」 ブルガリア語ではなんて言うのかな。頭を悩ませていると、何故か不自然なものを感じた。 何か足りないのだ。 「…私、恥かしい」 身を屈めて彼女が言った、自分で自分の縮こまった竿に触れる。 「私のコレ、すごく小さい」 いや、10やそこらだったら充分じゃないかな、と思いつつ俺は不自然の原因を考える。 「早く大きくなりたい、そしたらパパ達みたいな形になるでしょ?」 そう言ってつっと竿を持ち上げた時に、気が付いた…玉がねぇ。 っていうか、スジがあるよ…おじさーん…助けてー! なんだこれ、どうなって…あぁ 「ふたなり!」 大きな声を出した所為か、彼女が思いっきりビクッっと退いた。 「ふ、ふたなりって何…?トシアキの名前?」 「名前な訳あるか!」 また怒鳴ってしまった。 彼女はタオルをかぶったまま部屋の隅に逃げようとしている。手は、何かを探している。たぶんウサギのぬいぐるみだ。 「…ってごめん」 俺は、立ち上がると、頭をかきながら謝った。 ぬいぐるみを拾って、わたわたと床を探る手に押し付ける。彼女はウサギを胸に抱えると、顔を上げて俺を見た。 「…トシアキ、怖い」 「ごめん。ちょっと混乱した」 「…」 潤んだ目が見上げてくる、良心が痛む。同時にどうしようと思った。 ふたなり幼女だなんてお袋に知らせたらぶっ倒れそうだ、そのまま逝ったらドウシヨウ。 男と女の差も判ってないんじゃないか、この子ドウシヨウ。 「て言うか、拳銃だ!どうしようアレ!!」 また大声を出してしまった。彼女の体がビクッと震えた。 ゴメンナサイ。 落ち着こう、とりあえず落ち着こう。 そのためにもまず… 「頭拭いてあげるからこっちにおいで」 俺は彼女の身体をざっと拭いてから、胡座をつくとその上に座らせた。 拳銃はとりあえず足拭きマットを被せて見えないようにしてある。 「ちゃんと体洗ったか?」 「…うん」 俺がそう聞くと、うつむきながら肯定した。 ブラッシングした方が良いのかな、と思うが、わしゃわしゃと髪をいじるのが何となく面白くそのまま続ける。 はぁー、どうしようか。 「ねぇ」 しばらく大人しく、頭を拭かれていた彼女が声を掛けてきた。 「ねぇ、トシアキは、服を脱がないの?」 「や、俺は後でシャワー浴びるから…」 「違う、シャワーじゃないよ」 不思議そうな顔をしたのだろう、彼女は半分以上身体をこちらに向けて、こう言った。 「トシアキも、私の体で、遊ぶんでしょう?」 諦めと嫌悪をうっすらと秘めた、冷たい視線で俺を見つめながら、彼女の細い腕が俺の股間に伸びてきた。 ジーンズの上から、細い指がゆっくりと股間を撫でる。 厚い生地を通しても、その繊細な動きが、しっかりと形を捉えているのが判る。 止めろと制しようとしたが、声が出なかった。変わりに、ゴクリと喉がなった。 「トシアキ…」 彼女は右手で玉を探りつつ、左手でチャックを下ろし始めた。 少し目線を上げて俺を見る。 「き、君…は…」 ジーンズの前面をくつろげると、興奮に立上がり始めてしまったチンコがこっぱずかしい柄のトランクスを持ち上げている。 「君、は、いったい…」 トランクスをひきおろされ飛び出したチンコを見た瞬間、彼女はとても嬉しそうな顔をした。 髪が腹にかかってこそばゆい。恍惚に満ちた表情で、立ち上がったチンコにほおずりする。 すぐにその表情は消え、赤い小さな舌がゆっくりと亀頭に触れた。 思いのほか熱を持った舌がすず口をくじる。 背中が期待に奮える。 こんな子供にこんな事をさせてはいけないという思いと、ゆっくりと立ち上るような快楽に、頭の中で激しく葛藤する。 「んっ…」 さしてでかくない俺のチンコを目一杯咥えこんで、彼女はえずく。 薄い唇を濡らし溢れ出た涎れが顎を伝わって床に垂れる。 強く吸われて背中がブルブルと震える。 「…くぅ」 片手で玉を揉み、もう一方でチンコの根元をなでさすりながら、彼女は口を離した。 陰毛を鼻先で掻き分けて根元に強くキスをする。何度も。 「トシ…アキ…気持ち、いいですか?」 「…ぅふ、う、うん…」 曖昧に答えて、あぁしまったと思う。子供にこんな事をさせて、止める事も出来ないなんて。 細い指が柔らかく睾丸を包み、袋の中でこすり合わせるように揉まれた。 彼女は巧みに、喉の奥にぶち当たるほど根元まで深くくわえ込み、強く吸いながらも引き抜く。 それを何度もされるうちに、眩暈がしてきた、腰が浮く。 そのとき、彼女が身を離して言った。 「もう、いい?」 俺はもう終わりなのか…、と安心と残念が入り混じったまま、「あぁ」と頷く。 すると彼女は、だらしなく開いて投げ出したままの俺の足を跨ぐように、両膝を離して膝立ちになった。 「もう、準備出来てる…」 「…準備って…」 小さくも立ち上がったチンコを腹に押さえつけて、女性器の部分を見せつけるように、細い指で押し開く。 諦めと嫌悪の入り混じった視線、冷め切った声。 それにも関わらず、彼女の股間のささやかなスジは、てらてらと濡れそぼっていた。 「…トシアキ…」 金色の頭を、俺の顔に寄せる、キスをされるのかと思ったが、違った。 「どうぞ…」 肩に頭を預け、耳元で囁かれた。 おおお俺に入れろって…入れ…。 動けないでいた俺の肩に手を置いて、彼女は勝手に動き始めた。 子供のままの秘唇に俺の立ち上がったチンコを宛てがう。 ゆっくりと、腰をおろし始め… 「…!」 肩におかれた手を両手で外して、少女を見た。両手首を掴んだまま、彼女の身体を離す。 髪がばさりと翻って視界を遮る。 一瞬だけ、金色の海。 その海がおさまった後、そこにあったのは子供の顔だ。 絶望を知った瞳をしているけれど、子供の、…本当に愛らしい女の子の顔だった…。 「君は…」 俺はそこで絶句した。 何も言える事なんか無かった。 止められなかった後悔で頭が一杯になって、彼女を突き放すようにその手首を離す。 「風呂ッ!」 俺はそれだけ言うと、呆然とへたり込んだ彼女をそのままに立ち上がる。 ずり下がったパンツとジーンズを引き上げるようにしながら、ドタバタと風呂場に飛び込んだ。 後ろ手に扉を閉める。 自分自身の気持ち悪さに、吐き気がした。 快楽と怒りで熱くなった身体を冷たいタイルに押し付ける。 目を閉じただけで、つい先ほどの興奮が背中を震わせる。 耳に残る粘膜のこすれる音。繊細でいて大胆な動きをする白い指。 次第に荒くなる息と、上気して桃色に染まった細い体。 「…クソッ…」 俺は小さく呟くと、自分自身を握った。 痛いくらいに強く扱く。 後悔が山ほど押し寄せても萎えないあたりが、なんて浅ましいんだ。 それは、強い背徳感だ。 欲望と背中合わせの。 強く背徳を感じれば感じるほど、欲望は煽られる。 ろくでもない奴だな、俺は。 そう思いながらも、手の内で果てた。 *** 必死になって身体を洗って、ふやける程湯を浴びた。 普段の烏の行水に比べると、長すぎるほど風呂場に居た。 俺が、風呂場を出ると、部屋の薄暗い電気の下で、彼女は殆ど変わらない姿勢のまま呆然と座り込んでいた。 「…」 ゆっくりと、顔を上げて、俺を見た。 「…お礼を…」 「礼?」 俺は、眉をひそめたらしい。 「お礼を、したかったです。私、優しくして貰った事無い」 「…そんな…」 「パパは、優しくしてもらったらお礼をしなさいって言ってた」 「お礼をしなさいって、だからってあんなことを…」 「私…」 うつむいて、彼女は言った。 「誰かが嬉しいと思う事、他の方法知らない…何も…」 「お礼をしたかったら、言葉で言えばイイんだよ…」 「言葉?…それは嬉しいの?…それは…」 そんな事も知らないのか…と、驚いた。 「嬉しいよ…急に、急にあんな事をされるよりは…」 急に押し倒されるとは思わなかった。あんな幼い体で、奉仕する事が礼になると思っているだなんて。 「ありがとうって、日本語では言うんだ」 「あ…アリガト?」 「うん、何かして貰ってお礼を言う時は、ありがとうって言うんだ」 一瞬逡巡した後、彼女は小さく「アリガト…」といった。 俺はしゃがみ込んで頭を撫でてやる。 「よく言えました」と返すと、幼稚園児位の小さい子供を相手にしているようだと思って、少しおかしかった。 風呂場にもどって、湯に浸して固く絞ったタオルをとってくる。 折角シャワーを浴びたのに、体液で汚れてしまった彼女の身体を拭く。 本当に子供の体で、欲情した自分が恥かしかった。 拭き終って、彼女が着ていたワンピースのかわりに、大き目のTシャツを着せる。 「トシアキ…アリガト」 彼女はシャツの裾を抑えながら嬉しそうに、そう言った。 「今日は遅いからもう寝よう」 そう言うと、彼女は不思議そうな顔をした。 いや、そう言う意味じゃなくってね…。俺は部屋の端にあるベッドを指差す。 「君はベッドで寝なさい」 「…うん」 彼女は逡巡した後、了承する。 「でも、トシアキは?」 さして広くない部屋をてとてとと横断し、ベッドに近づいた後、彼女は聞いた。 俺は部屋のまんなかの机を脇によけながら 「床で寝る」 と返した。流石に、一緒に寝るのは、抵抗がある。 雪崩れを起しそうなほど、無理矢理色々と詰めた押入れから、毛布を一枚取る。 「コレをひいて…と」 枕は畳んだ座布団にした。 「私、一緒でもイイ」 そう言われても何もしないという自制心が働かない可能性もある。 …俺が自制したとしても何かされるかもしれないし! 等と、真面目な事とアホな事を同時に考える。 あんな後味の悪い思いは2度としたくない。 彼女はというとベッドの端にちょこんと腰掛けて、膝の上のウサギのぬいぐるみをなでながら俺を見ている。 俺はベッドに近付くと、足下のほうにくしゃくしゃのまま置かれたタオルケットを、広げて少しはたく。 彼女の頭をなでながら、俺は言った。 「俺のベッド小さいからな、いっしょだと絶対どっちか落ちちゃうだろ?」 彼女はベッドに手をついて振り返った。 「ベッドから落ちると案外痛いからな。大丈夫、床で寝るのはなれてるよ」 「なら、私が床で」 「女の子にそんな事させられない」 「…私、女の子じゃないよ」 頭を撫でる俺の手を掴んで、そう言った。 「トシアキが言った、男の子だったんだって。私、男の子なんでしょ?」 「うーん…」 上手い事説明出来ないで、俺は口ごもった。 男の子だったんだとは言ったが、実際にはふたなりだったし。 そもそも、自分の身体を不思議に思ったりしないのか…? 「私、トシアキなら、一緒に寝るの我慢、できる」 我慢できる、と言う言葉は、以下のうちどれに掛かるでしょうか? 1:狭い場所で一緒、2:男と一緒、3:他人と一緒 …。 どうも少ない言葉の端々からは、「パパ達」には奴隷のような扱いを受けていたとしか思えない。 考えすぎかもしれないとは思うが、さっき彼女の身体を拭いた時あちこちに古い傷跡が見えた。 風呂に1人ではいると怒られ、服を脱ぐ時は見せなければいけない。 おじさん以外のパパは皆、彼女にひどい事をして、優しくもない。 ココは抱きしめて寝てやるのが優しさなんだろうか…。 俺は少し悩んだあと、俺を見上げる彼女の体が、緊張に酷くこわばっている事に気が付いた。 「無理をしなくって良いから。一緒に寝なくとも怒ったり殴ったりしないから」 頭を撫でてやると、一瞬酷く泣きそうな顔をした。 「一人で眠るのが怖かったら、俺の事、起こしてもいいし、怒ったりしないから」 「…本当?」 小さくそう言う。俺が頷くと、彼女はぬいぐるみを抱えたままベッドに横になった。 俺は、その上にタオルケットをかけてやる。顔にかかった髪を払ってやると、天井を見上げたまま彼女は言った。 「トシアキは、パパに似てる」 「パパ?おじさんの事?」 「うん、一番大好きなパパ。優しくて、私が嫌がることはしない」 「そうか」 微笑んで頷くと、不思議そうな顔をしたあと、彼女は照れるように微笑んだ。 「うん。パパに似てるの、匂いとか」 匂いかよ! 俺はベッド脇にしゃがみ込んで彼女の言葉を聞く。 「パパの匂い、花の匂いだって言ってた。同じ匂いする、トシアキとか、このベッドとか、お風呂とか…」 それはシャンプーの香りだっ!! と、物凄く突っ込みたかったが、無粋なことは止めた。 「花の匂い、私、好き…」 そう言って、彼女は照れるようにタオルケットを引き上げて、口元まで隠す。 確か… 「そうだ、すずらんの香りだったと…」 教えてやろうと枕元を覗き込むと、すでに彼女は小さな寝息を立てていた。 随分と長く旅をしてきたのだろう。 その上あんなにも色々とあって。本当はすごく疲れていたに違い無いと思うと、とても、愛らしくて、俺は一人忍び笑いを漏らした。 ベッド脇のカーテンをきっちりと閉ざし、部屋の明りを消す。 外では、今だしとしとと雨が降っていた。 足拭きマットの下の拳銃を思いだし、暗がりの中、廊下からの明りを頼りに玄関に近付く。 ひっくり返ったままだった彼女のトランクを起こした。 タオルでぐるぐるまきにして元通り詰め直そう、ついでに汚れ物があったら明日一緒に洗濯してしまおう。 「ちょっとごめんよ」とか言いながら、トランクのファスナーを全てひき降ろすと、カバンの底に謎の包みがあった。 全身全霊で嫌な予感を感じた。どうみても、旅の途中に着替えたパンツ、とかじゃないのは確かだ。 油紙に包まれたその包みを、おそるおそる少し剥がして中を見る。 「わぁ、やっぱり…」 俺は小さく呟くと、何も見なかった、俺は何も見ていないぞ、と念じながら包みを戻した。 包みの中身は、拳銃の弾の箱と、白い粉が入った小さな包みが幾つも入っていた。 タオルでぐるぐるに巻いた拳銃を包みの上に乗せると、タオルをもう一枚畳んで乗せた。 端を折り込んでぱっと見はたくさん着替えでも入っている様に偽装すると、俺は一安心して、大きくため息をついた。 今の今まで、PCが付きっ放しだった事に気が付いて、電源を落とそうとして考え直しその前に座る。 古いモニターの明りが、彼女にまぶしくないように、入り口のほうに心持ち向けて、俺は検索サイトのアドレスを開く。 半分に居ったままの座布団を尻にひき、俺は検索画面とにらめっこをした。 インターセクシャル、半陰陽。 いわゆるふたなりとか言われるものの、エロを抜かした知識なんか到底無く、どうすればあの子をこの国で快適に暮らさせてやれるのか、藁にもすがる気分で次々アドレスを開くが、結果を言えば良く判らなかった。 よく考えれば男女の違いだって上手く説明できないのに、両方付いててそれを普通と思っている幼い子供に、どうやって世の中の多数との違いを教えるべきなのか、俺は頭を悩ませた。 て言うか、ふたなりで虐待されていたというだけでも厄介な問題を抱えているのに、おまけに拳銃と麻薬まで付いてる。 「頭がパンクしそうだ…」 検索サイトを諦めて、俺は何か面白いネタでもないかとふたばに飛んだ。 一通り廻った後、PCの電源を落とす。 あまり長く、カタカタやっていたら煩いだろうし、何より俺自身眠気にうとうとしてきた。 暗くなったモニターを眺めながら肩をゴキゴキならす。 あくびとため息のアイノコみたいな息を盛大に吐きながら、ズボンを脱ぎ捨てると広げた毛布の上に横になる。 …座布団尻にひいてたからなんか生温くて気持ち悪いわ、コレ。 しばらく、そんなくだらない事や、小さな寝息の主と明日からの事を考えていたが、俺は何時の間にか意識を手放して、深く眠りに落ちていた。 *** 暗闇の中で何処か焦げ臭い匂いがする。 薄目をあけると、キチンと閉めたはずのカーテンの隙間から赤いものがちらちらと見える。 息苦しくてたまらないのに、体が痺れたように動かない。 何かが物凄い音を立てながら、飛んでくるような音。 爆発音。爆炎。 …そして、暗転。 体が、物凄く重い。 嫌な夢を見た、…体が焼け焦げるような。 重たい身体を起そうと、無理矢理身体を捻ったら、「あっ」という小さい声が聞こえた。 な、なんだ!? 上半身を起こし、暗闇に目を凝らす。 カーテンを通して入ってくる、淡い月の光に照らされて煌めく金髪が見えた。 頭を抑えて引っ繰り返っている少女が見えた。 あ、やばい。 「大丈夫か、君!」 「トシアキ、ひどい…」 そう言いながら頭をさすり、彼女は俺の両足に再び跨ってきた。 「お、オイ…」 「トシアキ、お腹すいた…」 そう言って、彼女は頭を抑えていた右手を腹にもって行く。 あぁ、そういや俺も夕飯食ってなかったっけ…、と思った途端に俺と彼女の腹が同時にグーと鳴った。 「そうだな、腹減ったな」 返しながら、冷蔵庫の中身を思い出す。いかん、何も入ってないんじゃないか? 彼女の両脇に手を差し入れて膝からよいしょと退かす。 俺は、立ち上がって電気をつけるのも面倒で、よつんばいのまま台所に向かう。ぽてんと毛布の上に座り込んでいた彼女も、俺のマネをしてハイハイで追ってくる。 台所のひんやりとした床にべったり尻餅を付いて、冷蔵庫を開ける。 庫内の明りが狭い部屋を照らす。 発泡酒が2本、飲みかけのウーロン茶のペットボトル、期限切れてそうな6Pチーズ、分離したマヨネーズ…。 思わずがっくりと肩を落とした。 何このラインナップ、まともに食えるものが無い。 「トシアキ、…私、お腹すいた」 後ろにぴったりとくっついていた彼女が再び言う。 心なしか、打解けた声音に聞こえた。 「しゃーねぇ、深夜の散歩としゃれ込むか」 ズボンを履いて、財布を探す。 俺はちょっと歩いたところにあるコンビニまで、何か食うものを買いに行くことにした。 少女を置いて行くかどうか悩んだが、鼻歌らしきものを歌いながらトランクにウサギをつめている。本人超行くつもりだ。 「おーい、トランクは置いてくぞ」 苦笑交じりに声をかけると、すごい驚いた顔をして振向いた。 「ダメ、私コレもってく。もって行かないといけない」 その様子が必死だったものだから、俺は苦笑したまましょうがないなと呟いた。 よく考えれば、拳銃&麻薬入りのトランクを誰もいない部屋に置きっぱなしもなんか嫌だ。 彼女の服はどうしようかと悩んだが、そのままでも良いか。ちょっと奇抜なワンピース位の感覚で。 「あ、パンツは!?」 思わず呟くと、彼女はTシャツの裾をぺろりと捲って真っ白いお腹を出した。 トランクの中、パンツの替え入ってなかったような…。仕方が無く、トランクスを履かせてゴムをきゅっと縛ってみた。 「これで良し。ついでにコインランドリー行くか」 ホントにいいのかどうかは再考しないことにして、俺は洗濯物を入れるカバンを引っ張り出した。