「お出掛け」  休日の朝。ゆっくり朝寝を決め込むつもりだったが、メイジの「カロヤンのお散歩です」で叩き起こされてしまった。 まあ、おかげで朝食が美味いのだが……。  コーヒーを啜りながらメイジを見やれば、カロヤンと並んで寝っ転がってテレビを観ている。 皿を洗いながら時々様子を伺うが、アニメに夢中のご様子だ。 (あんまりテレビばっかり観させてるのも良くないかな?)  ふとそんなことを思ったその時、アニメの合間のCMで子供と犬が走り回っていた。 (そうだ!) 「メイジ、テレビ終わったらカロヤン連れて出掛けない?」 「お出掛け?カロヤン連れて?…行きます!」  ここから小一時間も行ったところに「神帰公園」という公園がある。広くて静かだし、緑も多かった。 犬を連れて出掛けるにはうってつけだろう。  自転車に二人乗り。後ろにメイジを座らせ、カロヤンはメイジが抱っこ。のどかな日曜の朝。 秋晴れの涼やかな空気を掻き分け、銀輪は俺たちを載せて転がり続けた。 「あっパン屋さん」 「へえ、こんなとこに。知らなかったな。…今、何時かな?十一時半か…。よし、ここでお昼を買って行こう。  カロヤン居るから、俺が一人で行ってくるけど、メイジなに食べたい?」 「えっと、コロッケパンとタマゴサンド」 「オッケー。飲み物は『飲むヨーグルト』?」 「もちろんです!」  お昼を買い込み、俺は再び自転車を漕ぎ出す。むっ、ちょっとキツくなってきた。運動不足か? これからもこうしてやるつもりなら、体力UPを図らねば。 「よーし着いたぁ!」 「うわぁ芝生です。これならカロヤンもいっぱい走れますね」 「そうだね。ま、とりあえずお昼にしよう。ハイこれ、メイジの分ね」 「有難う。カロヤンにも少し分けていい?」 「いいけど、コロッケは止めとくんだよ。タマネギ中毒起こすから」 「ハーイ。カロヤン、待て」 「じゃ、食べようか。いただきまーす」 「いただきます。カロヤン、良し」 「うん、なかなかいけるじゃないか。良い店見つけたな」 「としあき、タマゴサンドとフィッシュサンド、一切れ交換しましょう」 「いいよ。へぇ、タマゴもいけるなぁ」 「外で食べるとおいしんですね。初めて知りました」  …そうか、メイジはこんな経験も初めてだったんだ。メイジはいったい何を知り、何を知らないのだろう? できるなら、今まで知らなかった、楽しいことや嬉しいことをたくさん知って欲しい。 そう思ったら不意に鼻の奥がツンとして、俺は誤魔化す様にコーヒー牛乳を飲み干した。 「ごちそうさまでした。さっカロヤン、遊びに行きますよ!」 「ワン!ワン!」 「俺は食休みするから」  ああ、空が高いなー…。天高く馬肥ゆる秋ってやつか。この公園は緑が多いし、幹線道路からも離れている。 街の中にしては珍しいくらい空気がうまい。  こんなことなら、もっと早くメイジを連れてきてやれば…。いやいや、この季節だからこそ、とも言える。 いずれにせよ、来て良かった。それは間違いない、きっと。 「さてと、メイジとカロヤンはどこまで行ったのかな?迷子になったらまずいしな。散歩がてら探しに行くか」  ふらふらと公園内を彷徨ううちに、俺はいつしか林の奥まで来てしまっていた。 「あれ、こんなとこまで来ちゃったよ。これじゃ俺が迷子だな。戻ろう。…ウワァッ!?」  振り返った瞬間、なにかが俺の顔にへばり付いた。モシャモシャしたのが顔面を覆う。なんなんだ!? 驚愕の余り、足を滑らせてしまった。顔を押さえ込むそれを、必死に引き剥がしてみれば…… 「カロヤン!!?……メ~イ~ジ~」 「アハハッ。びっくりしましたか?」 「びっくりどころじゃない!なんのつもりだ!?」 「としあきが一人で林の奥へ向かうのを見て、後をつけたんです。としあきったら全然気づかないんですから。  つい、からかいたくなってしまって。クスッ、それにしてもひどいですよ、頭まで落ち葉だらけ」 「くそ――!よくもやってくれたなあ!」  思わず足元の落ち葉を掬ってメイジに振り掛ける。 「キャ――!!」  メイジも負けじと落ち葉を巻き上げる。カロヤンが宙を舞う落ち葉を狙って跳ね回る。 俺も引き込まれて、落ち葉合戦になってしまった。 「それそれ!どーだ、メイジ!」 「負けませんよ――!!」 「ワン!ワン!ワン!」  気づけば夕陽が傾き出していた。その頃には結局、二人と一匹は揃って落ち葉まみれになっていた。 格好はひどかったけれど、全然気にならなかった。 「もう夕方かぁ。そろそろ帰らないと真っ暗になるなぁ」 「もうですか?…なんだかあっという間…」 「楽しい時間は早く過ぎるんだよ…」 「そうなんですか…。初めて知りました…」 「大丈夫、今度のお休みにまた来ようよ。だから今日はこれで帰ろ」 「はい…」  来た時と同じ様に自転車の後ろにメイジを乗せ、俺はペダルを踏み出した。 カロヤンは疲れてしまったのか、メイジの腕の中でしきりにあくびをしている。 誰も口を開かなかった。俺も黙々と自転車を漕いでいた。  と、その時だった。向こう側からカップルが二人乗りする自転車がやって来た。 女の子は男の子の後ろでにこやかに微笑んでいた。いかにも幸せそうな二人だった。  すれ違った瞬間、メイジが声を上げた。 「止まって下さい!」 「どうしたの?」 「あの…座り方…変えてもいいですか?」  チラチラと後方を気にしている様だ。さっきのカップルが気になるのだろうか? おずおずと座り直すのを見て、合点がいった。  さっきの女の子みたいに横座りで乗りたかったんだ。 「できた?行くよ。ちゃんと手を回してね」 「はい」  おずおずと手が腰に回された。小さな手がきゅっと服を掴む。ことんと頭をもたれさせてくる。  寄せた体からトクトクと鼓動が伝わって来た。熱いくらいの体温がメイジの存在を確かめさせてくれる。  夕陽は遠くの山肌に差し掛かり、真っ赤な光を放つ。赤い空を目指す様に、背中にメイジを感じながら俺はひたすら漕いだ。 (終)