『クリスマスのお客人』 1. 「はぁ~、参ったなぁ…。プレゼントは用意したのに、ケーキの予約忘れるなんて…」 全く迂闊だった。 大急ぎで目に付く限りの店に飛び込んだのだが、どの店も既に売り切れていた。 結局、クリスマスだと言うのに、普通のケーキの詰め合わせしか買えず、俺の足取りは重くなる。 「あ~あ~帰りづらいな…。やっぱ、正直に謝るしかないよなぁ~」 それしかないな、と考え、俺はやっとドアをくぐる決心を固めた。 「ただいま…ん? 誰の靴だ? メイジ~? ノヴ~? 誰かお客さん?」 「あ、おかえり、としあき!」 「あ、あのメイジ、こちらの方はどなた?」 家の中に一人の見知らぬ男が居た。スーツにネクタイと身なりはキッチリしている。 だが、そのキッチリしたところが何か、普通の人間以上に重みを感じさせる。 背後に掛かっているコートはこの男の物か? 昔の映画に出てくる様なトレンチコートだ。 それにさっきから気になっていたのだが、この男、なんで家の中なのに帽子を取らないんだ? 「あ、あの~、どちら様ですか? それに、この子たちとはどういう関係なんですか?」 「ああ、こら失礼をしました。…実は、お恥ずかしいことですけど、ワシにも祝ってやらなならん子がおりますねんけど、  実は、その、無駄になりまして。それやったらこの子らにあげよ思いましてな」 2. 「は、ハァ…それで、この二人に、そのプレゼントを?」 「そうです。なんや、いらんもん押し付けるみたいで申し訳ないですけど…」 なんだ、この男? 見た感じ二十代後半辺りだが、ファッションセンスは時代がかってるし、喋り方はおっさんぽいと言うか、むしろ爺さんみたいだ。 声は渋いのが勿体無い様な、むしろマッチしている様な。 なんと言うか、年齢と、スタイルと、時代がちぐはぐな感じだ。 「としあき、ちょっと疑り深いですよ。この人は悪人じゃありません。わたしには分かります」 「ちょ、メイジ、何を言って…」 「あ、あのトシアキさん。僕も不思議なんですけど、何故か、妙にメイジはアノ人に懐くんです。  …じ、実は、僕も、なんかアノ人、初めて会う気がしなくって」 「? なんでだろう…」 「さて、と。この家の主も戻られたことやし、ワシはそろそろ失礼さしてもらいますわ。 え~っと、としあき、さんでっか?  長々すんまへんでした」 「え~~!? もう、行っちゃうんですか? 一緒に夕食とケーキ食べましょうよ。ね、としあきも、ノヴも、構いませんよね!!?」 「う、う~ん……(×2)」 3. 「いっただきま~す(×4)」 「…おいしい!」 「うわぁ…本当においしいです…」 メイジもノヴも感心している。確かにこの男が持ってきたチキンは美味かった。 どこかのお店、もしかしたら高級店で買ったのだろうか?  そうまでして祝ってやりたかった相手とは? それが無駄になったとは? …いや止めておこう。それは赤の他人が詮索することじゃない。 「さぁ、次はケーキですね。楽しみです」 「いやぁ、口に合うたらええねんけどな…」 男はそう言うが、やはり彼が持ってきたブッシュ・ド・ノエルも見事な逸品だった。 イチゴショートだの、チョコケーキだのしか買えなかった自分が惨めになるくらいの。 「う~ん…お腹一杯です。あの…ホントにこんなに色々貰っていいんですか?」 「そ、そうだよ。あの、本当に構わなかったんですか?」 「いやぁ構しまへんわ。どうせ、贈られへんかったもんです。この子らに喜んでもろたら十分ですわ」 「そ…そうですか…」 4. 「さて…と…。ほんならワシはそろそろ失礼さしてもらいます。メイジちゃん、ノヴくん、元気でな。  お蔭さんで楽しいクリスマスを過ごさしてもらいました。おおきにありがと。  としあきさん、お若いのに大変でっしゃろけど、頑張って下さい。ほな、ワシはこの辺で」 「有難うございます! あ、あの、また来て下さい!」 「あ、あの、僕もすごく楽しかったです! もう、会えないんですか?」 「う~ん…難しいなぁ…。また…会えたら嬉しいねんけどな…。けどな、キミらにはとしあきさんがおるやろ?  ワシがおらんでも十分やと思うで?」 「ハイ…」 「そうですね…」 「ほしたら、もう行きますわ。ほんまに今夜は有難うございました」 ドアが閉まる。あの男が行ってしまう。…最後に、最後に一言だけ聞きたい。 咄嗟に思った俺は、二人を置いて、玄関から飛び出してしまった。 「ちょっと待って下さい! …あなた、一体、何者なんですか? せめて、せめて名前だけでも教えて下さい!」 5. 「…そら、聞かんでもええことですわ。たまたまやって来た、見知らぬ客人、それでええやないですか」 「そんなの納得いくか! なぁ、本当に何者なんだ? まさか、あの二人に何か関係があるんじゃないだろうな!!」 「ふふ…いっつもニブチンや思ォとったけど…意外に聡いとこもありまんねんな」 「いっつも!? お前…。本当に、何者なんだ!」 「シーッ。あんまり声を荒げなさんな。あの二人が心配しますやろ? …せやけど安心しました。  あんたは、ほんまにあの二人を大事に思てはる…。あんたやったら、あの子らを託せますわ」 「お前…なに…言って…」 「さ、この手を離し。ワシの用事は済んださかい、さっさと引き上げなならん。あの二人のこと、よろしゅう頼んます」 そこで、この男は今までずっと目深に被っていた帽子のつばをそっと持ち上げた。 赤い光が二つ、帽子の影と、額に垂れ下がった艶やかな黒髪の間から現れた。 それは、この男の双眸だった。 血の色をした瞳が二つ、射抜く様に俺を見つめている。 だが、不思議と俺は、それを奇妙とも、恐ろしいとも思わなかった。 男が、なんだか、慈しむ様な微笑みをたたえていたからだろうか? 6. 「ただいまー…」 「あ、としあき、どうでした? あの人、なにか言ってましたか?」 「うん、元気でね…って。そう言ってたよ」 「そうですか…」 曖昧に答えて、俺は部屋に引っ込んだ。一人で落ち着いて考えたい気分だった。 コンコン。 ドアがノックされた。誰だろうと思って開けてみるとノヴが立っていた。 「あの、トシアキさん。言い忘れていたんですけど、アノ人、シャンパンも持ってきてたんです。  トシアキさんにどうぞ、って言ってました」 「ああ、ありがとね。…メイジは?」 「アノ人からもらったプレゼント開けてます」 「そう…ノヴも見ておいで」 「ハイ…それじゃ…」 向こうからは楽しそうなメイジのはしゃぎ声が聞こえてくる。 すぐにノヴの声も混じり、「ああ、クリスマスなんだな…」と俺は思った。 7. 「どう? いいもの入ってた?」 「ハイ! あの人、デャド・コレダです。わたし達の欲しかったものがちゃんと入ってるんです!」 「デャド・コレダ…本当に居るかもしれません…。僕が欲しかったもの、ちゃんと入ってました…」 「あの、デャド・コレダ…って、なに?」 「えっと、日本語にしたら…クリスマスおじいさん、ですね」 「そっか。メイジ、日本だったらサンタクロースだよ」 「そうかぁ…。じゃ、いい子にしてたら、また来年も来てくれるかもな」 「来るといいなぁ」 「ワンワン!」 「あ、カロヤンも来て欲しいですか?」 「カロヤンも美味しいお肉貰っていたしね」 「そっか。じゃ、俺はデャド・コレダに貰ったシャンパンでも飲むかな」 楽しそうにしている二人と一匹を、少し離れたところで眺めながら俺はシャンパンを開けた。 これも良い酒だった。 何から何まで……大層な金持ちだなぁ、などと思いながらチビチビ啜る。 二人はもらったプレゼントで遊びだしている。 こうしていると、やっぱり十歳なんだな、来年こそはちゃんとケーキも用意して、二人の喜ぶプレゼントも用意して…。 そんなことを考えつつ、更にグラスにもう一杯注ごうとした、その時だった。 ふと視線を向けた先に、俺はピンク色したものを見つけた。 8. なんとなく気になった俺は、立って近付いてみた。 「あ、メイジのぬいぐるみかぁ」 それはメイジがブルガリアから持ってきたウサギのぬいぐるみ。 ふと、俺は忘れ去られた様なぬいぐるみに話しかけてみた。 「お前も、カロヤンが来て以来、あんまり構ってもらってないよなぁ…。どうだ? 今夜はあぶれた者同士で一杯やるか?  …うん? これは…なんだ?」 ぬいぐるみの口元に何かが付着している。 そっと拭ってよくよく見れば、それはクリームだった。 まさかな、と思いつつ、そっと口に含む。 じんわりと、濃厚なのに上品な甘味が口に広がる。 「…あのブッシュ・ド・ノエル? …まさかな」 一瞬、ウサギの目は赤く光った様な気がして、俺はあることに気がついた。 「赤い瞳…。メイジの瞳の色か…!」 あの男の瞳も赤かった。メイジと、なにか関係があるのだろうか? 「う~ん…。考えても分からないのかなぁ…。う~ん…。ま、酒も回ったし、深く考えるのはよそう。それより、お前も一杯やろうぜ」 俺はグラスをもう一つ用意した。 (終)