『鬱っぽい話』 1. 「こぉぉんなところに居たのかァ、メイジぃ」 「あ、あなたは!」 「俺から離れようとしても無駄だァ。さ、俺からお前を奪おうとした、としあきってのはドコだァ?  今から殺す。教えろ」 「だ、誰があなたなんかに!」 「…お前ェ、俺を捨てるってのかァ?? ……フザケンナァァッッ!! オマエは、オマエはァ!!  オレの、オレの! 最初で! 最後で! 全てなンだよォォッッ――!!」 「わたしは! わたしはアンタなんかのモノじゃない!!」 「舐めんなァ! 舐めんな、舐めんな、舐めんな、舐めんナ舐めんナ舐めんナ舐めんナ舐めんなよォ!!  ……としあきか。としあきが、オマエに余計なこと、吹き込んだナァ! 殺す! 今すぐ殺す!」 「行かせない!! アンタなんかに! としあきは殺させない!!」 2. 「ここが…あのメモにあった場所…? ここに、メイジが?」 「よく来たなァ…としあきィ…」 「あ、あんたか!? メ、メイジ! くそっ、メイジを離せ!」 「よくも…」 「え?」 「よくも! 俺の天使! 奪おうとしたなァァッ!!」 「な、なんのことだ!?」 「メイジだ…メイジが傍に居てくれる様になってから、俺は何もかもが上手くいく様になったんだ…。  メイジは! 俺の! 守護天使なんだよ!! それを、それをォォ…」 「な、何を言ってるんだ…。オイ! それよりメイジを離せよ!」 3. 「渡さねェ。お前なんかに…。いいかァ! 教えてやる、俺とメイジの絆ってヤツをなァァ!!」 「あれは二年前だ。俺は依頼を受けて、ある男をあの世へ送った。ついでに女房のでけぇ腹も撃ったな」 「そこで俺はメイジを見つけた。その時は趣味じゃねぇと思ったが、手頃なのが居なかったからな…」 「俺はこう見えてケッコー優しいんだぜ? こう見えて薬学の学位を持っててな、イイ薬作ったんだ。  それで気持ちよーくさせてやるんだ。それでイッチバン良くなった瞬間に天国に送ってやるんだよ。  女もイイし、何より俺がイイ!! しかもだ! もう一つ、サービスしてやるんだ」 「リボルバーからな、一発だけ弾を抜いとくんだ。16%ちょっとの確率だよ。優しいダロ?」 「それがだ! 一発目、不発。しょうがねェから、もう一編やったら、これも不発! 俺は思ったね。  この子は大きなモノに守られている! おまけにこの体! 両性具有!? 天使だ。間違い無い!  コノ子は地上に降りた天使なんだ! …以来、俺はメイジと共に居る、ってワケだ」 4. 「……く…狂ってる。お前は狂ってる! メイジは…メイジは、お前なんかと居させない!」 「うるせェ! クソガキがァッ!!」 「やめてェ!!」 「なんだァ? メイジ、こんなヤツをまだ庇うのか? チッ。しょうがねぇな、この国を離れたら、  またみっちり教え込まなきゃなんねぇよーだなァ…」 「メイジを離せェェッッ!!」 無謀にも銃を持つ男に飛び掛っていくとしあき。その突進に気づき、銃をスイングさせる男。 なんとか止めようと男の体にしがみつくメイジ。響き渡る銃声。倒れ伏す体…。 男の手を振り払い、メイジはとしあきに駆け寄った。 「としあき!? としあきィ!! ……許さない。絶対に許さない!!」 「お前にやれんのかァ、メイジぃ~?」 「メ…メイジ…だ…ダメ…撃っちゃ…ダメ…だよ…」 「としあき!? ……傷は浅い様ね。しっかりして!!」 5. 「ッ離して!!」 「ウルサイ…黙ってついて来い!」 人気の無い夜の公園を、メイジを引きずる様に男は逃走を続けていた。 としあきの傷はかすり傷だった。だが精神的ショックが大きかったらしく、意識を失ってしまった。 この分なら放っておいても問題は無いと判断した男は、一刻も早く現場を離れる事を選んだ。 念のため、メイジの銃は取り上げた。指紋を拭い去り、としあきの手に握らせておく。 更に内部の指紋も拭いてしまいたかったのだが、それは諦めた。 とりあえず、銃を握らせるだけでも、捜査を撹乱させる役には立ってくれるだろう。 「ハァッ…ハァッ…ここまで来れば…。よぉし休憩だ。…メイジ、久しぶりに、咥えるぜ」 メイジを立木に押さえつけ、男は彼女の股間に顔を埋める。 一心不乱に舐り始めた。 6. 「ッ…クッ…!」 「…クチュ…クチャ…ングッ…ゴクッ…」 メイジが男の口内に放った精を、男は一旦味わった後、喉を鳴らせて飲み下した。 心底満足そうな顔つきだ。それが何よりも美味なのだと、男の表情が雄弁に物語る。 「ククッ…いいぜェ…メイジ。ククッ。ホントはこんな趣味、無かったんだぜェ? お前のだからだ…。  さて、行くか。安全なトコまで行ったら、今度は女の部分を…うッ! うぉッ、く、ハァッ!」 突如として男の様子が激変する。脂汗を浮かべ、眼球が飛び出んばかりに目を見開く。 肺病を病んだかの如く、喉を鳴らして酸素を取り込もうとするが、どうやら徒労の様だ。 「ナ…なに…が…?」 ガクッと膝を着いたその刹那、メイジの手がサッと伸び、男の懐から銃を奪い去った。 7. 「!? メ、メイジ…?」 「フフ…ククッ…。この時を、待っていた…」 すかさずメイジは奪った銃で男のこめかみを殴りつける。 男が転倒しても手を緩めることなく、メイジは男の喉も殴る。 その強烈な打撃で気管を傷つけたか、男は赤い泡を噴き出した。 最早、男は声を発することも出来ない。 「薬…効いてきたみたいね。わたしはアンタからあらゆる仕込みを受けた。  薬もそうだし…相手の行動を予測することも…。全ては計算通り…。  …唯一の誤算は……としあきを傷つけてしまったこと…」 「冥土の土産に教えてやる。わたしは初めから、アンタが咥えるのを待っていた。  尿道に極小カプセルを仕込んでね。世に言う『ロンドン・タッチ事件』よ。  カプセルの中身は致死量に少し足りない程度のシアン化カリウムね」 8. 「それにしても…守護天使ですって? 冗談じゃないわ!  口惜しいけど、アンタが危ない橋を渡って来られたのは、アンタ自身の力よ。  アンタは狐みたいに狡賢くて、兎みたいに臆病…。だから生き延びられた」 「だけど、それは、わたしにとっては厄介以外の何者でも無かった。  アンタには臆病さゆえに、相手がどこにどんな武器を持っているか、瞬時に見抜く特技がある。  だからわたしは決めた。アンタに手を下す時には、武器を持たないと!」 「分かる? 銃を取り上げられたのも、計算のうち。この公園を通るのも、計算のうち。  フフ…。今、この公園はちょっとした工事の真っ最中なの。ホラ…見えるかしら?  ホォラ、こぉんなに、よぉっく使い込まれた、スコップとかもあるのよ」 「父と、母と、それにもうすぐ産まれてくる筈だった弟の仇!!  としあきを傷つけたこと!! そして、この二年間に味わわされた苦しみ!!  全ての怨み! 今こそ晴らす!! 死んで償えェェッッ!!!!」 9. 夜の公園に響き渡った、けたたましい少女の高笑い。 辺り一面に漂い出す、生臭い血臭。 肉を裂き、骨を砕く鈍い音。 誰にも気づかれぬ筈が無く、警察に通報が寄せられたのは間も無くのことだった。 新人警官が思わず吐き出す程に無残な死体と、その死体を笑いながら刻み続ける少女と。 被害者が欧州各国で指名手配されていた犯罪者であること。 加害者が未成年であり、明らかに心神喪失状態であること。 諸々の問題が絡み、この事件は秘密裏に処理された。 犯人の少女は、死体と共に本国へ還された。 事件が報道されることもなかった。 一方としあきは、誰にも発見されぬうちに目覚め、手にした銃に気づいた。 不吉な予感に駆られ、夜の街を駆けずり回ったが、もう二度と少女には会えなかった。 それからしばらくして、としあきは姿を消した。 荷物は残していた。だが、たった一つ、一挺の拳銃を持ち出したことは誰も知らない。 そして、彼の行方を知る者もまた、誰一人として居ないのだ。 (終)