「トシアキ、何ですかその妖しい人形は」 「妖しい人形はないだろ……これは武装神姫って言ってな」 「ブソウシンキ?」 「ああ、こうして可愛い武装少女をぐりぐり動かしながら、着せ替えまで楽しめるスグレモノだ」 「……日本のOTAKU文化というものは理解に苦しみますね」 「そう言うなって、ああ、ぬこ可愛いよぬこ」 「……トシアキ?」 「ああ、わんこ可愛いよわんこ」 「……あの」 「ああ、黒子可愛いよ黒子」 「…………」 「ああ、白子可愛いよ白子……ってちょっと、メイジなにす……」 「こんなもの……っ!」 「あ、あああ!白子がメイジのヨーグルトでさらに真っ白に!!」 「……BUKKAKEもOTAKU文化の一つでしょう?」 --------------------------------------------------------------- 扉が、開く音。 「トシアキ、ご飯ですよ」 弾むような、少女の――メイジの声。 年端もいかないその無邪気な声に、俺は怯えていた。 「……今日は、タンシチューを作ってみたんです。はい、どうぞ」 鼻先に突き出されたそれは、明らかにシチューの…料理の匂いをしていなかった。 鼻腔の奥にこびり付く様な、栗の花にも似たすえた匂い。 その匙が、容赦なく俺の口の中へと突っ込まれる。 「お肉は少し固いですから、よく噛んで下さいね」 できる事なら吐き出したかったが、俺にその選択肢は用意されていない。 口いっぱいに広がる粘液の感触と、歯先に触れる固い肉塊の感触。 「美味しいですか?」 「…………」 「もう……言ってくれないと通じませんよ? トシアキ?」 その言葉に答えるべき舌は、俺の喉を通り越して胃袋へと落ちていた―― -------------------------------------------------------------- 「……という話はどうでしょう、トシアキ?」 「コメントに困るな」 「というわけで、手始めにタンシチューを作ってみました」 「……なぁメイジ」 「何ですかトシアキ?」 「タンシチューってのは、普通、ホワイトソースじゃないんだが」 「ホワイトソースのものがあってもいいじゃないですか」 「ついでに言うと、こんな異臭を放つ代物じゃないんだが」 「ヨーグルトテイストですよ」 「何としてもコレを食わせたいらしいな」 「それはもう、愛情をたっぷり込めて作ったものですから是非」 「……愛欲、の間違いじゃないのか?」 --------------------------------------------------------- >即興あきのとしあきはなかなかのナイスガイだぞ 「……とか言われてますよトシアキ」 「ナイスガイ…いい響きじゃないか」 「まぁ、お尻は開通済みなんですけどね」 「…だ、だがしかし、子供を大切に想い、しっかり養うつもりの俺はナイスガイに変わりないだろう?」 「まぁ、顔の悪い子供好きは、世間一般では『ロリコン』と見られるんですけどね」 「うう…世知辛い世になったもんだ……こんな誠実な若者を捕まえて『ロリコン』だなんて」 「まぁ、若者といっても、四捨五入するとさんじゅ……」 「頼むメイジ、それ以上言わないでくれ」 「ところでトシアキ」 「な、何だよ…メイジ」 「『ナイスガイ』でふと思いつく物は?」 「……アドンとサムソン?」 「それがお尻を掘られているところを想像してください……それが今のトシアキです」 「うわぁ……」 --------------------------------------------------------------- 「トシアキ、何ですかこれは」  怒気を孕んだ声。  まるで、俺の母親のような口ぶりのメイジ。  ふとそちらを振り向くと、メイジの手には一冊の本が携えられていた。 「……げ」  見覚えのあるその表紙。  表紙にデカデカと描かれたアニメ調の可愛い女の子。  その脇に申し訳程度に印刷された「成年向け雑誌」の文字。  先日俺が衝動買いしてしまった、ふたなりっ娘オンリーのアンソロジーだ。 「え、あ……それは、その――」  はたして、どう説明したものか。  うろたえる俺に向かって、メイジはため息を一つ。 「いえ、別にこれを隠していた事に怒っている訳じゃありません」 「へ……?」  意外なその一言に、間抜けな声が出た。 ****************************************************************** 「私が怒っているのは、この本の中身についてです」 「中身?」  俺が問い返すと、メイジは一気にまくし立ててきた。 「タマありなんて邪道です! 本来タマであるところに膣が出来るんですよ!?」  ……なるほど、そういうことか。 「ちんこがあるのにクリや尿道口が別オプションのようについてるのもおかしいです!」 「あ、いや……それは……」  漫画家も、まさかメイジのように両者が完璧に機能するふたなりが実在するとは思わないだろうし。 「それに何ですか、『おほぉぉぉ』とか『あみゃぁぁぁ』とか!? こんな喘ぎ声上げません!」  お話の世界だから、というのはどうやら通用しそうに無い。 「非常に冒涜的です! ふたなりを何だと思ってやがりますか!? 後で焚書してやります!」  段々、メイジの言葉尻が危うくなってきた気がする。 「ああ、もう! むしゃくしゃします! トシアキ、尻を貸しなさい、尻を!」 「ちょっと待て、何でそうな……おほぉぉぉぉぉ!!」  俺は、漫画のような悲鳴を上げながら、エロ本の隠し場所だけは変えようと思った―― ------------------------------------------------------------------------ >「ブルガリア発→日本着→としあき邸訪問」  船倉に身を潜めて一週間。  自分の身体が酷く臭うのがわかる。  髪はほつれ、指に絡まる。  そろそろ我慢も限界に達しかけていた。 「少し……少しくらいなら……」  トラベルバッグから白い粉を一袋取り出し、端を切って残り僅かになった飲料水に溶かす。  さらに別の袋を破り、同じく水に加える。  そして、そこまでして気付いてしまった。  ここには電子レンジはおろか、加熱器具などありはしない事に。  私はオナホの出来損ないを手にしたまま、ただ絶望に打ちひしがれる事しか出来なかった…… *****************************************************************  久々に踏む大地の感触。  船の揺れに慣れていたせいか、まだ身体がぐらぐらと揺れているような錯覚を覚える。  あの後、どれくらい時間が経ったのか憶えていない。  オナホの出来損ないを啜って命を繋ぎ、紙も無しにそこらへ欲望を撒き散らす日々。  それとも今日でオサラバだ。  あたたかな食事も寝床も、きっとある。  そして――  あたたかな。  そう、温かな。  温かな「穴」も―― 「じゅる……」  思わず垂れそうになった涎を啜り上げ、紙片を握る手に力がこもる。    フタバ…トシアキ……  その住所を目指し、私は歩き始めた。