『あるビジネスマンの週末』 まったく酷い一週間だった。 苛立ちで眉間に皺が寄っているのが自分でも分かる。 使えぬ者どもがヘマばかりして、その後始末に追われてばかりだった。 私のビジネスは上手くいっているが、無能な部下が多いのにはウンザリする。 さっさとこの状況から抜け出したいが、その前にストレス解消だ。 私は〈クラブ〉へと足を運んだ。 私のビジネスにも関係している、秘密のクラブだ。 ここはサービスが良い。 会員でもある私はなるべく便宜を図り、ここには良い〈商品〉を回してやっている。 従業員もそのことはよく心得ていて、私はほぼ自由に出入りが出来る。 早速最上級の部屋に通された。 **************** 「ようこそお越し下さいました」 挨拶に来たのはここの支配人だ。 私とはビジネスの場でも顔を合わすことがある関係だ。 「一週間のストレスを解消したいのでね。楽しませてもらうよ」 「でしたら、ちょうど良い時に来られました」 「ほう、何があるのかな?」 「実は今夜初めて店に出る娘がいるのです」 初めて? 誰のことだ…? 「私がここに回した娘は、もう全員店に店に出たはずだが…」 「ええ、偶然こちらで買い取ることになった娘です。なかなか良いと思うのですが、どうでしょう、初めての相手になって頂けませんか?」 **************** 案内された部屋の前で壁に隠された覗き穴から中を覗く。 壁の向こう側、客を取る為の部屋の中ではドールのように着飾った少女が椅子に座っていた。 ショートヘアの金髪碧眼で、左の前髪を長く垂らしているので表情は半分しか見えないが、どこかそわそわしているのは分かる。 10歳と聞いていたが今夜が初めてだけあって、まだ年相応のあどけなさを感じられるのが実に良い。 あの支配人が良いと言うのだから悪いはずがないと思っていたが、容姿も素晴らしい。 「いかがでしょう。お気に召されましたでしょうか?」 後ろに控えていた支配人が近づいてきて囁いた。 「ああ」 私は手短に答える。 これで今夜の相手は決まった。 **************** 私はドアをノックし、少女のいる部屋に入った。 ここからは完全に私と彼女の2人だけだ。 ランクの低い会員なら密かに監視カメラでやり過ぎたりはしないかチェックするのだが、最高ランクの私にはそんな不粋な措置はない。 じっくり楽しませてもらおう…。 「こ、こんばんは。貴方が、今夜のお客様ですか…?」 少女は私を見るなり椅子から慌てて立ち上がり、おずおずと挨拶をする。 「そうだよ。初めまして。緊張しているのかな?」 「は…はい…」 「だろうね。だが心配はいらないよ。私は支配人からも信頼が厚い。私のことは何か聞いているかね?」 「はい、最高ランクの会員様だから安心するようにと…」 「その通り。だから怖がらなくていい」 「分かりました…あの、私、頑張ります!」 **************** そう言って少女は真剣な目で私を見つめる。 なかなか健気ではないか。 「うん。君も聞いているだろうが、ここに来る者はみんな沢山のストレスを抱えている。 君が私を癒やしてくれたら、私の専属にしてあげてもいい。 そうなれば、低ランクの下衆な会員の相手などしなくて済むのだが…」 「…本当ですか? 私が最高ランクの方の…」 彼女の表情に、期待と不安が浮かんだのを私は見逃さなかった。 「ああ! 約束しよう。君が私を満足させれたら、私の専属にしてあげる。 それにね…ここだけの話だが、実は私は近いうちにもっと高い地位に就く予定でね…」 「高い地位…ですか…?」 「そうだ。そして私はこの店にとって更に重要な人物になる。君ならこの意味が分かるね?」 **************** 少女は緊張した表情になり、両手でスカートを握り締めた。 しかし姿勢を正してはっきりと言った。 「お客様に満足して頂けるよう、精一杯努めます」 聞き分けの良い子だ。 やはり子供は素直なのが一番だ。 私はそっと彼女の肩に手を置き、その体を抱き寄せた。 「良い子だ。頼むよ。素晴らしい週末にしておくれ…」 「はい……素晴らしい“終末”を」 「うぐっ!!?」 なんだ!? 痛い!! **************** 少女が私の手を払って跳び下がった。 「な、何が…」 腹に痛み。急速に気分が悪くなる。目の前が暗くなってきたようだ。 私は少女を目で追った。 「な、なんで…」 なんて冷たい表情だ。私を見つめる瞳はまるで氷だ…。 ふと彼女の右手に何か握られているのに気が付いた。 (は、針…?) 私は体から力が抜けていくのを感じていた…。 **************** 「ターゲットに裏切りの計画ありとみなせる発言を確認し、毒を注入。 その後仮死状態のターゲットを処理班が運び出し、命令通りに処理。 裏切り者の処刑は完了しました。報告は以上です」 任務遂行から一夜明け、ボクは結果を〈パパ〉に報告していた。 報告を聞いた〈パパ〉は満足げな笑みを浮かべた。 「よくやった。我が〈息子〉よ」 「光栄です」 「ところであのロリコン野郎、最期までお前を女だと思っていたのだろうか?」 「だと思います」 「素晴らしい。〈ノヴ・ザ・トラップ〉の名に相応しい、見事な騙しぶりだ」 「恐縮です」 「ご苦労だった。下がってよい。今日はゆっくり休め」 「失礼します」 **************** 報告を終えたボクはボスの部屋を出た。 自室に向かう途中、ボクは自分の服装に目を向けた。 ボスの前に出るから地味目にしたが、今日のコーデはネイビーのレトロなワンピース。 くるりとターンして、スカートの裾を翻す。 ああ…この服もやっぱり可愛いな…。 ボスは「見事な騙しぶり」と言ったけど、ボクは騙すために可愛い服を着てるんじゃない。 ただ自分が好きだから、着たいから着てるんだ。 だけど、今のボクは組織のエージェント〈ノヴ・ザ・トラップ〉。 もう一つ付けられたあだ名は〈フロストハート〉。 ボクの心が凍っているのは本当の気持ちを閉じ込めるためだ。 任務も何も関係なく、ただ好きな服を着て、可愛いものと過ごしたい。 いつかきっと、そんな日常を手に入れてやる。 (終) **************** SSはこれで終わりますがあと試しに今回のノヴを描いてみました 視点の都合で書けませんでしたが暗殺に使った針は袖の中に隠していた暗器です 仕掛けか遠心力で飛び出した針を掴み取って使うという設定です 台詞にもありますが暗殺には毒を塗って使います それではこれで投稿を終えます (挿絵=イラストまとめ10の3行目、左から3番目)