「ふぅ……」  温かなインスタントコーヒーで一息つきながら、軽く嘆息する。  嘆息するのは今日何度目だろうか。  ふと顔を上げれば、同じく湯気の立つマグカップを傾けるメイジと、猫舌なのかマドラースプーンでコーヒーをかき回すノヴの姿。  ノヴはいつの間にかウイッグを着け直し、女装モードに戻っている。  こうして見てみると、メイジそっくりで女の子にしか見えない顔立ちだ。  パッと見た感じ、相違点は瞳の色くらいしか見当たらない。  ……本当に男の子で合っているんだろうか。 「えーっと、ノヴ君?」  俺の呼びかけに、ノヴが顔を上げる。 「あ、『ノヴ』だけでいいですよ、トシアキさん」 「それじゃあノヴ、キミは男の子……でいいのかな?」  よくよく考えてみれば、失礼この上ない質問だろう。 「なっ……お、男ですよ、れっきとした男です!」  案の定、ノヴは少しぶすっとした表情を浮かべた。  ……言われてムッとするくらいなら、最初からそれらしい格好をしてほしいものだ。  隣のメイジが妙な顔をしたのが、少し気になる。 「ごめんごめん、でも、どうして女装なんか……?」 「あ、う……それは、そのー」  俺がさらに問うと、ノヴはなぜか言葉を濁した。  何か、言えないような理由でもあるんだろうか。  しかも、わざわざメイジそっくりに扮している辺り、ただの女装癖というわけでもなさそうだ。  加えて、いくら同年代としても、彼はメイジに似すぎている。  ウイッグや服装を差し引いても、顔や体つきはメイジに瓜二つだった。  黙ったままのノヴを見るに、あまり突っ込んだ事を聞くべきじゃないのかもしれない。 「いや、二人があんまり似てるものだから、もしかすると双子だったりして……なんてさ」  軽い冗談で流すつもりだった。  だが、その一言にノヴはますます落ち込んだような表情を見せる。  何かマズい所を突いてしまったらしい。  気まずい空気が部屋にあふれ出す。 「そ、そういえば、ノヴのその銃、ちょっと見せてくれないかな?」 「あっ、はい……」  強引に話題を変えた俺に、素直に拳銃を差し出すノヴ。  やはり、あまり触れてほしくない話題だったらしい。    ノヴから受け取った拳銃を眺める。  全体的なシルエットは、メイジの持つガバメントと変わりない。  しかし、スライドとグリップにあしらわれた三角形のマークが目を引いた。 「へぇ……デルタエリートか、珍しいね」  コルト・デルタエリート。  1980年代に.45ACPよりも小型で9mmパラベラムよりも強力な弾薬として話題を集めた、10mmオート弾。  これはその10mmオート仕様のガバメントバリエーションだ。  しかし、反動が強力すぎて扱い辛く、早々に市場から姿を消したといわれている。 「あ……気をつけて」  ノヴの心配そうな声を聞きながら、セイフティを解除してマガジンを抜き出し、銃をひっくり返してスライドを引く。  チェンバーに装填されていた初弾が、エジェクションポートから転がり落ちた。  転がり出た弾丸を手に取り、薬莢底部の刻印を眺める。 「ん? これ……弾丸が違うね?」  そこには『10mmAuto』ではなく『.40S&W』と打刻されていた。 「はい、弾丸の扱いやすさと供給性を考慮して.40S&Wにコンバージョンしてあります」  なるほど、道理は通っている。  .40S&Wは10mmオートの薬莢を短縮し、装薬を減らすことで反動を抑えた弾薬だ。  弾丸の直径も約10mm同士で近く、やろうと思えば口径を換装……コンバージョンするのもそう難しい事じゃない。  それに、既に市場から姿を消して久しい10mmオートよりも、広く受け入れられているため製造メーカーも多く、比較的入手しやすい弾丸でもある。  ……もっとも、この国で弾丸の供給云々を言っても仕方ない気もするが。 「ほー、よく考えてるんだなぁ……」 「さっきの身のこなしといい、この手慣れた所作といい……メイ、一体この人、何者なの?」 「……普通のフリーター、だそうです。『OTAKUとは往々にしてこんなものだ』って……」  銃を弄くり回す俺の背後で、二人がヒソヒソと言い合っているのが聞こえる。  二人の脳裏で、『OTAKU』という人種がどんなイメージになっているのか……想像するとなかなか面白いかもしれない。 「……っと、もうこんな時間かぁ」  デルタエリートを弄くり回していた手を止め、時計を見ると、既に30分近くが経過していた。  そういえば、バイトから帰って来てそのままだったことを思い出す。  冬場と言えど、暖房の効いたホール内を動き回ったせいで、襟元から汗の匂いが漂ってくる。  ふとメイジを見ると、退屈したらしく俺の本棚からDVDを引っ張り出してあれこれ選んでいた。 『吸血鬼ドラキュラ』だの『透明人間』だの『フランケンシュタイン』だの……かなり古い怪奇映画ばかり選び出しているのは彼女の好みなのだろうか。  俺がそういう古い映画が好きだというのもあるけれど。 「メイジ、お風呂先に入るよ?」 「はい――あ、ちょっと待ってください」  そんな彼女に問いかけると、メイジは何かに気付いたように俺を呼びとめた。 「……どうしたの?」 「えーっと、その、今ノヴが入ってます……けど」  問い返した俺に向かって、微妙な口調で答えるメイジ。  ふと見回せば、なるほどノヴの姿が見当たらない。  長旅で結構汚れてたみたいだし、汗を流したかったのだろう。  そんな事を考えながら、俺はほくそ笑んだ。 「よーし、男同士、裸の付き合いと行くかぁ」  手っ取り早く打ち解けるなら、裸の付き合いが一番だ。  俺はオッサン臭くタオルを肩に担ぐと、部屋を出る。 「あ、でも……!」  メイジが停めようとするが、お構い無しだ。  男には男の流儀と言う物がある。  ……彼女も言ってみれば半分男なのだが、この際気にしないでおく。 「ノヴー? 入るよー?」  中に居るであろうノヴに問いかけながら、俺は脱衣所の扉を勢い良く開けた。  目に入ったのは、子供子供したプニプニ感をかもし出す白いお尻。  そして、幼い背中。  まだ性が顕現する前の、なだらかで中性的なライン。  その細い肩越しに振り向いたノヴの瞳と視線がぶつかり―― 「え……、きゃわぁっ!?」  手近にあったバスタオルで胸元から下を隠しつつ、ノヴがなんとも奇妙な声を上げた。  その動作がいやに性的に見えて―― 「あ、ご、ごめん!」  思わず、ドアを閉めてしまう俺。 「きゃわぁっ」って……男の子、だよな……?  しかも、男なら普通股間を隠すだろうに……  あまりにも女の子じみたノヴの反応に、俺は不覚ながらも動悸が止まらずにいた――