『メイジとブラックの初めての外食』 ブラックがこの家で暮らし始めて数日が過ぎた日のこと。 「やべ、メイジ達の昼飯…」 夜、冷蔵庫の扉を開けてとしあきが呟いた。 「私達がどうした?」 「あっ、メイジ。実は明日のメイジ達の昼ごはんがないんだ…」 「すると…」 「ああ、お金置いておくから、明日の昼は亜希のトコで食べてくれないか?」 「分かった。場所は覚えているから問題ない」 「よかった。ブラックはまだ行ったことないから、メイジ達が連れて行ってくれ」 「分かった」 「すまん。頼んだ」 **************** そして翌日の13時頃、私達3人は〈としの家〉を訪れた。 昼の混雑を避け、少し遅めの昼食にしたのだ。 前夜にとしあきが連絡を入れているので亜希は事情を分かっている。 「こんにちは。キミがブラックちゃん? 初めまして、あたしは亜希。よろしくね」 「初めまして~! アタシごはんすっごい楽しみー!」 「アハハッ、そう言ってくれると嬉しいなぁ。さ、空いてるトコどこでも座って座って」 今日はやけにブラックが浮かれている。 様子だけでなく、彼女が言った〈感覚共有〉とやらでもそれが伝わってくる。 一体どうしたのだろう? 「ブラックは随分楽しみにしてたんだね?」 ノヴが尋ねた。 「うん! だってアタシ外食初めてだもん!」 **************** 外食が初めて…。 そういえばまだブラックの過去について聞き出せていない。 組織にいた頃の私の名を知っていた以上、恐らく彼女も組織の人間だとは思うのだが。 「えっ、外食初めてってマジで?」 「マジマジ~」 「そっか、じゃあ父さんに頑張って美味しく作るよう言っとくね」 「ありがとー!」 ブラックは亜希と呑気に喋っている。 流石に店内では亜希や彼女の両親がいるから聞けない。 問うのはここを出てからにしよう…。 **************** 「おぉ~ッ…美味しい!!」 ブラックは注文した料理を勢いよくかき込み出した。 「あむあむあむ…アチチ…」 「…もう少し落ち着いて食べろ」 つい口を挟んでしまった。 「だってコレすごく美味しいんだもん、止まんないよ~」 「そんなにか…?」 「うん! としあきのごはんも美味しかったけど、ここのはもっと美味しい!」 「嬉しいねぇ。そんなに喜んでもらえたら」 亜希が席にやって来た。 「亜希! 亜希! 今まで食べた中で一番美味しい!」 興奮気味に話すブラックの表情は、この数日間で見たことがない笑顔だった。 **************** 「バイバ~イ、また来るね~」 ブラックが満面の笑みをたたえて両手を振っている。 食事を終えて店を出る私達を、亜希だけでなくその両親までが見送りに来てくれた。 もう他に客がいなかったのもあるが、あれだけ喜んで食べてくれたなら、料理人としては嬉しいことだろう。 「うん、美味しかった~」 「ご飯のおかわりもしてたもんね」 「幾らでも食べられちゃうよ~」 帰り道、ブラックはノヴと談笑しながら歩いている。 私は黙って2人の後をついて歩く。 〈感覚共有〉のおかげで、彼女の喜びは手に取るように分かる。 そして家に帰り着いた。 ご機嫌なところ悪いが、聞きたいことは聞かせてもらう。 **************** 「ブラック、聞きたいことがある」 帰宅するなり私はブラックに問い掛けた。 「なに…?」 彼女が緊張しているのは、私の緊張が〈感覚共有〉で伝わったからか。 「ブラックは組織でどういう立場だったんだ?」 ブラックが沈黙する。 「姉さん、それは…」 ノヴが何か言いかけるが私はそれを手で遮る。 「外食が初めてというのは、外に出たことが無いということか?」 私は再度問い掛ける。 「逃げたのが初めての〈外〉だよ…」 ブラックが答えた。 静かな、これまで聞いたことのない声だった。 **************** 「初めてというのは、ずっと幽閉されていたということか?」 「うん。アタシは逃げ出すまで、研究所の外は話でしか知らなかった」 「研究所…それは組織のか?」 「うん。まあそう聞いただけなんだけど」 私は少し考えた。 ずっと研究所の中にいたということは、私やノヴのような仕事を与えられていたのではない。 何らかの研究に関わっていたのだろうか。 彼女が研究員や職員ではないとすると…。 「ブラックは…研究所で何をしていた?」 「うーんと、勉強とか色々教わったりしたけど、後はなんかよく分かんないテストとか検査とか…」 やはりそうか…。 **************** その時ノヴが言った。 「姉さん、そろそろいいんじゃない?」 私はうなずいたが、まだ聞かねばならないことが残っている。 「ブラック、最後にもう一つだけ聞かせて欲しい。私が組織にいた頃の名を何故知っていた?」 ブラックは再び黙り込む。 だが〈感覚共有〉で伝わってきたのは…〈迷い〉か…? 私は待つことにした。 「誰にも内緒って約束だったけど~、ここは組織じゃないからいいよね~? あのね~、組織のこととかメイのこととかはー、ディセお姉ちゃんが教えてくれたの~」 ディセ、12月の姉か! 確かに彼女ならおかしくないかもしれない。 私は(多分ノヴも)あの世話焼きな姉を思い出していた…。 (終わり)