『後日談・としあきと2人の話』 ノヴが来て数日が過ぎた。 今のところこちらでの生活に不満はないようだ。 だがそれよりも大きな変化というと。 「もっと速く。足を使え」 「こう?」 「そう、よくなった」 リビングの真ん中でメイジとノヴが、〈突き付けられた銃を奪う技〉を練習している。 片方の手で銃を掴み、もう片方の手で何かしてるようだが、それ以上は鮮やか過ぎてさっぱり分からない。 まあそれはともかく、当たり前のように銃を扱う2人を見ていると、ここがどこの国か分からなくなってくる。 見ているうち、どうやら練習が終わったらしい。 2人は銃を片付けると、水を飲んだりし始めた。 俺は休んでいる2人に話しかけた。 **************** 「あのさ、聞きたいことがあるんだけど…」 「なんだ?」 「なんですか?」 2人の視線を受けて、一瞬怯みそうになったが思い切って尋ねる。 「2人はブルガリアで何してたの?」 そう言った瞬間、2人の表情が微妙に硬くなったのが分かった。 いつもはっきりと話す2人には珍しく、話しづらそうな様子だ。 うーん…これはまだ話してくれなさそうな感じ? 俺は咄嗟に違うことを聞いた。 「あ、それなら質問変える。2人と克明さん…親父とはどういう関係なのかな?」 **************** そう聞いた途端、2人の様子が一変した。 硬かった表情が柔らかくなり、いつもの調子で答えてくれる。 「克明は私達のインストラクターだった」 「ボク達に色んなことを教えてくれました」 「色んなことって…さっきやってたような技も?」 「いや…それは別だ」 「ボク達が克明さんから教わったのは、主にサバイバル技術です」 サバイバル技術!? あのクソ親父、そんなこと出来たのか? くそ、アイツがどういう人間なのか本当に分からないな…。 2人の話によると、アイツが教えていたのは自然の中で生き延びる方法らしい。 水や食べ物の集め方とか、シェルターの作り方とか、そういった技術のことだという。 2人はなんでそんなものを教わる必要があったんだ? けど、それは最初の質問に関する疑問なんだろうな…。 **************** とにかく2人の話をまとめると。 (1) 克明さんはサバイバル技術のインストラクター。 (2) 2人は技術を教わる中で克明さんと親しくなり、訓練終了後にも会うようになっていた。 (3) そしてある時、克明さんは2人を自分の子として迎え入れると言い出した。 (4) だが3人で日本に向かう途中、〈アクシデント〉があってノヴとは離れ離れになり、最終的に克明さんは死んだ。 ということらしい。 「そっか、やっぱり死んだんだな…。いや、それは最初に聞いてたか…」 「すまない」 そう言ってメイジが深々と頭を下げた。 「いや、メイジが謝ることないよ」 「違う。私には言い出せなかったことがある」 「え…なに?」 **************** メイジは答えず、寝室に行った。 そして何かを手にして戻ってきた。 「最初に渡すつもりだった。だが、としあきは克明のことを嫌っていたようだったので…」 「あー、そういうことなら、メイジが気にすることないよ」 「受け取って欲しい」 そう言ってメイジが差し出したのは、口を縛ったビニール袋だった。 これは…。 「克明の遺髪だ。それしか取れなかった…」 俺はビニール袋を見つめて、何と言ったらいいか分からなくなった。 そして、やっと一言だけ「ありがとうな」とメイジに言った。 それだけは言っておかないと駄目だと思った。 **************** その日の深夜、2人が寝てから俺は物置にしてる部屋で探し物をしていた。 目的は古い写真を収めたアルバムだ。 昔の写真を見れば何か分かるかもしれないと思ったのだ。 そして俺は一枚の写真を見つける。 「親父…自衛隊にいたのかよ…」 俺の記憶では普通に勤めていたから、恐らく俺が生まれる前のことではないだろうか。 俺は知らなかったが、このことは母さんなら知っていたはずだ。 けど、10年以上前にアイツがウチを飛び出して以来、俺はアイツのことを話題にするのを避けていた。 だから俺は聞いてないのだろう。 多分あの2人は、俺より親父のことを知っているんじゃないか。 今日の様子だと、どこまで話してくれるか分からないところはあるが、それでもいつかちゃんと話をしよう。 俺は改めてそう思った。 (終)