『としあきとメイジのぬいぐるみ(出会い編後日談)』 メイジがうちに来て数日後のことだ。 俺は洋服タンスの前でキリだのドライバーだのを使っていた。 何をしているのかと言えば、メイジの銃の保管庫作りである。 メイジが早くきちんと保管したいと言うので、考えた末に今ある家具を改造することにしたのだ。 生前の母さんの物を幾らか処分して中身の少なくなった安物のタンスが一つあったので、それを空けてメイジに譲ることにした。 上の部分はコートなどを掛けるスペースになっていて、観音開きのドアが付いている。 そこに金物屋で買ってきた金具を取り付け、南京錠を掛けられるようにした。 「こんなんでどうかなぁ?」 出来上がったものをメイジに見せた。 「…まあ、いいと思う」 ちょっと不満そうか。 本来はガンロッカーというもので保管するらしいが、違法な物のためにそこまでするのは気が進まない。 だからといって、いい加減にしまって盗まれたりしたら大変だ。 結局これが妥協点で、俺にとっての精一杯だった。 あまり気に入った様子ではないが、メイジは保管庫になったタンスに荷物を移し始めた。 **************** 俺はメイジの作業を横で見ていた。 コルト・ガバメントというのは分かったが、あとはよく分からなかった。 大小様々の銃の他はサバイバルナイフや折り畳みナイフなども。 それから弾の入った紙箱も多かったが、何か分からない包みも幾つかあった。 もう終わるかなと思った頃、メイジはちょっと意外な物を引っ張り出した。 ウサギのぬいぐるみだ。 ピンク色のちょっと不気味なデザインだが、耳が長いのはウサギだろう。 へえ、可愛い物もあるんだ、と妙な感心していた俺の目の前で、メイジはぬいぐるみをタンスに入れようとした。 「えっ、それもそこなのか?」 「それというのは、これのことか?」 「うん。大事な物じゃないの?」 「いや…これならすぐ替わりを用意出来る」 何を言っているんだ? 俺はぬいぐるみ趣味はないが、一般的に言ってぬいぐるみは大事なものじゃないのか? メイジにとっては違うんだろうか? **************** 「あ、あのさ、ちょっとその中じゃ可哀想じゃないかな。それに替わりがあるからいいってもんでもないだろ?」 「……すまないが、何を言いたいかよく分からない。道具に可哀想とはどういうことか?」 「ちょっと待ってくれ。道具ってどういうこと?俺もよく分からない。それはメイジにとってどういう物なのか教えてくれよ」 俺がそう言うと、メイジはチラッと視線を外した。 いつも真正面からこっちの顔を見るメイジにしては珍しい。 少し考え込んでいたようだが、またこっちを向いた。 「これはカモフラージュの道具だ。中に銃その他の武器を入れて持ち運ぶ。これ自体をトラップ等に利用することもある」 俺は絶句した。 メイジが普通の子供ではないことくらい分かってたつもりだ。 だが、彼女自身の口から語られるとショックだった。 これから俺はこの子とどう向き合えばいいんだろう? 克明さん……イヤ、クソ親父はどこまで考えてメイジを娘にすると言ったんだ? 「としあき?どうした…」 メイジが聞いてきた 俺は悩んで、ようやく応えた。 **************** 「なあ、メイジ。せっかく日本に来たんだ、新しい生活を始めよう」 「新しい生活か。どのようなものだろう」 俺は意識して、ゆっくり、はっきり声を出し、メイジに語りかけた。 「これからはこのぬいぐるみを、道具じゃなく、友達として、大事にしてあげて欲しいんだ」 「…ぬいぐるみは人ではないが」 「いや、想像力とか、大事にしようって気持ちがあれば、人じゃなくても、友達になれるんだ」 メイジは黙って聞いている。 何か考えているようだ。 どう理解してくれるのだろうか。 「なら、どうすればいい?何をする?」 む、そう来たか。 どうしよう、具体的な方法は…。 「えっと、そうだなー」 考えろ考えろ! あっ、そうだ。 **************** 「じゃあ、まずはこの子に名前を付けてやろうか。これとか道具じゃ、可哀想だからね」 「可哀想というのは分からない。だが、名前なら克明が付けていた」 「えっ!?」 ど、どういうことだ!? 克明さんが?なんでまた…。 「克明はこれを、〈ウサ吉〉と呼んだ。そして、わたしにもそう呼ぶよう求めていた」 「そ、そうなんだ…」 「克明も言っていた。可哀想だと。わたしはよく分からなかった」 クソ親父も同じことをしていた…? 俺はアイツと同じ考えなのか…? 「だから、その名も呼んだことはない。だが、としあきも求めるのなら、やってみよう。これは今後〈ウサ吉〉だ」 「う、うん…」 「やっぱり親子なのだな」 珍しくメイジが微笑んでいたように見えた。 俺は正直それどころではなかったが、なんとか笑い返そうとしていた…。 (終)