『としあきとメイジの出会い5』 前回のあらすじ としあきがメイジに掘られた翌朝。 としあきはメイジを責めるまいと誓うが、風呂で一人泣いた。 そしてこの経験は貴重な資料だと開き直るのだった。 **************** 涙を拭いて風呂から出てみれば、メイジはテレビは飽きたのか、銃をいじっていた。 俺にはよく分からないが、やっぱり手入れとかあるんだろう。 そういえば保管庫がどうとか言ってた気がする。 確かにこんなものを放りっぱなしにしたり、適当にタンスやクローゼットに突っ込んどく訳にはいかないよな。 じゃあどうすればいいんだ? 頑丈で、鍵が掛かって…とにかくそういうロッカーか何かだ。 それに着替えもまだ足りないから、今度亜希に手伝ってもらって買う約束だ。 うーん、何か色々必要だな。 やっぱ子供を持つってお金がいるんだなぁ…。 俺は普段は精々バイク関係しか余分なお金は使わない。 だが、漫画の資料を買うことがあるから、意外と使っている時もある。 家計を見直さないとな…そこまで考えて、「漫画の資料」から思考は漫画に飛んだ。 そう、俺はこれでもデビューを果たした漫画家だ。 だけど、現状の仕事はアシスタントだ。 メイジが来たことですっかり忘れていた、昨日の打ち合わせを俺は思い出していた…。 **************** 「あの、何がダメなんでしょう?」 俺は月無さんに聞いてみた。 月無さんは少し考えて言った。 「うーん、悪くはないのですがね、人気は苦戦するだろうな、というのが正直なところでして…」 「それって結局つまんないってことですよね…」 思わず暗い声で答えると、月無さんは頭を掻きながら言った。 「いや、全くダメという訳でもないのですがね…。うーん、もっと思い切ってやってもいいのでは?」 思い切って?どういうことだ? 「これもいい話だとは思いますがね、人気商売という面から見ればこぢんまりし過ぎですよ。もっと弾けていいと思うのですがね」 そうなんだろうか? 俺は考え込んだが、月無さんは話を続けていた。 「後はもっと新しいものに挑戦してみてもいいと思うのですがね。これまでやらなかったことを考えてみて下さい」 「新しいもの…ですか」 「ええ、言っては悪いがこのままではジリ貧でしょう。この状況を打破する何かを見つけるために、とにかく思いつく限りのアイディアを試して欲しいのですがね」 …そんな話だった。 **************** 新しいことをやれ、か。 確かに現状を考えれば、それもやってみる価値はあるかもしれない。 でもそれって何だろう? 俺はバイクが好きだから、バイクと少年の漫画を描きたかった。 運良くデビュー作はそういう内容で描くことが出来たが、打ち切られた。 もう一度これをやりたいが、すぐには無理だから、とりあえず学園物を中心に考えていたのだ。 題材はスポーツからラブコメまで考えて話してみたが、どれも没だった。 それ以外だったら、後は何がある? SFとかファンタジーか? 嫌いではないから、考えてみてもいいとは思う。 ただ問題はやっぱりアイディアだよなぁ…。 そんなことを考えていて、ふとメイジの姿が目に止まった。 メイジはまだ銃をいじっていた。 「あっ…」 その時俺はあることを考えついた。 **************** メイジの様子を見ていると、銃の扱いは手慣れているように見える。 すると、彼女はあの銃をきちんと使えるのではないか? もし彼女から銃について、使い方について聞き出せたらどうだろう? それは本やネットよりも良い資料、情報にはならないか? それを元にして、ガンアクションを描いたら…ちょっと他の作家には真似出来ないものにはならないだろうか。 「行けるかも…」 思わず呟いてしまった後で、俺はハッと我に返った。 なんてことを考えるんだ。 つまり、メイジを仕事に利用するために置いておこうということじゃないか。 それは人としてどうなんだ? でも、このまま描けないと、仕事が無くなって養うことも出来ない。 突然見知らぬ子供が転がり込んできて、一緒に暮らすことになる。 物語としてはありがちかもしれないが、現実に体験した人はそう多くはないと思う。 漫画家としてはこの状況を、オイシイと思うべきでは? 俺は頭を掻きむしっていた。 **************** 「としあき、どうした?」 静かな声がそう聞いた。 顔を上げると、いつの間にかメイジが近くに立っていた。 口を真っ直ぐに結んで、じっと真っ直ぐ俺を見ている。 ウチに来てから、この表情しか見たことがないが、何となく心配してくれてるんだと分かった。 「ああ、悪い、驚かせたか?ちょっと仕事のことを考えてたら、アイディアに詰まってね…」 「仕事か。そういえば、としあきの仕事は何だ?」 「漫画家。と言っても、今は作品が描けなくて、アシスタントやったり、小さな絵を描いたりしてる」 「そうか。としあきは悩んでいるのだな。だが、わたしは漫画は分からない。力になれなくて、すまない」 抑揚の無い声だ。 だけど冷たくは聞こえない。 多分、ただこういう話し方をするというだけなんだろう。 この子を心配させちゃいけない、改めてそう思った。 あ、でもやっぱネタになりそうなことはメモさせて欲しいな…。 これが俺とメイジの新しい生活の始まりだった。 (終)