『メイジととしあきの1周年』 以前としあきは言っていた。 1周年のお祝いでもするか、と。 どうやら本気らしい。 「メイジの好きなもの作るよ。何がいい?」 好きなもの…と言われてもよくわからない。 これまでは食べられればそれで良かったのだ。 好きも嫌いもなかった。 だが、この国に来てからは違った。 おいしい、というのはこういうことかと知った。 この国で口にしたものはどれもおいしいと思う。 少し考えて、私は言った。 「亜希のところの…唐揚げ」 ここに来て最初の食事だった。 **************** 「あれかー」 「いけなかったか?」 「そんなことはないけど…う~ん、お祝いを定食屋でやるのもなんか…」 としあきは考え込んでいる。 まずいことを言ったのだろうか。 「としあき、他のものを考える」 「いや、気にすることないよ。ちょっと亜希に相談したり、考えてみるからさ」 やっぱり良くなかったような気がする。 ただこの時はこれでとしあきとの会話は終わった。 その夜寝室に入ると、ブラックとノヴが聞いてきた。 「ね~ね~、お祝いの時ってー、としあきに何か贈る~?」 「3人で用意しようよ。ボクらも一緒に考えるからさ」 贈り物?…また難しくなってきた気がする。 **************** だが難しいが、それも悪くないと思った。 世話になっているのは確かなのだから。 問題は。 「としあきは何を欲しがっているのだろう?2人は分かるか?」 「としあきさんの趣味といったら…やっぱりバイク?」 「え~?としあきはオタクだからー、やっぱそーゆー系のだって~」 答えが出ない。 というか、としあきの趣味の物となると、私達の小遣いで足りるのか? 3人揃って黙り込んでしまった。 するとノヴがおずおずと発言した。 「今度、亜希さんに相談してみるのはどう…?」 それがいいかもしれない。 この夜はそれで話し合いは終わった。 **************** 3人で話し合った翌日、私達は亜希の家を訪れた。 亜希の家…食堂〈としの家〉は準備中だったが、亜希は私達のために時間を割いてくれた。 「さてさて、相談というのは何かなー?」 「実は…」 私達は事情を説明する。 そして本題の、としあきに何を贈ればいいかを尋ねた。 亜希はなんと答えてくれるのか? 私達は彼女が返答するのをじっと待つ。 「ふーん。まあね、キミ達の気持ちは分かった。ただね」 ただ、何だというのだろう? 「別にさ、物に拘ることないんじゃないの?」 どういうことか。 私達は亜希の言葉に耳を傾けた。 **************** そんなことがあってから迎えた週末の夜。 テーブルにはいつもより多種の料理が並んでいた。 としあきが買い物や調理など、1日かけてくれた結果だ。 「ノヴのリクエストの手まり寿司、ブラックのリクエストのカレー、そして…」 そう言うととしあきは台所に引っ込んだ。 「メイジのリクエスト、亜希んちの唐揚げ!」 私は思わず尋ねていた。 「本当に用意してくれたのか?」 「ああ、おじさんに頼んでさ、作ってもらったんだ」 「それは…もしかすると、悪いことをしたのだろうか?」 「いや気にすんな。おじさんも、こういう注文受けんのもアリかもなって言ってたし」 「そうか…」 「そうそう、気にするようなことじゃないって。さあ、みんな食べよう!」 **************** 「ちょっと待ってほしい」 「ん?どうした?」 「その前に、私達から渡したいものがある」 「えっ!?」 私達はとしあきの前に並んだ。 「受け取ってほしい」 「ボク達の気持ちです」 「ハイ、どうぞー」 「メッセージカード…?」 『物もいいけどさ、それよりまず、みんなの気持ちをとしあきに伝えてあげたらどうかな?』 これが亜希からのアドバイスだった。 そこで私達はカードを買い、この1年の気持ちを書いて贈ることにしたのだった。 **************** メッセージを読んでいたとしあきは何も言わなくなった。 どうしたのだろうと思っていると、ブラックが近づいて顔を覗き込む。 「ねーねーとしあきー、泣いてるの~?」 「いや…なんか…自分でも予想してないくらいグッと来て…」 言いながらとしあきは目頭を押さえる。 やがて顔を上げると、ややオーバーな明るい声で言った。 「みんな、ありがとな。これは大事にするよ。冷めるから、もう食べよう」 私達は食卓に着いた。 「手まり寿司、綺麗でカワイイですね!作ってもらえて嬉しいです」 「まあ、よく考えたらカレーと一緒に出すのもなって感じだけど…」 「アタシが好きだからいーの!亜希の唐揚げも好きだし~、カレーに乗せよーっと」 3人が話しているのを眺めて私は思う。 そうだ、こういうのも悪くない。 (終)