『整理屋RZ』    1.車椅子の教師(前編) そもそもの発端は雪印めぐみの発言だった。 「隣のクラスの担任だけどさ、タダ者じゃないような気がするんだよね」 「隣の担任って、あの車椅子の先生のこと?」と森永あろえが聞き返す。 「タダ者ではないとは、どういうことですか?」と続けて双葉メイジも尋ねる。 二人の問いかけにめぐみは事の顛末を説明し始めた。 なんでも昨夜、同居する親戚の近賀芹がコンビニに行くと言うので彼女も同行したのだそうだ。 すると店の前で、その教師が不良少年たちと対峙していたのだ。 「いかにもヤバそうな雰囲気でさ、せり姉は通報する寸前、あたしもスマホで撮ろうかと思ったよ。 けどさ、先生静かな口調だけど少しも退かないんだよね。落ち着いてて、全然ビビってる感じしなくてさ。 最後は根負けしたヤンキーたちがどっか行っちゃった。いやぁなんかスゴかったなー」    2.車椅子の教師(中編) めぐみの話を聞いて、 「そんなことがあったんだ」とあろえが感嘆する。 「そういえば、あの先生には何か雰囲気がありますね」とメイジもうなずく。 「雰囲気ってどんな?」とめぐみが聞く。 「そうですね……穏やかだけど、芯がしっかりしている、とでも言いましょうか。 何かあっても簡単に動じたり、怖がったりしなさそうな雰囲気ですね」 そうメイジが説明すると、あろえも同意する。 「わかるな。たしかにそんな感じだよね。それに運動もできそうな感じがする」 「ああ、それもありますね。車椅子ですから腕が鍛えられるのは当然ですが、それだけではなさそうです。 全体的によく鍛えているんじゃないでしょうか」 「うーん、二人の会話はたまについていけなくなるよー」 議論するメイジとあろえ、ぼやくめぐみの三人の会話はやがてほかの話題に移っていった。    3.車椅子の教師(後編) その頃、くだんの教師は校舎の前で児童らを見送っていた。 彼が教員免許を取得したのは、20代の半ばを過ぎてからだ。 19歳の頃、不幸な出来事で両脚をほぼ根元から切断することになった彼は、しばらく荒れた日々を送っていた。 そんな彼を救ってくれたのが、ある施設の子どもたちや教員志望の学生たちとの交流だった。 親友が持ち込んで来たボランティア活動の紹介を、気まぐれに引き受けたのがよかった。 以後、彼は教員を目指すことで生活の立て直しにも成功できたのだ。 そうして教師となった今、彼がつくづく思うのは「子どもたちは光そのものだ」ということだ。 子どもは未来を作る希望そのものであり、その夢はそのまま未来へとつながっていく。 その笑顔こそまさに光であり、彼の抱えた闇を照らし、抑えてくれる。 だが、もうじき日が沈む。 今夜もまた、彼が自身の闇を解放する時がやって来る……。    4.ある会話(前編) 事の起こりは一週間前。 サングラスをかけた彼は、ある公園で待ち合わせをしていた。 定刻五分前、車椅子で待つその正面に一人の中年女性が立つ。 彼女が今回の“依頼者”だ。 会うのはこれが二回目で、今回は依頼の諾否を伝えるための面談になる。 いかにも疲れ切った、青白い顔の女性は心細げに尋ねる。 「あの……それで、調査の結果はどうなりました? わたしの依頼は引き受けてくださるんですか?」 にこりと微笑んで彼は答える。 「ご安心ください。お引き受けいたしましょう」 「ああっ……」 すっと強張っていた全身から力が抜け、思いつめた表情が安堵のそれに変わる。 「まあ、どうぞお掛けください」 そう言って彼は車椅子の傍らのベンチに座るよう勧める。 よほど緊張していたのだろう、彼女は深く腰掛け、背もたれに上体を預けると大きなため息をついた。    5.ある会話(中編) ため息のあと、彼女はハッと我に返り、弾かれたように居住まいを正す。 「ありがとうございます、ありがとうございます、本当になんと言ったらいいか……」 何度も頭を下げ、礼を述べながら今にも泣き出しそうだ。 「いえいえ、わたしはただの代理人。窓口に過ぎませんから」 「ああ、そうでしたよね。最初、てっきりあなたがなさるのかと思って」 「この体では無理ですよ。それに実行役が顔を晒すわけにはいかないでしょう?」 「それもそうですね。では、ほかの方たちにもよろしくお伝えください」 承諾の返事をもらえたためか、ずいぶんと声が明るくなった。 それに比例するかのように言葉数も増えてくる。 「それにしても、死んだ主人のためとはいえ、まさか自分が“復讐代行”の依頼をするなんてねえ」 「シッ! その二文字は禁句ですよ。それに前にも言いましたが、われわれはあくまでも『整理代行業』です」 「す、すみません……。でも、なぜ“整理”なんですか? その、するのは……ですよね?」 「ああ、そのことですか。ううん、たまに聞かれることなんですが、われわれが名乗る『整理代行業RZ』。 このRZってなんの略だと思います?」 「えっと、イニシャル? それかRがリベンジだとすると、Zは……ちょっと思いつかないですね」    6.ある会話(後編) 「そうなんですよね。聞かれる方はみんなそう言われます。でも、違うんです」 「え、じゃあ……」 「正解はですね、『リターン・トゥ・ゼロ』の略なんです」 答えを聞いても彼女は首をひねっている。 その様子を見ると、彼は『RZ』に込めた思いを語り始めた。 「犯罪被害者、あるいはその遺族や関係者が負う心の傷は、ほかの何に較べるべくもなく深い。 たとえばその人がどれほど幸福かを数値で表せたなら、それはマイナスではないでしょうか。  仮に復讐が成されたとしても、それでマイナスがプラスに転じることなどありえません。  ですが、それで気が済んで、気持ちの“整理”がついたなら、せめてゼロに戻れるくらいはあるかもしれない。 ですから、われわれは『整理代行業RZ』を名乗っているのです」 彼がすべてを語り終えた時、彼女は何かを納得したような表情を浮かべていた。 「わかりました。なぜかははっきり言えないですけど、あなた方はきっと本当に信頼できるんでしょうね。 どうかよろしくお願いいたします」    7.親友 依頼者に承諾を伝える面談から一週間。 すべての準備を整え、ついに決行の夜が来た。 自宅から少し離れた路上で迎えを待つ彼の前に、一台のハイエースが止まる。 「よっ、待たせたな。さっそく行こうか」 運転席から降りてきたのは、彼とは20年以上の付き合いがある親友だ。 彼が立ち直るきっかけとなったボランティア活動を紹介した人物である。 友人は手慣れた様子で彼がシートに座るのを手伝い、手早く空になった車椅子を積み込む。 「よーし、行くぜ、相棒」 言うなり、道交法の許す範囲で最大限に車を飛ばし始めた。 現場までの道すがら、車中で彼らは今夜の打ち合わせをする。 「防犯カメラの死角やらなんやらは調査済みだ。機材のチェックもクリア。あとはいつもどおりやってくれ」 「わかった。いつもすまないな」 「気にすんなよ。オレはお前の“メカニック”を買って出たんだ。好きでやってんだよ」 そう言って、親友にして相棒は破顔一笑した。    8.技術の粋 やがて車は人通りのまばらな裏道に入った。 事前に防犯カメラの死角を調べている相棒がうまく停車したところで、彼は車外に出た。 車椅子は使っていない。 失われたはずの二本の脚でしっかりと地を踏み、真っ直ぐに立っている。 今、彼を支えているのは、相棒が彼のためだけに造り出した高性能の義足である。 主な素材はチタン合金とカーボンファイバーで、軽量・高強度を旨とする。 見た目は生身の脚に似せているが、可動する下腿フレーム背面に強力なスプリングが装備され、 フレームが伸縮することでスプリングがたわみ、地面からの反発力を増幅する構造だ。 これによって競技用義足ほどではないにしろ、かなりの走力を有している。 さらに大腿部を中心に、各関節を動かす人工筋肉が組み込まれ、筋電位で動作を制御する。 下腿フレームをロックすれば、物を動かしたり、持ち上げたりする力もそれなりに発揮できる。 総じて言えば、スピードとパワーを6:4から7:3ぐらいのバランスで追及した設計だ。 工学部を大学院まで出たのち、一時大手メーカーに勤務。 現在は実家の町工場を継ぎ、経営に追われながらも常に新しい技術を身につけようと努力する。 この高性能義足は、そんな相棒の技術や人脈のたまものなのだ。    9.チェアウォーカーは夜に駆ける(前編) 車内で高性能義足を装着し、積まれていたバッグを持って車外に出た彼は、まず相棒のほうに向き直った。 「すまない」 先ほど打ち合わせをしていた時に発した言葉を再び口にする。 この義足は本当に高性能なのだ。 この技術が世の出れば、多くの肢体不自由者が喜ぶことだろう。 のみならず、それは親友の経済的利益につながる可能性もあるだろう。 それなのに親友は、自分のためだけにこの技術を提供してくれているのだ。 自分のエゴのため多くの人が不利益をこうむっている、それを思えば詫びずにはいられない。 「だから言ったろ。気にすんなって。オレだって全部承知の上でやってんだからさ」 「ああ、ありがとな」 まるで儀式のような、これがいつものやり取りだ。 「いいっていいって。さあ、行ってこい。モニターしてるけど人はいねえ。それらしい熱源も音源もないしな。 もし人影があったとすりゃあ……そりゃ幽霊か?」 「ハハッ。あの世のことなんて知らねえよ。俺が知ってるのは、実はこの世がよっぽど地獄だってことだ」 そして、“スナイパー”は夜道を音もなく駆け出していた。    10.チェアウォーカーは夜に駆ける(中編) 今回の狙撃ポイントは、都合よく建っていた廃ビルの屋上だ。 事前に相棒から聞いたルートを通り、窓の破れたところから屋内に侵入。 廊下や階段を、かすかな駆動音だけ残して風のように疾駆する。 ほどなく屋上に到着した彼はさすがに少し息を弾ませていたが、すぐに狙撃の準備に取り掛かる。 背負ったバッグからライフルを取り出し、フォールディングストックとバイポッドを展開、マガジンを叩き込む。 彼の使う銃は、スイスのB&T社が製造するSPR300というライフルだ。 .300ウィスパー弾という、サプレッサーの使用を前提とする亜音速弾を使うのがこの銃の特徴である。 弾薬の特性上、スナイパーライフルとしては有効射程が短いが、消音効果と小型軽量という点を彼は買っている。 もちろん、国内で所持できる代物ではない(まず日本ではサプレッサーの使用が違法である)。 これも相棒が八方手を尽くし、何度も危ない橋を渡って調達してくれたのだ。 その愛銃のバイポッドを屋上の縁に置き、スコープを覗き込んでターゲットを確認したその時だ。 不意に、わずかに残った両脚の生身部分が熱を帯びる。 激しい運動をしたためか。 否、それだけではない。 存在しないはずの足先までをも焼くこの熱こそ、“忌まわしい記憶”の残り火だ。    11.ファントムペイン 彼が仕事に向かう時、相棒といつものやり取りを交わすように。 これもまたいつものことだ。 おそらく幻肢痛の一種ではなかろうか、犯罪者を目にした瞬間、あの日の痛みが熱となって甦る。 いっそ狂うか死んだほうがましだと思えた苦痛と絶望・身を焼くような憎悪と後悔・その後の悲劇…… あの事件がなければ、彼が銃を取ることもなかっただろう。 だが、今の彼は過去の出来事やこの程度の熱で怯むような男ではない。 むしろ、この熱こそ彼を突き動かす原動力だ。 現在の彼を生かしているものは、「子どもという光」と「過去からの熱」、この二つのみ。 ゆえに彼の仕事は、未来への光を育む教師であり、湧き上がる熱を銃弾に込めるスナイパーなのである。 整理代行業とは、依頼によって撃つという形式を取ることで自身の暴走を防ぐ、いわばセイフティ。 犯罪者に対するおのれの憎悪と、依頼者から受け取ったその恨み。 二つの思いを銃弾に込めて今、トリガーを引こう。 ボルトを操作し、初弾をチャンバーに送り込んだ。    12.チェアウォーカーは夜に駆ける(後編) スナイパーという裏の仕事を始めて以来、彼が常々考えるのは、 ――この世は悪でいっぱいだ ということだ。 たしかに人間には善意や愛や良心がある。 けれど同時に、人間は悲しいくらいに弱く、愚かなのもまたたしか。 ゆえにこの世には善より悪のほうが増えていく。 残念ではあるが、自身を省みてもそれは認めざるを得ない。 しかし、だからこそ多少の悪には目をつぶれる。 小さな悪や、事情によっては仕方がない面もある悪は存在を許そう。 だが、何事にもバランスというものがあるだろう。 あまりに増え過ぎた悪は、あまりに大きな悪は、非道なくせにのうのうとしている悪は……無(ゼロ)に還す。 「さぁて、と……“整理”しなきゃあな……」 狙いを定め、呼吸を止め、トリガーを引き絞る。 成果を確認した彼は、銃をしまうや否や身を翻し、再び疾駆する。 大急ぎで引き上げねばならない。 実はまだ、明日の授業で使うプリントが出来上がっていないのだ。                                              (了) --------------------------------------------------------------------------------------------------------    あとがき  このSSは343回目スレに投下したものを加筆修正したものです。344回目スレに投下した義足の設定イラストの 内容に合わせ、特に「8.技術の粋」の義足の描写を書き直し、いくつか文章を直したうえで改行を行っています。  投下時にも書いていますが、「普段は車椅子、仕事の時は義足のスナイパー」というアイデアは、339回目スレ の経済あきさんのアイデア、   >>車椅子のスナイパー   >普段は両足を失った車椅子の教師だが、夜や休日は最新義足を付けた暗殺者とか を拝借しています。  経済あきさん、アイデアを使わせていただき、ありがとうございました。  また、343回目スレで描いていただいた二人のイラストは、イラストまとめ6の最下段、右から3枚目に。義足 の設定イラストはイラストまとめ7の最上段、左から2枚目にそれぞれまとめてあります。  最後に設定について書くと、   <スナイパー>    表の顔は車椅子に乗った小学校教員。裏の顔は高性能義足を使う殺し屋。    標的は法の網をくぐり抜ける、特に悪質な犯罪者のみ。    自身も昔、ある事件に巻き込まれた犯罪被害者。    両脚はその時に失い、以後車椅子での生活を余儀なくされる。    その事件で大切な人(家族か友人か恋人か、このあたりは未定)をも失い、自暴自棄になっていた。    教師を志すことで表面上は立ち直れたが、犯罪者への憎悪は消えず、ついに復讐代行専門の殺し屋になる。    「整理代行業RZ」については作中にあるとおり。    車椅子に乗っている時は依頼者に会う代理人、義足の時は実行役のスナイパー。    普段は車椅子であること、姿形から変わることでスナイパーとしての自身を隠ぺいする。    フルネームはまだ考えていないけど名前は「遼一」。    一人称は「俺」。    年齢は28~30歳くらいと想定。    整理代行業RZのRにあたる。   <メカニック>    表の顔は実家の町工場を継いだ若き社長。裏の顔はスナイパーが使う義足を製作したメカニック。    スナイパーとは幼いころからの親友。    彼の身に起きた事件もすべて知っていて、荒れていた親友をなんとかしようとしていたいいやつ。    親友の思いを理解し、裏の仕事における相棒を買って出る。    工学の修士号を持ち、大手メーカーでバリバリ働いていた経歴を持つ。    自身の技術力だけでなく、業界内の人脈なども利用してスナイパーを支援するメカニック。    裏の仕事で使うハイエースにはさまざまな機材が積み込まれており、周囲の監視などでサポートにあたる。    作中の「モニターしてる」「熱源も音源もない」というのはこの機材を使ってのこと。    ほかにもたとえば監視や偵察用に無人機なんか積んでいそう。    元ネタは以前スレで話題になった漫画『死がふたりを分かつまで』に登場する井川 良太郎。    フルネームはまだ考えていないけど名前は「善二郎」。    一人称は「オレ」。    年齢は28~30歳くらいと想定。    遼一とは同い年だが、彼のほうが老成しているイメージ。    ふと思ったのだが次男なんだろうか?    整理代行業RZのZにあたる。    ちなみに二人のお互いの呼び方は「リョーイチ/ゼンジ」もしくは「リョウ/ゼン」を考えています。  それではこの辺で。  最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。                                    プレあき