『モリナガ』    1.接触 「本当に来るんだろうなァ……」 思わず口に出してしまった。 日本のヤクザである俺が、なんで南米の場末のカフェにいるのか? すべては組長(オヤジ)の命令が原因だ。 15年以上前、入れあげていた外人ホステスが妊娠したまま帰国した。 それまでずっと放っていたくせに、姐さんが死んで年齢(とし)を感じ出したからか、 最近そのガキのことが気になりだしたらしい。 様々な人を使って捜し出したはいいが、どうも相当ヤバい事情があるらしく、 そいつら全員迎えに行くのはブルって断りやがった。 で、結局俺が行くよう命じられ、地球の裏側くんだりまでやって来たって訳だ。 そうしてやっとのことで会えることになったものの、そろそろ日が暮れそうなンだが。 (ったく、指定したのはソッチだろうが。とっとと来いってンだ) とその時だった。急に目の前に影が差し、俺は慌てて伏せていた顔を上げた。 「ア、アンタが……」 目の前の若い男、コイツが組長(オヤジ)の隠し子なのか……?    2.対面 前の席に座った男に、組長(オヤジ)から受け取った例のホステスの写真を見せた。 「アンタの母親に間違いないな?」 隣に座っている、雇った通訳がそれを伝える。 コクリとうなずいたが、ずっと無言で無表情だ。 その様子を見ながら、俺はさっきから顔立ちなどを観察していた。 母親に似て、なかなか整っているが、たしかにどこか組長(オヤジ)の面影がある。 身長は170cmちょっとくらいか。筋肉質で、ガッチリしたいい体をしている。 体重はありそうだが、動きは滑らかで鈍重な感じはしない。 ミリタリー風のベストを羽織ったTシャツから見える両腕にはいくつも傷跡がある。 (いかにも強そうだ。いや、確実に強い) さて、どっから話したもんか。 「アンタ、父親のことは知ってるか?」 黙って首を振る。知らないのか、そう思った瞬間だった。 突然巻き起こる怒号。駆け寄る荒々しい足音。そして―― (ありゃあ、銃じゃねえか!?)    3.襲撃 いったい何事だ!? あまりに衝撃的な状況に、何がなんだかわかんねえ。 だが次の瞬間、信じられねえことが起こった。 何の躊躇いもなく、男が自分から襲撃者たちに突っ込んでいったのだ。 いつの間にか握っていた男の拳銃が火を噴いた。 敵は奇襲をかけたにも関わらず、逆に先制されて泡を食ってやがる。 飛び交う銃弾を物ともせず、一人また一人と撃ち倒し、ついに敵の懐まで踏み込んだ。 こうなると相手は同士討ちを恐れて、おいそれと発砲できねえ。 男は拳銃を捨て、今度はごついナイフで手近にいる奴らに斬りかかっていった。 指や手首が小枝のように斬り飛ばされ、頭蓋がスイカのように割られていく。 周囲の敵を斬り払いながら、男は素早く敵の落としたマシンガンを拾い上げた。 残っている敵に次々と銃弾の雨を浴びせていく。 やがて、死屍累々の血の海に、ヤツだけが最後に立っていた。 息の残っている奴に手早く止めを刺していく。 捨てた拳銃とナイフを拾い、ベストの下の右腰と背中に納めて俺に近付いてきた。 「ココ、危ナイ。ドコカ、行ク」 相変わらず無表情だ。俺は逆らう気力もない。通訳はとっくの昔に流れ弾にやられていた。    4.妙案 「じゃあ、アンタは自分の父親のことを、まったく知らないんだな?」 「知ラナイ。知ッテルノ、日本人ノコト」 男に連れられ、とある安ホテルに逃げ込んだ俺は、ヤツの片言の日本語と話を続けていた。 どうやら顔が利くようで、しきりに「安全」と言うのをとりあえず信用した結果だ。 少しは日本語がわかるのは母親が教えたからか? だがそんなことはどうでもいい。 とにかく、さっさとこの国から離れたい。そしてコイツを日本に連れ帰る。 「で、アンタは父親に会いたいか? 日本に来たいか?」 「……イヤダ。オトウサン、チガウ。会イタク、ナイ」 父親とは思わない、か。そりゃそうだろう。それはよーく分かる。 「わかった。どう言おうか迷っていたが、むしろ丁度いい。……実はな、アンタの父親は、 もう死んでいる。俺はせめて、アンタに墓参りでもしてもらおうと思って捜してた」 口から出まかせだが、あとはもう、思いつくままに喋ってた。 とにかくコイツを秘密裏に連れ帰る、その一心だ。 なぜって、こいつは絶好のチャンスだ。こんなところで、こんな巡り合わせがあるとはな。 組長(オヤジ)になんて会わせねえ。コイツの戦闘力は俺のモンだ!    5.命名 とりあえずここまで来たか……。俺は組長(オヤジ)の嫌味に耐えたこれまでの日々を思った。 傍らにはどうにか人知れず動かせるようになった南米人が、無表情で墓を拝んでる。 「コレでイイのか……?」 「ああ、これで俺も義理を果たせたってもんだ」 「それで、オレはこれから、ドウすればイイ」 「アンタは父親と思っちゃいないンだろうが、それでも俺にとっては恩人だ。仇を討ちてぇが、 俺では力不足でな。  だからアンタと契約したい。俺はアンタの安全を保証する。報酬も出す。代わりに、アンタ には俺の敵を倒してほしい」 「……クニにイた頃と同じ……安全なのはイイ……それならヤル」 「よし、契約成立だ。よろしく頼むぜ」 ここからだ。ここから俺の運は開けてくるんだ。 墓を利用させてもらったついでに名前も借りて、偽名「モリナガ」。 コイツを使って、組長(オヤジ)も、その息子(ガキ)も始末する。 ああそうだ! 俺も父親などとは思っちゃいねえ! 正妻のクソガキ共々死んでもらうぜ。 (“親父”……アンタが会いたがっていた“異母弟(コイツ)”には、冥土の土産に会わせて やるよ……)    6.現在 あれから20年あまりが過ぎたのか。 今や俺は一大組織の長だ。 すべてが俺の目論見通りだと言える。 だが最近、目障りな奴らが現れた。 ブルガリアの組織ィ……? そんな奴らに、俺の邪魔をさせるかよ! 今度もアイツに出てもらわにゃならんかもしれんなぁ。 「頼むぜぇ、モリナガァ……」                                      (了) ------------------------------------------------------------------------------------    あとがき  元は265回目スレに投下したSSですが、その後少々の変更が生じたので書き直しをしたもの です。また、それ以外の加筆修正と、読みやすくなるかと思い改行を行っています。  ちなみに変更の理由は、スレの中で娘のあろえ(ここでは登場せず)に姉が二人もできて しまったことです。  当初モリナガは、日本に来た時点で20代の初め、そこから10年ちょっとが過ぎて30代前半 か半ばくらい、それで10歳の娘がいるという設定だったのですが、これだと上に二人の子が いるのはちょっと無理があると思いました。  そこで時間設定を変更し、日本に来た時点で10代後半、そこから20年あまりで現在40歳前 後くらいとしました。再開18回目スレに、   >敢えて渋いおっさんとかもいいかもしれない というレスがあるので、その意味からもちょうどいいかもしれません。  最後に投下の際にした、いくつかの補足をこちらにも転載しておきます。   >ごついナイフ   中南米の山刀で「マチェテ」とか「マチェット」と呼ばれるもの。   グリップが下向きになるよう斜めに背負ってベストで隠す。   右手を腰の後ろにまわして抜き差しする。   >拳銃   南米で出回っている銃ってなんだろう? 有名なのはブラジルのトーラス社だろうけど。   右腰のズボンの中に差してシャツとベストで隠しているという設定。   予備のマガジンは同じようにして左側に一本。   モリナガの設定は再開18回目の、   >ただのヤクザや殺し屋が組織のエージェントに太刀打ち出来るかなっていうのと   >名前がカタカナなのからハーフとか日系人かなと思った   を参考にしています。   南米系なのは、美人多そう・ギャングやマフィアがヤバい国・中欧や東欧はメイジと被る   からパス、で絞った結果(あるいはこの条件なら中米でもよかったかもしれない)。  それではこの辺で。  最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。                                    プレあき