『 White Smoke, White Lie 』 (追補編)    ――戦いの後で   ◇追補1「帰宅Ⅱ -雪印めぐみ-」 「めぐみ! どこで何してたんだよ、もう真っ暗じゃないか」  帰宅しためぐみを迎えたのは沈痛な面持ちで飛び出してきた芹だった。ぶっきらぼうな口調 こそ普段と変わらぬが、声音からは不安とうろたえが隠せない。 「ごめんなさい。遊んでたらついつい遠くまで行っちゃった」 「いやもう怒らないから正直に言ってよ、何があったの?」 「だからぁ、電話でも言ったじゃん、友だちと遊んでて……」 「嘘つけ、あんたぼっちじゃん。なんでそんなこと言うの」 「違うもん、本当に友だちといっしょだったの! 双葉さんと森永さん! なんなら確かめて みてよ」  めぐみの思わぬ剣幕に、芹はたじろいでしまう。じっとめぐみを見つめて黙りこむ。めぐみ もまた芹をにらんで引き下がらない。ややあって、芹が言った。 「本当なんだな?」 「そうだよ。遊んでたらあたしが道に迷っちゃって、それで二人が探してくれていたの」 「ってことは、明日その子らのおうちに、お礼とかお詫びに行かないと駄目なやつか……?」 「あー……そうなるかな」 「わかった。そういうことなら今日はもういいよ。夕飯にするから、荷物置いてきな」 「うん」  めぐみは芹の横をすり抜けて自室へ向かう。その背中を見返りつつ、芹はぼそっと呟いた。 「ま、友だちできたんならよかったじゃない」      ◆   ◇追補2「帰宅Ⅱ -森永あろえ-」  あろえが恐るおそる帰宅すると、母・まみは意外なほど落ち着いていた。 「遅くなってごめんなさい!」 「そうねえ、ちょーっと遅かったわね。でも、お父さんから電話があったから、まあ今回は大 目に見ましょ」 「え? お父さんが?」 「うん。それにあろえちゃんだって、たまには夢中になって遊んじゃうこともあるわよね。で も、次からは気をつけてね。さ、ご飯にするから手を洗ってらっしゃい」  あろえとまみ、二人の夕食が済んだ頃、父が帰宅した。今日の一件についての詮索はせず、 まみ同様、「次からは気をつけるように」とだけ言って夕食の席に就いた。  そしてその夜、あろえは父に呼ばれ、ふたりきりで向かい合っていた。両者ともきちんと正 座である。 「あろえ、処理ハ無事終わッタ。問題ハないダロウ」 「あ、ありがとうございました」 「今日ハ疲れたダロウ。今夜の練習ハなしにスル。ゆっくり休ムとイイ」  父はそう言ってくれたが、あろえはすぐに立ち去ろうとはしない。何やらまごついているよ うだ。父はその様子を黙って見ている。  やがて、意を決してあろえは口を開いた。 「お父さん、この際だから正直に言うね。わたしはお父さんの仕事は嫌い。お母さんに本当の ことを言えないような仕事、すぐにでも辞めてほしいと思ってる」  父は何も言わない。じっと娘の言葉に耳を傾けている。あろえは続けて言った。 「でもね、お父さんに戦い方を教えてもらったおかげで、今日友だちを守ることが出来た。け ど、まだ全然足りないの。だからお父さん、わたし、これからはもっと練習したい。わたし、 もっと強くなりたいの」  決心を告げたあろえの表情は、晴々としていた。      ◆   ◇追補3「帰宅Ⅱ -双葉メイジ-」  交差点でふたりと別れたメイジは、くるりと反転して元来た道を引き返す。  実のところ、としあきの家はすでに過ぎていた。だが、何故かそれを言い出せないまま、メ イジは学校帰りにふたりと別れる、いつもの交差点までいっしょに歩いていた。  けれども、嫌な気分ではなかった。遠回りをしたが、無駄足を踏んだという気はまったくし なかった。  こんなに心地よく家路に就けるのは、あのクラスに転入して以来初めてなのではなかろうか。 疲れ果てているはずなのに、歩みは軽やかに感じられる。  ご機嫌に歩いていたメイジだったが、次の瞬間そんな気分は吹き飛んだ。  血相を変えたとしあきが、向こうから走ってくるのが見えたからだ。 「メイジ! なんだよあの手紙は!?」  メイジはしまった、と思ったがもう遅い。今さらうまい言い訳など思いつかないが、さりと て本当のことを話すわけにもいかない。 「すみません。あれは嘘でした」 「嘘!?」 「ちょっとしたいたずらといいますか」  としあきはがくっと上体を倒し、両手を膝について顔を伏せ、大きな大きなため息をつく。 しばらくそうしていたあと、おもむろに顔を上げた。 「頼むから、心臓に悪いいたずらはやめてくれないか」  メイジは目をぱちくりさせつつ、としあきの顔をじっと見る。その表情に怒りはない。ただ ただ不安でいっぱいな、心配そうな顔だった。 「……としあきは、優しいですね」 「そんなことより、約束してくれよ」 「わかりました。もう心配させるようなことはしません」 「その約束、ちゃんと守ってくれよ……。じゃ、帰ろうか」  ふたり並んで歩きながら、メイジは考える。 ――もう心配させるようなことはしない。      ◆   ◇追補4「刺客 -No.11の少年-」  これはいったい、どうしたことだろう。  逃亡したNo.5を捕えたとの連絡が入り、急いでここまで来たのだが人っ子ひとりいない。捕 えたと伝えてきた先遣隊とも連絡がつかなくなっている。 (消されたか……)  ライトが照らす先に真新しい破壊の痕跡を見つけ、そう判断する。  No.5に返り討ちにあったのだろう。しかし、それにしては解せない点もある。彼女なら先遣 隊を倒す実力はあるだろう。だが、いち逃亡者に過ぎない彼女に、死体を処理することまで可 能だろうか? (協力者がいるということか?)  厄介なことになったかもしれないと、金髪碧眼の少年は眉をひそめる。  とにかく、まずはこのことを報告するしかない。 (だけど、先遣隊を消したとなれば……、単なる逃亡ではなく、《組織》に敵対したと見なさ れるだろうな……)  少年の思いは、つい言葉となって漏れ出てしまう。 『どうするんだい、姉さん……』  呟くと、少年は踵を返した。廃倉庫を出る直前にライトを消すと、またたく間にその姿は夜 陰に紛れて消え去った。      ◆   ◇追補5「報告 -会長とヒットマン-」  閑静な住宅地の一角に、その邸宅はあった。敷地を完全に囲う厚く高い壁と、重厚な門構え。 随所に設置された監視カメラ。  大変立派な建物だが、ひと目でわかる物々しさからは、普通の人間なら避けて通るべき気配 が濃密に漂い出ている。  時刻はすでに日付が変わろうかという頃だ。その最奥の一室に2人の男が向かい合っていた。  下座に座るのは四十がらみの中年男性。だが背筋の伸びた姿勢や、衣服越しにもはっきりわ かる肉体の厚みからは、顔立ちほどの年齢を感じさせない。  上座に座るのは、相手より幾分か年を重ねた風貌の男だ。白髪交じりの頭髪を綺麗に撫でつ け、高級そうな着物に身を包んでいる。相手ほどではないが、こちらも年齢の割には引き締ま った体型をしている。  上座の男が尋ねた。 「それで、お前が処理したっていう死体の正体は?」 「わからナイ。回収しタ所持品ニあっタ、パスポートノ国籍ハ、ロシアだっタガ……」 「まあ、とりあえずは東欧系として調べさせるか……」  そう言って上座の男はあごに手をやって考え込む。ややあって、再び尋ねた。 「東欧の連中だと、ロシアやアルバニアが有名だな。どうだ、もしそんな奴らと抗争になった として、お前ならどうする、戦(や)れるか?」  問われた下座の男は真っ直ぐ相手を見据え、即座に、微塵の躊躇いもなく答えた。 「もちろんダ。オレハ、〈会長〉ニ恩ガあル。それニ報いルためナラ、相手ガどんな奴だろう ト、ヤれと言われタ奴ヲやルだけダ」  上座の男は満足げにうなずく。 「ありがてェ……。俺も今では会長と呼ばれる身だが、ここまで来るためにはお前の力がなけ りゃ、とても無理だった。  今の俺には懐刀と呼べる奴が何人かいるがな、頭の切れる奴や仕事の出来る奴も必要だが、 なんだかんだ言っても、“この稼業”にゃ“暴力(ちから)”が不可欠よ。俺にとって『本物の 懐刀』は、お前ただひとりだぜ」  下座の男は無言で深々と頭を下げた。 「だからよ、もしそのときが来たら、頼んだぜぇ、モリナガァ……」      ◆    ――後日談   ◇追補6「職員室Ⅱ -5年生担任の教師たち-」  週明けの月曜日、5年3組にひとつの驚きがあった。双葉メイジ、森永あろえ、雪印めぐみ、 いずれもクラスで孤立していた3人が、仲良く揃って登校してきたのだ。  子どもたちも水木も驚いた。つい先週までは誰とも打ち解けない3人だったのに、いったい 何があったのか。誰も見当がつかないまま、放課後になった。  結局3人は1日ずっと仲良く過ごし、下校のときもいっしょに教室を出ていった。水木は不 可解な気持ちを抱えたまま、職員室に戻る。すると、すぐに塚元と愛澤の二人に呼びかけられ た。彼らも3人の変化に気づいている。 「いやあ驚きました。急に仲良くなったようですね」と塚元。 「さっきも見かけましたが、本当に先週までとは打って変わった様子です」と愛澤。  しかし歓迎すべき変化とは裏腹に、水木はどこか沈んだ様子だ。彼女は言った。 「ええ、たしかにこれはうれしいことなんですが……。ただ、わたしはあの子たちに何をして あげられたんでしょうか。担任として、やるべきことができていたんでしょうか?」  真剣な表情で問いかける水木に、塚元はゆっくりと話しかける。 「私は、水木先生はがんばっていたと思いますよ。そのがんばりはきっと、何らかの形であの 子たちに届いていたと思います。ただ今回は、われわれの知らないところで、あの子たちにも 何かがあったのでしょう。気持ちはわかりますが、そんなに思い詰めないでください」  愛澤も言う。 「そうですよ。あの子たちは自分たちで問題を乗り越えたんだと思います。それは成長じゃな いですか? 今はそれを喜びましょうよ。そして、もしまた何か起きた場合に備え、今後もあ の子らを見守っていけばいい。俺はそう思います」  水木は目頭が熱くなるのを感じた。そうだ、このクラスはまだ始まったばかりだ。これから 先にも何があるかわからない。よい変化はひとまずよしとしよう。そして、これからのことを 考えよう。  困難にぶつかっても、きっと大丈夫。ここに素晴らしい仲間がいるのだから。      ◆   ◇追補7「放課後 -メイジ・あろえ・めぐみ-」  学校を出た3人は談笑しながら下校していた。 「あっ、そうだ。そろそろいいかな。見ててよ~」  そう言うとめぐみはふたりの前に立ち、何もない空間で手を振った。  次の瞬間、1枚、2枚と白い封筒が彼女の手の中に現れる。 「おっ!」 「へえ、やっぱり鮮やかだね」  メイジとあろえが感心すると、めぐみはその封筒を1枚ずつ手渡した。中を見れば、 「これは昨日のじゃないですか」 「もうプリントしたの?」  日曜日にめぐみが撮影した写真であった。あの自撮りも入っており、メイジとめぐみの少々 ぎこちない笑顔が再びふたりの前に現れた。 「3人で撮ったのはスマホの壁紙にしたよ! あ、もちろん約束通りネットには上げないから ね」 「そこは本当にお願いしますよ」 「そう。わたしたちの個人情報が流出したときのダメージは、雪印さんとは質が違うの、わか ってほしい」 「もちろん! ふたりにもいろいろ事情があるんだしね」  しばらく写真を見ながらあれこれと喋っていたが、ふと思い出したようにめぐみが訊いた。 「ところでさあ、ふたりはスマホ買ってもらえるの?」  週末に発覚したことなのだが、3人のうち携帯電話を所持しているのはめぐみだけだった。 それでは不便だから、保護者に頼んで買ってもらったらどうかとめぐみが提案していたので ある。 「買ってもらえます。としあきはもともと、わたしの転入が決まったときから連絡用に持たせ るつもりだったそうですから」 「なんか、わたしもオーケーもらえた。無理かなと思ってたんだけど、お父さんが味方になっ てくれて……」 「へえ、優しいパパなんだね!」 「う、うん……そう、かな」 「まあ、とにかくこれで3人全員がスマホを持てるわけですね」 「うん! 連絡とりやすくなって、遊ぶ約束もしやすくなったね!」 「でも学校で触ったら駄目だからね」 「わかってるよぉ」 「ハハハ、やっぱり森永さんは“委員長”ですね」  3人の話し声や笑い声は、それぞれの家路に就く、あの交差点まで途切れることはなかった。                                      (了) --------------------------------------------------------------------------------------    あとがき  この追補編は、本編を書くにあたりカットしたエピソードをまとめたものです。  話の流れや状況からすればこうなるだろうということなど、触れておきたかったことではあ るのですが、入れるとテンポが悪くなると判断したのが削った理由です。  ただ、やっぱりどこかで書いておきたかった事柄なので、このような形でまとめることにし ました。追補1~5が第4部とエピローグのあいだにあった出来事で、6と7がエピローグの後日 談となります。  いずれも、ちょっとしたおまけとして楽しんでいただければ幸いです。  それでは今回はこの辺で。  最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。                                     プレあき