『 White Smoke, White Lie 』 (エピローグ)   ◇最終話「友情」  日曜日である。朝からメイジは落ち着かない。 「大丈夫だって。もっと気楽にしてなよ」  としあきはのんびりカロヤンの相手をしながら言う。 「でもわたし……こういうのは初めてなんです」 「大したことはないよ。友だちが遊びに来るだけなんだから」  前日の土曜日、メイジを遅くまで連れ回したというお詫びのため、としあきは芹とめぐみの 訪問を受けていた。そして、そのとき子どもたちは日曜日に遊ぶ約束を交わしたのだ。  集まる場所はとしあきの家である。なぜかといえば……、 「こんにちは~! 双葉さ~ん、カロヤンくん見せて~」 「雪印さん……挨拶はちゃんとしようよ」 「い、いらっしゃい……」  メイジが緊張しているなんて、珍しいなと考えつつ、としあきも応対する。 「ふたりともいらっしゃい。雪印さんは昨日会ったね。するとこちらが」 「森永あろえです。今日はありがとうございます。ご迷惑ではなかったですか」 「いやいや、そんな気を遣わなくていいからね」 「森永さんは堅いなー。どうも、雪印めぐみでっす。お邪魔します!」 「あ、どうぞどうぞ」  としあきとメイジだけだとどちらかといえば静かな家なのだが、あろえとめぐみが来たこと で一気に賑やかになった。  カロヤン目当てのめぐみは、さっそくスマートフォンで写真を撮りだした。メイジも愛犬の 撮影となればおのずと横から口を出すし、あろえも物静かなようで言うことは言うタイプなの で、3人できゃあきゃあと盛り上がっている。  その様子に、これなら大丈夫だろうと、としあきはそっと席を外す。それから自分のスマホ を手に取った。亜希にもこの様子を知らせてやろう。彼女も、今日メイジの友だちが来るのは 聞いていた。      ◆  カロヤンを囲んで盛り上がったあと、話題は別の関心事に移っていた。 「双葉さんは、お父さんが日本人なんだ?」  あろえの質問にメイジは答えた。 「もしかして、としあきのことですか? 彼は親戚です」  その言葉にめぐみが反応した。 「親戚の人と住んでるの? じゃ、あたしとせり姉みたいだね。ウチとおんなじだ」 「まあそうですかね。もっともわたしの場合、両親はいませんが」  メイジはさらりと口にしたが、あろえとめぐみには動揺が走る。揃ってまずいことを訊いて しまったという顔をしている。だがメイジはそんな2人の様子を気に留めない。 「大したことではありませんよ。物心ついたときにはもういなかったんですから。ただ……」  言いかけて、メイジは口をつぐむ。 「まあ、この先はやめておきます。込み入った話になりますから」      ◆  思わぬ話の展開に2人は黙り込んだが、その雰囲気を変えようとあろえが口を開く。 「そ、そうだよね、ごめんなさい、変なこと訊いたりして」  めぐみもそれに呼応する。ポンと手を叩くと、再度スマートフォンを取り出した。 「ねえねえ、あたし、やりたいことあったんだ。3人で自撮りしよ、自撮り!」  今度はメイジとあろえが困惑の表情を浮かべる。 「自撮り……ですか?」 「わたしそんなこと、やったことない……」 「大丈夫、大丈夫。あたしも友だちとやるのは初めてだもん」  わいわい言いながら、3人は1枚の写真に収まるよう身を寄せ合う。 「ほらほら、表情硬いって。じゃいくよー、チーズ!」  めぐみがスマホの画面をタップする。そこにはぎこちなく笑うメイジとあろえと、満面の笑 みを浮かべるめぐみが写っていた。  写真の写りを巡って3人の会話が再び盛り上がる。今この時間には銃も戦いもない――。      ◆  子どもたちが遊んでいる頃、としあきはベランダに出ていた。スマホを操作し、電話を掛け る。数コールで亜希が出た。 「としあき? メイジちゃんのお友だち来た?」 「ああ、来たよ。カロヤンと遊んだりしてる」 「そうかぁ。まあ、詳しくはまた今度メイジちゃんから聞くとして、どんな感じの子だった?」 「そうだな……森永さんっていう子は、三つ編みで眼鏡で挨拶とかきちっとしてて、まあ見る からに委員長って感じ。雪印さんっていう子は、フランクで明るくてスマホで写真撮ってたり、 なんていうか、いかにも今どきの子って感じかなぁ」 「ふぅん……。なんかタイプが全然違うっぽいね」 「たしかに。意外なっていうか、面白い組み合わせだなって思った」 「でもさ、三人組なわけじゃん。案外いい感じに、お互いの違うところがうまく組み合わさっ ているのかもね」 「あ――、そうかもしれないな」 「まあ何はともあれさ、これでメイジちゃんにも友だちができたんだねえ」 「だな」 「よかったよ。これでひとつ安心できた」 「うん」  としあきも亜希も、この点は同じ気持ちである。メイジが初めて通う学校に馴染めるかどう か――どうやらうまくいっているようだ。ふたりはひとまずのところ安堵する。      ◆  大人たちはいろいろ心配をしているが、そんなこととは無関係に子どもたちの会話は弾む。 めぐみがあろえに話しかけていた。 「あろえさんはいつも本読んでるよね」 「うん、読書は好きだよ。割といろいろ読んでるかな……小説も好きだし」 「小説! いいよね……“物語は人を幸せにする嘘”なんだよ……」 「ん? ああ、もしかして、雪印さんが嘘つきなのもそういうことですか?」  メイジの指摘に、「そういうことだね」とめぐみは胸を張る。今度はあろえがめぐみに言っ た。 「ふーん……。あと雪印さんがマジックが得意っていうのも知らなかったな。まあ、おかげで 助かったんだけど……」 「それはさ、マジックも“人を幸せにする嘘”だと思わない? 本当は種も仕掛けもあるのに、 ありませんって言うんだもん」 「まあたしかに、そう言えなくもないですかね……」 「じゃあメイジさんは? なんか趣味とかないの?」  めぐみに尋ねられ、メイジは思案顔になる。 「うーん……これといって……。まあ、としあきのパソコンを借りて暇つぶししてたことはあ りましたけど」 「あーわかる。あたしも結構ネット見るし」 「あとは、としあきがアニメを観るのに付き合ったりとか…」 「それウチもいっしょ! せり姉が結構オタクだし、あたしも割と好きだし」 「うーん……わたしはそういうのはよくわかんないな……」 「ああ、森永さんはそういう趣味じゃないんですね」 「そうだね……テレビで見るといったら……」  そう言うとあろえは、公共放送の名前を挙げる。 「うわぁマジメ……あっ、でもそこならあたし、動物番組はよく見るよ」 「あ――、わたしは相撲中継を見ています」  メイジのこの発言に、「えっ?」とあろえとめぐみは同じ反応をする。 「双葉さん、相撲が好きなんだ?」 「ちょ、ちょっと意外だった……」 「相撲の世界には、“祖国の英雄”がいますから」  答えるメイジの表情はどこか誇らしげだ。あろえとめぐみは今まで見たことのなかったメイ ジの一面にやや困惑していたが、そのうち好きな番組に話題が移り、楽しいお喋りが途切れる ことはなかった……。      ◆  メイジはふたりと向き合い、思う。  自分は周囲の者とは違う、というのは思いこみだったのではなかろうか。  たしかに違いはある。自分の育ってきた環境は、まずほかの子らとはまったく異質なものだ ろう。それくらいのことはわかる。だが違うことばかりとも限らないのではあるまいか。  今でも信じがたいが、自分と似た背景を持つらしい森永あろえ。一般人の子どもだが、犬の ことやアニメのことで普通に喋ることができる雪印めぐみ。  違うばかりではない、共通する部分もたしかにあるのだ。  ――わたしはもしかすると、違いばかりに囚われていた?  あの戦いの後から今このときまで、メイジが考え続けていたことは、おおよそこのようなこ とだった。  違うようで、実は同じ。だからこそあの硝煙と血の臭い漂う廃倉庫で、3人は秘密と嘘を共 有し、手を繋ぐことができたのかもしれない。  ――としあきや亜希さんだけじゃない。このふたりも、信じてもいい人間なのかもしれない。  メイジの内に芽生えた新たな思い。その思いを何と呼ぶのか、彼女がその名に気づくのは、 まだ少し先のことである。                                      (了) --------------------------------------------------------------------------------------    あとがき  8月8日当日には少し遅れてしまいましたが、やっと14周年記念SSを投下できました。ずいぶ ん長い話になりましたが、お楽しみいただけたでしょうか。  ちなみに、このSSは14周年記念に投下したものですが、第0話は13周年記念のときに先行し て投下しています。(そちらは今回少し手直しをしましたが)  さらにいうと、実はこの話を書き始めたのは2017年からで、11周年記念に投下すべく書きだ したものです。  だらだら書き続けていたらこんなに間が空いてしまったのですが、今回ようやく書き上げる ことができて、少しほっとしています。(未完の話や書きたい話がまだまだ残っているので少 しだけ)  ここでちょっと自分のことを語ってしまいますけども、生まれて初めて書いたSSは、2007年 の1周年記念に投下した『一年目のプレゼント』という話です。これもまた、としあきがメイ ジを小学校に入れるという内容なんですね。  つまり初めて書いたときから10年が経っても、同じようにメイジが学校に行く話を書いてい たわけで、結局自分がブルふたで書きたいことは全然変わってないんだなと思いました。  メイジには幸せになってほしいです。もちろん、としあきや亜希さん、あろえやめぐみもみ んな。バッドエンドを否定する気は毛頭ないですが、やっぱりハッピーエンドは気持ちがいい と思うのです。  それでは今回はこの辺で。  最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。                                     プレあき