『 White Smoke, White Lie 』 (第4部)   ◇第31話「反撃」  一方こちらは、まだ残っている灰髪の男と栗毛の男である。あまりに予想外の出来事に当初 は驚愕したものの、すでに平静を取り戻していた。早々に2人仲間をやられたのは痛いが、そ れでもその時点で気持ちは切り替えている。  人質にせよ、侵入者にせよ、捕えた際厳格に検査すべきであったという反省はある。しかし ながら銃規制の厳しいこの国で、あんな子どもが銃を持っているとは、さすがに想定すべき範 囲を超えている。だが、想定外などにうろたえていては務まらない。  落ち着いて状況を整理すれば、数の上では2対3、しかし実質はイーブンだ。人質に選んだ 子どもまで銃を使えるとは考えられない。その点においてあれは普通の子どもだ。むしろ足手 まといになってくれる可能性もある。  しかも、肝心のこの任務の標的は満足に動けまい。それを見越してわざわざ裸にさせたのだ。 おまけに先ほどから1人しか反撃してこない。このままじりじりと押していく――、2人がそ んなことを考えていた矢先、不意に、向こうの遮蔽物から人影が飛び出した。馬鹿め、焦れた か?  飛び出した人影に2人の銃口が向けられたその瞬間だった。まったく反対側から、もう1人 別の人間が飛び出したのだ。それも速い。反射的にそちらを向いた2人は、再び驚愕すること になる。  虹浦小学校指定体操服。素足に上履き。腰にはデューティベルト、手には銃。胸のゼッケン に記された名前は「雪印」。そして、たなびく金髪――。  めぐみの体操服に身を包んだメイジと、先に飛び出したあろえ、2人が2方向から攻撃を開 始すると同時に、めぐみがそれとはまったく別の方向に飛び出していた。      ◆   ◇第32話「脱出」  必死に駆けながら、めぐみは2人に言われたことを反芻する。  週末なので持ち帰ろうとしていた自分の上履きと、今日の授業で使った体操服を使うことを メイジに提案したあと、めぐみは2人に言われたのだ。自分たちが注意を引きつけるから、そ の間にここを脱出しろと。  無論、めぐみは抵抗した。 「なんで!? あたしだけ逃げるなんてできないよ!」 「ちがいます。あなたには助けを呼んできてほしいのです。ここを脱出し、警察に知らせてく ださい」 「でも……」  説得するメイジに、彼女が着替えているあいだ反撃をしていたあろえが、顔だけを向けて加 勢する。 「わたしからもお願い。今それができるのは、雪印さんしかいないもの」 「そうです。これはあなたの役目です。あなただから頼むんです」 「うぅ……。わかったよぉ。じゃあ、どうすればいい?」  そして、メイジとめぐみが飛び出したあと、彼女も走り出したというわけである。目指すの は、壁にあるベニヤ板を打ち付けた窓のうちのひとつだ。あろえいわく、そこは板が腐ってお り、たやすくめくることができる。彼女もまた、そこから侵入したのだという。  ポケットにはランドセルに付けていた防犯ブザー。これは身軽になるため荷物を置いていこ うとした際、メイジが取り外し、何の備えもないよりましだろうと渡したものだ。  さらにあろえから「これも」と渡されたワルサー PPK。めぐみは名前も使い方も知らないが、 とにかく相手に向かって銃口を突き付け引鉄を引くだけでいい、それで相手が少しでもひるん だらその隙に逃げろと押し付けられた。銃に対する恐怖はあったが、ここは仕方がないと無理 やり自分を納得させ、めぐみはそれを受け取った。  あろえに教えられた窓は、残骸の山の陰にある。そこなら弾は飛んで来ないからと自分に言 い聞かせ、めぐみは走った。  その姿を見られていたとも知らずに。      ◆   ◇第33話「狙撃」  その動きに気づいたのはメイジだった。栗毛の男の視線が一瞬、自分やあろえのいないとこ ろに向いたのだ。 (まずい! 気づかれた!?)  栗毛が背を向けて走り出す。今からめぐみが出ていった窓に向かっても、追いつくのは難し い、敵の銃口に近づくことにもなる、ならば入り口から出て、外で人質を再び捕えればいい、 そう考えたにちがいないとメイジは判断する。  灰髪の男の銃口があろえのほうを向いている隙に、メイジもまた入り口に向かって走り出す。 なんとしてでも栗毛をここで止めねばならない。  だが、遠い。走っても間に合わないと見たメイジは、先ほど黒髪の男から奪って使っていた グロック19を投げ捨てると、左手を突きつつ、半ば滑り込むように地べたに座り込んだ。右手 は腰を落とす動きの中でコルト M1911を引き抜いている。  左膝を体育座りのように立て、右脚は真っ直ぐ伸ばした座り方で、M1911は両手で保持。立 てた左膝に銃を構える両腕を乗せる。  「シッティング・ポジション」。「座り撃ち」や「座射」ともいう、座ることで体を安定さ せ、自分の脚を使って依託射撃を行う命中率の高い撃ち方である。  この廃倉庫は存外に広く、メイジと栗毛の距離はもう30m近かった。めぐみを逃がすため、 ここで確実に栗毛を仕留める。シッティング・ポジションはそのための選択だ。  栗毛の男は出入り口のシャッターに手が届く寸前まで到達していた。素早く狙いを定めたメ イジはトリガーを引き絞る。サプレッサーに抑制されない銃声が響き渡り、両腕には.45ACP弾 の、グロック19の9㎜パラベラムとは違う反動が伝わった。  いずれも彼女が慣れ親しんできたものだ。手応え十分、1発で後頭部を撃ち抜かれた栗毛は 走ってきた勢いのまま倒れ込み、シャッター脇にあったごみの山に突っ込んだ。  だがこの選択の代償は大きかった。シッティング・ポジションは安定度が高い分、次の行動 に移りにくくなる。横から飛んできた脚が、メイジのM1911を蹴り飛ばした。      ◆   ◇第34話「窮地」  武器を手放すとは不覚だが、射撃に集中していたこともあり躱せなかった。それでもメイジ は崩れた体勢を立て直し、相手に向かって立ち上がろうとした。しかし、鼻先に銃口を突き付 けられ、身動きが取れなくなる。  メイジの動きが止まったところで、灰髪の男は彼女の髪を掴み荒々しく引っ張り上げる。首 が傾いて顎が上がり、半ばつま先立ちになったメイジの背後に灰髪が回り込んだ。同時に銃口 をメイジの後頭部に突き付ける。 「出テコイ! 出テキテ、銃ヲ捨テロ!」  あろえに投降を呼びかける。 「い、いけません! あなたは逃げてください!」 『黙れ!』  叫ぶなり、灰髪は銃を握る腕を振り上げ、メイジの横から腕を回しグリップ底部で彼女の腹 を打つ。 『~~~~ッ!!』  声にならない悲鳴。不安定な体勢で避けることもままならず、メイジはみぞおち付近への打 撃で悶絶寸前になる。いっそ倒れこみたいほどの苦痛であるが、髪を掴まれているためそれも 叶わない。膝の力が抜けて腰が落ち、首がより捻じれ上がる。 「ドウシタ!? オ友ダチヲ、モット痛メテホシイカ!?」 「待ってください!」  物陰からおもむろにあろえが姿を現した。両手を上げ、銃は右手でスライド部分を握ってい る。左手は上げたまま、灰髪に見えるようゆっくりと銃を床に置いた。 「ヨシ……アソコマデ、行ケ。ユックリトダ」  灰髪が顎で示した場所まで、言われた通りにあろえは移動する。灰髪の前を通り過ぎ、残骸 の山を背にして立つ。すると灰髪は、それまで盾にしていたメイジの体をあろえの足下へと突 き飛ばした。 「双葉さん! 大丈夫!?」  床に転げたメイジのそばにあろえがしゃがみこむ。メイジはまだ腹を抱えて喘いでいたが、 それでもなお目だけを動かし、灰髪を見据える。その様子を見て、灰髪は冷たい声であろえに 命じた。 「マズ、コレデソイツノ、両手ヲ縛レ。背中ノホウデ、ダ」  そう言うと、銃を向けたまま灰髪は結束バンドの束を取り出し、あろえの足下に放って寄こ した。      ◆   ◇第35話「逆転」  そろり、そろりと、あろえは床に落ちた結束バンドに手を伸ばす。 「早クシロ。ツマラナイコトヲ、スルナ」  この程度で時間稼ぎができるほど甘い相手ではない。観念して結束バンドの束を握ったあろ えは、横たわるメイジの上体を起こしにかかる。しかし、 「待って……、立ちますから……」  呼吸は荒く、その言葉は途切れ途切れであったが、メイジはまだ立ち上がろうとしていた。 あろえの肩を借り、ようやく自分の脚で立つことができたメイジは、真正面から灰髪に顔を向 ける。彼女の赤い瞳から、未だ光は消えていない。  やや早口に灰髪は叫んだ。 「何シテル!? 早ク、縛レ!」  その瞬間だった。  不意にけたたましいアラーム音が鳴り響く。その発生源が、メイジとあろえの後方、残骸の 山の背後から現れた。 「おじさん、逃げたほうがいいよ。もうすぐ警察が来るからさ」  現れたその人物に、メイジとあろえは愕然とする。 「雪印さん!?」 「なんで戻ってきたの!?」 「なんでって、通報したから。もうこれで終わりだよ」  2人のもとに歩み寄りつつそう言うと、手にしていた防犯ブザーを灰髪の足下に放った。灰 髪は無表情にブザーを踏み砕く。その間にめぐみは2人と灰髪のあいだに素早く割り込んだ。 「おじさん、壊しても無駄だよ。それはいいやつだからね。GPSがついていて、鳴らすと自動 でメールが送信されて位置も通知するんだ。ぼやぼやしてると警察が到着するよ。捕まりたく なかったら、さっさと逃げるんだね!」  一瞬、ほんの一瞬だけ、灰髪の男の視線が泳いだ。だが、メイジとあろえがそれを見た次の 瞬間にはもう灰髪は動きだしていた。  メイジに向けていた銃口をめぐみに向けた。力づくで押し通る気か。しかし、灰髪が引鉄を 引くより速く、飛び出した人影があった。  あろえが灰髪に向かって突進する。とっさに灰髪は銃口を振るが、引鉄を引けない。あろえ は身をかがめ、両腕を頭の上で交差した姿勢で飛び込んでくる。これでは胸部も頭部も狙いに くい。  反射的に灰髪の脚が跳ね上がった。鋭くも重い前蹴りがあろえの腹に突き刺さり、彼女の体 が一瞬浮き上がる。  倒れ伏すあろえには目もくれず、灰髪が再びめぐみのほうに向き直ったそのときだ。めぐみ の体を押しのけるように、彼女の顔の右脇からメイジが両腕を突き出した。  チチチッ  わずかな金属音が3度、続けざまに鳴った。いつの間にかメイジの手に握られていたのは、 サウンド・サプレッサーを装着したワルサー PPK。その銃口から放たれた3発の.32ACP弾が、 灰髪の歯や顎を砕いて口腔から頭蓋骨内部に侵入し、脳幹にまで到達。  最大の急所といってよい部位を破壊されたことで、灰髪の男は即死。また、脳幹は運動神経 の通路でもあるため、指1本動かすことができなくなり、最後の力で引鉄を引くこともできぬ まま男は地に伏した――。      ◆   ◇第36話「終結」  灰髪の男が倒れたのを見て、めぐみはその場にへたりこむ。恐るおそるメイジを見上げれば、 彼女はまだ銃口から硝煙が漂うPPKを相手に向けている。窓からの光に照らされたその表情は、 いまだ硬い。 「ね、ねえ……終わったの?」  めぐみの問いにメイジは答えず、銃を構えたまま男の体に近付き生死の確認を行い、それか らやっと銃を下ろした。 「……終わったようね」  その声にメイジとめぐみが振り向く。見ると、少しよろめきながらもあろえが立ち上がろう とするところだった。 「大丈夫なの!? お腹を蹴られたんじゃ……」  悲痛な声で問いかけるめぐみを手で制し、あろえは上衣をまくり、ぐいと何やら抜き出した。 「本は防具にもなるの」  顔の横まで掲げた左手には、PPKを収めるあの本があった。 「よかったぁ……」と安堵するめぐみ。 「銃を借りましたよ」と淡々と告げるメイジ。  そう、メイジが発砲したPPKは、あろえがめぐみに持たせたものだ。あのとき、二人と灰髪 のあいだに割り込んだめぐみは、腰の後ろにPPKを差し、言葉で時間を稼ぐことでそれがメイ ジの手に渡るよう図っていたのだ。 「ほんと、雪印さんは無茶するよね」  だが、そう言ったあろえの表情は柔らかい。めぐみはじっと彼女の顔を見つめる。 「どうしたの?」 「うーん……いや、森永さんの笑ったとこ、初めて見たかもって」 「えっ!? そうかな」 「そうだと思う」  2人の会話にメイジが口を挟む。 「のんびり話している場合ではありません。雪印さんが通報したんでしょう」  メイジの言う通りであった。たしかにめぐみは「通報した」と言っていた。「防犯ブザーが 位置を通知した」とも。ぐずぐずはしていられないはずだ。だが、 「ああ、あれ嘘だから」  あっけらかんとめぐみは言った。そしてポケットから、メイジがランドセルから外して持た せた防犯ブザーを取り出した。 「こっちは鳴らすと自動で送信されるGPS付きのなんだけどね、さっき鳴らしたのは音が鳴る だけのやつなんだ」 「なんで、そんなものを持っているんです」  メイジが尋ねると、めぐみは笑顔で答えた。 「そりゃあもちろん何かに使えるかと……予備ダヨ、予備」  白々しく言い直すめぐみを見て、メイジとあろえは同時に眉間に指を当てた。      ◆   ◇第37話「解放」 「まあ、それなら慌てる必要はなさそうですね。とりあえず、これは返しますよ」  メイジはあろえにPPKを渡す。受け取ったあろえは、本を解錠しようとした。しかし、 「無理そうね……」  あろえの両手はぶるぶると震え、とてもではないがダイヤル錠を操作するどころではない。 「緊張が解けたからですね」とメイジは淡々と告げる。 「駄目ね、わたし。隠れていたのも見つかるし」 「初めてならこんなものです。わたしもそうでした」 「そうなの?」  問いには答えず、メイジは今度はめぐみのもとに向かった。彼女はまだ床に座り込んだまま だ。 「立てますか?」 「んっと……。あー、ごめん、無理っぽい」  腰が抜けたようだ。無理もない。 「わかりました。わたしは荷物を回収してきます。2人はそのあいだ休んでいてください」  そう言ってメイジは3人の荷物、めぐみのランドセルやあろえのP99、そして自分の服や銃 を拾って回った。  あろえとめぐみは、そんなメイジを静かに見つめていた。      ◆   ◇第38話「処理」  あちこちに散らばった彼女らの荷物を、メイジが回収し終える頃にはあろえとめぐみも回復 していた。  多少ぎこちない手つきながら、あろえは本を解錠して開き、PPKと取り外したサプレッサー を中に収め、再び施錠した。めぐみは立ち上がり、腰を反らしたり膝を屈伸したりしていた。 メイジは回収した自分の服に着替え、めぐみに体操服を返す。その頃には窓から夕陽が差し込 んでいた。  回収や身支度が終わるとあろえがデイパックを開き、消毒薬や絆創膏を取り出した。いくつ か擦り傷があったので手当てをし、打撲はこれもあろえが持ってきたペットボトルの水でタオ ルを湿して冷やした。  それから残った水を3人で回し飲みしたところで、ようやく彼女らは人心地がついた。  だがそうなってくると、自分たちの置かれた状況が気がかりになる。転がる4人分の死体。 これはどうしたものか。 「このまま逃げちゃうのは……マズイよね」とめぐみ。 「わたしたちも犯罪者だよね……」とあろえ。 「せめて、死体だけでも処理できればいいのですが」とメイジが呟いた瞬間だった。くぐもっ た音がどこからか流れてきた。モーター音と思しきその音は、断続的に響き続ける。 「わっ、ヤバい」  その音に反応したのはめぐみだった。じたばたとランドセルを背中から下ろし、中をごそご そと探る。そして取り出したのは1台のスマートフォンだった。画面を操作し、電話に出る。 「あっ、あっ、せり姉? あー……うん、ちょっと友だちと。え? 嘘じゃないよ、ちょっと、 つい寄り道しちゃって。ほんと、ほんと。ああ、うん、もう帰るよ。うん、じゃあね!」  電話を切ると「は――」と、深々とため息をついた。そしてメイジとあろえのほうを向く。 「ヤバいよ――、ウチから電話来ちゃった……アレ? どうしたの?」  スマホを握るめぐみを、メイジとあろえが凝視している。やがて、2人はゆっくりと口を開 いた。 「電話があるなら、脱出せずともそれで通報すればよかったんじゃないですか?」とメイジ。 「わざわざ、あんな危ない橋を渡る必要あったのかな?」とあろえ。 「……ごめん。持ってたの、忘れてた」 「雪印さん!」メイジとあろえの声がぴたりと揃う。 「でもでも、もう2人とも撃った後だったじゃん、通報したら2人も捕まるじゃん。そんなの やだよ!」  そう言われては2人とも返す言葉がない。だが、電話があるおかげで出来ることが増えた。 あろえはめぐみに頼んだ。 「その電話、貸してくれない? あてにしていいかはわからないけど、思いきって頼んでみよ うと思う人がいるの」      ◆   ◇第39話「帰還」  少し離れた場所で電話をしていたあろえが2人のもとに戻ってきた。めぐみにスマホを返し、 あろえは2人に告げた。 「死体、なんとかなりそう。わたしたちはすぐにここから離れろって」 「じゃあ、もう帰ろうよ」  そう言ってめぐみは出口に向かおうとする。あろえもそれに続く。しかし、メイジはすぐに 動こうとはしなかった。歩きだしたあろえとめぐみが立ち止まり、振り返る。 「……すみません。全部、わたしのせいです」そう言ってメイジは深々と頭を下げた。  あろえとめぐみは顔を見合わせた。それから再びメイジを見る。彼女はまだ頭を下げたまま だ。しばし沈黙が流れる。  やがておずおずとあろえが口を開いた。 「あ、あのね、双葉さんにもいろいろ事情があるのはわかったよ。でも、わたしは気にしてな いから。ほら、わたしにだっていろいろ事情があるわけで、その、なんて言うかな、自分じゃ どうにもできないことってあると思うんだ」 「でも、2人を巻き込んでしまった。とくに雪印さんには怖い思いをさせてしまった。わたし がここに来なければ、こんなことにはならなかったんです」 「ねえ、“こんなこと”って、どんなこと?」  不意にめぐみが尋ねた。あまりに不意だったので、メイジだけでなく、あろえまでがきょと んとしている。 「そ、それはつまり、わたしを追ってきたあの男たちに……」 「何言ってるの?」あきれた表情を浮かべ、めぐみはメイジの言葉を遮る。 「2人は道に迷ったあたしを探しに来てくれたんじゃない」 「えっ?」異口同音にメイジとあろえは困惑する。 「だってそうじゃない。2人は遊んでて、道に迷ってたあたしを探しに来てくれた。お礼を言 うのはあたしのほうだよ。双葉さん、来てくれてありがとう」  彼女の言葉はでたらめだ。事実とはまったく異なる。率直にいって嘘である。だが……、 「まったく、その通りよね。いつもふざけてばっかりだから、こんなことになるんじゃない。 今度から気をつけないと駄目だよ。ほら双葉さん、雪印さんもこう言ってるし、気持ち切り換 えて、もう帰ろう」  あろえもその作り話に乗った。2人はメイジを見つめ、微笑む。メイジは目を丸くしている だけだ。何か言いかけたが、言葉は出てこない。ただその場に突っ立っているだけだ。 「そうだよ、帰ろ」そう言ってめぐみは右手を差し出す。 「いっしょに帰ろう」あろえは左手を差し出した。  メイジは差し出された2本の手に視線を落とす。つい先ほどまでは硝煙が漂っていたこの空 間は、今では濃い血の臭い、死の臭いが満ちている。どれほど言葉を重ねようと、この臭いが 消えることはない。  それでもなお、彼女たちは「そんなものはない」と嘘をつき通すのか。何のために?  メイジにはふたりに返す言葉を見つけられなかった。だから、行動で示した。  自身の右手であろえの左手を、左手でめぐみの右手を握った。前へと踏み出す。2歩、3歩。 3人の肩が並んだ。そのまま足を揃えて、彼女たちは歩み始める。  シャッターをくぐり、廃倉庫の外に出た。すでに日は傾き、茜色は薄暮に取って代わられつ つある。ふとあることを思い出し、メイジは左に顔を向けた。 「そういえば雪印さん、もう絶交なんじゃなかったんですか?」  今度はめぐみが目を丸くする。反対側からあろえが真面目な口調で問い質す。 「それを言うなら双葉さん、もうこれっきりにするんじゃなかったの?」  メイジは言葉に詰まる。めぐみが少し早口で言った。 「何言ってんの、そんなわけないじゃん。忘れたの? あたし、“嘘つき”なんだから!」  メイジとあろえは一瞬ぽかんとし、それからくすくすと笑いだした。釣られてめぐみも笑い だす。笑いながら、3人の歩調がだんだん速くなる。ついに3人は駆け出した。それでも繋い だ手は離れない。三つの影はひとつになって駆けてゆく。  日が落ち、地面に落ちた影がすっかり消える頃、メイジもあろえもめぐみも笑顔で手を振っ ていた。そこはいつものあの交差点だった。                               (エピローグに続く)