『 White Smoke, White Lie 』 (第3部)   ◇第22話「人質」  雪印めぐみは暗闇の中にいた。目隠しをされているのだ。口には粘着テープが貼られ、手首 を後ろ手にして結束バンドで縛られている。  なんで、こんなことになってしまったんだろう。めぐみは事の次第を振り返る。  メイジに絶交を宣言した後、彼女はひとり家路に就いた。いつもふたりと別れる交差点を左 に曲がり、それから少し人通りの少ない道に入ったときだ。  赤毛の、欧米人と見える男に話しかけられた。なぜかメイジの写真を持っていたその男は、 片言の日本語で彼女に尋ねた。 「スミマセン、チョット訊キマスガ、コノ子ハ、アナタノ、オ友ダチデスネ?」 「友だちじゃ……ないもん」  そう呟いたときだった。突然、1台のワンボックスのバンが飛び込んできて、めぐみのすぐ 脇に横付けした。  危ない! と思ったときにはもう彼女の体は車内に引きずり込まれていた。赤毛の男も乗り 込んできて、車はすかさず急発進する。  完全にパニックになっためぐみを、車内で2人の男たちが押さえ込む。両腕は抱え込まれて 動かせない。口は手の平で塞がれ、うめき声を上げることと両脚をばたばたさせることしかで きない。  めぐみは咄嗟に目だけを動かし、車外に助けを求めようとした。だがそれも虚しい抵抗だっ た。車の窓ガラスにはフィルムが貼られ、外から覗けなくなっていたのだ。  それでもめぐみはどうにか逃れようともがいたが、口を押さえる男にナイフを突き付けられ、 動くのをやめた。  あとは男たちのされるまま、拘束され、連れて行かれ、今はどこかの建物の中で床に直接座 らされている。後ろ手にされているが、ランドセルを背負ったまま拘束されているので体勢が 苦しい上、週末は持ち帰るものが多いのでその重さが両肩に食い込む。  恐怖だけでなく、肉体的な負担と苦痛ものしかかり、めぐみは限界寸前だった。 (あたし、どうなっちゃうんだろう……。やっぱり殺されるのかな……。やだぁ、いやだよぉ ……パパ……ママ……) (なんで? なんでこんな目に会うの? パパ、ママ、せり姉……。誰でもいいから、助けて よぉ……) (ああ、そういや、せり姉言ってたな……。『あんた、いつか痛い目見るよ』って……。この ことなのかも……) (あたしの何がいけなかったのかな……。せり姉に、森永さん……、そうだ、双葉さんも怒ら せちゃった……) (仲直りしたかったな……。それに、また見せたげようと思って用意した“アレ”……。あー、 でも、もういっか。殺されるんだもん……)      ◆   ◇第23話「初陣」  メイジから別れを告げられたあろえは、再び全力疾走を開始していた。大急ぎで帰宅し、彼 女も荷物を放り出す。  ――見なかったことにする? そんなことできない!  それが彼女の出した結論だった。見て見ぬふりなどできない。それが森永あろえの性分だっ た。  勉強机の中で一番大きい引き出しを解錠する。昨年の“あの日”以来、鍵を取り付けられた この引き出しには、そのときに渡された、決して人目に触れてはならないものが収められてい る。  昨年の、あろえの10歳の誕生日の夜だった。あろえは父とふたりっきりで向かい合っていた。 そこで初めて彼女は父の“本当の仕事”と、毎夜の“練習”の真意を聞かされた。  深呼吸をひとつして、あろえは父から“本”とともに渡された“それ”を、引き出しの中か ら掴み出す。  ドイツのワルサー社が開発したセミオートピストル「P99」。さらにいえば、フレーム下面 のアクセサリー装着用マウントレールを、独自規格からより一般的なウィーバーレールに変更 し、スライドストップをアンビ(左右両側から操作可能)とした第2世代モデルだ。それゆえ、 左利きのあろえにも扱いやすい。  彼女のP99は銃口にサウンド・サプレッサーが、マウントレールにはレーザーサイト付きの ウェポンライトが装着されている。銃本体は右脇に着けたナイロン製のショルダーホルスター に差し、左脇には予備のマガジンを差す。その上からパーカーを羽織って前を閉めた。  さらに“本”を手に取る。解錠し、真ん中から開くと、そこに版面は存在していない。ペー ジをくり抜き、ウレタンフォームの枠をはめ込んだ収納スペースである。中に収められている のは、ジェームズ・ボンドが交換させられた銃として知られる、32口径の「ワルサー PPK」と サウンド・サプレッサーだ。  あろえは両方を取り出し、PPKにサプレッサーを取り付ける。そして小型のデイパックを用 意すると、タオルで包んだPPKを中に入れた。それから銃だけでなく、医薬品など必要になる かもしれないと思ったものを詰め込んだ。  最後に少し考えた末に、すでに空になっているのもかかわらず、本自体も入れる。これで準 備は整った。デイパックを背負い、あろえは玄関に向かう。靴を履き終えて立ち上がったとき、 ふと、あろえは父の言葉を思い出す。  ――お父さんガ戦い方ヲ教えるノハ、同じ仕事ヲしろというコトではないからナ。あろえガ、 自分ノ身ヲ守れるヨウにダ。だが、もしソレ以外ニ使うナラ、後悔ハしないヨウ、よく考えて 使いナサイ。  ――お父さん、ここで使わなかったら、いつ使うの? わたしは考えて、決めたよ。使うの は、今だ。  森永あろえ10歳。今日、生まれて初めて、彼女は自分の意志で銃を取る。      ◆   ◇第24話「対峙」  メイジは街外れの海辺の道を歩いていた。指示された場所は工場などが立ち並ぶ地域で、駅 やバス停からは少々距離がある。途中、何台かトラックやダンプカーがそばを通過していった。 排気ガスと潮の匂いが入り混じった空気の中を、メイジは黙々と歩き続ける。  そして、ついにメイジは目的の建物を発見した。海岸近くに建つ、かなりの大きさの建物だ。 恐らくは倉庫だろうか。今は使われていないようで、周囲にはロープが張られており、一部の 窓にはベニヤ板が打ちつけられている。  相手と接触する前に、メイジは少しでも周囲の状況を調べたかったが、またもや男から渡さ れた携帯電話が鳴り、早く来いと急かされる。  やむなくメイジは建物に向かって歩き出す。歩きながら手袋をはめ、屋内での撃ち合いに備 えてイヤープラグを装着する。これは銃声は遮断するが会話は通すタイプなので、交渉に支障 は来さない。  張られたロープをまたぎ、1mほど上がっていたシャッターをくぐって中に入る。見張りだ ろうか、入ってすぐのところに赤毛の男が立っていた。すでにその手にはサプレッサーを取り 付けた拳銃が握られている。オーストリアのグロック社が開発したコンパクトピストル「グロ ック19」だった。銃口をメイジに向けたまま、赤毛の男はシャッターを完全に下ろす。その後 メイジは後ろから赤毛に銃口を向けられつつ、奥へと進んだ。  中は見た目通り広かった。電灯は点いておらず、窓から多少光が入るだけの薄暗い空間だ。 しかも壁の前を始めとして、随所にごみや資材の残骸などが積み上がり、さらにその光を遮っ ている。  30mはある一番奥辺りに、2人の男が立っているのが見えた。さらにその奥にはもう1人の 男がいて、その視線の先には拘束を受けためぐみが地べたに座り込んでいるのが見える。  駆け寄りたい気持ちを抑え、メイジは3人のところまで近づいた。手前の2人は灰色の髪の 男と栗色の髪の男、奥の1人は黒髪だ。これで全部か? おそらく灰髪がリーダーで、栗毛が サブリーダーだろうとメイジは読む。  彼らの手前でメイジが足を止めると、流れるように栗毛が左に、赤毛が右に移動し、彼女は 3方向からサプレッサー付きの銃口を向けられる。男たちの銃は揃ってグロック19だ。真ん中 の灰髪が口を開いた。 『ちゃんと、遅れずに来たな』 『まず、彼女と話をさせてほしい。安否を確認させてくれ』 『……まあ、いいだろう』  灰髪が黒髪に呼びかける。黒髪は身長はそれほど高くないが、4人の中では一番筋肉質だ。 服の上からでも胸の厚さや腕の太さが見て取れる。座り込むめぐみのランドセルの肩ベルトを 掴むと、片手で体を軽々と引き上げ、彼女を立たせた。  半ば引きずるように連れて来られためぐみの様子を、メイジは素早く観察する。相当疲弊し ているようだが、見える範囲からは外傷はないように思われる。もっとも、傷つくのは肉体ば かりと限らない……。 『話すのに邪魔だ。テープと目隠しは、外せないか?』  メイジが言うと、黒髪が灰髪を見る。灰髪があごをしゃくると、黒髪はテープを剥がし、目 隠しを取った。うつろなめぐみの表情が現れる。 「雪印さん! 大丈夫ですか!?」 「あ……、双葉、さん……?」      ◆   ◇第25話「交渉」 「雪印さん、ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまいました。わたしのせいなんです。わた しのせいで、あなたに怖い思いをさせてしまった。本当にごめんなさい。ですが、わたしが絶 対にあなたを助けます!」  メイジは灰髪の男に向かって叫んだ。 『もういいだろう! わたしはお前たちとともに行く。それでもう彼女は無関係だろう。彼女 を解放しろ!』  だが、灰髪は無情に答える。 『駄目だ。「子どもと思うな」、そう聞かされているんでな。本国に戻るまで、われわれの安 全のため、彼女も連れていく』 『約束する! わたしは絶対に抵抗しない! だから、彼女はもう解放してくれ!』  灰髪は無言だ。言葉だけでは納得しない、とメイジは悟る。 『なら……、ならどうすればいい? どうすればお前たちは、安全だと確信できる?』  ここで、灰髪は初めて考え込む素振りを見せた。 『フム……。ならば、まず裸になってもらおうか』 『なっ、何!?』 『武装解除、それに加え、自由に動けないようにする。何を仕込んでいるか、わからん以上、 全裸になれ』 『…………』 『早くしろ。でなければ、10秒ごとに人質の指を折っていく。1……2……3……』 『わかった! やる。だから、彼女を解放してほしい』  メイジはまず、ホルスターとマガジンポーチを取り付けたデューティベルトを外し、装備一 式を床に置いた。続いてコートを脱ぎ、それから1枚ずつ衣服を脱ぎ捨てていった……。      ◆   ◇第26話「恥辱」  ついにメイジが最後の1枚の下着を脱いだ。彼女の股間が露わになったとき、めぐみは目を 丸くし、口をぽかんと開けていた。 「……双葉さんって、男の子だったの?」  そこには少女の体にあるはずのないものがあった。  “陰茎”。  まごうことなき男性器がそこにはあった。  男たちはしげしげとメイジの股間を見ている。灰髪の男が言った。 『……どうやら、話に聞いていた通りのようだな。おい、脚を広げて、ペニスを持ち上げろ。 “もうひとつ”のほうも確認しておく』  メイジは歯噛みするが、逆らえる状況ではない。命じられるまま、ペニスを持ち上げた。そ して、その陰にあるものが見えたとき、めぐみはますますぽかんとしてしまった。  ペニスの陰にあったもの、それは本来あるべきものである女性器であった。  男性器と女性器が1人の人間の体に併存する。これはいったいどういうことなのかとめぐみ は考える。作りものか何か? しかしあのペニスはたしかに体から生えているように見える。 距離があるので断言はできないが、あれは体の一部にしか見えない。  灰髪が呟いた。 『驚いた。まさか、本当に情報通りとは……。これが「完全なる半陰陽」か。なるほど、これ ほど強力な本人証明も、そうはあるまい……』  めぐみは灰髪の言葉は理解できなかったが、考えた末にその答えにたどり着く。 「まさか……もしかして……両方付いているってこと?……ふたなり?……」  めぐみの言葉に、メイジは震える唇で途切れ途切れに答えた。 「そう、です……。だから……、見ないで、ください……」  その瞬間、めぐみは電流が走ったような衝撃を受けた。彼女の脳裏に、“あのとき”の記憶 がフラッシュバックする。  ――ねぇねぇ、もうちょっとよく見せてもらってもいーい?  ――やめてください!!  あのとき双葉さんがあんなにも怒ったのは、つまり、こういうことだったんだ。気づいてし まっためぐみの目から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。 「ごめんね! ごめんね双葉さん! ごめんなさい!」  一方、秘密を晒されたメイジは、怒りに燃える目で男たちをにらみつける。その様子を見た 灰髪はさらに追い打ちを掛けてきた。 『抵抗しないのでは、なかったか? もう少し、素直になってもらわんと、な……』  そしてメイジに向かってあごをしゃくると、それを合図に3人の男たちは口々に野卑な言葉 をメイジに浴びせ始めた。 『おい、よく見えんぞ! もっと脚を広げて、腰を突き出せ』 『本当に両方付いてンのか、ちゃんと見せろ! どうせなら、割れ目ン中も広げて見せろ!』 『女らしくなれるよう教えてやんよ! 両手を頭の後ろで組め! 脚広げて腰を振れ!』  恥辱と怒りで真っ赤になりながら、メイジは言われるがまま卑猥な姿を晒し続ける。腰を振 る動きにつられ、ペニスが揺れるのを指差し、男たちは嘲笑する。 『ダメだ、ダメだァ、腰振れっつってンのに、チンポ振ってんじゃねえよ!』 「やめて! やめてよぉ! 双葉さんに酷いことしないで!!」  めぐみの悲痛な叫びが空しく響いた、その直後――  ガタッ  突然の物音に、男たちの間に緊張が走る。栗毛と赤毛が弾かれたように飛び出し、音がした 方向に駆け出していた。 『こ、こいつは!』 『どっから入ってきたんだ!?』  2人に引きずり出されたのは、顔を真っ赤にしている森永あろえであった。      ◆   ◇第27話「合流」 「なんで来たんですか、あなたは?」と呆れ顔のメイジ。 「え、なんで委員長が?」と狐につままれたようなめぐみ。 「ご、ごめんなさい、わたしもなんとかしたくて、でも、その、おち、おちんちん、って……」  しどろもどろでしゃべるあろえの視線は、メイジの股間と地面を行ったり来たりしている。 「……まさか、“コレ”にうろたえて見つかってしまったと?」 「え~っ、驚きすぎじゃない? これくらいパパのとか見てるでしょ」 「それはあるけどぉ……。でも、だって、それ以外は初めてなんだもん……!」 「ハァ……、どれだけウブなんですか、あなたは」 「委員長って、もしかしてムッツリ?」 「ち、ちがうもん! そんなんじゃないし!」  赤面するあろえに対し、呆れた様子のメイジとからかい始めるめぐみ。言葉の応酬は止まる ことを知らず、男たちは呆気に取られてしまっていた。  ガァン!  その会話を遮る金属音。廃倉庫の内部に響き渡ったそれは、灰髪の男が床に転がっていた一 斗缶を蹴り飛ばしたものだった。蹴ったあと、じろり、とメイジたちをにらむ。 「満足、シタカ?」  黙る3人。しかし男たちも黙ったままだ。さすがにこの状況は想定外だったか、どこか考え あぐねているような、まごついているような雰囲気がある。リーダーである灰髪も3人をにら みつけているだけだ。  そんな微妙な空気の中、ようやく、灰髪が何か言いかけようとした瞬間だった。それよりも 一瞬早く、めぐみが口を開いた。 「ねえ、どうせあたしたちを殺す気でしょ」  男たちは誰も答えない。その様子をうかがいつつ、めぐみは続けて言った。 「わかるよ。だって、目的は双葉さんなんでしょ? で、それはもう達成できたわけじゃない。 だったら、あたしらなんか邪魔なだけでしょ。少なくとも、人質は2人もいるかな?  それじゃあ、どっちか解放する? そんなことしないよねえ。ってことは、どっちかがここ で殺されてもおかしくない。ね、そうでしょ?」  灰髪が応じた。 「ナラバ、ドウダトイウンダ?」 「あたし、もう諦めた。けど殺される前に、ちゃんと2人と話したい。お願い。最後に3人で 話をする時間をちょうだい」  少しの間考えて、灰髪は言った。 「イイダロウ、ナラ1分ダケ、時間ヲヤル。イイナ、1分ダケダ」 「ありがとう。ついでに手も外してくれるとうれしい。この体勢ってキツイんだよね。殺され るときくらい、楽な恰好にしてほしい」      ◆   ◇第28話「謝意」 「うーん、やーっと少し楽になったよ」  手首の結束バンドを外されためぐみは、腕を前後にぐるぐる回したり、指や手首を揉んだり と体をほぐす。 「イイナ、1分ダ」  灰髪の男が腕時計を見ながら言った。 「オッケー」  3人は真ん中にメイジ、左右にあろえとめぐみが立ち、三角形の形に並んだ。あろえとめぐ みの背後には、それぞれ赤毛の男と黒髪の男が立ち、銃口を突き付けている。灰髪と栗毛の男 の二人は並んでメイジの横方向、3人からは少し離れたところで銃を握っている。  めぐみはまず、あろえに話しかけた。 「森永さん、ごめんなさい。あたしが勝手に話して、こういう状況になっちゃって。納得して ないよね?」 「ううん。雪印さんが言ってたことは間違ってないと思うよ。それに、わたしだってこうなる ことも考えてた。だから、最後に話をする時間を作ってくれてすごくうれしい。ありがとう」 「そう言ってくれるとうれしいな。いっつも迷惑かけてごめんね。また迷惑かけるけど、いい かな?」 「いいよ。こんなときだもん」  続いてめぐみは、メイジに話しかける。 「双葉さん、なんだか大変だったんだね」 「そんな……。わたしがいなければ、こんなことには巻き込まれずに済んだんです」 「あの人たちってなんなの?」 「この国に来る前に、わたしがいたところの人間……、とだけ言っておきます」 「ふうん。みんなピストル持ってるけど、双葉さんもそうだったわけ?」 「……そうですね」 「あたし、双葉さんを助けたい」 「その気持ちだけ、ありがたく受け取っておきますよ」  1分など話しこめばあっという間だ。灰髪の非情な声が響く。 「ソロソロ、1分ダ」  赤毛と黒髪が銃を構え直し、あろえとめぐみの頭部に銃口が向けられる。時間がない。 めぐみは2人の顔を交互に見ながら言った。 「ねえ、ふたりはあたしと双葉さんが初めて話したときのこと、覚えてる? この3人が初め ていっしょに帰った、“あのとき”のこと、覚えてる? あたし、双葉さんにまた見せたげた くて、用意してきたものがあるんだ」  あろえとめぐみ、どちらを始末する気か。あるいは2人ともか。灰髪の冷酷なる命令が下さ れる。 『やれ』  同時に、にっこり笑ってめぐみが言った。  「今見せたげる」      ◆   ◇第29話「突破」  命令によって引鉄が引かれる寸前。めぐみの両手が高々と掲げられた。同時に握っていた手 を勢いよく開く。  火の玉が一つ、3人の頭上に広がった。“あのとき”を上回る、バスケットボールほどもあ る大きさだ。さらに同時に紙吹雪が舞い散った。  4人の男たちは突如出現した火の玉と紙吹雪に意表を突かれ、ほんの一瞬ながら完全に意識 がそちらに向いてしまう。  その瞬間、3人はそれぞれに行動を開始していた。  めぐみは倉庫の奥方向、最初に灰髪や栗毛の男らが立っていた場所を目指してまっしぐらに 走り出す。  あろえは瞬きするほどのあいだに懐からワルサー P99を抜き出した。銃を胸の前で抱きかか えるように構える「C.A.R System(Center Axis Relock System)」と呼ばれるテクニックで、 赤毛の胸部に2発、すかさず銃を目の高さまで上げ頭部に1発。「モザンビーク・ドリル」と 呼ばれる撃ち方で流れるように叩き込む。まず1人。  メイジはめぐみと入れ替わる恰好で黒髪に駆け寄っていた。黒髪が銃を向けるのより早く、 相手の銃を握る腕に乗りかかるように飛び上がり、右腕をスイング。手の平で思い切り、黒髪 の左耳を叩く。鼓膜破りの「イヤーカップ」。  打った位置から右手をずらして髪の毛を掴むと、体を落下させる勢いを利して頭部を引き込 み、相手の体勢を崩す。そこからその隙を突いて一気に相手の銃をもぎ取るや否や、黒髪の顔 面をニ連射(ダブルタップ)で撃ち抜いた。これで2人。  メイジが黒髪を仕留める間に、あろえはめぐみの意図を察し、同じ方向に走り出していた。 めぐみをかばうように位置取りしつつ、背後に突き出した左手1本で、レーザーサイトを利用 して撃ち続ける。  メイジも少し遅れて2人を追って走る。先に走ったあろえと追いかけるメイジの2人が、灰 髪と栗毛に向けて発砲する。  灰髪と栗毛も撃ち返すが、3人に当てるまでに至らない。めぐみのワルサー P99、メイジや 男たちが撃つグロック19、どちらもサプレッサーを装備する。抑制された銃声が室内に響き合 うなか、双方ともに残骸の山の陰に飛び込んだ。      ◆   ◇第30話「決意」  物陰に飛び込んだ3人は荒い息をつく。 「まったく、無茶をしてくれますねえ!」とメイジ。 「そうよ、もし失敗していたらどうなっていたと思うの!? 綱渡りにもほどがある!」とあ ろえ。 「でも、応えてくれた。ふたりならきっと、応えてくれると思ったんだ」  そう言うめぐみはにこにこと笑っている。銃を突き付けられた危機的状況を脱することがで きた。まずはひとつの困難を乗り越えられたのだ。そして、さらにはもうひとつ―― 「ハイ、双葉さん。これ双葉さんのでしょ?」  あのときめぐみが走り出したのは、このためだった。床の上に放置してあった、メイジの脱 いだ服の山、そこに置かれていた彼女の銃を取り返すのが目的だったのだ。  メイジは、めぐみが差し出した銃とマガジンを装着したデューティーベルトを受け取った。 しかし、その表情は厳しい。めぐみに詰め寄る。 「なぜ、あんな危険な真似をしたんです。正気の沙汰ではないですよ。答えてください」 「だって……、許せないじゃない!」 「はい?」 「あいつら双葉さんに酷いことしたんだもん! 絶対許せないもん! あたし怒ったんだから!」  めぐみの言った理由に、メイジだけでなくあろえまでが呆気に取られる。怒ったから。言葉に すればこんなにも簡単な理由で、あそこまでの行動が取れたのか……。  なんだか、おかしくなってきた。メイジもあろえも笑みがこぼれる。それにつれて、張り詰め ていたものがほどけていく。かわりに別の何かがこみ上げて来るのを感じた。緊張とはちがうも のが心身に満ちていく。 「よし、やりましょう。戦いますよ」とメイジ 「うん。わたしも双葉さんを助けたい」とあろえ。 「あたしだって!」とめぐみ。  しかし…… 「アイタっ」  メイジが小さな悲鳴を上げた。  「小石を踏んでしまいました。でも、大したことはありません」  そうなのだ。メイジは今、全裸なのだ。身につけているものといえば、先ほどめぐみから渡 されたベルトくらいのものだ。こんなごみと残骸だらけの廃墟を裸足で行動するのはまずい。 「どうしよう……」  とあろえは頭を抱える。傷薬などは持ってきたが、予備の靴などはさすがにない。ほかに何 か使えるものは……。 「あっ、そうだ」  呟いたのはめぐみだ。急いでランドセルを下ろす。 「ねえ、双葉さん、これ使えないかな?」                                 (第4部に続く)