『 White Smoke, White Lie 』 (第1部)   ◇第1話「初日 -朝-」 「メイジ、持ち物は大丈夫か? 忘れ物はないな?」 「ゆうべから何度もいっしょに確認したでしょう。大丈夫ですよ」 「そうか。なら、よし」 「ところで、としあき……」 「なんだ?」 「やっぱり、“あれ”は持って行っちゃ駄目ですか?」 「駄目だよ。関係ないものは、持って来たらいけないことになってるんだから。第一、家の中 ならおれが“見なかったこと”にするけど、外じゃそういうわけにもいかないし……」 「ううん、やっぱりなんだか、落ち着きません」 「そのうち慣れるだろ。っていうか、慣れてほしい」 「メイジちゃーん、今日から小学校だね」 「あっ! 亜希さん」 「見送りに来てくれたのか?」 「当然よ。だって初日だもんね」 「そうだな、初日だもんな」 「じゃあ、メイジちゃん、いってらっしゃい」 「いってらっしゃい」 「いってきます」      ◆   ◇第2話「転校生」  その転入生が教室に入った途端、子どもたちがざわついた。4月も半ば近い時期に転入して きたことで、元から注目を集めていたこともあったが、最たる理由は彼女の容貌である。  金色の緩やかに波打つ長い髪。ミルクのように白い肌。目鼻立ちも整って、いかにも“綺麗 な西洋の女の子”という容姿。何より不思議な光を放つ彼女の赤い瞳は、子どもに騒ぐなと言 うほうが無理というものだろう。  トレードマークの白衣に身を包んだ、担任の若い女性教師が声を張り上げる。 「はーい、静かに! これから彼女に自己紹介をしてもらいまーす」  そう言うと、虹浦小学校5年3組担任、水木 花(みずき はな)は、転入生を教卓の前に立た せた。  金髪赤眼の少女はそこで直立不動の姿勢を取り、静かだがはっきりした口調と、流暢な日本 語で挨拶をした。 「はじめまして。双葉メイジといいます。ブルガリアから来ました。日本語の読み書きは自信 がありませんが、会話は問題ないと思います。みなさん、どうぞよろしくお願いします」  割れるような拍手と歓声。水木はそれを静めつつ、メイジに席を指示する。 「じゃあ、双葉さんはあの一番後ろの空いている席を使ってください。それから、双葉さんは まだ慣れていないことがたくさんあるでしょうから、何か困っていたらみんなで助けてあげて くださいね」  担任に言われた席に着いたメイジは、改めてぐるりと教室を見渡した。これからここに通う のだ。日本で暮らし始めたときとはまた違う、もうひとつの始まりだ。 (まあ、なんとかしますよ。“これまでのこと”に比べれば、なんてことない)  自分に言い聞かせるように、メイジはそう考える。      ◆   ◇第3話「懸念」 「ねえねえ、双葉さん、日本語上手だよね。どこで覚えたの?」 「ブルガリアってどんな国? あたし、ヨーグルトのイメージしかなくて」 「え、ええっとですね……」  1時限目の授業が終わり、10分間の休み時間になった。転入生の常と言うべきか、メイジは さっそく質問攻めにあっている。彼女の周囲には人だかりができ、その輪からは一歩引いたと ころにいる子どもたちの中にも、好奇の目を隠そうとしない子が少なくなかった。  担任・水木花はその様子を眺めつつ、そっとほかの子どもたちにも目を配る。とくに“彼女” と“彼女”には……。  虹浦小では奇数の学年にクラス編成が行われる。つまり、同じクラスで2年間を過ごした後、 2年生から3年生に上がるとき、4年生から5年生に上がるときにクラス替えを行うのである。  このクラスは5年3組、そして今は4月半ば。まだ編成されて1か月もたたないこのクラス において、新学期が始まる前から教師たちが気をつけている児童がいた。  ひとりは別段いつもと変わりはなさそうだ。自分の席に着き、真面目に次の授業の用意をす ると、朝読書の続きだろうか、文庫本を広げている。  もうひとりはというと、やはり自分の席にいて、窓の外を眺めている。一見すると、クラス の話題に関心がないような風ではあるが、転入生の話し声に聞き耳を立てているのが手に取る ようにわかる。  あらぬ方向を向いている目が、実は好奇心でらんらんとしているのが、担任になって1か月 足らずの彼女にも見えてしまうのである。  心配なふたりと、何やら“複雑な事情”があるらしい転入生。彼女らが出会ったとき、どん なことが起こるのか。せめてそれがよい方向に働いてほしいと、水木は心の底から祈るのであ った。      ◆   ◇第4話「委員長」  午前中の授業が終わった。メイジは休み時間ごとに話しかけられ、特に20分休憩のときなど はよそのクラスから見に来た者があったくらいだ。どうやらもう噂になっているらしい。  給食のあいだもそれは続き、食後にも終わらなかった。そのため、転入初日にしてメイジは このクラスのややこしい部分に直面することとなってしまう。  給食のあとの清掃のときだ。メイジも幾人かの女子たちに教えられ箒を持ったが、その子ら からも話しかけられ、つい手が止まりがちになる。話しかけるほうも同様だ。 「ねえ、ちょっと! ちゃんと掃除をして!」  不意に彼女らを注意する鋭い声が響いた。はっとして顔を向けた先にいたのは1人の女子だ。 黒々とした髪を左右で三つ編みにして背中に垂らし、横へと流した前髪は少々硬そうにツンと 伸びる。ブラウン系の樹脂フレームの眼鏡の向こうから、キッと相手を見据える表情からは、 いかにも生真面目な印象を受ける。  彼女の注意はもっともなのだが、言われた子らはまともに受け取らない。白けたという雰囲 気をあらわに、さっさとメイジを連れてその場から離れていってしまう。 「あー、もう、ホント“委員長”ウザいよね」 「イイ子ぶってさぁ」 「わたし、違うクラスがよかったなー」  どうやら相当嫌われているようだ。クラスの状況を知るべく、メイジは彼女らに尋ねた。 「彼女は何者ですか? “委員長”というのは?」  メイジの質問に彼女らが口々に答えてくれた。 「委員長はあだ名。別にクラス委員でもないんだけど、とにかくクソマジメでさ、それでいつ の間にかみんなそう呼んでるの」 「森永あろえっていうんだけど、名前からしてとげとげしいよね。ホンットめんどくさい」 「双葉さんも関わんないほうがいいよ。マジでうざったくて面倒だから」  森永あろえ。関わるかどうかは別にして、一応気には留めておこう。メイジはそう判断した。      ◆   ◇第5話「職員室」  清掃のあとの5限目の前に、水木は一度職員室に向かった。授業に必要な教材を用意するた めである。 「水木先生、どうですか双葉さんの様子は?」  声をかけたのは学年主任の塚元 耕作(つかもと こうさく)である。 「うーん、そうですね、今のところ特に問題はないようですが、ただ……」 「ただ?」 「清掃のときに周りの子たちに話しかけられていて、森永さんがちょっとキツめの注意を」 「ああ、やはり彼女が……」 「ええ……」  塚元にも思い当たることがあるようで、ふたりとも同じような表情を浮かべる。 「何かあったんですか?」  声をかけたのはもうひとりの5年担任、愛澤 遼一(あいざわ りょういち)。かつて大けがを して両脚を失っている彼は、車椅子を漕いでふたりの元へやって来た。 「実は……」と水木は同じ説明をした。 「ははぁ、やはりありましたか。しかしまあ、森永さんならまだこちらから話もしやすいでし ょう。もうひとり、雪印さんはまだ双葉さんには……」 「話しかけてはいないようです」 「そうですか。彼女も悪い子ではないのですがね」  愛澤の言葉に、水木も同意を示す。 「ええ、悪意があるわけではないのですが」 「まあまあ、ここで私たちがしゃべっていて、どうなるものでもありませんよ。それより、そ ろそろ5限目ですね」  塚元の言葉を受け、5年生の担任たちはそれぞれのクラスへと向かっていった。      ◆   ◇第6話「嘘つき」  午後の授業を経て、ようやくメイジの転入初日は終わった。帰路の途中でやっとひとりにな れたときには正直気疲れを覚えたが、にもかかわらず、またもや背後から呼び止められた。 「双葉さん!」  振り返ったところに立っていたのは、快活そうな雰囲気の女子だった。やや外に向かって広 がる髪を肩より上くらいで無造作に切り揃え、前髪を真ん中で分けて額を大きく出している。 分けた前髪はそれぞれ3本のヘアピンで留めているが、向かって右側のピンは「≠」型に、左 側は「*」型に交差させているのが特徴的だった。 「ええと、あなたは……」 「あ、あたし、雪印めぐみ。おんなじクラスだよ。朝から話しかけてみたかったんだけどさぁ、 なかなかその機会がなくって。双葉さんもこっちの方向? いっしょに帰ろうよ」  一瞬ごまかそうかと迷ったが、初日からすげなくするのもどうかと思い、メイジは彼女とい っしょに帰ることにした。 「よかったぁ。ね、ね、どうせならこのままウチに寄ってってよ。帰ったってだーれもいない んだもん」 「お留守番ですか?」 「ううん。パパもママもいないから」 「えっ……それは……すみません」 「いいよ、気にしてないから」  雪印めぐみはそう言うが、微妙な話題に触れてしまったと思うメイジの表情は浮かない。 「うーん、そんな暗い表情(かお)しないでよ。……あっ、そうだ。おわびにあたしが明るくし てあげる!」  そう言ってめぐみは、何か包み込むようにした両手をメイジの顔の前に差し出す。なんだろ う? メイジが怪訝な表情を浮かべた、そのときだ。  ボッ!  と、めぐみの手の中から野球ボールほどの炎が舞い上がる。 「わっ!?」  驚き、思わず後じさりするメイジに対し、めぐみは、 「ハイ。お近づきのしるしだよ」  いつの間にか手にしていた、赤いバラを模した紙の造花を差し出していた。      ◆   ◇第7話「交差点」 「え?……マジック?」  唖然とするメイジに、めぐみは満面の笑みでうなづく。 「転校生の噂を聞いたときから準備してたんだよー」 「そうなんですか……」  そう言ってメイジが手を伸ばし、造花を受け取ったときだった。こちらに近づいてくる足音 に気がついた。 「雪印さん!」 「ゲッ、委員長!?」  現れたのは森永あろえである。じろっとめぐみをにらみつける。 「またいたずらを、それも危ないことをしてたでしょ」 「えーっ、そんなこと……」 「嘘。火が上がったのが見えた。前にも火遊びして先生に怒られてたのに」 「え、あー、うん……。あっ、じゃあ双葉さん、また明日、バイバイ!」  言うなり、彼女は脱兎のごとく駆け出し、道の先の交差点を左に曲がって姿を消してしまっ た。突然の出来事にメイジはあっけに取られたが、すぐに気を取り直すと、隣に並んだあろえ に尋ねた。 「森永さん、雪印さんっていったい、どういう子なんですか?」 「ううんと、どう言ったらいいかな。あのね、雪印さんは悪い子じゃないんだよ。ただ、ちょ っといたずら好きっていうか、ああやって人をからかったりすることが多くて……。  それで嫌っている子もいるっていうか、無視されることもあるっていうか……。でも、悪気 があるわけじゃなくって、そう、悪い子じゃあないの、うん」  あろえの説明を聞き、メイジは雪印めぐみがどんな子が、うっすらと見えた気がした。する とあることが気になったので、歩きながら重ねて尋ねた。 「もうひとつつ訊きたいのですが、雪印さんのご両親はどんな方たちですか?」 「ご両親? えっとね、聞いた話だと、おふたりともお仕事の都合であちこち飛び回っている んだって」 「ふぅん……。すると、彼女はおうちにひとりで?」 「いや、なんでも親戚のお姉さんがいっしょに住んでいるらしいよ」  その答えを聞いて、メイジは深々とため息をつく。 「どうしたの? ため息なんて」 「さっき雪印さんから、両親はいない、帰っても誰もいないと」  今度はあろえがため息をつく番だった。 「そんなんだから、“嘘つき”って呼ばれるのよ……」  そうこうするうちに、ふたりは先ほどめぐみが左に曲がった角に出た。そこは十字に分かれ た交差点だ。 「じゃあ、わたしはこっちだから。また明日ね」  あろえは交差点を右に曲がっていった。少しその背を見つめ、メイジは真っ直ぐに進んだ。 あろえが右肩に掛けている、デニム地の手提げかばんを掛け直す姿がなぜか目に残ったが、と くに気にせず、メイジはひとり家路に就いた。      ◆   ◇第8話「帰宅 -雪印めぐみ-」 「ただいまー」 「おー、おかえり。今日は別にトラブルはないよな?」 「せり姉、失礼だよ。毎日それ聞くのやめてほしいんだけど」 「そうは言うけどな、あんたの作り話だのいたずらだのが問題にならないか、いっつも冷や冷 やしてんだよー、こっちは」 「あ――、はいはい、わかりました」  これ以上のお説教はたまらない。めぐみはさっさと自室に避難する。雪印邸は大きいが、そ こに普段から住んでいるのはめぐみとせり姉――母の姪にあたる人物で、本名を近賀 芹(きん が せり)という――の2人だけだ。  両親は健在だが、しょっちゅう家を空けているので、芹が世話係として住み込んでいるので ある。  荷物を部屋に置いためぐみは、屋敷の奥にある父の書斎に向かう。蔵書を納めた書棚に取り 囲まれてデスクが置かれており、彼女はいつものようにその椅子に座った。  彼女の父は作家である。放浪癖のある人物で、行き先は国内外を問わず、1年の大半を世界 中あちこち旅している変わり者だ。  そんな父と結婚した母も母で、夫の放浪を心配するあまり、ついに自らマネージャーとして 旅に同行することを決意したという人物だ。  だがその結果、めぐみは置いてけぼりにされてしまった。子どもとして、そのことに不満が ないわけがない。ただ、それでも両親のことは決して嫌いではなかった。  電話やメール、手紙などのやり取りは欠かさないし、クリスマスはイヴの前から、年明けは 松の内までは絶対いっしょに過ごしてくれる。また、そのときもそれ以外のときも、帰ってく るときはいつも山ほどお土産を抱えて帰ってくるのだ。  両親は自分を無視しているわけではない。それに何より、彼女は作家である父のことが好き だった。今日もこの書斎で、めぐみは父の言葉に思いを馳せる。  ――ねえ、パパ。「物語は人を幸せにする嘘」なんだよね。あたしもそんな嘘ならついてみ たいけど、なかなかうまくいかないよ。      ◆   ◇第9話「帰宅 -森永あろえ-」  今日もみんなから嫌がられていたなあ、とあろえは思う。自分が周囲から煙たがられている ことくらいは自覚している。  だが、こういう性分なのだ。やめておこうかと思っても、ついつい体が動いてしまう。その 原因については、一応思い当たる節があった。  彼女の父親は半分日本人の血が流れる南米人だ。若い頃に来日して以来、この国に溶け込も うと努めてきたらしい。礼儀や文化などもだが、特に「恩義」とか「信義」といった言葉を好 み、大事にしている。娘の目から見ても、律儀な人物だと思う。  あろえはそんな父の影響を否定する気になれない。さらに彼女自身、父のことは嫌いではな い。だから、思うところはあるにせよ、父の“教え”には従ってきた――  そんなことを振り返りつつ、彼女は手提げかばんから1冊の本を取り出した。長辺が20数cm ほどあるハードカバーだ。鍵付きで、表紙が開かないように留めるバンドの先端は3桁のダイ ヤル錠になっている。  これもまた、父の教えの一環だ。昨年、10歳の誕生日の夜にこれを与えられ、肌身離さず持 ち歩くように言われている。  父の教え。毎夜行われる、母には秘密の父との時間。なぜそんなことをするのか、父の言い 分は彼女も理解しているつもりだ。しかし、それでもなお疑念はぬぐえない。左手で表紙を撫 でながら、彼女は心中で問いかける。  ――お父さんの言うことはわかるよ。でも、本当に“こんなもの”が必要なのかな?      ◆   ◇第10話「帰宅 -双葉メイジ-」  やっと帰ってこられた。学校での気疲れに加え、帰路での出来事でさらに疲れたように感じ られる。メイジは荷物を放り出すと、床に寝転がった。  彼女の帰宅に、ケージの中から1匹の子犬が鳴いている。耳と目の周りから背中側は黒、首 や脚といった腹側は白で、毛は長い。ここに来てから飼い始めた彼女の愛犬・カロヤンである。 寝たままメイジは顔を向け、 「ただいま、カロヤン。遊んだげるから、ちょっとだけ休ませて」 と声をかける。その言葉を理解したのか、ケージを前足で引っ掻いていたカロヤンは、伏せの 姿勢になった。  森永あろえ。雪印めぐみ。初日から変わった子たちに会った、とメイジは考える。  それからもうひとつ。どうやら学校からあの交差点まで、3人の通学路は同じであるようだ。 今後否応なく顔を合わせることになるかもしれない、そんなことも考えていた。  夕刻となっていたが、この部屋の主・双葉としあきはまだ帰ってこない。のそのそと床から 身を起こし、部屋の隅に立て掛けたトラベルバッグに近付く。彼女がブルガリアから日本に来 るときに使ったものだ。  その中から彼女は愛用の道具を取り出した。今朝はとしあきに止められてしまったが、思え ば、“これ”を身につけずに一日を過ごしたのはいつ以来だろう?  「コルト M1911」。紛うことなき天才、ジョン・モーゼス・ブローニングが設計した傑作拳 銃である。彼女自身によってカスタムされたこの銃は、この世に存在するほかのどんな道具よ りもその手にしっくり馴染む。  愛銃の重量や感触を確かめながら、彼女はつくづく思った。  ――こんなに平和な国にいるのに、わたしは銃(これ)を手放せない。      ◆   ◇第11話「初日 -夜-」 「メイジちゃん、学校はどうだった? クラスには馴染めそう?」  いつもは2人の食卓が、今夜は3人だ。朝に見送りに来てくれた亜希が、夕食の支度にも来 てくれたのである。  彼女はとしあきの幼馴染だという。本名は十師 亜希(とし あき)。さっぱりした性格で、黒 髪のショートボブがよく似合う。メイジは眼鏡のレンズ越しに輝く、彼女の黒目がちのいたず らっぽい瞳には安心感を抱いていた。  最初に会ったとき、メイジは彼女のことをとしあきの恋人かと思ったが、そうでもないらし い。一度としあきに訊いてみたところ、「腐れ縁……かなぁ……」という、なんともはっきり しない答えが返ってきただけだった。  しかしふたりの関係はともかく、亜希が来てくれるのはメイジにはうれしかった。彼女はメイ ジのことを何かと気にかけてくれるし、明るい性格で話していて楽しい。 「じゃ、後片付けやっとくから、メイジちゃんは先にお風呂入っといで」  夕食のあと、そう言ってメイジを風呂場に向かわせた亜希が、突然真剣な表情になってとし あきのほうに向き直った。 「としあき、メイジちゃん、学校でちゃんとやっていけるかな?」 「え、どうだろう。でも、さっき話しているときは楽しそうに見えたけど」 「そう? あたしはなんか、無理してないか心配になったよ」 「ううん……。けどさ、どっちにしろまだ初日だろ。まだなんとも言えないんじゃないかな」 「それはそうだけどさぁ……。でもほら、“あのこと”があるじゃない……」 「ああ、“あれ”な……。けど、学校に行かせないわけにはいかないし……」  結論を出せぬまま、ふたりは黙りこんでしまった。  一方、こちらは浴室のメイジである。熱い湯に身を浸し、今日という一日を振り返ってみる。 自分のこれまでの生き方からすれば安穏そのものだ。だが、妙に気持ちが疲れた。こんなこと はいままでなかった。いったいどうしたことか。  考えながら浸かっていると、少しのぼせてきたようだ。湯から上がろうとしたとき、ふと鏡 に映る自分に目が止まった。改めて自分自身の姿をじっくりと見直す。その視線が“ある部分” で釘付けになる。彼女の体の“ほかの人とは違う部分”に。  これをクラスの子らが知ったらどう思うのだろう? としあきたちは受け入れてくれたが、 ほかの者ならどうなるか。気味悪がられるだけではないだろうか。やっぱり、これは“秘密” にするしかない……。  考えているうち、自然と自虐的な笑みが浮かんできた。やめよう。こんなことを考えたって 仕方がない。それに、少なくともわたしには―― 「としあきがいるもの。それに、亜希さんも、カロヤンも」  だから、平気。それよりももう出よう。湯冷めしてしまう。明日も学校だ。今日は早く寝よ う。メイジはそう思い直し、浴室を出た。                                 (第2部に続く)