『 White Smoke, White Lie 』 (プロローグ)   ◇第0話「前夜」  気づいたとき、少女は真夜中の街に立ち尽くしていた。ここはどこだ? かつて訪れたこと があったような気もするが、どうにも思い出せない。  自分は今どこにいる? どこに向かう? 彼女にはわからない。戸惑う少女の背で、緩やか に波打つ長い金髪が、冷たい夜風に揺れる。  身にまとった真っ黒のロングコートの襟を立てたとき、不意に彼女は自身に向けられた殺意 に気づく。具体的な理由はない。ただ直感した。  少女は髪をなびかせ、夜の街を疾駆する。駆けながらコートの裾を払い、右手を腰にやる。 いつもそこにある“それ”をいつものように抜き出すはずが、なぜだか妙に動きが鈍い。夜気 が突然タールのように粘り、手足にまとわりついていた。  なんだ!? 何が起きている!?   突如、眼前に人影。  こいつか! 敵はすでに動き出している、間に合え、間に合うか……!  必死に抜いた“それ”を、10歳の少女の手には似つかわしくない、大型拳銃「コルト M1911」 を両手で構えたその瞬間、突き付けられた銃口が火を吹いた――      ◆ 「ッ……!」  ハッと少女は目を覚ます。なんだったんだ、今のは……。まさか、夢……? そろそろと目 だけを動かし、部屋の中を見回す。灯りは消してあるので室内は暗いが、それでも窓から入る、 カーテン越しのわずかな外からの光で様子はうかがえた。就寝前と変わらない、いつもの部屋 だ。  上体を起こして、隣に目を向ける。彼女がこの国で暮らし始めて以来世話になっている、こ の部屋の主がぐっすり寝入っていた。  なぜあんな夢を見たのだろう? まさかと思うが、明日のことが原因か。そう思ったとき、 隣でよく眠る男に対し、気楽なものだ、とついそんな気持ちが湧き上がる。  別にこの男が悪いわけではない。よかれと思ってやってくれているのはわかる。だが、自分 が今こんな気持ちになっているのは、彼とその友人たちが進めていたことが原因なのも、また 確かなことなのだ。 「あ――あ、明日から“学校”かぁ……」  思わず呟き、雑念を振り払うようにゆるゆると首を振ると、少女は布団をかぶって“赤い眼” を閉じた。                                 (第1部に続く)