ブ「としあきー、ホワイトデーだよー。お返しまだ~?」 あ「ちょっとちょっと、お返しなんて要求するものじゃないでしょ」 め「でもチョコあげたのは事実よね。ここをたまり場にさせてもらってるお礼に」 ノ「ボクらは日頃お世話になってるお礼だけどね」 メ「先月、チョコレートを渡すと翌月お返しをもらえると聞いた」 と「分かってるよ。ホラ、安物だけど、お菓子の詰め合わせ。先月はありがとな」 「「「「「ありがとう!」」」」」 と「なんか…ホワイトデーっていうより、ハロウィーンみたいだなぁ」 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『としあきとメイジの母の日』 と「メイジ、俺ちょっと買い物行ってくるけど、何か必要なものある?」 メ「待て、わたしも行こう」 と「別にいいけど、なんでまた」 メ「今日は母の日。母に花を贈る日と聞く」 と「カーネーションなら買うつもりだけど…」 メ「克明は自分が父になると言った。明美も母になってくれるだろうとも」 と「……」 メ「わたしも彼女に花を贈りたい。いいだろうか?」 と「…分かったよ。じゃあ一緒に贈ろう」 メ「ありがとう。克明が父なら、明美は母。違うか?」 と「そうだな、母さんならメイジを受け入れてくれただろうな。…まあ、克明さんは父親じゃないけどな」 メ「としあきは頑固。克明に似ている」 と「やめてくれる!?」 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『メイジととしあきのバイク』 日曜日の朝食が終わった時だった。 「天気良いな…なんだか久しぶりにバイク乗りたくなった」 「バイク?」 「そういや、メイジが来てからはまだ一度も乗ってなかったか」 そう言うととしあきは少しの間考え込み、そして言った。 「メイジ、後ろに乗ってみるか?」 「後ろ?バイクのか?」 「そう。一人で留守番させるのもどうかなと思って…」 「気にするな」 わたしはそう答えた。 こちらは世話になっている身だ。 わたしのことなど気にせず、好きにして欲しい。 そう思ったのだが。 「よし、そうと決まったら行こう。えっと、予備のヘルメットあったよな…」 としあきは一人で納得して、準備を始めてしまった。 **************** 「よし行くぞ。メイジ、しっかり掴まってろよ」 「分かった」 としあきはわたしをバイクの後部に乗せて走り出した。 見慣れた景色が、風と共に見たことのない速度で後方に過ぎ去っていく。 わたしは運転技術はまだ身につけていない。 バイクに乗ったのはこれが初めてだった。 身体に直接当たる風。 コーナーを曲がる時の身体の傾き。 全身の感覚が高速で走っていることを知覚する。 「メイジ、もうすぐ海だぞ!」 としあきの声がする。 進行方向のその先に視線を向ける。 次の瞬間にはもう、目の前には…。 そうか、わたしが暮らす町と海とはこんなにも近かったのか。 今更ながらそんなことを思った。 **************** としあきは海辺にバイクを停めた。 ヘルメットを脱ぎ、二人並んで海を見つめる。 空はよく晴れ、海面は陽光を反射する。 海鳥が飛んでいるのが見えた。 船が航行するのが見えた。 潮の香りがする。 「ちょっと暑くなってきたな。何か飲み物買ってくるわ」 そう言ってとしあきが自販機で冷たい飲み物を買ってくれた。 喉を潤しながら、しばらく二人で海を見ていた。 「さてと、それじゃそろそろ行こうか」 「分かった」 「帰りにどっか寄って昼飯にしよう」 「いいな」 ヘルメットを被り、わたしはバイクの後部に跨った。 うん、これは楽しい。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ め「せっかく集まったのに天気悪いわねえ」 あ「まだ梅雨明けじゃないもの」 ブ「ねーねー何する~?今日はとしあき出かけてるから自由だよ~」 メ「ブラック、まずは宿題だ」 ノ「そうそう。計画的に片付けていかないとね」 **************** あ「まあこれなら今日の分は終わりね」 め「終わった~」 ブ「あ~、まだ天気悪いねー。プール入りたかったなー」 ノ「ブラックはプール楽しみにしてたもんね」 メ「今日は諦めろ。まだ夏は終わらない」 め「でも天気が悪い割には蒸すから、ちょっと暑さキツイわよね」 ノ「うん。それは分かる」 あ「同感だわ。泳ぎたくなる気持ちもね」 メ「エアコンをつけるか?」 め「そうねー」 あ「お願いしようかしら」 ブ「泳ぎたいなー」 ノ「ブラック」 め「そうだ!この際プールじゃなくてもいいわ」 「「「「????」」」」 **************** と「ただいまー、今日友達来てるんだっけ?」 メ「待てっ、としあき!」 と「えっ、何?どうし、ええっ!?なんでみんな水着なの…?」 ノ「としあきさん…」 あ「あの、お邪魔してま~す…」 め「お、お風呂いただけますかァ…?」 ブ「あ、としあきー、みんなでお風呂で水遊びしたんだよ~。楽しかった!」 と「ああ、それで…」 メ「ブラック!」 ブ「アレ?…としあき、怒った…?」 と「いやまあ、怒るほどでもないんだけど、次からは一言断ってくれるかな?」 「「「「「ごめんなさ~い……」」」」」 ------------------------------------------------------------------------------------------------ ブ「暑いよー」 メ「ブラック、そんなことを言っても涼しくならない」 ノ「姉さん、仕方ないんじゃない?」 あ「そうね…外に出たのはいいけど、やっぱり暑いわ」 め「茹だるわー。なんで公園に来たんだっけ…」 と「おーい、みんな!そこにいたのか」 ノ「あれ、としあきさん?」 あ「うわ、バイク乗ってる」 め「暑くないのかしら」 メ「としあき、どうした?」 **************** と「帰る途中で見かけたからさ、メールする手間が省けたよ」 ブ「ねえねえ、暑くないの~?汗だくだよ~」 と「そりゃまあ暑いけど、そんなこと言ってたらバイクは乗れないよ」 メ「それより、用はなんだ?」 と「ああ、それそれ。やっぱ暑いもんは暑いからさ、かき氷作ろっかなーって」 「「「「「かき氷!!?」」」」」 と「うん。君らもどうかなって思ったんだけど」 ブ「食べるよ!」 め「わたしもわたしも!」 ノ「ボクも欲しいな」 あ「あの…わたしもいいですか」 メ「としあき、作れるのか?」 と「ウチにかき氷機あるからさ、さっきシロップとかも買ってきたし」 「「「「「かき氷……」」」」」 と「じゃ、俺はバイクで先帰って準備してるから、ゆっくりおいで」 **************** メ「うん。冷たい」 ノ「冷たくておいしいね」 ブ「かき氷サイコー」 あ「やっぱり夏はこれよね…」 め「幸せだわー」 と「まあもう一杯くらいなら、おかわりいいよ」 「「「「「ありがとう!!」」」」」 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『としあきとバイクの日』 夜になっても空気は湿気って暑苦しい。 それでも俺は走らないとと思って部屋を出る。 メイジ達はもう寝ている。 起こさないよう細心の注意を払って戸締りをチェックし、静かに外に出た。 今日は8月19日、バイクの日だ。 もうすぐ日付が変わる。 その前に乗らなきゃいけない。 バカげた拘りだが、利口ぶっててバイクが乗れるかと開き直る。 ヘルメットを被ると、俺は愛車に跨った。 俺の愛車はヤマハ・SR400。 始動方式はキック式のみで、エンジンを掛けるにはコツというか慣れがいる。 だが、もうずっと乗ってきた俺には、いつものルーティンでしかない。 ほら、一発で掛かった。 さて行くか。 ここからは俺とコイツだけの時間だ。 **************** バイクの日が終わる前に一走り。 もう深夜なので遠出は出来ないが、それでもやっぱり気持ちが良い。 距離は短くても、コイツで走るだけで満足出来る。 夜になっても暑いのに変わりはないが、日差しが無いだけありがたい。 乗る前は汗ばんでいたが、走り出したら風によって涼しくなる。 深夜ということもあって交通量が少ないから尚更だ。 無理に飛ばしたり、無用な速度を求めるのは趣味じゃない。 少しは周囲の景色を眺められるくらいの余裕を持って走らせる。 知っている風景が昼から夜に変わっただけで、全く違う景色になるのが面白い。 だから俺は夜の道をゆったり走るのが好きだ。 そうやって30分程走った後、俺は路肩に一旦停車した。 以前ならこのまま深夜営業のファミレスかファーストフード店に入り、漫画のネタを考えたりネームを描いたりしたものだ。 けど、今はメイジ達がうちにいる。 もっとコイツに乗っていたいが、こんな深夜に子供だけにしておく訳にはいかない。 Uターンして俺は家路に就いた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『メイジと〈クインテット〉のクリスマスパーティー』 クリスマス直前の日曜日の昼前、わたしとノヴとブラックの三人は雪印めぐみの家に招かれていた。 森永あろえも招かれており、五人でクリスマスを祝おうというのが集まる趣旨だ。 「アタシ、クリスマスパーティー初めて~」 「ボクも。楽しみだねー」 ブラックとノヴはウキウキとしているが、わたしはどうすればいいかまだ迷っていた。 そして、どう振る舞うか決めかねるうちに、めぐみの家に着いてしまった。 「いらっしゃい。今日はいっぱい楽しみましょうね。さあ上がって上がって」 めぐみに促され、わたし達は部屋に向かう。 中に入ると、緊張した様子であろえが正座していた。 「ちょっとあろえさん、いい加減リラックスしたら?楽しくないわよ」 「そんなこと言われても…わたし、こんな集まり初めてだし…」 「大丈夫よ、わたしも友達呼んでパーティーなんて初めてだから」 「それ大丈夫なの!?」 ……不安だ。 全員クリスマスパーティー初体験なのか…。 **************** 「大丈夫だって。今までもこの五人で遊んでたじゃない。いつも通りよ」 あろえはやや呆れた顔をしているが、その分肩の力が抜けたように見える。 「ねーねー、そんなことより早く始めようよ~、お腹空いた~」 ブラックは早くも焦れてきているようだ。 「そうね、じゃ用意をするわ」 めぐみと芹によって料理や飲み物が運びこまれ、並べられた。 「「「「「メリークリスマス!!」」」」」 用意された料理はめぐみと芹によるものだそうだ。 「おいし~!」 「めぐみさんも芹さんも料理上手なんだね」 ブラックとノヴはすっかりはしゃいでいる。 「意外な一面ね…。でも確かに美味しいわ…」 「ありがとう。おかわりもあるからね、たくさん食べて」 そういえば、あろえは平均よりもやや小柄なくらいだがよく食べる。 まあ〈この仕事〉には体力も必要だ。 **************** かく言うわたしもそれなりに食べさせてもらっていた。 同じ年齢の友人、友人に招かれて食事、いずれも初めての体験だ。 みんながよく食べ、よく喋っていた。 わたしは相槌を打つくらいだが、不思議と気持ちが緩んでいくのを感じていた。 「そういえば、みんなはもうクリスマスプレゼントはお願いしてるの?」 不意にめぐみが尋ねた。 「欲しい本があったからそれを」 読書家のあろえらしい答えだ。 「ボク達もとしあきさんに聞かれたね」 「としあき、プレゼント用意してくれるんだね~」 「かもしれないが…養ってもらっている上にプレゼントまで求めていいのだろうか…」 わたしが思わず口にした言葉にめぐみが反応した。 「ふーん、その口ぶりだと、サンタクロースを信じてる訳じゃなさそうね」 「ちょっと、そういうこといきなり聞く?」 「いや、構わない。わたし達はそんなものは信じていない」 **************** あろえがたしなめるのに構わず、わたしは答えた。 確かにその通りだったからだ。 『残念だけど…こんな仕事してたら良い子になれる訳ないもんねぇ。だからサンタクロースに代わって、おねーちゃんがプレゼントをあげるのだ♪』 一年前の記憶が不意に蘇る。 わざわざあろえとめぐみに教える必要はないが、ノヴも、そして恐らくはブラックも同じ思いだろう。 だから、一言だけ答えておいた。 「それに、わたし達は自分達が良い子だとは思っていない」 二人は少し黙り込んだが、やがてそれぞれに答えた。 「わたしも同じよ。だって、〈そういう稼業〉なんだもの」 「そうね、わたしも人のことは言えないわ。ロリコン校長を誘惑して強請ってるのが良い子の訳ないじゃない」 「そこはちょっとくらい悪びれなさいよ!」 あろえのツッコミにノヴとブラックは笑い出した。 わたしも笑ってしまった。 そうだ、わたし達五人は悪い子だ。 だが、こうして集まって祝うくらいは、許されてもいいだろう? (終) ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『メイジとクインテットのバレンタインデー』 「そういえばみんなはチョコレート贈るの?」 昼休みに5人でいる時にノヴが尋ねた。 あろえが素っ気なく答えた。 「父に感謝のチョコを贈ろうかと。それくらいね」 めぐみはやや静かな口調だった。 「ウチの両親はまだ帰ってこないわね…。好きな人もいないし…」 2人の答えを聞いたノヴが、おずおずと切り出した。 「あのね、ボクはとしあきさんに贈るチョコを作ろうと思うんだけど、一緒にみんなで友チョコ作らない?」 「みんなでやったらきっと楽しいよ~」 ブラックが脇から更に誘う。 めぐみは即答した。 「いいじゃない!わたしも友チョコなら贈らせてもらうわ」 あろえは何か考えていた。 少し間を置いて彼女は言った。 「まあ…そういうことならわたしも…」 **************** そんなことがあり、放課後私達はめぐみの家に集まった。 道具が揃っているのと、家が大きい分キッチンも広いからだ。 「あなた達はとしあきさんに贈るのよね。わたしも芹さんにあげようかしら」 「うん!いいと思うよ」 「だよね~。もらえたら嬉しいもんねー」 「わたし、母に贈る分も作ろうと思う」 4人とも随分楽しそうにしている。 そういうものなのだろうか…。 考えているうちに作業が始まった。 「わぁ、めぐみさん手際いいね!クリスマスの時の料理も美味しかったし」 「ノヴさんも上手よ。まあ最初に作るって言い出したんだから、下手とは思わなかったけど」 「ノヴはね~、お菓子作りも趣味なんだよ~。とにかくカワイイものは何でも好きなんだからー」 「わたし、お菓子作りは初めてなんだけど、こんな感じでいいかしら?」 「大丈夫。お菓子作りはきっちりしてないといけないから、むしろあろえさんは向いてるんじゃないかな」 ノヴもブラックも楽しんでいるが、私は菓子作りはよく分かならないので、とにかく助手に徹していた…。 **************** そして作業開始から1時間余り。 「やったー!出来たよ~」 ブラックが歓声を上げる。 チョコレートが固まり、完成したようだ。 「たくさん出来たね」 ノヴが言うように、確かになかなかの量になったと思う。 「じゃ各自の贈る分をラッピングして、残った分はわたし達の友チョコにしましょ」 めぐみの言葉で私達はチョコレートを包み始める。 見様見真似で私もラッピングをやってみる。 そして包み終えた頃だった。 「あの、わたし達もとしあきさんに用意したの」 あろえはそう言うと、めぐみと一緒に包みを見せる。 「わたし達が遊びに行った時、お家でお仕事されてる時もあったでしょ?迷惑かけてるから…」 「そうそう。今日はウチだけど、普段は双葉さんのとこがたまり場になってるものね」 明日としあきに渡すと2人は言い、その場で明日も遊ぶ約束を交わした。 **************** 「それじゃ、お茶を用意するわね」 めぐみが紅茶を入れる間、私達は皿に試食のチョコレートを盛り付けた。 「「「「「いただきまーす!」」」」」 私は手伝っただけだが、それでも初めて作った菓子だ。 恐る恐る口に運ぶ。 滑らかな口触りとともに、チョコレートの独特の香りと、程よい甘味が口中に広がった。 「美味し~~い!」 ブラックがテーブルの下で足をバタバタさせて喜んでいる。 「うん!結構よく出来たんじゃないかな」 ノヴはコクコクとうなづいている。 あろえもめぐみも満足そうだ。 「あっ、メイ笑った!」 突然ブラックが私に向かって言った。 他の3人も一斉に私を見る。 いきなり何を言い出すのか……。 **************** 「うん、ボクもそう思った」 ノヴまで何を…。 「そうなの?メイジさん、いつもクールだから…」 めぐみが目を丸くしている。 「でも、いいんじゃない?折角なんだから楽しんで欲しいわ」 あろえまで何を言い出すのだろう。 だが、私自身も知らないうちに笑っていたのだろうか? 私には覚えがなかった。 訝しむ私の顔をブラックが覗き込む。 「アタシには分かるよ~。メイもそれは知ってるよね~?」 …そうだった。 時々忘れかけるが、どういう訳か私とブラックは互いの感覚がリンクしている。 故に私と彼女の間にはあまり隠し事というのが出来ない。 その彼女が言うのだから間違いないのだろう。 私は笑っていたのだ。 **************** 作業を終えた頃にはかなり遅くなったため、試食を済ませるともう帰る時刻になっていた。 めぐみの家を出た後あろえとも別れ、私達は3人で家路につく。 「美味しかったね~。次はとしあきと食べれるよねー」 「としあきさん、喜んでくれかな」 「明日はあろえとめぐみが来てくれるんだよねー」 「としあきさん、いっぱい貰えるね」 ブラックとノヴが喋りながら歩いている。 私は先程のことを考えていた。 バレンタインデーなど知識としては知っていたが、そこに価値などは無かった。 ただそういう日があるというだけだった。 手にしている、チョコレートの包みをまじまじと見つめる。 こんなものを贈るのは生まれて初めてだ。 そして、どうやら私はそれを喜んでいるようなのだ。 私は変化している。 それがどういう意味なのか分からないまま、私は2人の後を黙って歩き続けていたのだった。 (終) ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『としあきと〈としの家〉と猫の日』 2月22日、今日は土曜日だ。 俺とメイジ達3人の子供達が家に揃ってる。 となると問題は…。 「昼ごはんどうしよう」 考えてなかった訳ではないが、決まらなかったのだ。 その上冷蔵庫の中身も乏しい。 「じゃあさー、久しぶりに亜希のトコ行きたい~」 亜希んちか、たまにはいいか? 「んー、2人はブラックの案でいい?」 「構わない」 「ボクも」 決まりだな。 「じゃ今日のお昼は〈としの家〉な。みんな出かける準備して」 そう言う俺も準備しないと。 そういや財布の中はどうだったっけ…。 **************** 昼食時だが、週末だからか比較的空いていた。 俺達は待つことなくテーブル席についた。 「いらっしゃーい!あ、パパさんじゃーん」 「やめろよ…」 亜希は最近よくこうからかってくる。 確かに3人の保護者になることは了承したが、果たして父親を名乗っていいのだろうか。 そんな気持ちがあるのでやめて欲しいのだが…。 まあいい、それより飯だ。 「俺、鯖味噌」 「私はメンチカツ定食を」 「ボクは焼き魚定食を下さい」 「アタシはカレーライス!」 何度か来ているから3人とも注文はすっかり慣れている。 ほどなく亜希がお盆を持って出てきた。 「はーい、お待ちどおさまー」 **************** 俺はいつもの鯖の味噌煮定食を食べつつ、3人の様子を見る。 みんな美味しそうに食べている。 3人はこれまでどう生きてきたのか。 まだ分からないことだらけだが、マナーとかはきっちりしていると思う。 俺が教えなくていいから楽なのかもしれないが、子供らしからぬとも正直思う。 けどこうしてうまそうに食べる表情を見てると、やっぱり子供なんだと思う。 そんなことを考えながら食べ終えた頃だ。 「みんな美味しかったー?」 亜希が3人の顔を見に来た。 「「「ハイ!」」」 「うんうん、いいお返事だー。ねえねえとしあき、やっぱこの子達可愛いね!」 亜希が俺の方を向いた。 「あー、うん、まあな」 「そうそう、今日は猫の日なんだよね」 「え?それがどうしたんだよ」 **************** 「いやねー、この子達がネコミミつけてお客さん呼んでくれたら、千客万来かなーって」 「ア、アホか!」 「ちょっ、アホとは何よ!」 「イヤイヤイヤ、おかしいだろ。何オタク向け商売みたいなこと言い出してんだよ」 「オ、オタクって何よ、あたしにそういうこと教えたのはとしあきじゃん!そんなこと言うなら、もう漫画手伝わないから!」 あ、行ってしまった…。 「あっ、アタシ分かるよ~、ああゆうの痴話喧嘩って言うんだよね~」 「ブラック、そういうことは言わない方が」 ノヴが止めたが、ブラックの痛い一言はバッチリ聞こえてた。 更にメイジまで聞いてきた。 「としあき、幼馴染とは幼い頃からの友人という意味だろう?」 「そうだよ。それだけだよ。まあ俺がアシ頼んだ時に、漫画だのアニメだの教えたのも事実なんだよな…」 「あ、でもボク、ネコミミは可愛いなって…。ちょっと興味あるかも」 「おおっ、そうなんだ!?ならちょっとやってみる!?」 もう亜希が復活してる…ややこしい昼飯になったもんだ…。 (終) ------------------------------------------------------------------------------------------------ 『としあきとメイジ達のお花見』 メイジ達3人と〈としの家〉で食事をしていた時だった。 手の空いた亜希が席まで来て言った。 「そういや、そろそろお花見の季節だよねー」 「花見?」 確かにそろそろ桜の開花がニュースで流れる頃だった。 「花見、聞いたことはある」 「桜を見ながら食事をしたりするんだよね」 「アタシも知ってるよー。してみたいな~」 話を振った亜希が目ざとく食いついた。 「お花見してみたいんだ?」 「したいしたい~!」 「ボクも興味あるなぁ」 「私も構わないが…」 亜希も3人が乗ってくることを期待していたのだろう。 あっという間にいつもの5人と亜希と俺とで、今度花見をすることが決まっていた。 **************** そして当日。 「わー!すごいすご~い!」 ブラックが歓声を上げる。 「綺麗だ…」 ノヴが呟いた。 「ちょうど見頃ね」 あろえちゃんは冷静なようだが、少し声のトーンが高くなったような気がする。 「天気も良くて最高じゃない」 めぐみちゃんは満足げにうなずいている。 「としあき、場所取り乙」 亜希に労われた。 「いいよ、早朝から場所取りなんて俺しか出来ないし」 「まあ、あたしは代わりにお弁当いっぱい作ってきたから、たっぷり食べてよ。お酒もあるよん」 「あー…ソッチは別にいいかな…」 そして花見が始まった。 **************** 「あ、このお弁当おいしい…」 「亜希さんってプロの方なんですよね?」 「ちょっと手伝ってるくらいだよー。厨房は父さんの担当だし」 あろえちゃんとめぐみちゃんが亜希に話しかけている。 2人は〈としの家〉の味は知らなかったかな? まあおいしく食べてくれるなら、亜希に弁当を頼んで正解だった。 「お店のご飯もおいしいよ~」 「ボク達はたまに行くから」 「2人も機会があったら店にも来てよ。まあ今日はお弁当をどうぞ。いっぱいあるからね」 亜希と子供らがワイワイしている横で、俺はふとメイジの様子が気になった。 箸を持つ手を止め、何やらぼんやりしている。 珍しいな、こんなメイジはあまり見ない。 ちょっと気になったので、メイジの隣に移る。 「どうした?何かあったか?」 「いや、桜が…」 **************** 桜?俺はメイジの視線の先を見る。 そこには満開の桜が咲き誇っている。 「桜は気に入った?」 尋ねてみた。 「気に入ったというか…。ただ、初めて見た」 「そうだっけ?」 「ああ。私がこの国に来た時は4月だったが、こんな花は咲いていなかった」 そうだったっけ…? ああそうだ、もうすぐメイジが来て1年になるのか。 いつの間にそんな時間が経ったんだろう。 「…今度1周年のお祝いでもするか」 「1周年?」 「メイジがウチに来てから1年の」 「必要なのか?」 「うーん…」 **************** 一瞬考えたが、 「まあいいじゃないか。ノヴやブラックの1周年もあるな」 「…としあきがいいなら」 決まりだな。 思い返せば、最初メイジが来た時は厄介事がやって来たというのが正直な気持ちだった。 何せ、あの家出したクソ親父の娘だと言う。 母さんの葬式にも出なかったような奴の子供なんて、きっとろくでもないと思ってた。 それが1周年を祝おうなんてな…。 我ながら、心境の変化に笑ってしまいそうだ。 「メイ~、お話終わった~?」 「2人がもっと近くで桜を見ようって言ってるよ」 ブラックとノヴが来た。 「ああ、終わったよ。メイジ、行ってきたらいい」 ここからは子供同士の時間だな。 メイジを送り出し、俺は少し気の抜けた缶ビールを一口飲んだ。 **************** 「お~い、としあきクン、飲んでるかーい?」 子供らが行ってしまうと、早速亜希が絡み出した。 「ほらほら、お花見なんだからさぁ、明るく行こうよ、明るくぅ」 「お前飲み過ぎだ」 「え~、こんくらい普通だって」 顔色は普段とさして変わらないが、明らかに若干ウザくなってる。 「ほれ、もう一本!グイッと行け、グイッと!」 そう言って新しい缶ビールを押しつけてくる。 仕方ないので栓を開け、形だけ口をつけて誤魔化す。 「そういやさぁ…」 「なに?」 「いやね…」 珍しいな、こんな煮え切らない亜希は。 とりあえず次の言葉を待つと、亜希は持っていた缶を煽って一気に残りのビールを飲み出した。 **************** 「フハーッ」 喉を鳴らして飲み干した亜希は、大きく息をつく。 麦茶じゃないんだから…本当にもう、このウワバミめ。 「としあきクン!」 お、なんだなんだ、何を言い出す気だ? 「あのさぁ、盗み聞きする気はなかったんだけどもね、メイジちゃん達が来て、もう1年になるそうだね」 「ああ、そうだけど…」 「としあきクン!キミは漫画家だ、そうだろ?それで、今は何を描いてる!?」 ぐっ…一番痛いトコを…。 「あのさ、やっぱりさ、3人も子供がいるんだからさ、生活の安定は考えなきゃダメだよ…」 「そ、それは…」 「新作のアイディアあるの?OKもらえるようなネーム出来た?」 「いや…その…」 「じゃあさ、いっそこの際、メイジちゃん達を描いてみたらどう?」 ん?何を言い出すんだ…。 **************** 「あの…子育てエッセイ漫画でも描けと?」 俺はおずおずと尋ねた。 「別にそうは言わないけど。たださ、突然外国から子供がやって来て、一緒に暮らすことになった訳じゃん」 「うん、まあ」 「そういうのってさ、割と物語の導入としてあるじゃん。それを実体験出来てる訳だよ、としあきクンは」 亜希の言葉を、俺は腕組みして考えてみた。 実体験…それはそうだが…。 「もうさ、なりふり構ってらんないんじゃない?諦めて普通の仕事に就くか、必死に描いて売れるかの瀬戸際じゃん、ハッキリ言って」 「痛いトコだな…」 「あたしだってシラフじゃ言えないよ」 言うなり亜希は勢いよく立ち上がった。 どれだけ飲んだか知らないが、相変わらず強い奴だ。 「ま、ちょっと検討してみなよ。もう何でもネタにするしかないって」 そう言うと亜希は歩き出した。 どうやらメイジ達の様子を見に行くようだ。 **************** 1人になった俺は亜希の言葉を反芻した。 突然外国から女の子が訪ねてきて、一緒に暮らす…ボーイ・ミーツ・ガールか。 よくある話といえばそこまでで、差別化が難しそうだ。 だが亜希の言うように俺には実体験がある、それもかなり特殊な…。 少し酔いが回った脚で立ち上がり、声のする方へ歩き出す。 桜の幹にもたれかかりながら、メイジ達の姿を目で追う。 ブラックは仔犬みたいに駆け回っている。 ノヴは女の子より絵になってる気がする。 あろえちゃんもめぐみちゃんも、結構個性的な子だと思う。 そしてメイジは…。 いつもクールで一歩引いたような態度は変わらない。 でもその一方で、いつの間にこんな柔らかい雰囲気も持つようになったんだろう。 (ちょっと参考にさせてもらうくらいいいかな…) ふと俺は、まだ缶ビールを持っていたことに気が付いた。 ちょっと煽ると、なんだかいつもより苦く感じられたのは何故なのか…。 (第一部終)