暗くした部屋の中、テーブルをどけて床に敷いた予備の布団の上、俺は毛布をかぶって天井を眺めていた。  メイジは俺のベッドの上で、こちらに背を向けて横になっている。  先程から一言も発しないところを見ると、もう眠ってしまったのだろうか。 「…はぁ」  メイジを起こさないよう、小さく嘆息する。  今日は…本当に色々なことがあった。  とはいっても、「メイジがやってきた」ただそれだけなのだが。  気疲れというかなんというか、どっと疲れた気がする。  ブルガリアからやってきた小さな同居人。  持ち物は、ぬいぐるみと拳銃と怪しい粉……  まるで、ゲームかアニメのような展開だ。  事実は小説より奇なり、と言ったところだろうか。 「……?」  一瞬、メイジの金髪が揺れたような気がして振り向く。  起きてはいない。  寝返りをうっただけのようだ。  そういえば――  メイジは金髪だった。  もしかすると、親戚夫婦の実子ではなくて養子なのかもしれない。  親戚夫婦は二人とも日本人だったはずだ。  だとすると、彼女を取り巻いていた環境は――  ふと、そこから先を考えようとして、やめた。  この子がどういう環境で育って、どういう経緯でここに居るのか、そんなものは関係ない。  俺はただ、この子を養い、幸せにしてやればいい。  …もっとも、独り身のフリーターに出来る事なんて、たいした事じゃないけれど。  それでも、この子が頼れるのはきっと俺だけなのだから。  俺は、明日から始まるメイジとの新生活に思いを馳せながら、目を閉じた。  目を閉じて数分、軽く寝返りをうつ。  ――眠れない。  なんというか…「女の子がこの部屋に居る」という事を意識すると、目が冴えてしまう。  部屋には、シャンプーの匂いと混じった甘い少女の芳香がほのかに漂い、何とも言えない気分になる。  そういえば、この部屋に女の子を入れたのはどれくらいぶりだろうか。  たしか、学生時代、コンパで酔いつぶれた後輩の子を「店から一番近いから」と言って押し付けられて以来だったか。  その時も、猛烈な酒の匂いで眠れなかった記憶がある。  勿論、そんな状況で「そこから先」なんて無かったわけで……  悲しいかな、女日照りの俺にとっては、十歳そこらの少女ですら「女」として認識し得る対象らしい。  落ち着け、俺。  俺はロリコンじゃなかったはず。  思春期のガキじゃあるまいし。  それに、保護対象に襲い掛かるなんて本末転倒も甚だしいじゃないか――   首をもたげようとするどす黒い欲求を理性で押さえつけながら、メイジに背を向け、固く目を閉じる。  落ち着け…こんな時は落ち着いて羊さんを数えるんだ…  広い牧場の白い柵を飛び越えてゆく羊さんが、一匹、二匹、三匹、四匹……  しかし、眠れる気配は一向に無く――  それは、六百七十二匹目の羊さんが柵を飛び越えたときだった。 「ん…ふ……」  唐突に、メイジが声を漏らした。 「んっ…はぁ…あっ…」  寝言かと思ったがそうではない。  あまりにも性的なニュアンスを含んだその声に、俺は思わず寝返りをうつフリをしながら振り向いた。  薄目を開けて様子を窺うと、メイジはベッドの上でこちらに背を向けたまま、何やらもぞもぞとやっている。 「ふぁ…あ、んんっ…!」  押し殺したその声が、静まり返った部屋に響く。  …これって、やっぱり、アレ…だよな?  長旅で色々溜まってたんだろうか。  でも、会ったばかりの男の部屋で?  十歳で手を覚えるって、最近の子は…  いや、でも、女の子は男の子よりも二次性徴やそっちに目覚めるのが早いって聞くし…  様々な考えが一瞬にして脳を駆け巡る。  ただ一つ、確実なのは…  メイジがオナニーしている。  俺のベッドの上で。  俺の目の前で。 「あっ、はぁ…ふぁ!くぅぅ…!」  俺の心の大騒ぎなど知る由も無く、メイジは盛り上がってゆく。  押し殺した声も、次第に漏れるに任せて大きくなってゆく。  そして不覚にも、同じく盛り上がってゆく俺の股間。  いくら相手が子供とはいえ、いきなりオナニーショーを見せ付けられれば無理も無い…と思う。多分。 「ふぁ!ん、ぅ、ああっ…!」  やがて、メイジの声が高く掠れ始め―― 「あっ、うぁ!あ、くぅぅぅぅぅっ――!!」  一際長い嬌声を放ち、メイジが脱力する。  …イッた、らしい。 「はぁ…はぁ……ん、はぁ…っ」  荒く息をつきながら、メイジの手が枕元を探り、そこに置いてあったティッシュを取る。  ああ、やっぱり女の子もティッシュ使うんだ……と感心しかけたその時。  妙に嗅ぎ慣れた匂いが、鼻をついた。  むわっと鼻腔の奥に押し寄せる、どこか甘だるい、栗の花に似た匂い。  俺にとっては馴染み深い、アレの匂い。  ああ、こんな匂いまで同じなんだなぁ……と、感心――  するわけが無い。  コレは紛れもなく精液の匂いだ。  何処の世界に精液を発射する女の子が居るだろう。  …いや、居るのかもしれないけど。  とにかく、俺はそんな事認めない。  まさか――男の子!?  とにかく、見てみないことには判らない。 「メイジ……?」  勇気を振り絞って、メイジに呼びかける。  いかにも、「今起きたところですよ」と言わんばかりに、間の抜けた風な声で。  その声に、メイジの背中がぴくりと反応する。 「はぁ…は…トシ、アキ……?」  メイジはゆっくりと体を起こし、こちらへ向き直った。  かかっていた毛布が落ち、メイジの全身が露わになる。  捲り上げたTシャツから覗く下腹部。  ずり降ろした子供用パンツ。  むき出しの股間。  そして――  それは、「聳え立っていた」  メイジの股間には、俺のと変わらない――むしろ立派なくらいの――モノが生えていた。  絶頂の余韻か、ビクビクと震えるソレをささげ持つ、メイジの手。  やっぱり男の子……かと思ったが、どうやら違うようだ。  ソレの下には、しっかりと女の子らしいスリットが刻まれていた。  そのスリットの一番上、本来ならば突起があるべき部分から、男性器が生えている。  ヘルマフロディトス。  アンドロギュノス。  インターセクシャル。  半陰陽。  俗に言う、「ふたなり」というやつらしい。  諸手を上げてわぁいと叫ぶべきか、床に頭をこすり付けて礼拝するべきか……判断に困る。  …いや、今、さし当たっての問題はそこじゃない。 「トシアキ…見てください……」  メイジが、とろんとした瞳のままで俺を見つめている。  どうやら完全に理性のタガが外れてしまっているらしい。 「治まらないんです……切ないんです…」  うわ言のように呟きながら、メイジがにじり寄ってくる。  その陽物の先端に、新しい先走りが滲み出るのが見えた。  …これは、想定外だ。  俺は襲うつもりが無くても、向こうから襲ってくるなんて―― 「トシアキ…助けて、下さい――」  倒れこむように、メイジが覆いかぶさってくる。  もう、なるようにしかならなかった――