『冬の灯り』    <1> 「メイジちゃん、イルミネーション見に行かない? すっごく綺麗だよ」  12月初め、日も落ちつつある時刻に、としあきの家を彼の幼馴染・亜希が訪れた理由がこ のお誘いである。  小首を傾げたつつ、この家のもう一人の住人、金髪の少女・メイジが答えた。 「そうなんですか? うーん、じゃあ、見てみたいです」 「決まりだね。としあき、そういうわけだから、出かけるよ」 「おれの意思を聞いたりはないわけね。まあ、いいけどさ」  すっかり日も暮れたなか、三人は連れだって家を出た。  電車で移動したのだが、降りた駅ではすでに混みあいだしていた。 「この駅は前に降りたことありますね」 「ああ、一緒に本屋さんに行ったときだね(*)」  二人の会話する脇で、ぼそりととしあきがぼやく。 「いつもながら混むよなぁ」  亜希はメイジの手を握りなおした。 「メイジちゃん、手を離さないでね」 「ハイッ」 (*:SS「海に会う」)    <2>  交通規制された、普段は車道の通りをぐるっと大回りして歩かされる三人。  またもや、としあきがぼやく。 「毎年のことだけど、歩かされるよなぁ。真っ直ぐ行けば早いのに」 「仕方ないんじゃない? 交通整理とか、いろいろあるんだろうし」 「たくさんの人ですねぇ。毎年こうなんですか?」 「そうだね。たくさん来るよ」  亜希とメイジが言葉を交わす間にも、誘導に従って三人は歩き続ける。  ライトアップされた百貨店のそばを過ぎ、電飾を施した立木の間を抜け…… 「あ、ほらほら、もうすぐだよ!」  亜希が指差す先を見るため、メイジは背伸びする。 「うわぁぁ!」  その歓声を聞きながら、としあきはしみじみと呟いた。 「今年も来たなぁ」    <3>  道の先に、人波の先に見えるのは光輝く巨大なゲート。  毎年、この時のために設置されるイルミネーション。  10mを優に超す高さで設けられた「光の回廊」だ。 「へぇ、今年は青とか緑が目立つな。結構鮮やかな感じか?」 「ふーん、いいんじゃない?」  としあきと亜希の会話に、ふと引っかかりを覚えたメイジは二人に質問する。 「“今年は”って、どういうことですか? 毎年違うんですか?」  その問いに亜希が答えた。 「そうだよ、メイジちゃん。毎年デザインは変わるの」 「しまって、また出すんじゃないんですね……」 「だから楽しみなんだよー。ほら、もうすぐ下を通るよ」    <4> 「すごーい! 綺麗です、明るいです!」  ゲートをくぐった瞬間、メイジは遠目に初めて見た時よりも大きな歓声を挙げていた。  左右と上方に電球を配置し、三面を光のモザイクで埋め尽くしてある。  その光のトンネルをくぐりながら、メイジは前に後ろに、横に上にと、めまぐるしく首を 動かし光を目で追う。  立ち止まることが許されないので前に進むしかないのだが、光が過ぎてゆくのが惜しくて、 つい後ろまで見てしまっている。首を振ると、ブンブンという音が聞こえてきそうなくらい だ。 「メイジちゃん、大丈夫? そんなに振り返っていたら転ばない?」 「大丈夫ですよ! 止まれないのが残念ですね」  そう言うメイジの隣で、こっそりとしあきは写真を撮っていた。  本来は歩き続けなくてはならず、誘導の声も掛っているのだが、それでも多くの人が素早 くカメラや携帯などで撮影をしている。 「おーし、撮れた、撮れた」 「あー、としあき、いけないです」 「まぁまぁ、メイジちゃん。せっかくだから、ちょっとだけ、ね」    <5>  やがて三人は光の回廊を抜けた。 「もう終わりですか?」 「まだまだだよ、メイジちゃん」 「そうそう、まだあるからな」  回廊の先には大きな公園がある。そして、園内の広場には…… 「わぁぁ!!」  この日三度目の歓声をメイジが挙げた。  広場の周囲を、先ほどの回廊に負けない高さの「光の壁掛け」とも呼ばれる面状のイルミ ネーションで、ぐるっと八角形の王冠状に囲っている。 「この中は一方通行じゃないからね。好きなだけ見ていられるよ」  亜希の言葉が耳に届いたかどうか、すでにメイジは早足で光の広場の中に突き進んでいた。 「あ、メイジちゃん、待って」 「おーい、転ぶなよー」  メイジを追って、二人も光の中へ歩を進めた。    <6> 「うわー、明るいです、昼間みたいです」  360度から照らされる中、メイジはくるりくるりと回りながら光の模様を堪能していた。  回るステップを踏むたびに、背中まで届くウェーブのかかった金髪がふわりと波打つのが、 この中でははっきりと見ることができた。  中には三人以外の来訪者も当然いる。  家族も、友人も、恋人も、あるいは一人だとしても、みな照らし出された表情は柔らかい。  メイジだけでなく、としあきも亜希も、中にいる者たちの気持ちは同じだった。 「メイジちゃん、楽しんでもらえてるみたいだね」 「そうみたいだな」 「あたしが誘うまで、としあき連れてきてあげる気あった?」 「いや、それはちょっとは考えてたけど」 「早く連れてきてあげなさいよ、もう」 「わかった。ありがとな、誘ってくれて」 「どういたしまして」  そこにメイジが戻ってきた。  広場の奥を指差しながら二人に尋ねる。 「あそこに別の建物がありますよ、行ってみましょう」    <7>  広場の入り口から見てもっとも奥にある、これもイルミネーションで輝く西洋風あずまや のような建物。  その前の行列に三人は並ぶ。 「これはなんですか?」 「記念堂だね。ここだけは毎年変わらないの」  亜希が説明するなか、時折、チーンという涼やかな音が響く。 「この音は?」 「ああ、これはね、中にベルが吊るしてあるの」  その横でとしあきが財布を取り出し、小銭を取り出していた。 「今年こそ当てる」 「もう、何をむきになってるんだか」 「どういうことですか?」 「この中にね、このイベントの存続のための募金ができるんだけど……」  亜希の言葉を、としあきが継いだ。 「その募金を投げて、中のベルに当てるんだよ」    <8>  行列が進み、三人が最前列に出た。  手にはそれぞれ十円玉が握られている。 「よーし、やるぞ」 「あたしは別にやる気ないんだけどねぇ」 「せっかくだから当てたいですね」  まず、としあき。続いて亜希が投げたが、二枚の硬貨は空を切った。 「あ――今年もダメか」 「まぁ、こんなもんでしょ」  最後にメイジ。二人の投げた硬貨の飛ぶ様をじっくり観察し、十分に狙いを定める。投げ た。  チーン。  ベルの音と、歓声が響いた。    <9>  意気揚々のメイジを連れて、三人は光の広場から外に出た。 「ここからが本題なんだなぁ……」 「そうだねぇ……」  二人の静かな口調にメイジは不思議そうな表情になる。 「何があるんですか?」 「メイジちゃん、このイベントは何の目的で行っていると思う?」 「楽しいからじゃないんですか?」 「違うの。もう20年以上前になるけど、大きな地震があってね、大勢の人が亡くなったの。 これは、その人たちの追悼と街の復興を祈って始められたんだよ」 「これからおれたちが行くのは、そのために作られたモニュメントなんだ」    <10>  広場出て少し南に進むと、地下に潜る入り口があるのが見える。  そこに二人はメイジを連れて降りていく。 「地下なんですね。どんなものがあるんですか?」 「特に何があるってわけでもない。ただ壁を見たら分かるけど、板が埋め込まれてるだろ」 「そうですね。何か刻んであります」 「これはみんな、地震と、それが影響して亡くなった方たちの名前」 「これがみんな?」  亜希も説明に加わり、この空間についてメイジに語る。 「つまりね、この地下は亡くなった方たちに囲まれているってこと。その中で、地震のこと とか、亡くなった方のことを思い出してもらうわけ」 「つまり、何かを置いてあるのでなく、この地下自体がモニュメントになっているんだ」  二人の説明を聞きながら、メイジたちは一番奥にたどり着いた。  天井から光を取り入れる構造で、真ん中に大きな柱が一本あり、それを囲む周囲の壁には 名を入れたプレートが並ぶ。 「こんなに……」  思わずメイジがつぶやくが、「これが全員じゃないんだけどね」という亜希の言葉にさら に驚かされたようだった。  ゆっくり最下部の空間を見た後、三人は順路に沿って地上に出た。 「メイジちゃん、あともうひとつあるんだけど、付き合ってくれる?」    <11>  地上への出口から道を挟んで、はす向かいに進む。  何やら赤い火が燃えているのが、それを囲む人々の間から見える。  隙間を縫ってその火に近付いた。周囲のわずかな光でもはっきり黒いと分かる御影石の土 台にガラスケースが載せられ、その中でともし火がひとつ、ゆらゆらと燃えていた。 「これは?」  メイジの問いに亜希が答える。 「震災のあと、みんなの祈りや希望を込めて燃やされている灯り」  としあきも説明する。 「被災したところだけじゃなく、全国から贈られた火で燃えているんだ」  二人の言葉を聞きながら、メイジはあることに気付いた。火に向かって手を合わす人もい ることに。  誰が言い出すことなく、三人もそっと合掌し、一礼する。  後ろの人に順番を譲り、そっと人の輪から離れた頃、ぽつりとメイジがつぶやいた。 「人が死ぬというのは、やっぱり悲しいことなんですね」 「メイジちゃん?」 「どうした?」  亜希ととしあきが尋ねるが、「なんでもありません」としかメイジは答えなかった。    <12> 「あとは鐘を鳴らすか」  そうとしあきが言って、三人は広場のほうに戻り、その東側の木立の中に入った。  そこにもまた列ができており、並んだ人々の向かう先にもイルミネーションが建っている のが見えている。 「この先にあるのは?」 「さっきのベルのときもそうだけど、このイベントは来た人の募金でやっているんだ。それ でこの先にもっと大きい鐘があるんだけど、募金するとそれを鳴らせるってわけ」 「三人で鳴らそうね、メイジちゃん」  やがて列は進み、三人の番がやって来た。鐘の土台が募金箱になっており、三人は募金を して、鐘のロープを握らせてもらう。  カラーン。カラーン。カラーン。  鐘の音が三度、夜空に吸い込まれていった。    <13> 「さてと、最後にあれ行って一段落かな」 「ああ、あれね」  鐘を鳴らした三人は、そこからほど近いところで何やら呼びかけている人たちに向かって いった。 「今度のは?」  メイジが尋ねる。二人が答えた。 「もうひとつ募金したいところがあってなぁ」 「こっちも忘れちゃいけないからねぇ」  そして再びいくらかを箱に入れた。それから二人はメイジに説明する。 「あれは、よその被災地の復興支援をするための募金」 「ここ以外にも、災害のあったところがたくさんあるからね」 「まあ、一年にこの時くらいしかやらないんだけどな、正直言って」 「でもまあ、さっきのお祈りもそうだけど、一年に一度くらいは、ね」 「ようし、真面目なことは全部やったし、あとは楽しむか」    <14>  それから三人は公園の南側に向かった。  あちこちに露店が出ているのだが、空腹を覚えた三人は、ある店でビーフシチューを買う ことにした。  器は紙のカップだが、そこそこ背は高く、量は十分によそってある。手に伝わる温もりを 感じつつ口に運べば、肉も野菜もよく煮込まれ柔らかく、寒い中を歩き回った体にはいくら でも入りそうだった。 「美味しいです」 「お腹減ったもんね」 「肉が多いのがいいな、これ」  腹ごしらえして、さらに南側に進む。小型のイルミネーションが点在する小路を抜け、先 ほどのモニュメントや灯りのある辺りを通り越し、公園の南端に向かう。  そこにもやはり大きなイルミネーションが飾られており、噴水のある広場を明るく照らし ていた。  その下には小さいながらもステージが設置され、広場の周囲を飲食の露店が取り囲む。集 まった人々は飲み食いしたり、語らったり、思いおもいに楽しんでいた。 「本来はお楽しみのイベントでもないんだけどねぇ」 「まあ、復興ってことでいいんじゃないか」  そんなことを亜希ととしあきが喋っている脇で、メイジがステージに目を向ける。 「ここで何をやるんでしょうか?」    <15> 「ジャズライブをやるんだって」  ステージに置かれたボードを見ながら、としあきが言った。 「じゃあ、聴いていこうよ」 「ああ、いいけど」 「わたしもいいです」  ボードに書かれたスケジュールを見ると、次の開始時刻までまだ間があった。そこで三人 は、時間つぶしと寒さしのぎに何か温かい飲み物を買うことにした。 「せっかくだから、飲ませてもらおうかな」と言って、としあきは日本酒を販売するブース に目を向けた。 「ええっ、弱いくせに飲むんだ」 「たまにはいいだろ。寒いしさ」 「ううん、だったらあたしも、さっきのお店でホットワイン買ってくる! としあき、メイ ジちゃんは任せたからね」  そう言って亜希は、来た道を戻っていく。向かうのはビーフシチューを買ったあの店だ。  残された二人はゆっくりと手をつなぎ、歩き始めた。 「えっと、メイジは何にする?」 「うーん。見てから考えます」 「オーケー。じゃ、見に行こう」    <15>  それから約10分後。三人はそれぞれの飲み物を手に、ライブの開演を待っていた。    としあきの手には日本酒。亜希はホットワイン。そしてメイジはホットチョコレート。  開演時間になった。地元で開催された、ジャズボーカルのコンテストで選ばれた女性シン ガーがマイクを握る。脇を固めるキーボードとバスが奏で始める。  穏やかで優しい歌声と音色。時間がゆったりと流れるような感覚を覚える。温かい飲み物 のおかげもあって、寒さを忘れて音楽に身を委ねられる。  数十分のライブはあっという間に終わり、三人は拍手を送っていた。 「良かったねえ」 「音楽はよく分かりませんが、聴けてよかったと思います」 「いやー、いい音楽があって、美味しいお酒があって、最高だな」 「としあき、もう酔ったの? メイジちゃん、あんな大人になっちゃだめだぞ」 「亜希のそれは?」 「ホットワイン、美味しいです」 「ホットチョコレートも美味しいです!」  そんなことを言い合いつつ、三人は公園内を歩き始めた。    <16> 「うわ、このビール美味い。なんか初めて思ったかも」  ステージから噴水に沿って歩くうち、としあきは地ビールのブースに寄っていた。 「また飲んでる」 「としあき、頭が痛くなっても知りませんよ」 「いやでも、本当に美味しいんだって。おれ、ビールは正直苦手なんだけど、これならいけ る。いや、買ってみてよかった。うわー、なんか、つまむもん欲しくなってきた」  やれやれ、という顔をする二人を置いて、としあきはビール片手に別のブースに並ぶ。  5分ほど後、何やら食べ物を買ってきた。 「これ、みんなで」 「まあ、それならもらおうか」 「長いフライドポテトですね。何か上にかかってる?」 「これは……チーズ、チーズがとろけてるのか」 「そうそう。美味そうだろ?」  としあきが買ってきたものは二人にも喜んでもらえ、三人で競い合うようにつまんでいる と、突然イルミネーションの光が消えた。  次の瞬間、場内に音楽が流れ始め、イルミネーションが曲に合わせて様々な点滅を開始す る。出し抜けに始まった音と光のショーに、周囲から上がったとまどいの声は、またたく間 に歓声に変わっていた。  はじめはあっけに取られていた三人も、すぐに釘付けになっていた。  あっという間に過ぎた数分間の後、三人はこの日二度目の拍手を送っていた。    <17> 「あ、そうだ、最後にあそこ行こうよ」  亜希のその提案に、三人は会場を後にした。 「楽しかったですねえ」 「いやいや、まだ最後のお楽しみが残っているんだよ」  亜希の言葉に、としあきもうんうん、とうなずく。  そうするうちに公園の北側にあるビルに近付いていた。煌々と明かりのついた玄関に、大 勢の人が入っていくのが見える。 「ここは?」 「市役所。このビルのてっぺんが展望台になっていているんだよ」 「それに無料なんだよな」  そんなことを説明しつつ、列に並んでエレベーターに乗る。向かうのは24階の展望ロビー。 窓からは市内を見渡すことができる。通路を回り、南向きの窓まで来ると…… 「あっ、あれがそうですね!」  公園内のイルミネーション、光に包まれた広場も、噴水も、木々の間に散在するものも、 少し離れて光の回廊も、すべてを俯瞰することができた。  二人は時間を確認した。 「メイジちゃん、もうすぐだからね」 「目を離すなよ」  言われたとおり、メイジは窓の下の景色に注視する。やがて。 「ああっ!……消えちゃった……」 「今日はこれまでなんだよ」 「会場で消えるのを見るのもいいんだけど、それだと上から見られないからなぁ」 「これで終わりですか?」 「そうだね。今日の点灯時間は終わり」 「今日はこれで帰ろうか」    <18>  再び列に並んでエレベーターに乗り、三人は地上に戻ってきた。  メイジはそっと会場の公園のほうに振り返る。 「やっぱり、消えたんですね」 「うん。でも、まだ最終日じゃないからね。地元だし、まだ来れるよ」 「それに、消える瞬間を見るのだって、最終日には消灯式があるからな」 「ああ、としあきは見たことあるんだっけ?」 「うん。あれは厳かだよ。元は追悼のイベントだっていうのを思い出させてくれるね」 「そうですか……わたしも見てみたいです、消灯式」 「じゃあ、見に行こう。あたしも一度見たいしね」 「はいっ」  その時、としあきが道の端の人垣に気付いた。 「お、あれなんだ? 大道芸人?」 「え、そうなの」 「見て帰るか」 「賛成!」 「面白そうですね」  三人は足を止めた。  冬の夜のお楽しみはまだ終わらない。                                     (了) ----------------------------------------------------------------------------------    あとがき  272回目スレで触れ、273回目スレには間に合わなかったSSですが、結局274回目三日目の 夜にやっと書けました。  もう何度も行っているのですが、食べ物もお酒も美味しく、今回も楽しませてもらえまし た。ここにメイジがいたら、という妄想と、イベントの紹介を兼ねて書いてみました。  本文中でも募金に触れていますが、財政難のイベントで、疑問視する意見もありますが、 個人的には結構楽しいし、地元だけでなく、よその災害のことも思いだせる良い機会になっ ているので、もうあと何回かは続いてほしいなあと思っています。  なかなか書き終わらず、今年の開催は一週間前に終わっているのですが、メイジといっし ょに楽しんでもらえたらうれしいです。(イベント自体に興味を持ってもらえても……)  それではこの辺で。  最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。                                    プレあき