逃走劇 #1  雨の続く十月は平日の午後にずぶ濡れで帰ってきたメイジは、どこで何をしてきたのか尋ねても 俺の方には一瞥もくれずに押し黙ったままだ。   最近はずっとこんな調子で俺の話を聞いているのかさえわからない。夜も物音に脅え、階下の物音一つ にも目をつぶれずにいる彼女の小さな肩は日に日に疲れきっていくように見えた。 なんとなく漠とした心当たりはある。メイジの持っている銃。 初めて会った日に触ってから叱られ、それ以降俺の目に触れないよう肌身離さず身につけているよう だから詳しいことはわからない。そしてプチプチした梱包材に包まれた『きな粉』みたいなの粉の袋。 そして彼女が最も大切にしているピンクのウサギのヌイグルミ。その溺愛の仕方は時間が経つにつれ 俺がそこから読み取れる十才という年相応の行為以上の繋がりが、彼女とヌイグルミの間にはあるよ うに思われた。  濡れて重くなったコートを着たまま、カーテン越しに外を見るともなしに眺めている--まるで置物の ようになった--彼女に、風呂に入るように声をかけたが俺の声に驚いたのかビクッとこちらを振り返った 表情といったらまるで…。  俺は淡く彼女に微笑んだつもり。 でもきっと上手くできてないんだろうな。 「としあき‥ブサイク‥」 「そっか」 彼女の乾きかかったブロンドをくしゃくしゃにしてやる。 「ぶさいくにぶさいくって言われたくないなぁ」 「イジワル‥」 くすぐったそうに目を細めて少し笑った。