目の前に広がっているこの現状。考えてみればよくある話だ。オタクと呼ばれる人種ならば誰もが妄想するような、奇想天外で荒唐無稽な、つまりはそういった「よくある話」なのだ。  安普請。それが俺の住む家を一番形容するに適した言葉だといえるだろう。一応バスとトイレは別れているしキッチンもある。だが豪華なわけも無く、友達とか、ましてや彼女なんて(今のところいないけど)呼べやしない、そんなアパートだ。  カンカンと小気味よく足音を立てながら階段を登っていく。鍵は既に手の中。真ん中辺りでポケットから出しておくのが、スムーズに進ませるコツだ。  登りきった所で鍵をノブに差し込もうと……差し込もうとして、俺は動きを止めた。 「……」 「……えっと?」  一人の少女がドアの前にうずくまる様にして座っていた。この暗がりでなぜ少女だと断定できたかといえば、答えは簡単。薄明かりを照らし返す長い金髪。人口のものとは思えないその美しさ。これでもし男だって言うなら、俺はこのままおちんちんランドで『わぁい』ってなったってかまやしない。いや、勿論ウソだけど。  年齢は10歳くらいだろうか? 金髪からもわかるように外人らしいから実年齢はわからない。それでなくても三次、それも外人は劣化が早いって耳にするし。  少女は階段の音で目を覚ましたのか、俺のほうをぼんやりと見上げている。視線がバッチリと重なる。可愛い娘だな……って違う、そうじゃない。誰だこの子は。 「えぇっと、ごめんね、そこお……僕の家のドアだから……」  『退いて』なんていえなかった。いうより早く、少女は俺に飛びつくようにして抱きついてきたのだから。 「トシアキ……」  困惑に占拠された俺の脳の片隅では、様々な思いが駆け巡っていた。 (あぁ、なんておにゃのこは暖かくって柔らかい生き物なんだ。お父さん、お母さん、あなた達の予想通りやっぱり僕はロリコンでした。魔法使いのみんな、他のとしあきのみんな、ごめん、三次ってやっぱいいわ……) 「って! ちょっと待って!」  現実に戻った俺は、少女を押し返した。バランスを崩した少女は、足をもつれさせながらも何とか手すりにもたれかかって俺を見上げてきた。 「何で、としあきって……?」  そう。俺の名前はとしあきじゃない。そりゃ、よく行くネット掲示板では好んで使われている名前だけど、なんでこんな子が、それを? 会社じゃちょっとネットに詳しいってくらいに留めているし、ましてや夏と冬に取る有給は実家へ帰るって言い張っているし。俺が『としあき』だってことを知っている奴がいるわけが無い。いや、正確に言えばいるにはいるが、でもいくらなんでも…… 「トシアキ……」  俺の思考をさえぎる様に、少女がポケットから一枚の紙切れを差し出してきた。さっきから少女自身にばかり目が行っていたが、まだ夏だというのに少女は黒いコートを着込み、彼女の脇にはウサギのぬいぐるみが乗っけられたキャスター付きのトランク。まるでどこかから旅行でもしてきたような格好だ。 「トシアキ……?」  再度思考のループに入り込んだ俺を、少女は心配そうに見上げる。俺はあわてて少女の差し出す紙切れを手に取った。 「これは!」  そこにはたった一行の文字列だけが記載されていた。  そう。『http://mayzie.hp.infoseek.co.jp/log/Mayzie1.mht』と。  これが俺とメイジとノヴ、そして他のとしあきたちを巻き込んだ「よくある話」のプロローグだった……。