「ただいまー」 少し大きめの声でただいまを言う。 メイジと暮らすようになってからついた癖だ。 ………? 普段ならここでメイジの「おかえり」があるはずなのだが。 「おーい、メイジ~」 買い物の荷物を置きながら呼びかけるがやはり返事はない。 昼寝でもしてるのかと思い、そっと寝室を覗いてみたが そこにもメイジの姿はなかった。 ふと寝室の端にあるトラベルバッグが目に入った。 あの中にはメイジの荷物……拳銃と大麻が入っている。 そしてメイジ自身のふたなりという身体。 彼女は明らかに普通とは違う世界に属していた。 それが時折俺を不安にする。 ある日メイジが突然俺の側から離れてしまうのではないかと。 「こらっ、逃げるな~」 唐突にどこかから聞こえてきたメイジの声に暗い考えが追い払われた。 同時に聞こえてくる微かなシャワーの音。 どうやらメイジは風呂場にいたようだ。 「余計な心配させやがって……」 俺はなにか損したような気分で風呂場へと向かった。 「んふふ~、よーし捕まえた。ちゃんと綺麗にしてあげるからね」 扉一枚越しにメイジの楽しそうな声が聞こえた。 なんだ?誰かと一緒なのか? ガラッ 「おいメイジ、おまえ何やって……」 「えっ、としあき!?開けたら駄目っ!」 思わず扉を開けた俺の声と慌てたメイジの声が交錯した。 その瞬間、俺の顔に濡れた何かが飛び付いてきて視界を塞いだ。 「ぶわっ!なななんだこれぇ!」 咄嗟に払い落とそうとして手を振ると、謎の物体は俺の顔を蹴って メイジの腕の中に収まる。 そして「にゃあ~」という耳慣れた鳴き声でその正体を明かすのだった。 … …… ……… 「……というわけでウチではペットは駄目なんだ」 「そんなのやだ。こんなに可愛いんだよ?」 裸のメイジが側にいる三毛猫の頭をそっと撫でる。 俺はメイジの首から下、特に下腹部を極力見ないように説得を続けていた。 「とにかく!駄目なものは駄目なの!」 進まない状況に俺はついに声を荒げてしまう。 「なんでそうなこと言うの!?としあきのバカッ!」 もうこうなったら売り言葉に買い言葉だ。 お互い血が上った頭で果てしなく罵声を繰り返す。 「としあきのケチ!ドケチ!わからずやーっ!!」 「こんのワガママ娘!小遣い減らすぞ!」 その時、俺達の大声に怯えたのか猫が脇をするりと抜けて駆けだした。 「あーーーーっ!!」 メイジも慌てて風呂場から飛び出して猫を追う。 だが猫は素早い動きで居間の方へ一直線に向かうと、僅かに開いていた 窓から外へと逃げ出してしまった。 「うううう………」 メイジが肩を震わせてうなっている。 「メイジ、大丈夫か……?」 さすがに心配になってメイジに向かって手を伸ばすが…… パシィッ! 急に振り向いたメイジが俺の手を振り払った。 「としあきのバカァッ!知らない!」 そう怒鳴ってメイジは風呂に閉じこもってしまった。 … …… ……… 「まずったよなぁ……」 ようやく頭を冷やした俺はぽつりと呟いた。 メイジだって事情を理解していないわけではなかったのだ。 頭ごなしに否定しすぎたのかもしれない。 (何はともあれ、今は機嫌を直してもらわなきゃ駄目か) 俺は再び財布を持って玄関へ向かう。 メイジの大好物であるヨーグルトを買うためだ。 俺はメイジに気付かれないようにそっと玄関を開けて外に出ると、 近所のコンビニに向かって走り出した。