「ただいまー」 買い物袋を足元へ置き、としあきは帰宅を告げた。 いつの間にか、自然に「ただいま」という言葉が出るようになっていた。 … …… 「メイジ?」 何時もはメイジの返事があるのに今日はそれが無い。 不意に不安が込み上げてくる。 そう、彼女には不自然な点が多すぎた。 麻薬に拳銃。そして・・・フタナリ。 平和に暮らしていれば、まずお目に掛かれないであろう事ばかりで 彼女は構成されていた。 もちろん、どの事柄についても一応理由は聞いたし疑ってもいなかった。 しかし、ふとした瞬間に不安になるのだ。 実はまだとんでもない隠し事をしているんじゃないかと…。 「実は腹違いの妹でした。よろしくねお兄ちゃん♪」 ……とか。 「お帰りなさい~としあき~」 座布団の裏に居やしないかと、居間の探索を始めた矢先、 としあきの心配をよそに、のんきな声が聞こえた。 「メイジ、どこー?」 「こっち~!」 妙に遠い声だけど、確かにメイジの声だった。 こっちとかそっちじゃなくてどこに居るかって聞きたいんだけど… 「どこだよー!」 「こっち~!!」 遊んでいるのか、俺で。 苛々具合も程々に、としあきはすぐに事の真相を知る事となった。 風呂場からシャワーの音が聞こえる。 なんだ、風呂かよ… そこには脱ぎ捨てられた服と、ドア越しに見える人影があった。 メイジがさらわれたとか 悪の権力によってブルガリアへ強制送還させられるとか としあきの脳内で一時は壮大に膨れ上がったこの事件の犯人は、 ただの風呂であった。 「全く、変な時間に風呂入るなよな」 ため息をつきながら、脱ぎ捨てられた服を拾い上げる。 と… ガラッ 突然風呂場の引き戸が開いた。 「うるさくて全然聞こえない!何、としあき!」 何故か怒り心頭のメイジが現れる。 もちろんすっぽんぽんだった。 「ちょ、なんでお前が何怒ってん…!」 うがーっと、腕を振り上げた所でメイジの下腹部に目がいく。 「いや、つーかそれより先に服着ろよ!!」 鮮やかなツッコミが入る。 「って、バカ。今出てくんな!」 「くそッ帰れ!風呂に帰れ!二度と出て来るな!」 何故か突然キレられ、 仮にも美少女であるメイジの裸体をまじまじと見てしまった哀れなとしあき。 辺り構わず叫び散らす。 彼の思考回路は正にショート寸前だった。 「なんで裸で出て来るんだよ!女の子は裸じゃ普通出てこないだろうが!」   「ブルガリア人女性は裸がユニフォームなのかよ!?  畜生!俺も死ぬ前に一度行きたいぜ!」 何の話をしていたのかなど既に彼には関係が無かった。 そして、出ろとか戻れとか、言われた通りにしてるのに、何故か非難を浴びせられ続けるメイジ。 としあきの剣幕と、畳み掛けられる罵声に、彼女の茹で上がった顔は益々赤みを増していった。 彼女の我慢回路もまた、ショート寸前だ。 「何よ!意味わかんない!としあきのバカ!死んじゃえ!」 ピシャッ ショートした。 そして沈黙 … …… ……… ………… (………) やっと冷静さを取り戻したとしあき。 恥ずかしさのあまりつい、余計な事まで言ってしまった。 (これは後でちゃんと謝った方がいいな) 持ちっぱなしだったメイジの服をたたんで洗濯籠へ入れると、 財布の中身を確認し、すぐさま玄関へと足を向けた。 とりあえず今後の事を穏便に運ぶ為、ヨーグルトを買いに出かけるのだ。 (もう少し、優しくしてあげないといけないな…) ヨーグルト外交を行うのは今月で二度目だった。 メイジに悟られぬようそっと家を出ると、としあきは近所のコンビニへ向けて駆け出した。 途中、歩道と車道の境目で転んだけれど、としあきは泣かなかった。 … …… ………続く