アレからどれくらいの時間が経つ? 我輩は壁に掛かっている時計をチラリと見る。 麻酔を撃ってまだ5分。 「クッ!」 まだ5分……。 Ⅱの突進は、回を帯びて行くたびにその鋭さを増していく。 進化しているのだ。 今では最初に受けた一撃より、何倍も鋭くなっている。 その一撃を食らえば、おそらく立っては居られまい。 そのプレッシャーが、Ⅱをかわすごとに神経を大幅に削り取っていく。 命がけの根競べ。 時間でⅡが眠るのが先か、我輩の集中力が切れてあの突進の餌食になるのが先か――。 「良かろう! ボスとしてのプライドをかけて、それしきのプレッシャー。はじき返してくれるわ!」 何十回目かのⅡの突進を今回もドンピシャのタイミングでかわす。 が、 今回は今までと違った。 我輩の横を通り過ぎるはずだったⅡは、我輩のステップに合わせて来たのだ。 「なっ!?」 そう、Ⅱは進化しているのだ。 我輩の動きを学習し、そのタイミングを計っていた……? 「ぐがぁ!!」 Ⅱの突進が見事に我輩の腹に突き刺さり、そのまま壁までぶっ飛ばされる。 「ぐぅはぁあっっ!!」 研究員達の叫び声が遠くに聞こえる。何を言っている……? よ……け…………て……? 朦朧とする意識の中、前を確認する。 そこには、こちらに追い討ちをかけるべく更に突進してくるⅡの姿があった。 まったく、歳は取りたく無いものだ。 避けようにも体が付いて行かない。 いや、歳ではなく、我輩のダメージのせいか……? ダメージ? 我輩はⅡの攻撃を食らったのか? ダメだ。頭が働かん。 壁に頭をぶつけたらしい。 「ふん、そんな攻撃ぃ……避けるまでも無いわ……」 働かない頭で、そんな事を呟いてみる。 実際は、壁に寄り添っていないと立っていられないだけであった。 そして――。 「…………あ?」 突然横に飛ぶⅡ。 いや、正確には頭に強化ゴム弾を食らったようだ。 あの鋭い突進をしているⅡのこめかみに横から……? 「やれやれ、ボス。さすがに真正面からアレは受け止められないっすよ」 「あぁ?」 横に目をやると、そこにはⅣが警棒を肩にかけて立っていた。 そのすぐ後ろには、Ⅲもいる。今の銃弾は、Ⅲか。 「ずるいッスよ、ボス。こんな楽しそうな事一人占めなんて」 「あぁ、あの糞ガキをシバキ倒す良いチャンスだ」 などと軽口を叩きながら我輩に歩み寄ってくるⅣとⅢ。 「久々の実践訓練って事で、やらせてくださいよ。最近、ボス俺らに事務仕事押し付けてるでしょ? いい加減ストレス溜まってるんスよ」 「ふん……」 どうやら、我輩のプライドを守ろうとしているらしい。 我輩一人でも大丈夫だろうが、自分たちが好き勝手暴れたいからやらせてくれ。 と言いたいのだろう。 「ぐへへへへっ! ボス、殺しても良いよな? あいつはボスに背いた! 逆らった! 牙を向いた!! 裏切り者だぁ。殺しても良いんだよな?」 ふと見ると、我輩とⅡの間にナイフを構えたⅠが居た。 ⅣとⅢは「やれやれ」と言った感じである。我輩も同じ心境だ。 「あ~……アレはⅡだぞ?」 「分かってるさ! あいつは前から切り刻みたかったっ! その糞生意気な口を利けなくしてやりたかったのさぁ!! 肉も柔らかそうだった!! 今はその面影すらないのが残念ですがね? ぐへへへへへへっ!!!」 興奮状態のⅠを見て、面倒臭くなって来た。 「分かった、好きにしろ」 「ひゃっはぁ!! 愛してるぜボスゥ!!」 そう叫んで一直線にⅡに飛び込んで行くⅠ。お前に愛されても嬉しく無いわ。 「殺して良いって命令は出てるんだ! 怨むんなら、それを許可したボスを怨むんだなぐへへhくぴゃっ!?」 Ⅱの裏拳で壁にめり込むⅠを横目に、Ⅳに忠告をする。 「あいつは戦っているうちに進化する。単調な動きはするなよ? その動きを読まれて反撃を食う羽目になるぞ」 「了解ッス」 肩にかけていた警棒をビッとⅡに向けるⅣ。 「来なさいチビッコ。お兄さん遊んであげよう」 今までⅢに食らったゴム弾のダメージで跪いていたⅡが立ち上がる。 「ぶろぉおおおぉぉおぉおぉぉぉおおぉ!!!」 Ⅱは雄叫びをあげ、Ⅳに突進した。どうやら意気の良い獲物に向かっているだけのようだ。 そうなると、壁に寄り添っているだけの我輩など眼中に無いのであろう。 突進してくるⅡを見て、警棒を構えるⅣ。受け止める気か? Ⅳはそんなに力がある奴ではない。今のⅡのパワーなら、そんな棒切れごとⅣを真っ二つにするのは造作もない事だ。 「ちっ、馬鹿がっ!」 我輩は利かない足腰に力を込めてⅣのもとへ行こうとした。 しかし、それを止めるⅢ。 「あいつを信じてやってください」 Ⅲはいたって平然としている。二人で組んでいただけあって信頼しあっているようだ。 そして、Ⅱの突進がⅣに直撃――と同時に後ろへ飛ぶⅣ。 なるほど、衝撃を後ろに飛ぶ事で消したか。度胸とセンスがずば抜けていないと出来ない芸当である。 そのまま警棒でいなし、Ⅱ後ろに回るⅣ。 「ほぉ」 無駄がなく、洗礼された動きについ感心の息が漏れてしまった。 先ほどと同じように突進を繰り返すⅡだが、Ⅳはそれを右に左、後ろ。はたまた上に跳んではいなす。 コレなら動きを読まれる心配はあるまい。 「なるほど。避けるだけでなく、更にいなす事で素早く後ろに回り完全に仕切り直しをさせておるのか」 「えぇ、アレならかわした直後、追撃を食らう心配もありません」 つまり、我輩の戦いを最初から見ていたという事か。 「ふむ」 スピードも体のキレも申し分ない。あの若さでたいしたものだ。 もしⅡの攻撃をかわしきれない事があっても、アレな致命傷だけは避けられるだろう。 我輩も休んでダメージは抜けてきた。このままでは格好も付かん。 なので黙って見ているだけにしておく。 Ⅳがやられるさまを。 「どうしたチビッコ! それくらいのスピードじゃ、いつまで経っても俺は捕まらないぜ?」 「スピード……ね」 やはりⅣは油断している。いや、勘違いをしている――といった方がいいか。 コレは鬼ごっこではないのだ。その点、Ⅱは良く分かっている。 客観的に見て、初めて分かる事もある。Ⅱはタイミングを計っている。 猛獣のように理性を失い突っ込んでいるだけのように見えて、ちゃんと考えているようだ。 我輩ならそうだな――このタイミングだ。 警棒に触れるか触れないかのギリギリの場所。Ⅳが後ろに跳ぶと当たりをつけて急ブレーキ! 「なっ!?」 その動きに慣れてしまい、そんな単純なフェイントでも簡単に引っかかる。 完全に後ろに跳んでしまったⅣはいなす事は出来ない。 そこに右ストレートをブチかましてくれるわ。 「こ……のやろっ!」 ⅣはⅡが放った右ストレートを、警棒で受け止める。 直撃は避けた物の、Ⅱの拳は警棒をくの字にへし折り、そのままⅣのどてっぱらに届きそうである。 「ちっ!」 と、急に肩の力を抜くⅣ。 上手いな。あの丸太のような拳を食らうよりは、素直に壁に叩きつけられる事を選択したようだ。 我輩とⅢの間に上手く飛ばされるⅣ。そして、器用に壁で受身を取り、ダメージを最小限に抑えたようだ。 しかし、ノーダメージと言うわけには行かなかったようである。 「ふふっ、やられたな」 「ボス……分かってて見てたでしょ?」 「さあなぁ。それより、次が来るぞ」 これまた先ほどと同じようにⅣに追い討ちをかけるべく突進してくるⅡ。 「はぁ……さすがにピンチッスわ…………」 武器は折られ、後ろは壁である。 ここいらが限界であろう。 Ⅲがライフルを構えるが、それを制止させる。 「さて、そろそろ我輩の本気を見せてやろう」 我輩が一歩前へ出ると、Ⅱが突進を止めた。 ふむ、本能で察しおったか。それとも、化け物になっても、我輩の恐ろしさは覚えていたのか? 「う……あぁ…………ぱ……ぱ……」 「ほぉ。意識を取り戻したか?」 我輩はゆっくりⅡへと歩み寄る。 「オイタが過ぎたなⅡよ。オシオキの時間だ」 「うぅ……うあぁ…………タ、たスケ……ブオォオオ!」 どうやら、Ⅱも化け物と戦っているようだ。必死に自分を抑えようとしているように見える。 しかし、そんな事は我輩には関係なかった。 我輩はとうとうⅡの懐まで歩み寄った。 「よし、こうしよう。お前がちゃんと謝れたら、この事は水に流し、許してやる」 それを聞いて、必死に言葉を思い出そうとしているようだ。 「鬼だな」 「ドSだ……」 ⅢとⅣの声が聞こえてきた。お前らも後で楽しみにしてろよ。 「ご、ゴめン……なサ………ぶおおおぉぉおぉぉおぉおおおおぉぉお!!!」 Ⅱはその腕を振り上げ、我輩に一撃を食らわそうと振り下ろす。 が、我輩はその腕を軽々と掴んで見せた。 「おしかったなぁ。我輩の可愛いⅡよ」 その腕を思いっきり引っ張り、Ⅱの身を引き寄せる。 「ドルルルァアアァァァアアァァァアアアアァアァァアアア!!!」 全身全霊の力を持ってⅡのどてっぱらに一撃を入れる。 「ぶふぉおぉぉおっ!」 足をガクガクと震わせ、その身を地面へと埋めるⅡ。 薬の効果が切れたのか、それとも意識を失ったせいか。Ⅱは元の姿に戻っていた。 全裸のⅡに我輩の上着を被せ、抱き上げる。 「ふぅ……麻酔、意味が無かったッスね」 「ふむ」 時計を見ると、たった今十分経ったばかりであった。 「お疲れ様です。ボス」 目の前に来たⅢにⅡをわたし、研究員の元へ歩みよる。 「今の戦闘データは?」 「ちゃんと録ってあります」 「よろしい、そのデータも含め、全てのデータを後で我輩の部屋に持ってきたまえ」 「はい」 非常事態は収拾が付き、我輩は地下実験室を後にする。 「やっぱボスはすげぇわ」 「あぁ、どっちが化け物だかわからんな」 などと声が聞こえてくる。我輩はその声が聞こえないところまで来て、壁に寄り添いながら座り込んだ。 「ふぅ……」 部下の前で弱みを見せないのもボスの仕事である。 痛む腹を押さえ、深呼吸をした。 「やはり歳だな……」 オマケ その日の午後。 我輩の部屋にノック音が響く。 「入りたまえ」 「失礼します。今朝のデータをお持ちしました」 「うむ」 研究員からデータを受け取り、目を通していく。 やはり、Ⅱは実験体として優秀のようだ。数値は我輩の満足の行く結果である。 「そう言えば、例の実験体はどうしておる? なんと言ったかな? Ⅱの前の……」 「あぁ、双葉博士の娘ですか?」 「うむ、生殖器に異常をきたしただけの失敗作だと聞いたが」 あの薬の開発者。 その娘を最初の実験体に選んだのは他でもない我輩であった。 娘の体が掛かっておったのだ。さぞかし研究に身が入った事であろう。 「えぇ、その後、幹部候補施設に送られまして、わずか一年でⅤの席に付いております」 「ほぉ?」 それは初耳である。 「薬のせいなのか元々才能があったかは定かではありませんが、銃の腕は驚くものがあります。もう一度実験体として扱ってみますか?」 我輩は少し考えた。 「博士の方はどうしておる?」 「ここ最近は自室に篭りっきりです」 「ふむ……」 口元が緩む。『その』気配を我輩は感じたからである。 「そろそろ部屋から引きずり出しますか?」 「いや、ほおっておけ。親子共々な」 「はっ、仰せのおままに」 我輩の好きな気配。即ち、非常事態―― あの親子は遠からず我輩に非常を与えてくれる。そんな気がしたのだ。 そう、この組織に非常な事が起こらない日は無い。 非常こそが我輩の日常。 近々起こるであろう非常を楽しみに、我輩は今日も一日を過ごすのであった。 END やっと完成ッス もしかすると、この後ⅣとⅢの過去話を書くかもしれないし、書かないかもしれない。 万が一それも完成したら、最後にメイジの話を書く予定で、全三部作予定。 たぶん完成しない……orz PS 今日、出かけるからスレに顔出せません。