~Bitter&Sweet(仮)~ 目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。 驚くことはない。 つい昨日、私の物となったこの部屋の窓にかかるカーテンは、朝の日差しを和らげ、緩やかに私の覚醒を促してくれる。 体を起こし、下腹部あたりに目をやると、そこは悩みの種の一つがかすかに毛布を盛り上げていた。 私は昨晩の自分の行為を思い返し、深々とため息を吐く。 先走り過ぎ、というか後先考えなさ過ぎだった。 過ぎたことだ、と忘れるのは簡単だが、忘れるだけでは過ちを繰り返すだけだ。 反省し、次があればそのときに生かそう。 くよくよしても始まらない、まずは着替えよう。 ベッドから降りる。 胸元でもうひとつの悩みの種がゆさり、揺れた。 とりあえず、部屋着がないので実家から持ってきた中で、一番楽な格好に着替えた。 次に化粧ポーチを取り出し、鏡台の前に置く。 化粧をするわけではない。 のだけれど、女の子の朝はすることが多いのです。 鏡の中の顔を眺める。 自分でも整った顔立ちだと思う。 もちろん、ハリウッドの名だたる大女優なんかとは比べるまでもない、と思う。 ただ、一人、愛する人に愛されれば、それで良い。断言しちゃう。 ……今日も肌の調子はいい感じ。 顔色もいいし、目も充血してない。 髪を梳かして、寝癖を整えてと。 ん、これでよし、と。 立ち上がり、鏡に写った私の体を見る。 やっぱり、胸が大きすぎる、かな? まあ、男の人は大概大きな胸の女性が好きらしいし、 としあきさんによっぽど変な性癖がなければ大丈夫だと思うけど、ね。 そこから視線を下げていく。 重たくて肩が凝る胸よりも、ずっと重大な問題がぶら下がっている。 普通にしてればわからないけど、多分きっと、そういうことになったとき、困る。 昨日はなんだかうやむやになったから助かったけど、フルパワーになったとこを見られたら嫌われるかも…… 「ああっ、もう!」 一人でいるからいけないんだ。 きっととしあきさんの顔を見たら元気出る、はず。 もしかしたら気まずいかもだけど。 そう思い、ドアを開けるとなにやら話し声が聞こえる。 どうやら玄関の方でとしあきさんが誰かと話しているみたい。 良くないことって、わかってるけど、どうしても聞き耳を立ててしまう。 声の感じから察するに、同年代の女の子らしい。 ……彼女さんかな? となると俄然気になってくるわけです。 ああ、神様。 立ち聞きの上覗き見までするメイは悪い子ですっ。 壁の陰に隠れて玄関の様子を伺う。 じーっ。 としあきさんの陰になってよく見えない…… よくないことはするべきではない、ってことでしょうか。 とりあえず気が付かなかったことにして、リビングへ引き返す。 ふ、と何かおいしそうな香りがよぎる。 リビングの隣のダイニングキッチンでは調理中の具材が放置されている。 お鍋の火を消さないと焦げちゃいますよ……! 閃いた。 代わりに朝食を作っちゃえば、少しはとしあきさんの中で私の株が上がるかも。 ふふ~ん、実家でばっちり花嫁修業したもんね! 和食洋食中華何でもござれ。 はりきっちゃうよ! さて、すっかり話し込んでしまったわけだが。 鍋やら何やらを火に掛けっぱなしで出てしまったのを思い出して憂鬱になる。 焦げ付き落とすのめんどくせーんだよなぁ…… 「って何でか知らんが焦げ臭くないな。吹きこぼれて火ぃ消えたかな」 つぶやきながら台所に戻ると、メイが料理の続きをしていたのだった。 しかもコレが驚くほどに手際がいい。 オレが思わず見惚れていると、メイがそれに気付いて、こぼれんばかりの笑顔と挨拶をくれる。 「あ、としあきさん、おはようございます」 「おう、おはよう」 実にすがすがしい朝だ。 「ところで、さっきの人って誰なんですか?」 努めて普通に聞こうと思ったのだけれど、どうにも口調が、『夫の浮気を問い詰める妻』のようになってしまった。 昨晩のが人生最大の失敗だと思ってたけど、コレも負けず劣らず大失敗だ。 空気が一瞬凍りつく。 ……一瞬凍りついたのは何も言い訳を考えてたわけじゃない。 というのは嘘で、頭ん中は猛スピードで回転していた。 それも変な方向に。 ええと、宗教の勧誘、はさすがにヤツの名誉を考えると気が引けるし、 親戚の子、は目の前にいるし、 高校時代の後輩、が家に来るのも説明し辛いし、 お隣さん…… というところまで考えて、隠す必要が全くないことに気がついた。 「と、隣に住んでる幼馴染だよ、ははは」 真実を話しているのに言い訳がましいのは何故だろうか。 嘘だッ! とか叫びたくなりましたが、ここは信じることにしましょう。 「ところで、としあきさんは今日は何か予定はあるんですか?」 正直、ほっとした。 まだ疑ってそうではあるけど、とりあえずは納得してくれたみたいだ。 「そうだな……特に予定はないよ」 メイは、そうですか、と前置きして、 「それじゃあ、お買い物に連れて行ってくださいませんか?」 と言った。 思えば、メイの荷物はあの小さめのトランク一個きりだ。 後から荷物が届くとかそういうことは聞いてない。 言い忘れてる可能性も否定できないが。 「んー、じゃ朝食べたら支度して。近場のショッピングモール連れてくよ。お昼はそこで食べよう」 今思い出したけど、メイは皐月と面識があったんじゃなかろうか? 「よ、さっきー。先輩はどうだったよ?」 双葉家から出てきた小柄な美少女に、長身のこれまた美少女が呼びかける。 「さっきー言うな。つかどうもこうもないっスよ」 そう言って小柄な方――虹浦皐月(にじうら さつき)は肩を落とす。 「またまた。人を待たせといて長々と朝立ちをDo it!だったんじゃねぇの?ん?」 長身の――奥田奏(おくた かなで)が少々下品にまくし立てる。 コレがなきゃ美人なんだけどなぁ、と皐月は思う。 「っていうか先輩起きてたし。あまつさえ朝ごはんまで用意してたし。なんとなく女の匂いがする」 奏は左人差し指と親指で輪を作り、もう一方の人差し指でそれをスコスコとつつくジェスチャーをしながら、 「彼女と夜明けのミソスープ!そういうことですかな?ん?ん?」 モデル級美少女の中身は限りなくオヤジなのであった。 「もう!置いてくよ?今日は私たちの壮行会なんだから。主賓が遅れていったらマズイっしょ?」 「んあー。あいよー」 このでこぼこコンビは今春、晴れて大学生となる。 それを同じ部活の面々で楽しく見送ろう、というのが壮行会の趣旨だ。 まあ、そこは高校生であるからして、飲み屋で飲み会と行くわけがなく、部室で軽食パーティの後、カラオケボックスで二次会という、ごく一般的な打ち上げコースである。 春休みが長いせいで、曜日の感覚がなくなっていたのは事実だ。 それにしても、である。 「いくらなんでも混み過ぎだ」 普段は割とだだっ広い印象を受けるショッピングモールだが、今はものすごい人手だ。 おそらく――新学期を前に色々と支度があるのだろう。 それが春休み最後の日曜日に集中したのだ。 もっと前から準備しておけよな、とか思ったが、思えばオレも夏休みの宿題はギリギリになって、ひいひい言いながらやっと仕上げてたクチだから人のことは言えない。 「メイ、はぐれない様にしっかり掴まって――って」 いない。 さっきまでオレの隣にいたメイが忽然と姿を消していた。