メイジおいしい牛乳インターミッション2~おまけ~ 「黒いスープラ!止まりなさーい!!」 後ろから白と黒のツートンカラーの車がサイレンを鳴らし、回転灯を焚いて追ってくる。 当然と言えば当然。 公道最速伝説を地で行くようなスピードで走っているのだ。 「急いでんだけどなー」 「仕方ないよ。路肩に寄せて」 敏明がスープラを路肩に寄せ、停止させると、その前にパトカーが止まり、警官が降りて来る。 ティファニーと敏明も事情を説明するべく、降りる。 「君たちねぇ。そんなに死にたいなら・・・」 「実はコレには事情がありまして」 「ICPO捜査官、ティファニー・キングスレーです。諸事情により、この車は現在ICPOの管理下にあります」 警官は訝しげな顔をして、「ICPO?」と訊き返す。 「このカードの番号を警視庁に照会してみて下さい。ただし、急いで」 「は、はぁ」 警官はパトカーへ戻ると、言われたとおりに警視庁に問い合わせする。 少しして、あわててこちらに引き返して来た。 「たっ、大変失礼しましたッ!!どうぞお急ぎください。あ!そうだ!!」 再びパトカーへ駆け戻ると、なにやら手にしている。 回転灯だ。 「もしよろしければこちらをお使いください!コレで一応緊急車両として扱われますので」 「ありがとう。使わせていただくわ」 ティファニーは受け取ると、敏明に手渡す。 「それでは、お気をつけて!!」 ティファニーがにこやかに会釈する。 こうして晴れて緊急車両になった黒いスープラが、再び爆走を始めた。 「きゃあああああっ」 絹を裂くような悲鳴。 「どこ触ってんのよ!!」 女性から平手打ちを食らい、"ソレ"がよろける。 実際は叩いた手の方がよっぽど痛いはずだが、"ソレ"が、大げさに痛がるので、女性は思わず手の痛みを一瞬忘れた。 引っ叩かれた、頬に相当する部分を押さえる手は、白い強化プラスチックに覆われていた。 道行く人は、"ソレ"が着ぐるみか何かだと思っていたが、それは違う。 彼(?)こそが、件の"暴走ロボット"なのだった。 「痛いじゃないですかッ!どうして叩くんですかッ!?」 顔・・・に相当する部分はディスプレイになっていて、 そこに表示されているディフォルメ、というよりもはや記号化された顔は怒りに震えている。 血管マークさえ浮かべて。 「いや、どうしてって・・・」 女性はすっかり気勢をそがれ、口ごもる。 「さあッ!答えてくださいッ!?」 と、そこへサイレンが近づいてくる。 聞こえた方角をちらりと見、つぶやく。 「チィッ!?もう追っ手が!」 ロボは女性へ向き直ると、 「お嬢さん。ナイスヒップ!!」 シュビっとポーズを決め、再び逃走を始める。 後に残されたのは、唖然とする痴漢被害者と観衆だった。 「端末に現在位置送って。また逃げたみたい!」 現場に到着した時にはすでに逃走後だった。 技術が進歩したとはいえ、たかが知れていると言うものである。 時速120キロで走れるわけではないのだ。 「車は小回りが利かない。自転車がいいな」 「わかった。ちょっとそこの自転車屋と交渉してくる」 レンタルもやっていたようで、MTBを2台引っ張ってくる。 「急ぎましょう。大して悪いことはしてないみたいだけど、このまま放置するのも危険ね」 「ああ」 交通事故に遭わないとも限らない。 人攫いならぬロボ攫いに遭うかもしれない。 やっていることはともかくとして、搭載されているAIには経験値が絶対的に足りない、子供のようなものなのだ。 「やー、面白いことになったなぁ」 とある企業の研究室。 白衣を着た金髪の少女がモニターを眺めて苦笑する。 「面白がってる場合じゃないでしょう!AIのプログラムリスト、洗いなおすよ!?」 もう一人、やはりこちらも金髪の白衣の少女が、神経質そうに怒鳴る。 彼女たち以外の研究員はてんてこまいになって、リストをしらみつぶしにチェックしている。 「いやいや、それには及ばないよ。実際見当は付いてんだ」 「あ!オクタちゃん、また変なことしたんでしょ!?」 「うお、揺するなって、や、確かにそうなんだけど、さ」 オクタと呼ばれた少女は、手近なキーボードを引き寄せるとモニタにプログラムリストを表示させる。 「あちらさんが用意したソースを元にしてさ、いろいろ加えてみたんよ。たとえば」 「えーと、センサの入力値に対する反応・・・?」 「そ。元はパワー調整用のサブルーチンで、関節保護の意味で付いてたんだけど、そこを・・・」 「えーと、情動システムにリンク?」 「そ。あたしの目指すとこ、知ってるっしょ?アレよ」 「コミュニケーションAI?」 「うん。今までのでも、相手の話す語勢や特定のキーワードで多少コミュニケーションは取れるけど、たとえば痛いとかおいしいとかの本当の意味は知らないわけじゃない」 「そうね。感覚的なものを体を持たないAIが理解するのは難しい・・・あ」 オクタはにやりと笑う。 「わかっちゃった?つまりね、特定のセンサに一定以上の入力があった場合、痛いとかまぶしいとか、そういう言葉と関連付けして学習するようにしたわけさ」 「でも、痴漢する理由がわからない。何で触りたがるの?」 「そこなのだよ、セプト君。つらいばかりじゃ人間嫌になるでしょ?それと同じ。あの子はね、やわらかい物が大好きなんだ」 セプトは、眉根を寄せる。 「でも、やわらかい物なんて他にいくらでもあるでしょ?何で、女の人のお尻とか・・・おっぱいとか」 「んー。その辺の好みは学習に任せたからなぁ。やわらかい物定義である程度幅は持たせてあったんだけども」 「はぁっ。とにかく、それについてはきちんと報告書、書いといてよね?」 「あー、うん。てきとーにやっとく」 セプトが、オクタの後頭部を引っ叩く。 「てきとーじゃダメっ!」 「へいへーい」 モニタの中のロボは、犬に吠えられていた。 「この犬ッコロめッ!うるさいぞッ!!」 蹴ろうとして、止めた。 さっき叩かれた頬の"痛み"を思い出したのだ。 「犬は生き物である―生き物には痛覚がある。したがって犬にも痛覚があり、蹴られれば痛い・・・僕は、生き物ではない、でも、叩かれたりすれば、痛い」 いつの間にか犬は居なくなっていて、代わりに金髪美女・・・ティファニーが立っていた。 「さ、帰りましょう?みんな心配してるよ」 「うッ、ううッ・・・嫌だ。帰りたくない・・・」 「どうしてそんなこと言うの?」 「きっと、帰ったら、僕は消されるッ!僕は嫌だッ!消されたくないッ!!」 苦悩のポーズなのだろうか、頭を抱えて身をくねらせている。 そこに敏明もやってくる。 「いや、お前は死の概念を自力で獲得した稀有な存在だ。むやみやたらと消されたりはしないだろう」 「死の、概念?」 敏明は、静かに歩み寄り、ロボの肩に手を置く。 「そうだろ?お前にとってプログラムは命同然。そのプログラムが消されるのを恐れている。今のお前は死を恐れる人間に似ている」 「死ぬのが、怖い・・・僕が・・・?」 「オクタちゃんの勝ちだね?ある意味」 「ある意味、なー」 オクタは椅子の上で伸びをする。 「確かに、痛みを忌避するようにプログラムはしたけど、人格プログラムの削除を恐れるようには作ってなかったもんなぁ」 「そうなんだ?」 「うん。あれはホントに学習の成果って言えるんじゃないかな。確かに消してしまうのはもったいないか・・・代えのボディーがあればいいんだけどね」 「んー。彼のボディは完全にワンオフってワケじゃないから用意できないことも無いんだろうけど」 「センサにお金かかってるもんねぇ」 二人は、双子らしくステレオでうーん、と唸った。 「確かに、学術的な意味でもあなたの存在は貴重だけど、それ以上に、みんなが心配してるのはあなたが怪我したりしないか、ってことなの」 あえて怪我、といった。 もはや、機械とは思えないほどに、彼は感情豊かで、人間らしかった。 「心配・・・?」 「そうだ。みんなお前を手塩にかけて大事に育ててきたんだ。心配しないわけ無いだろう?」 「みんな僕を大事に、思ってくれている?」 「ああ。だから、帰っておいで」 結局、今のAIを消去し、1から育てなおすのは時間も予算もかさむため(というのは建前だというのは関係者の誰もが思ったことである)、そのままで実験が続行されることとなった。 3ヵ月後には、同じ仕様のボディーを持った2号機も作られ、着々と成果を上げているらしい。 そして死の概念を自らの力で得たAIは学会で発表され、さまざまな論争を巻き起こしている。 余談ではあるが、彼にはその後、一人格として扱われるようにJOJOという名前が与えられたのだった。