メイジおいしい牛乳~conclusion partB~ 燃え盛る倉庫内。 蓄えられていたのが燃料だったのか、渦巻く炎は止まることを知らない。 黒煙が立ち込め、焼け付く空気に呼吸さえ難しくなりつつある。 肺を撃たれたジューンは虫の息。 メイジも出血がひどく、意識が混濁し始めている。 「ノ、ブ。私を置いて、逃げて。ノブまで、死んじゃったら、誰が亜希さんを、助けるの?」 「諦めちゃダメだ。きっと敏明さんが助けてくれるから!ボクは、絶対諦めない」 その横でジューンを抱きかかえたディセは、ただ、泣いている。 出口は遠く、炎が道を阻んでいる。 ノブは神など信じていない。それでも、何かに祈るように天を仰いだ。 敏明が連れてこられたのは、国際刑事警察機構の野営地だった。 密かに内偵を進めていた北欧系テロ組織の幹部が船で日本に来ているということで、 ICPOが制圧部隊を送り込んできているのだ。 突入準備が着々と進められているようで、プロテクターを着けた隊員があちこちうろうろしている。 そんな最中に、パイプ椅子に座って雑談している一団がいる。 「しかし、驚きましたよ、双葉先輩」 綺麗なブロンドの髪の女性が親しげに敏明に話しかける。 いや、表面上は親しげだが、双葉先輩の辺りがとてもとげとげしい。 「ああ、俺もだよ」 敏明は笑って返すが、口元が少し引きつり気味だ。 「また厄介ごとに首を突っ込んでるんですね?」 にこやかだが、敏明にはそれが恐ろしい。 「いや、そのなんというかー」 彼が答えに窮していると、どこか遠くで爆発音が聞こえた。 ブロンドの女性が、先ほどのにこやかな表情と打って変わって、厳しい表情で叫ぶ。 「状況を報告せよ!」 「アイ、マム!7番倉庫が爆発炎上しています!それと、ターゲットが何者かを連れて船に戻る模様!」 と、敏明が突然立ち上がる。 「7番倉庫!?クソ、なんてこった!!」 走り出す敏明。 「待って先輩、車を出します!」 彼女は立ち上がり、周囲に指示を出す。 するとコンテナの一つから人員輸送用の装甲車が走り出す。 「ジェーン!ジョン!」 「アイ、マム!」 彼女と、敏明、さらにジェーン、ジョンと呼ばれた隊員二人が乗り込み、装甲車が発進する。 「飛ばせ!とにかく急げ!死なせるわけには行かないんだ!!」 運転席の隊員はそれにサムズアップで応えると、装甲車をスタートさせる。 装甲車はその名のとおり、装甲で身を固めている分普通車とは比べるまでもなく重い。 しかしその分パワーもある。 一気にトップスピードに持っていくとそのままコーナーへ突っ込む。 素人ならそこで思いっきりぶつけて終了のところを、神懸り的なアクセルワークとハンドルテクでするすると抜けていく。 徒歩で10分は歩き回った道をどういう仕組みか1分弱で抜け切ると、炎に包まれ今にも崩れ落ちそうな倉庫が見える。 「時間がない!突っ込みますぜッ!!」 言うが早いかアクセル全開で倉庫の横っ面に突っ込む。 酸欠で意識が朦朧としていたノブの耳にけたたましい破砕音が飛び込む。 助けが来たらしいのは分かったが、すでに立ち上がる力もない。 「ノブ!メイジ!!どこだ!?」 車から飛び出した敏明が声を張り上げるが、燃え盛る炎にかき消されてしまう。 「ジョン!GO!!」 「アイマム!!」 その身を黒い特殊スーツで包んだジョンが、車の屋根の上から跳躍する。 炎に囲まれたノブたちの元へひらりと着地すると、ハンドライトでこちらに合図を送る。 すると、同じく屋根の上にいたジェーンが何かを投げる。 ジョンがそれを短く切ったショットガンで打ち抜くと、一気に破裂し中身がぶち撒かれる。 ピンク色の粉末。打ち抜かれたのは消火器だった。 本来の使い方から外れてはいるものの、一応その効力を発揮した消火器のおかげで、道が開ける。 ジョンは、4人を一辺に抱きかかえ猛然とダッシュすると、すでに走り始めた装甲車の後ろのハッチに飛び込んだ。 「ノブ!しっかりしろ!ノブ!!」 ジェーンとジョンが応急処置をする傍ら、敏明はノブの口に酸素マスクを押し当て、必死で呼びかける。 その甲斐あってか、目を覚ました。 「んぁ・・・敏明、さん」 「よかった。痛いところはないか?」 「目が少し。あとは平気です」 「そうか。そっちはどうなってる?」 敏明がジェーンとジョンに目を向けると、応急処置は一通り終わったところらしい。 「メイ・・・ジは出血が酷いが、命に別状はない」 「ジューンはかなり重症だわ。肺の中の血は取り除いたけど、損傷が激しくてここでは処置できないの」 「ふむ。その子は?」 「外傷は軽い火傷だけ。ただ、精神的ショックが大きいようね」 敏明はそうか、とだけつぶやいた。 「作戦内容の確認だ。といっても至極単純だが、確認を怠るわけにはいかん」 ベレー帽を被り、口ひげを生やした隊長らしき男がホワイトボードを前にブリーフィングを開始する。 「まず、狙撃班。突入開始前に見張りを無力化する」 イエッサー! 「アルファ、ブラボー、チャーリー各班は、船内の担当する階を制圧」 イエッサー! 「捜査官殿は最後に突入していただきます」 ブロンドの女性が一人、うなずく。 「あー、最後に留意点だ。極力被害を抑えること。敵も含めてだ!重要参考人だからな」 イエッサー! 割と大雑把なことを除けば普通のブリーフィングのようだが、実際にはかなり異様な光景が広がっている。 きっちり整列している彼等の身を包む漆黒のプロテクター。 フリッツヘルムに赤いゴーグルのついたマスク。 敏明が隣に座る女性捜査官をつつく。 「ティファニー。あれ、平気なのか?その、いろいろと」 捜査官、ティファニーが苦笑しながら答える。 「あー、アレね。開発部の人間に監督のファンが居るらしくて。ところで」 その表情が、悪戯っぽい笑みに変わる。 「やっと、名前で呼んでくれたわね、敏明」 「ちっ、不覚をとったか」 「ふふっ、まあいいわ。その話は後日。それよりも」 ティファニーは真剣な顔に戻る。 「敏明、いえ、双葉先輩。本案件に協力していただけませんか?」 「それは命令か?」 「そんな。民間の方に協力を依頼するのに、我々には強制力はありません。切実な、お願いです」 少し考え込むフリ。答えは聞かれる前から決まっていた。 「お願いされちゃ、聞かないわけにはいかないよなぁ」 「助かります」 そこへ、ノブがやってくる。 「お、なんだ。もういいのか?」 「はい。ボク達だけ、寝ているわけに行きませんから。な、ディセ」 ノブの後ろで、ディセがうなずく。 「僕達も、協力します。させてください!」 「はぁっ、この際しょうがないかしらね・・・」 敏明は微妙な違和感を感じ、それを口にする。 「驚かないんだな?」 「え?まあ、すでに似たようなのが、ってコレは機密事項だったっけ。とにかく、戦力になるならお願いするわ。詳しい配置はあそこのおじさんに聞いて頂戴」 その質問の答えをはぐらかしつつ、ベレー帽の男を指差す。 ノブとディセはうなずくと、走っていく。 突入まで、残すところ後30分。 決戦は間近だ。 一方、組織の貨物船内では、出航の準備があわただしく進められていた。 「お帰りなさいませ、ゲオルギ様」 「うむ」 亜希を担いだまま、ゲオルギと呼ばれた男は重々しくうなずく。 「ゲオルギ様、それは?」 「人形どものお気に入り、といったところか。調整槽に放り込んでおけ。じきに奴等が来る」 出迎えた男はギョッとする。 「奴等・・・ICPOの連中ですな?」 「うむ。それまでにその女の洗脳を終わらせておけ」 「時間がありません、薬物なども使用しますがよろしいですかな?」 「構わん。人形どもに、自らの手で大事なものを破壊させるのだ」 「分かりました。ゲオルギ様の仰せのままに」 ゲオルギは、再び重々しくうなずいた。 早速調整室へ入った男は、亜希の衣服をするすると脱がしていく。 「おほ。これはこれは・・・よい体つきをしておる。少しくらい楽しんでも罰は当たるまい」 あわただしくベルトを外し、ズボンを下ろしかけたところで、備え付けの電話が鳴る。 男がひっ、などと情けない声を上げながら受話器を取ると、電話の主はゲオルギであった。 「余計なことをしている時間はない。さっさと仕立て上げろ」 「申し訳ありません、今すぐ、今すぐ取り掛かりますっ」 電話を切ると男は舌打ちし、亜希を調整槽へと放り込んだ。 誰かが、私を、塗り替える。 私が、わたしで、なくなっていく。 わたしは、だれだっただろうか。 わたしは・・・ 緊張した面持ちのノブに、大柄な男が話しかける。 「坊主、お前ずいぶんマニアックなの使ってるな!」 少しだけムッとしたが、角を立てるのもいやなので、丁重に答える。 「ボクの体格だと大半のスナイパーライフルは長すぎますし、ボルトアクションではいざという時にカバー出来ないので」 「ああ、悪い悪い。そいつが悪いモンだって言いたかったわけじゃないんだ。ただ、俺の相棒が使ってるのと同じなんで嬉しくなってな」 ぽんぽん、とノブの肩を叩く。 不思議と悪い気はしない。 「へえ、そうなんですか」 「おう。そいつ、すげぇ腕前でな。いつか機会があったら坊主に会わせてやるよ」 「楽しみにしてます」 いつしか緊張はだいぶほぐれていた。 ・・・リラックスできるように話しかけてきてくれたのだろうか。 ノブは、ありがたいな、と思った。 と、インカムが小さく警告音を発する。 続いて軽くノイズ交じりに通信が入る。 「作戦を開始する。撃ち方はじめ!」 狙撃班の面々がおのおの「イエッサー」と答えるのにノブもまた習う。 乗船口の見張りをはじめ、甲板などの見張りが次々と無力化されていく。 すぐに船上はうずくまり呻く船員のみとなる。 確認が取れると、すぐに次の指令が下る。 「第二段階開始。アルファ、ブラボー、チャーリー突撃!」 黒き獣の群れが船へと殺到する。 船内、司令室。 甲板が騒がしいのを全く意に介さず、ゲオルギは電話を取る。 「調整は完了したか?」 「は、早く逃げないと!!」 冷たく、低い声で問いただす。 「終わったのか?」 電話口でひゃっ、とか言う声が聞こえた後、 「おおお、終わりました!終わりましたとも!!完璧です!そちらに向かわせました!!!私は逃げますからね!!!」 勢いよく電話が切れる。 ゲオルギは受話器をゆっくりと置くと、ほくそえんだ。 「くくく、終わったか。これでいい。絶望を教えてやるぞ、人形共・・・」 敏明、ティファニー、ジェーンとジョン、そして先ほど凄まじいドライブテクニックを見せた隊員が乗った装甲車が、突入の時を待っている。 「チャーリー、オールクリア。これで全区画制圧完了です」 しかし、いまだ本命であるゲオルギ・ゲオルギエフの消息がつかめない。 亜希もまた同様である。 「まさか、亜希姉道連れに自殺とか・・・」 即座に否定が入る。 「それは無いわね。ヤツがそこまで殊勝な人間であるはずがないわ」 そこへ、次の指令が下った。 「捜査官、突入してください。甲板にターゲットが現れました」 「了解しました。出してください」 先ほどと同じくサムズアップで応えると、華麗なシフトレバー捌きで静かに発進させる。 艦橋の上に、数人立っているのが見える。 一人は金髪角刈りの大男。 ほかは黒いぴっちりしたウェットスーツ状の服を着、マスクを付けている。 ありていに言えば戦闘員。 ただ、その中で一人だけシルエットが違う。 敏明はなんとなく、いやな予感がした。 一方、ICPOキャンプでは。 メイジが目を覚ましていた。 「ここは・・・?」 立ち上がり、ふらふらとテントから出る。 閑散とした広場の一角では数人が機械弄りをしている。 メイジは、麻酔で少しぼうっとする頭で現在の状況を分析する。 「撃たれて、ICPOのテントで、人がいない・・・」 ふと、機械弄りをしていた内の一人、老人がメイジに気付き声をかける。 「お嬢ちゃん、起きてきて大丈夫かい?」 「ええ、それより、連れてって貰えませんか?大切な人を助けたいんです」 老人は、優しく微笑み、こう言った。 「そうか。てっきり眠り姫かと思っていたが、王子様だったんだなぁ、はっはっは。いいだろう!連れて行ってやる。ただし、無茶はするなよ?」 「ありがとうございます」 麻酔に加え鎮痛剤も効いているとはいえ、重傷だ。 痛まないわけがない。 それでも、気力で押さえ込む。コレも訓練の賜物と、今だけはあの地獄の日々に感謝するのだった。 「おぅい、ちょっといいか」 老人が機械弄りをしている若者を呼び寄せる。 「どしたんすか、おやっさん」 「いやな、バイク一台動かせないかと思ってよ」 「いつでもOKっすよ。王子様の白馬っすか?」 二人は不敵に笑いあう。 「おうよ。じゃ、ちょいと行って来るぜ!」 「気いつけてくださいよ!だいぶじゃじゃ馬っすから!!」 コンテナから運び出されてきたのは、サイドカー付のバイクだった。 4本のマフラーが長く伸び、それだけ見ると珍走団にも見える。 しかし、その根元のエンジンが尋常ではない。 「どうだ、ちょっとしたもんだろう。プロテクトギア付けたヤツが二人乗ってもかなりのスピードが出せるようになってる」 エグソーストノートが低く響き渡る。 「乗りな、お嬢ちゃん」 老人が、メイジにメットを投げ渡す。 「はい。よろしくお願いします」 「しっかり捕まってな、飛ばすぞ!!」 爆音を響かせバイクが走り出した。 「・・・及び、大量破壊兵器所持の容疑で逮捕する!!」 数十に及ぶ容疑をようやく読み終わる。 「あ、それから!貴様には黙秘する権利がある!弁護士を呼ぶ権利もある!出来れば認めたくはないが!!」 ゲオルギは態度を変えない。 「フン。やれ」 合図と同時に周りに立っている戦闘員がいっせいに飛び掛る。 「イー!!」 雑魚っぽい風体とは裏腹に、高い運動能力で重厚なプロテクトギアを装着した隊員を翻弄する。 その中の一人が隊員の群れを抜け敏明に肉薄する。 (例のシルエットが違うヤツ!) 他の戦闘員がほっそりした少年のような体格なのに対して、明らかに違うボディライン。 遠くでは黒いスーツに紛れ、分からなかったが、それは女性のものだった。 「シッ!」 鋭く突き出された何かをとっさによける。 その先端が青くスパークする。 「げっ、スタンロッド!?」 相手はそれを引きながら、さらに反対側を打ち込んでくる。 今度は避けきれずにガード。 バチッ! 「ぐぁっ!」 一瞬、目の前が真っ白になる。よろけたところにもう一発。 どうにか止めるが、またもスタンロッドのスパークを受け、意識が遠のいた。 「シッ!」 ハイキック。 (腕が上げられない!!) しかし、それは敏明の顔面には当たらず、割り込んだ何かに防がれる。 「先輩!しっかり!!」 今度はティファニーが猛攻を受ける。 敏明はかすむ目で相手の動きを観察する。 はじめに見たときによぎった嫌な予感は、最悪の形で的中していた。 腹から声を絞り出し叫ぶ。 「亜希姉!!」 かすかに、しかし確かに動きが鈍った。 (クソっ、マジに悪趣味だな!!) 艦橋の上のゲオルギを睨み付ける。 「ちょっと、知り合いだって、分かったら、っく、殴れないじゃない!」 気が緩んだのか、ティファニーは蹴りを受け止めきれずに吹っ飛ばされる。 「ティファ!・・・亜希姉!ホントにわかんないのかよ!?」 亜希は問答無用、とばかりに連撃を打ち込んでくる。 スタンロッドのバッテリーはすでに切れていたものの、緩慢になっていた敏明の動きでは防ぐのが精一杯で、蓄積したダメージは限界に達していた。 足元がすべり、転んだ敏明の上に亜希がマウントポジションとなる。 交差させたスタンロッドが首に食い込む。 亜希の手首を掴むが、力が入らない。 「亜希、ねぇ・・・」 意識が闇の底へ落ちる寸前、派手なエンジン音が聞こえてくる。 それに気を取られた亜希を蹴り飛ばし、敏明は死から逃れた。 メイジを乗せたバイクは何人か戦闘員を跳ね飛ばしてからようやく止まる。 「へいおまち!」 「ありがとうございました!!」 「お嬢ちゃん、達者でな!」 メイジを降ろすとバイクは速やかに戦列を離れた。 「ほう。ようやく来たか、人形」 メイジはそれを無視して敏明に駆け寄る。 「敏明さん、大丈夫?」 「あ、ああ。それより、残りの一人、アレは亜希姉だ。間違いない。昔よく部活に付き合わされたから分かる」 ちなみに亜希の高校時の部活は護身道である。 有段者な上に全国大会優勝経験も持っていて、敏明は勝ったことがなかった。 「分かりました。亜希さん、今、助けますから」 メイジは、亜希へと向き直る。 懐から銃を抜き放つ。 亜希に向け、それからゆっくりと手を離した。 そして、語りかける。 「亜希さん。分かる?メイジだよ」 亜希は、微動だにしない。 少しずつ、近付く。 「今じゃぼろぼろになっちゃったけど、この服を買ってもらったとき、すごく嬉しかった。前に居たところじゃ、こういう服は仕事のときしか着させてもらえなかったから」 さらに話し続ける。 「一緒にショッピングモールに行ったのもすごく楽しかった。もっと、いろんなところに行きたいな」 そうするうちに、二人の距離はなくなった。 仮面の上から、額に手を当てる。 「でもね、私は、亜希さんと一緒がいい。きっと、どこへ行ったって、亜希さんと一緒じゃないと楽しくないよ。だから」 仮面の顔に両手を添える。 「帰ってきて」 亜希の手から、ロッドが落ちる。 「どうした?貴様は私の人形ではないのか!?その人形を殺せ!それこそが貴様の存在意義だ!!殺せ!!!!」 沈黙。 「ぅぅるせええええええええ!!!!私達はぁっ!」 仮面に手をかける。 「あんたの!!」 過負荷がかかった止め金具が飛び散り、仮面が強引に引き剥がされる。 「人形なんかじゃない!!!!」 投げ捨てられた仮面が宙を舞う。 振り返り、ゲオルギを睨み付ける。 さすがのヤツも狼狽しているようだ。 「な、無理矢理洗脳を解いただと!?」 「あえて言うけど!これが愛の力よ!!」 自分で言っといてなんだけど寒。 まあ、こういうのは恥ずかしがったら負けだ、と思うことにする。 と、そこへ黒ずくめ・・・ぱっと見、今私が着ているスーツにそっくりな装備の二人が前に出る。 ただし、付けているのはマスクではなくフルフェイスヘルメットだけど。 「ここから先は私達の仕事だ」 「ふはははは!聞かれずとも名乗ってやろう。我等虐げられし者!!」 「我等その名を持たぬ者」 「我等命を棄てし者!!特務捜査官、ジョン&!」 「ジェーン!!」 さすがにポーズまではしないけど、前口上は特撮ヒーローを意識してそうなのは伝わった。 「ゆくぞゲオルギ!今日こそ、貴様の最後だ!!」 二人はダッシュすると、高く飛び上がった。 そして、一気に艦橋の上のゲオルギを追い詰める。 ・・・なかなかに非常識だ。 ゲオルギは懐から銃を抜き出すが、撃つ前に弾き飛ばされる。 「この動き、見たことがあるぞ・・・貴様等、セカンドロット・・・ジャニュアリーとフェブラリーか!!」 「その名は捨てたッ!!」 「今の私はジェーン・ドゥ!」 「俺はジョン・ドゥだ!!」 それを聞いて、メイジは目を細める。 「お兄ちゃん達・・・だったんだ」 「そっか。助けに来てくれたんだね」 彼女はただ、うなずいた。 艦橋の上ではなおも熾烈な戦いが続いている。 「貴様等、目的は復讐か!」 「違う!いや、それもあるにはあるが、今は愛しい我が兄弟達と、その大切な者を守るために闘っている!!」 「それに復讐ならば、今この場で貴様を殺している」 「フッ、貴様等にCQCを教えたのは他ならぬこの俺だぞ!?勝てると思っているのか!!」 ゲオルギが肩からナイフを抜き放つ。 「来い。ズタズタに引き裂いてやる」 対する二人は武器を持っていないように見える。 「あれから何年経ったと思っている?」 「我等とて、立ち止まっていたわけではない!!」 ジョンとジェーンが同時に動き出す。 ゲオルギは様子を伺っている。 まず、ジョンが仕掛ける。 ゲオルギはそれを余裕でかわすが、その延長線上にジェーンが蹴りを繰り出すことで、それ以上の動きを阻止する。 動きを止められたゲオルギにジョンがパンチを連打する。 ガードを固めて凌ぐが、完全に足を止められてしまっている。 たまらず、バックステップを踏もうとして止め、バランスを崩す。 進行方向に鋼線が見えたのだ。 後ろに気を取られたゲオルギの腹部にジョンの拳がめり込む。 ゲオルギがよろけるのに合わせて、ジェーンが回し蹴りを見舞う。 とっさに身を捻るが間に合わない。 倒れこむ先は鋼線が引かれている。 ぷつん。 「釣り糸・・・!!」 起き上がろうとするゲオルギの胸をジョンが踏みつける。 「ふっふっふ。大物が釣れた様だな。ゲオルギ・ゲオルギエフ、貴様を逮捕する」 ジェーンがゲオルギに手錠を嵌める。 すでに日は傾いていた。 「16時32分、被疑者確保」 「うへぇ、ようやく終わったか」 あちこちでため息が漏れる。 しかし私の怒りは今ひとつ冷めやらない。 「ええい、一発殴らせろ!!」 一歩踏み出して、視界がぐらりと傾く。 「え」 体に力が入らない。鉛のように重たい。 「亜希さん!!」 メイジが駆け寄り、抱き起こしてくれる。 とても心配そうな顔してる。 ごめんね。ありがとう、メイジ・・・ 私はそのまま眠りに落ちた。 あれから6日。 私は未だ全身の筋肉痛に悩まされながら、一週間の検査入院中である。 何でも洗脳に使われた薬物が抜け切るまで、安静にしていないといけないらしい。 見舞い客は、同じ病院に通院中の敏明が毎日来るほかは、ティファニーが時々事件の事情聴取と、現状報告(本当はいけないことらしいんだけど)に来るくらい。 ノートPCは仕事用でゲームは入ってないし、ネットしようにも回線がない。 会社に電話したら、ちょうどマスターアップしたのもあってたっぷり溜まった有給を消費するよう言われてしまった。 つまるところ、超・暇。 テレビにはスタジオだというのにサングラスをしたオールバックの壮年男性が「んなこたぁない」などと言っている。 今日のゲストは・・・ジャニーズね。興味なし。 はぁ、メイジ達はどうしているんだろう。 と、ドアがノックされる。 こんな時間に誰だろ。 「こんにちは、亜希さん」 流暢な日本語。 きれいなブロンドの長身の美女。 「なんだ、トシアキちゃんか」 ちなみに、フルネームは"ティファニー・シルベリウス・エイドリアン・キングスレー"。 頭文字TSAKでトシアキ。 「それはやめてくださいって。それより」 一瞬で真面目な顔に戻る。 「メイジちゃん達の帰国が正式に決まりました」 ついに来たか。 「いつ?」 「申し訳ありませんが、機密なんです。こればっかりは、ちょっと」 なんだか、こっちまで申し訳なくなる。 「ううん、それを知らせてくれただけでも、ありがたいよ。あ、お茶飲む?」 「いえ、お構いなく。こちらこそ、見舞いの品を持参しないですみません」 「初めのころに持ってきてくれたじゃない。それにたかだか一週間なんだからいっぱいあっても困っちゃう」 「あはは、そうですね。私も、もう本国に戻って報告書を書かないといけないので・・・また、会いましょう」 「うん、またね、トシアキちゃん」 ティファニーは苦笑する。 「だから・・・んー、なんだかそう呼ばれるのもいいかも。じゃあ、失礼しますね」 颯爽と去っていく。テレビを見ると、テレフォンショッキングは終わっていた。 日曜の夜。 ようやく我が家へ帰ってきた私は、何をするでもなく、だらぁっと過ごしていた。 ネトゲやって、テレビ見て、二次裏書き込んで、酒飲んで、寝て。 その間、メイジに話しかけようとして凹んだり、メイジのお気に入りだった場所を見ては凹んだり。 どうにも調子が上がらない。 ふと、開いていた二次裏イダースレに貼られている写真に目を止める。 「あー、明日あたりツーリング行こうかなぁ・・・」 愛車のG-striderもしばらく触ってすらいない。 メイジが来た時は残暑厳しい夏の終わりだったのに、今ではもうすっかり秋の空だ。 ・・・ブルガリアワインを飲んで、メイジを偲ぶ日々も今日でおしまい!! 明日からは、メイジと出会う前の私に戻る。 そう、メイジと居た日々が、非日常だったんだから。 色々あったなぁ。 ずびっ・・・おっと、いかんいかん。 このままだと一人絡み酒になりそうなのでビンに栓をしてセラーにしまう。 と、そこでインターホンが鳴る。 こんな時間に誰だろう? そういえば敏明がそっちに著名な熱帯雨林から荷物が届くとか言ってたっけ。 「はいはいはーい」 だらしない格好のまま出る。 「はーい」 ドアを開けると、金髪の女の子が立っていた。 え? とか思う間にその子は私の胸に飛び込んでくる。 酔いの回っていた私は、それでも、どうにか踏みとどまる。 「おっとっと」 「やっと、やっと・・・!」 女の子は抱きついたままぐりぐりと胸に顔をうずめてくる。 やっぱり、ちょっと臭う。 「おかえり。メイジ」 そのまま、抱きしめる。 「お風呂、入ろっか」 メイジは私の胸の中でうなずいた。 言いたいことはたくさんあるんだけど、言葉にならない感じ。 メイジもそうみたいで、お風呂場にはただ静かに、水音が響いている。 それでも湯船の中で、ぴったりと収まるメイジの体は、私に安心と満足を与えていた。 お風呂から上がり、パジャマに着替え、髪を乾かす間も終始無言。 一つ、気付いた事がある。 「もしかしてお腹空いてる?」 こくん。 「いつから食べてないの?朝から?」 こくん。 「一人でここまで帰ってきたんだ?」 こくん。 「そっか。偉かったね。じゃあ、ご飯食べようか」 こくん。 「ちょうどよかった。どうも、作りすぎちゃって困ってたんだ」 冷蔵庫の残り物をチン。 その間に手早く調理できるものをセレクト。 卵2つに牛乳、バター・・・プレーンオムレツ。 そしてそれらとほかほかご飯を食卓へ。 「はい、どうぞ。たーんとお食べ」 すると、メイジは小さく、頂きます、と呟き、箸を取ると食事を口に運ぶ。 最初はちょこちょこ、だったのが次第に一口の量が増え、がつがつと食べるようになる。 「ねえ、メイジ。ウチの子にならない?」 メイジの動きがぴた、と止まる。 小さな肩が、震える。 「・・・っく、うぐ、ふえぇぇん」 「泣きたいの、ずっと我慢してたんだ」 涙を拭い、抱きしめてあげる。 「これからはずっと、一緒だからね、メイジ」 食器を片付ける間も、メイジはずっと私に引っ付いて片時も離れようとはしなかった。 二人で歯を磨いた後、ベッドにもぐりこむ。 腕の中のメイジは、暖かな、小さな女の子だ。 今は、それでいい。 「ねえ、メイジ。明日はピクニックに行こうか。お弁当持ってさ、山でも、海でも、好きなとこ連れてってあげる」 「どこでも?」 「うん、どこでも」 メイジはうーん、と考える。 「じゃあ、遊園地がいいな。メリーゴーランドに乗ってみたい」 「そっか。じゃあ、明日は遊園地だね」 「うん!・・・ねえ、亜希さん」 「何?」 「おねえちゃん、って呼んでいい?」 たまらず抱きしめる。 「ああもうっ、この子は!ウチの子なんだから遠慮すること無いでしょ!」 メイジが腕の中で小さく笑う。 こんな小さな幸せをずっとずっと、二人で積み重ねていけたら、そう願わずにはいられなかった。 メイジおいしい牛乳~亜希さんといっしょ~第一部 完 ・・・おまけ。 その後ティファニーからの電話で、入管に圧力があってメイジとノブの帰国が見送られ、 ジューンとディセは、何の因果か彼女の元で暮らすことになったと聞かされた。 ジョン&ジェーンはICPOに所属し、北欧系テロ組織の壊滅に尽力しているとか。 ゲオルギはブルガリアではなくアメリカの法律で裁かれ、130年の刑期が決まったらしい。 メイジは知ってのとおり私と一緒に暮らしている。 ノブは敏明と一緒にいる。 相変わらずじっちゃんはフーテンやってるし、敏明の後輩達も変わらず元気だ。 世は並べて事もなし。今日も平和である。 あとがきめいたものをですね。 ・最終的にエロ無くね?  まあ、これはある意味狙ってやったことです。  亜希さんが単なるエロオヤジになりかねなかったので軌道修正をば。  このあとずっとえっちしなかったって意味じゃないけどな! ・G-striderって?  ちょこちょこ出てくる亜希さんの愛車のG-strider。  誰にも突っ込まれないけどコレ、コンセプトモデルで市販されてないのよね。  しかも排気量が916ccとかなりパワフル。  亜希さん大型2輪の免許持ってるんだね・・・ ・ジューンとディセ?  スレでも触れたけど、HDDが飛んで、再構成している間にスレで設定が固まったんでほとんど反映されてません。  ディスじゃなくてディセなのは女の子っぽい響きかなーと思ってやった。反省は全くしていない。  結構この二人の関係も好きです。引き取ったティファニーさんは大変そうですが。  ちょっとサドロリ氏のとしあき×メイジに似てるけどな!! ・ICPOってなんなのさ?  ぐぐれ!  というか、あれです。銭型のとっつぁんが居る所。  とはいえ、銭型のとっつぁんの所にしろこの話で出てきた所にしろ、実際のICPOとは全く違います。  国際捜査官は居ることは居るのですが、逮捕権は地元の警察にあったりして、意外と権力は強くないです。  捜査官の規模ももっと小さいらしいですよん。 ・長いね?  それが持ち味なんだと思うよ?  まあ、SSの範疇を逸脱しかけてるとは思うけどね。 ・今後どうなるのよ?  さあてね?  組織が無くなった訳じゃないし、残りの兄弟があと半分(!)残ってるわけで。  ゲオルギの言ってた事もそれとなく気になるんじゃね?  って事でいくらでも続けられるかも? ・最後まで読んだよ?  ありがとう!本当にありがとう!!  長いし、読みづらいし、大変だったでしょう。  お疲れ様でした。 では、またスレで会いましょうって事でよろしく?