メイジおいしい牛乳~conclusion partA~ ゴスロリの金髪美少女二人組が私にかしずく。 かたやワインレッドの瞳。 かたやアイスブルーの瞳。 おお!地上の楽園がここに!! じゅるり・・・コレはたまらんのう。 しかし二人は、すっと、私から離れていく。 悲しげな表情。言葉は聞こえないけど、口元の動きはさよなら、に見えた。 「!!」 思わず跳ね起き、辺りを見回す。 豪華なホテルの一室。 昨夜、拉致されココへ連れ込まれた。 ふと、横を見ると金髪碧眼の美少女二人、もとい美少女と美少年が安らかな寝息を立てている。 いつもとまるで違う状況なのに、少しだけ安堵を覚える。 安心したせいかな、腹の虫がかすかに自己主張を始めたからルームサービスを頼もうか。 二人の分も、必要よね。 「あ、この格好じゃ出られないか」 フロントに電話をして、ルームサービスを頼む。 30分ほどしたら届けてもらうことにして、その間にシャワーでも浴びて身支度を整えるかな。 とりあえず糊をぶちまけた様なベッドから出て、バスルームへ。 姿見を見ていると、口元から思わず苦笑が漏れた。 「・・・私、何もされてないんだよなー」 ジューンとディセの体液まみれのこの姿を見たら、誰も信じないかもしれないけどね。 後輩二人をどうにか説得して出勤させた敏明達は、とある雑居ビルに居た。 「後輩さん達、何で帰しちゃったんですか?」 「いざとなったらあいつ等に後始末を任せる。保険、だな」 キョロキョロとあたりを見回すメイジ。 「レソ、タノ、レビデオ?」 看板が読めないらしい。 「レンタルビデオな。もっとも、用があるのはそっちじゃない」 そういうと、敏明は洋画コーナーを突っ切り、奥のAVコーナーを目指す。 そして、古びたパッケージを掴んでカウンターに突き出す。 「666日レンタル頼む」 するとカウンターに座って新聞を読んでいた、パンチパーマのゴツい男が顔を上げ言う。 「あら、とっしー。久しぶりじゃない」 「とっしー言うな」 このレンタルビデオ店、名を「暴君ネロ」という。 古今東西多種多様なホラーとAVが並ぶ、知る人ぞ知る店だ。 そして、裏の業界でもほんの一握りしか知る者が居ない、この店のもう一つの顔。 それは、金次第でアサルトライフルや対戦車ライフル、果ては戦闘機までも手に入る、究極の武器屋「ショップ666」なのだった。 「それで?今度はどんなのが欲しいの?ちょうど最近いろいろ仕入れたばかりでね。いいのあるよ?」 「いや、実はな。手持ちが無いんだが」 パンチの男はくねくねと身を捩じらせながら言う。 「とっしーだったらツケでいいのよぅ?なんならローン組んでも」 敏明はうんざり顔で制止すると、メイジに目配せする。 ここに来る前に、亜希のマンションへメイジの荷物を取りに行ったのだが、敏明はその中身を知るなり、非常識さにめまいがした程である。 しかし、その非常識が役に立とうというのだから、今の状況はまさに尋常ではない。 メイジがトランクの中から取り出したのは、いわゆる麻薬。 それも高純度のコカインが5kg。末端価格にしてざっと6千万ほどである。 今度はパンチ男がふらつく番だった。 「ちょっと、それ、やばくなぁい?」 コカインを受け取ると、うわ、コレどうやって捌こうかしら、などと鮭が送られてきた主婦みたいなことを言いながら奥へと引っ込んだ。 しばらくして。 「グゥレイトよ!とっしー!!この店の好きなものもってって頂戴!!」 先ほどよりもくねくねが激しく、ところどころ声が裏返っている。一発キメたらしい。 「だそうだ。メイジ、ノブ、ラリッてる内に適当に持ってけ」 少し迷った末に、メイジはトランクの中にあるガバメントのカスタムタイプと大振りのナイフを選択。 ノブはワルサー・WA2000を選んだ。SVDドラグノフに後ろ髪引かれているようだが。 「さて、行くか。釣りは後でまた貰いに来る」 メイジ達の武器・弾薬に加え、銀色のコルト・パイソンとマグナム弾を二ケースをバッグに詰め込み、敏明達は店を後にした。 私がシャワーから出ると、ジューンとディセはすでに起きていた。 何故か、打ちひしがれた雰囲気が漂っている。 「・・・どしたの?」 むっとした顔で振り返ったジューンは顔を真っ赤にしてすぐに目を逸らしこう呟いた。 「まさか、あんなにあっさりイカされてしまうなんて・・・あなた何者なの?」 うーん、何者って言われても、なぁ? 「しいて言えばOL?」 「そんなことを訊いてるんではなくて!まあ、いいわ。ディセ、シャワーを浴びましょう」 まあいいんだ? さて、二人がシャワーを浴びている間にルームサービスが来たので受け取る。 中身は典型的なモーニングセット。 ボーイさんを見て思い出したけど、部屋を清掃する人も居るんだよね。 ベッド大変そうだなぁ・・・ バスルームから出てきたジューンは、並べられた朝食を見て、頭を抱える。 「あなた・・・本当によく分からない人だわ」 まあ、普通、人質がルームサービス頼んだりしないしね。 と、そこへ電話が鳴る。 ジューンがあわてて受話器を取ると、かすかに男の声が聞こえる。 彼女はそれにブルガリア語で答える。 さすがにブルガリア語は私でも分からない。 二言三言話すとジューンは受話器を置いた。 「誰?」 私がごく自然に訊くと、ジューンもさも当然のように答える。 「お目付け役、ってヤツね。釘刺してきたわ・・・って何言わせるのよ!」 今流行のツンデレらしい。ノリツッコミとも言えるけど。 「まあでも、ヤツの言いなりになる気もさらさら無いわ。私は、私のやり方で決着をつける。誰にも邪魔はさせない。あなたにも、ね」 その固い決意は私に今朝の夢を思い出させ、少し、悲しくなった。 「じゃあ、当初の予定通り二手に分かれよう。お前達は倉庫、俺は退路の確保」 「はい。敏明さん、お気をつけて」 「いやいや、お前達こそ死ぬんじゃないぞ。死んだら許さないからな?」 そう言って、敏明は二人の頭をクシャクシャと撫でた。 出来れば二人の代わりに自分が行きたかったが、相手が彼等を指名している以上、自分は足手まといになる可能性が高い。 ならば、二人を信じるほか無いのだ。 「そんな顔、しないで下さい。敏明さん、昨日、言いましたよね。ホントの初めては好きな人に取っとけって」 「ああ」 敏明は掠れた声で返事をする。 ノブが、目を閉じて顔をかすかに上げる。 「だから、キス、下さい」 「俺ぁロリコンじゃねぇんだがなぁ・・・あー、もう!」 触れた唇が思うよりずっと柔らかかったからか、敏明は不覚にもどぎまぎしてしまった。 「帰ったら、続きもしてくださいね」 「10年位たったらな。ほら、メイジが待ってるぞ」 メイジはそっぽ向いて口笛を吹くマネをしている。 「じゃあ、行ってきます」 「おう、俺も行って来るぜ」 あえて、さよならは言わない。 また、会えるのだから。 はい、というわけでこちら倉庫です。 約束の時間まで10分弱といった所でしょうか。 ジューンもディセも心なしかそわそわしているようです。 「・・・縛られてないのが不思議でならないのですが?」 落ち着き無くうろうろしていたジューンが足を止めこちらを向いて口を開く。 「アイツからは始末しろって言われてるけど、気に入ったから殺さないことにしたわ。今のあなたはお客様、ということで理解して?」 なんだか複雑な心境です。 と、正面の扉が重々しく開いた。 メイジだ。 「やっと来たわね、メイ。待ちかねたわ」 まあ、まだ約束の時間より早いんだけどね。 「約束だよ。亜希さんを放して」 すると、ジューンは、すっと、私の前から退き、メイジによく見えるようにした。 「約束どおり、彼女は無事よ。それに、すでに自由にしてもらってるわ」 とりあえず、小さく手を振る。 メイジは、安堵の表情を見せる。 「で、答えを聞かせてもらおうかしら」 ぐっと、メイジの表情が引き締まる。 「やっぱり、一緒には行けない」 ジューンはやっぱりねー、とつぶやく。 「あ、ちなみに言うと、彼女は連れて行くわよ」 「って、約束と違うじゃない!」 ジューンは不敵に笑うと、こう言い放った。 「私は、欲張りなのよ。気に入ったものは、全部手元に欲しいの!」 メイジの表情が緩む。 「あは、交渉は決裂だね」 「そうね。じゃあ、こうしましょう。お互いパートナーの支援はなし。ナイフ一本で決闘よ」 「うん」 メイジはうなずき、懐からナイフを取り出す。 ジューンはディセを呼び、ナイフを持ってこさせた。 両者が構えたとき、空気が変わった。 「ふふふ、CQC教練を思い出すわね」 「あんまり思い出して楽しいモンでもないけどね」 さらに、二言三言ブルガリア語で談笑する二人。でも、その先に待つのは殺し合い、だ。 私に口を挟む余地は無い。見守るだけ。 そう、見守ることしか出来ない。私は無力だ。 大きな貨物船が停泊している。 "組織"の船である。 「いやー。近付くの無理じゃね?なんか乗り物ないと、即座に蜂の巣だぜ」 一番近くのコンテナの陰からのぞくが乗降口をはじめ、見張りが多数立っており、とても進入出来るようには思えない。 「車かなんか確保するにしてもなぁ・・・」 目に見える範囲に車はおろかバイクもフォークリフトも無い。 「フォークリフトが無いのはおかしいだろ」 不安に駆られてつい、独りごちる。 と、後頭部に固いものが押し当てられる。 「動くな。そのまま両手を上げろ」 敏明は素直に言うとおりにする。 「不審者確保。どうします?」 組織の人間ではなさそうだ。もしそうなら問答無用で消されている。 「アイ、マム。おい、立て。ついて来い」 (マム。海兵隊か?) 銃を突きつけられたまま、迷路のように置かれたコンテナの道を歩く。 角を曲がるたびに見張りの人数が増えてくる。 やがて、開けた場所に出る。 そこには野営が築かれていた。 打撃音とナイフが空を切る音が断続的に鳴り響く倉庫。 お互い服はあちこち裂け、軽い裂傷を負っているが、致命傷は無い。 「はぁっ、やっぱり、はっ、ここまで、闘えるのは、はぁっ、あなただけね、メイ」 メイジは、答えない。 「どうしても、ダメ?」 「ダメ。問答無用」 息を切らし、傷を負い、それでも笑いあう二人。 憎しみはなく、ただ、道を違えただけ。 再び、空気が変わる。 「行くわよ、メイ。全力で来なさい」 「うん」 二人は同時に踏み込み、まず蹴りを放つ。 それを皮切りに、全く同じ動作で次々と技を繰り出し、同じ動作で避け、受ける。 まるで、儀式のようだった。 戦舞。 二人の目の前でナイフが打ち合わされ、舞は終わる。 ジューンは再び不敵に笑い、日本語で言い放った。 「いいわ。残念だけど、今回はあきらめてあげる。せいぜい―」 言い終わらないうちに、私の右後方で破裂音がする。 ぐらり、と崩れ落ちるジューン。 メイジも咄嗟に身をひねるが、バランスを崩し倒れた。 銃。 音のしたほうを振り返ると、そこには男が立っていた。 金髪の角刈り、がっしりとした体躯は軍人を思わせる。 その手に握られたハンドガンの銃口からは硝煙が立ち昇っている。 「あああああああああああああああ」 獣のような咆哮。 それは私の口から発せられたものだった。 椅子から立ち上がり、殴りかかる。 銃はもう、見えていなかった。 私は、力任せにラッシュを叩き込む。 「ああああああ!ああああ!うあああああああああああ!!」 男は、平然とされるがままになっている。 目がにじんで見えなくなってきた。 かわされたのか外したのか、拳が大きく宙を切り、バランスを崩してしまう。 立て直す間もなく、腹に衝撃が来る。 息が出来ない。 やがて、目の前が暗くなり、何も感じなくなった。 「ふん。人形風情がままごととはな」 男は亜希を抱えたまま、倒れ伏すメイジとジューンを見ながら嘲る。 「亜希さんを放せ」 ノブがメイジのガバメントを構えている。 ディセはノブの後ろに隠れるようにしていた。 「撃てるのなら撃て」 ノブは歯噛みした。 男にその気があろうと無かろうと、亜希の体が盾になっている。 「兵器に感情など、不要」 ノブ達に背を向けたままつぶやく。 やがて倉庫の外へ出ると、懐に銃をしまいスイッチのようなものを取り出す。 「さよならだ。人形共!」 軽快なクリック音ともに爆発が起こる。 倉庫内は瞬く間に炎に包まれた。