メイジおいしい牛乳~Hard day's night 後編~ うぁ・・・頭がズキズキする。 体を動かそうとして、後ろに回した手元で何かが、がちん、と鳴った。 手錠? 「あら、亜希さん、だったかしら?ようやくお目覚めね。気分はどう?」 目の前で黒いひらひらがしゃべる。ぼやけて見えない。 「最悪。頭ズキズキするし、手首と肩も痛い」 ようやく焦点が合い始める。 黒いひらひら、ゴスロリ服の上には頭が乗っかっていて、何の冗談かメイジにそっくりだった。 ただ、勝気な表情を浮かべるその少女は、ひどく冷たいアイスブルーの瞳で私を冷ややかに見つめる。 「ディセ、手錠を外しておやりなさい。それから、飲み物をお持ちして」 メイジ似の少女が声をかけた先にはもう一人少女が居た。 こちらはノブにそっくりだ。 「かしこまりました、ジューン姉さま」 静々と歩み寄ると、私の後ろにしゃがみこみ、手錠を外す。 淀みない挙動で、横にあるスツールに手錠を置くと、そばにあったティーポットからカップにお茶を注いだ。 「どうぞ。お口に合いますかどうか・・・」 出された紅茶を口に運ぶ。 芳醇な香りが鼻をくすぐる。 毒は入ってない、かな?ここに来るまでに殺す機会は幾らでもあったはずだから。 ここに来るまで。私の身に、何が起こったのか思い出してみる、か。 まずは朝。 私が出社すると、部屋の中は死体の山。 まあ、マスターアップ前の修羅場ってヤツだ。 で、差し入れを買ってきて、復活したゾンビの群れがメイジに殺到。 メイジはみんなからいろんな服をとっかえひっかえ着せ替えられ、遊ばれてた。 何故体操着にブルマーなんて会社にあるんだろ? そして昼。 すっかり打ち解けた皆で昼食をとり、午後こそ仕事。 デバッグの手伝いをして、定時で退社。 待ち合わせまで二人でぶらぶら。 弟たちと公園で合流後、結構珍しいブルガリア料理の店で楽しく晩餐。 で、次の場所へ移動途中、さっきの公園で怪しい風体の―わかりやすく言えば戦闘員―に取り囲まれる。 乱戦の最中、誰かに後頭部を殴られ・・・今に至る。 「落ち着きましたか、亜希さん?」 「そうね。多少は気分がよくなったわ」 あ~あ。手首に跡が残ってる。しばらく消えなさそうだ。 「で、私はこの後どうなるの?」 「そうですね・・・すぐには殺しません。メイと、ノーヴェンバーを連れ戻す交渉材料になってもらいますから」 「ふうん、そう」 なるほどね。 メイジは時々、全く隙が無い時がある、妙にいろいろ知っていたりもする。 体力もあの年齢の女の子にしてはずいぶんあるし。 薄々気づいてたけど、やっぱり前に居たところっていうのは、そういうところなんだろう。 「さて、あの子たちには明日の正午まで、と猶予を与えておきましたし、お楽しみの時間と参りましょうか」 ジューンって子がスカートの前をつまんで持ち上げると、白いショーツが見えた。 その中央付近が・・・やっぱり生えてるのかぁ・・・ 「ふふふ、あの子のお気に入り、味見させてもらいますね」 ああ、やっぱりそうなるのね・・・じゅるり。 おおっと、イカンイカン。 「クソっ、どうして!どうして亜希さんが!!用があるのはボクらのはずなのに!!」 ノブは苛立ち紛れに壁を叩いた。 もう一度振り上げた手を、敏明が止める。 「コラ、女の子がそんな口きいちゃダメだぞ」 メイジが驚いた顔でノブを見る。 「はい、ごめんなさい、敏明さん」 素直に謝ると、ノブはメイジにうなずきを返す。メイジはそっか、とつぶやいた。 重い空気を変えるように、膝を叩き、勢いよく立ち上がりながら、敏明は言う。 「分かればよろしい。さて、これからどうするべきかな、みんな」 亜希をさらわれながらも、命からがら逃げ延びた彼ら― メイジ、ノブ、敏明、乱戦中に合流した警察官と自衛官ら ―は逃げ込んだ双葉探偵事務所で一旦、体勢を整えることにした。 「・・・人質をとるのは交渉する時に優位に立つためだ。だからすぐには殺さないだろうな」 自衛官が冷たく言い放つ。 「しっかし、俺たちの手に負えるのか、これ?」 弱腰なのは警察官である。 「ところで・・・誰なんです、あなたたち」 怪訝そうな顔で、ノブが問う。 メイジとノブは、いつの間にかいた彼らを知らない。 二人は顔を見合わせ、ぽん、と手を打った。 「自己紹介がまだだったな」 「なるほど。敏明さんの後輩でしたか。これは失礼しました」 深々と頭を下げるノブ。 「いや、いいんだ。それより先輩。どうします?マジで俺らじゃどうしようもないですよ」 なにせ相手は武装集団だ。なぜかゴム弾を使っていたが、実弾だったら確実に全員死んでいただろう。 そしてこちらは、現役の警察官と自衛官が居るとはいえ、丸腰である。 戦力差はいかんともしがたい。 「でも、SATやらなんやらはそう簡単には動かせないですね。この子らもワケアリっぽいですし」 敏明は重々しくうなずく。 「そうだな。SATが出ればその場は片付くかも知れんが、後が大変そうだ」 うーむ、と考え込む一同。 戦闘員にゴスロリ怪人(?)。ふと思い浮かんだ言葉を警察官は口にした。 「正義のヒーローでもいればいいんだけどなぁ」 と、メイジとノブが顔を見合わせる。 「ノブ。どうかな?」 「わからない。けど」 しばらく何事か相談すると、二人は事務所のパソコンを借りてどこかにメールを送る。 「なんか、いい手があるのか?」 と、敏明が問う。 「助けてくれそうな人物にメールを送っておきました。確証はありませんが、もしも来てくれれば大きな戦力になります」 「そうか。って、やっぱりあいつ等のところに帰る気は、無いんだな?」 それに、メイジがうなずきながら答える。 「はい。これはわがままかもしれない。でも、亜希さんと、ずっと一緒にいたいんです」 「・・・そっか。ノブは?」 「ボクは・・・ボクも、敏明さんの、側が、いい」 真っ赤になってもじもじする様が大変可愛らしい。 と、敏明の背後からどす黒いオーラが迫る。 「せせせ先輩それは犯罪ですよ今すぐ逮捕しますそしてノブたんは俺の許へ」 警察官が迫るのを、自衛官が首を極めながら言う。 「このロリコン共め」 「うっぐおぉ苦じっマジ極まっ、ぐ」 タップ。離れる。 拍手一つ、敏明はその場を締める。 「ははは、場の空気が和んで何よりだね。武器の類は明日の午前中に仕入れるとして、今日はもう寝ようか」 ふう、と一息。 「俺ソファー、メイジとノブはベッドで野郎二人は床で雑魚寝だ。問答無用。ハイ、寝る」 「外道~~~~~~~!!」 ひとしきり笑った後、それぞれの場所で眠りにつく。 不安を抱いて、眠れぬ夜。 ふと、喉が渇いて目を覚ました敏明は、ノブたちの様子が気になってベッドルームを覗いた。 薄闇の中、子供二人が寝るには広すぎるベッドの上で、抱き合い眠る二人の姿が見える。 それは暗殺者などではなく、か弱い、小さな子供の姿だった。 敏明は、はだけたタオルケットを掛けなおしてやると、そっとつぶやく。 「安心しろ。俺が、必ず守ってやるから、な」 その言葉が夢に届いたのか、二人の寝顔は心なしか先ほどより、安らいで見えたのだった。