メイジおいしい牛乳~Another way to there 後編~ 「ノーヴェンバー。僕は、組織11番目の暗殺者ノーヴェンバーです」 敏明はなるほどな、と思った。 身のこなしに隙がなかったし、物腰も妙に落ち着いている。 「暗殺者、か」 「はい」 重苦しい沈黙が部屋を支配する。 グラスの氷が、涼やかな音を立てる。 突然、敏明は手を叩いた。 少年はビクッと、肩を震わす。 「ま、俺には暗殺者も組織も関係ない。正直、厄介事に巻き込まれたくも無い」 だが、と続ける。 「困っている人を放って置けるような人間でもないんだ。参ったな」 ははは、と頭を掻きつつ苦笑いする敏明。 「話して、もらえるね?」 うなずく、ノーヴェンバー。 「あ、その前に。そうだな・・・ノブって呼ばせてもらっていいか?ノーヴェンバーは呼びにくい」 「はい。それじゃ、話しますね」 ノブはまず、自分の生い立ちから話し始めた。 物心付いたときにはすでに組織にいて、さまざまな訓練を受けさせられ、暗殺者として養成された。 「それから先は、地獄でした。思い出したくも無い」 でも、と付け加える。 「そんな日々にも救いはあった。一緒に育った、11人の兄弟が居たんです。彼らだけが支えだった」 しかし、組織崩壊のどさくさに紛れ12人の兄弟姉妹は散り散りになってしまった。 逃亡を続ける中、追跡者から聞き出した情報によると、この横浜に自分を一番に可愛がってくれた、5番目の姉がいるらしい。 そこまで一気に話したノブは、二杯目のカルピスでカラカラの喉を潤す。 「姉さんを探してここまでたった一人で来たのか」 「はい。きっと、姉さんも同じように危険な目にあっているはずなんです」 敏明は大きくうなずく。 「うん、それじゃ早く見つけてやら無いと、な」 ノブは首肯しながらも何故、先ほど会ったばかりの男にここまで話しているのだろうと考えていた。 彼の人柄がそうさせるのだろうか。 もっといい所で営業すれば、今よりずっと儲かりそうに思えた。 「さて、どっから探すかな。入管がセオリーか」 ノブの口から思わず声が漏れた。 「え」 「何不思議そうな顔してんだ?当然だろ。考えても見ろ」 ぐっと親指を立てて少年の方へ突き出す。 「俺は探偵だぜ?人探しは大得意だ」 それに、と続ける。 「乗りかかった船だしな。お前が姉さんと会えるまで面倒見てやるよ」 この人なら、信頼してもいいかもしれない。 「お願い、します・・・敏明さん、助けて」 敏明はただ、黙って抱きしめた。 まず、敏明は方々へ電話を掛けた。 もっとも、手がかりは容姿とコードネームだけなので、ほとんどどうしようもない。 「偽名でも分かればなぁ・・・」 手に入れた情報を整理しなおしていたノブはふと、思い出した。 「そういえば、ブルガリアに戻ったときに聞いたんですが、姉はどうやらある老人に引き取られたみたいなんです」 それで?と促され、続ける。 「僕もその老人の足取りを追おうとしたんですが、痕跡がほとんど残っていなくて、すぐに見失ってしまったんです」 「ふむ、その爺さん、相当の手練だな」 「そうですね。刺客の人も言ってましたけど、あそこまで綺麗に痕跡を消せるなんて、只者じゃない」 ブルガリア、金髪美少女、手練の老人・・・ 敏明の中で、少しずつそれぞれのピースがかみ合い始める。 「なあ、ノブ。お前の姉さん、なんて呼ばれてたんだ?」 「メイ、です」 敏明は頭の中でかちり、と音がした気がした。 さっき置いたばかりの受話器を取ると、短縮キーを押した。 「あ、亜希姉?俺俺、敏明だよ。あああ、切るな振り込め詐欺じゃない」 何事か弁解した後、本題に入る。 「なあ、そこにさ、女の子、居るだろ」 私は動揺して携帯を取り落としそうになる。 何しろ空いた手でメイジのおちんちんを弄んでいるのである。 「ななななんのことかしらあはは」 くっ、これじゃバレバレだ。 しかし、敏明は意に介さずに続ける。 なんでも、ブルガリアからメイジに会いに来た弟が居るらしい。 「メイジ、弟居たんだ?」 「あふ、はぁ、い。あの、電、話中くらい、弄るの、あっ」 抗議は無視して敏明と話を続ける。 色々事情があるのでなるべく早く会いたいらしい。 ちょうど課長からメイジ同伴で出社する許可が下りていたので、早速明日会わせることにした。 珍しく神妙な声で明日は気をつけろ、なんていうので思わず笑ってしまった。 「ホント、アンタ心配性よね。ああ、分かった分かったちゃんと気をつけるから。ね?ん、それじゃ明日」 ぴ、と通話を終了する。 「あ、亜希さぁん、もっと、強くして欲しいぃ・・・」 ちょっとだけ乱暴に擦り上げる。 「あ、あ、出る、でるっ、あ」 メイジが私の手の中で果てる。 携帯をぞんざいに置き、迸りを手で受ける。 「もう、こんなに出して。いけない子ね」 手のひらとおちんちんのべたべたを舐め取り、尿道の残りを吸いだす。 断続的にもれるメイジの喘ぎ声が可愛い。 「メイジ、どうして弟くんが居るって、話してくれなかったの?」 私は彼女のパンツを上げながら問う。 「死んだと、思ってた。ジジが拾ってくれなかったら私だってきっと、死んでました」 この小さな女の子は、それ程過酷な世界を切り抜けてきたのだ。 死んでしまっても仕方が無い世界。 不意に涙がこみ上げてきて、私はメイジを抱きしめた。 「さて、これでいい」 受話器を置いた敏明は、そばのメモ帳を引き寄せ何事か書き込む。 『おそらく、盗聴されている。敵はどう出るかな?』 それをノブに投げてよこし、 「さて、晩御飯どうする?」 と明るく問う。 「そうですねぇ、店屋物でも取りますか?」 『たぶん、そろったところでくる。セオリーにははんしているが』 会話は出来るし漢字も読めはするが、書くのは難しいらしい。 「いや、やっぱどっか出かけたいな」 『根拠は?』 「そうですか?そうしてもかまいませんが、僕はこの辺を良く知らないのでお任せします」 『みせしめ。ほかのいきているきょうだいへの』 「OK、上手いもん食わせてやる」 『なるほど。しかし一応コネ使って護衛を付ける』 「楽しみです」 『ようじんにこしたことはないがバレればよけいにきけん』 「行くぞ、ノブ」 『その道のプロだ任せられる』 「はい、敏明さん」 『ではおねがいします』 部屋を出て、しばらく歩いたところで、懐から携帯を取り出すと、敏明は後輩を呼び出した。 敏明がノブを連れ立ってやってきたのは、屋台のラーメン屋だった。 ここならば盗聴されにくい。 やがて、後輩の男がくる。 「先輩、なんなんです、突然」 「悪いな、こんな遅くに。ま、座れ」 後輩は長いすに座ると、店主のオヤジにとりあえずビール、といった。 「ああ、あんまりたくさん飲むなよ?」 「はあ。で、その子は?」 金髪碧眼のノブを見て、言う。 「ああ、親戚の子供だ。それより、何も言わずに聞いてくれないか」 ため息をつき、頭を掻く後輩。 「先輩がそういう時って、たいてい厄介な役回りなんですよね・・・で、どうして欲しいんです?」 「明日一日、亜希姉を守って欲しい」 「はぁ、分かりましたよ。ただ、言えるときが来たらちゃんと説明してください。あともう一つ」 ぐっと、人差し指を立ててみせる。 「今度出る"とりっぷ☆めいじちゃん"フィギュア付き初回限定ボックス、あれで手を打ちましょう」 彼もまた、まごうことなくとしあきなのだった。 二人は事務所に戻り、寝ることにした。 敏明はソファーで、ノブはベッドで。 ふと、目が覚めると狭苦しいソファーにノブがもぐりこんでいた。 「そういや、誰かと一緒に寝るなんて何年ぶりだろうな」 そっと、つぶやいた。