メイジおいしい牛乳~スーパー編~ 土曜日の昼下がり、二人でそうめんを啜りながらテレビを見ている。 あまり大きくは無い画面の中で、ユニフォームを着た男子生徒が寄り集まって抱き合っている。 「としあきさん、この、そうめん?でしたっけ、あっさりしてておいしいんですが」 遠慮がちに、メイジが切り出す。 「ん、まあ、さすがに飽きるわな」 ここ数日、実家から送ってきたそうめんと冷麦を交互に食べていた。 去年まではひいひい言いながらもコレで済ませてきたが、同居人が居る今年はそうもいかない。 「メイジ、出かける支度しな」 途端、彼女の目が輝く。 「え、どこか連れて行ってくれるんですか?」 メイジがとしあきの許へ転がり込んできて数日経つ。 しかしその間、どこへ行くともなくただひたすら、お互いがしたいときにしたいようにしていた。 彼女は、この箱庭のような閉塞感を気に入ってはいたが、微妙な変化も欲しかったのだろう。 「ま、ちょっと近所にな。いつまでも着のみ着のままって訳にはいかないだろ」 「そうですね。でも私はこの辺りの地理を知りませんし、少し楽しみです」 そんなわけで、二人は近場のショッピングモールへやってきた。 週末という事もあって混雑はしているが、開放感のある設計が息苦しさを無くしていた。 「メイジ、手、離すなよ」 「はい」 ショッピングモールは実に便利である。 一度くれば必要なものは大体手に入る。 出不精のとしあきにはもってこいの場所なのだ。 しかし、彼は非常に単純なことを見落としていた。 たとえば子供服売り場。 色々とコーディネイトしていると、店員に妙な目で見られる。 たとえば下着売り場。 ただでさえ男にとって居心地の悪いスペースだというのに、さらに針のむしろである。 「はぁ・・・疲れた」 「そうですね、あちこち歩き回りましたから。それにしてもとしあきさんは疲れすぎです」 運動不足です、などとお姉さんぶっていたが、ふと、何かに気づいたらしい。 「もしかして、何か、悩んでるんですか?」 少し、不安そうである。 「いや、たいしたことじゃ、ないんだ。ただ」 少し周囲を気にするとしあき。 「俺たちは、周りからどう見えるんだろうか、ってな」 子供服売り場然り、下着売り場然り。 どう見ても誘拐犯です本当にあr(ry である。 「としあきさんは、私と来たことを後悔してるんですか?」 「いや、それを差し引いても楽しいから、いいんだ」 彼女は少し、安心した様子で、 「じゃあ、いいじゃないですか。それよりまだお買い物、残ってますよね」 と切り出す。 「ああ、食料品な。とりあえず今晩、何食べたい?」 メイジは、んー、と口元に指を当て少し考えていたがやがて、口を開く。 「あっさりしたものが続いているので少しこってりしたものが食べたいです」 けど、と付け加える。 「私は基本的にブルガリアのお料理しか知りませんから、いつものようにとしあきさんにお任せです」 「了ー解。でもいつかブルガリアの料理食わせてくれよ」 「そうですね、そのときは腕によりをかけて作りますから、期待していてください」 ――さて、食料品売り場である。 メイジは日本のスーパーの陳列方法が珍しいらしく、あれこれ訊いては、 へぇーだのほうほうだの言いながら、興味深げに眺めている。 そうこうするうちにお菓子売り場にたどり着くと、彼女はさらに目を輝かせて、 あれこれ手にとって眺めては、少しだけ、名残惜しそうに棚に戻すのを繰り返していた。 出会ってからの爛れた生活で忘れかけていたが、目の前ではしゃいでいるのは紛れも無く、 十歳の女の子だ。 「メイジ、なんなら一個買ってやるよ」 えっ、と思わず聞き返す。 その顔は嬉しそうだ。しかしすぐに、 「でも、あまりお金無いんですから・・・としあきさんの負担にはなりたくない」 自分はこんな、女の子にまで気を使わせている。 としあきは、そんな自分が情けないと思う。 しかし、そんな思いは顔に出さずに格好付けるのだった。 「いいって、気にするな。負担に思うなら手元に置いておかない。俺はそういう人間だ」 小声でたぶん、と付け加えたが。 「としあきさん・・・じゃあ、コレを」 メイジは小さな、ヨーグルト風の駄菓子、いわゆるヨーグルを差し出している。 「ははは、やっぱりヨーグルトなのか」 「はい、好きですから。ヨーグルト」 彼女のはにかんだ笑みに、としあきも知らず微笑む。 「ようし、それじゃ大人買いだ」 「え、いいんですか!?」 「あはは、たいした値段じゃないから安心しな」 お菓子を買ってもらって喜ぶメイジは、年相応に見えた。 食料品を買い終え、いっぱいの荷物を抱えて帰路に付くころにはすっかり日は落ち、 夕闇が迫っていた。 「としあきさん、今日の晩御飯は何ですか?」 「喜べ、今晩はハンバーグだ」 「なんですか、それ?」 「・・・ふむ、では出来てからのお楽しみだな」 「出来たぞー。チーズハンバーグだ。ヨーグルトソースも作った」 「ああ、なるほど。これは私の国で言うところのキュフテに似ています」 「やっぱり似た料理はあるんだな。さ、食おうぜ」 「ですね、いただきましょう」 手を合わせて、いただきます。 「あ、ナイフとフォーク」 メイジは立ち上がりかけるとしあきを手で制し言う。 「いえ、ここ数日でだいぶお箸にも慣れました。なかなかお箸で食べるのも楽しいです」 「そか、それはよかった」 彼女は箸を使い始めて数日だとは思えないほど器用に、ハンバーグを切り、口へ運ぶ。 「で、お味はいかがかな?」 そうですね、と前置きして、メイジは語る。 「キュフテと比べると、シンプルな味がします。でも、これはこれでおいしいです。なにより」 ハンバーグを見つめていた彼女が顔を上げる。 視線がぶつかり、としあきはドキッっとした。 「としあきさんの愛情を感じます。そう、それが嬉しい」 「あは、は。そういってもらえると、すごく嬉しいよ。あ、ほら、冷めるから食べちゃおう」 「はい、としあきさん」 食べ終わるまで、二人は無言だった。 「さて、洗い物するかな」 「あ、私も手伝います」 まあまあ、とジェスチャーしながら、 「テレビでも見てくつろいでな。客扱いするわけじゃないけど、疲れたろ」 「じゃあ、お言葉に甘えて。あ」 エプロンを着けながらとしあきが振り返る。 「ん?どした」 「アレ、開けていいですか?」 「ああ、アレね、どうぞどうぞ、ご堪能くださいな」 敏明が洗い物を続ける後ろでがさごそと箱を開ける音が聞こえる。 続いて、ヨーグルトっぽい匂いはしませんね、とか なんだか粉っぽいような・・・といった独り言が聞こえてくる。 数分後。 「としあきさん!なんかコレ、裏切られた気分です!!」 だろうなぁ、と内心笑いが止まらないとしあき。 「べたっと甘くてねっとりしてて・・・でもちょっとおいしいかも」 としあきには小さな容器に舌を突っ込んで嘗め回しているメイジの姿が妙に煽情的に見えたのだった。 蛇足なその後。 「としあきさん、いい加減ヨーグルは飽きました」 「そりゃ駄菓子はもうちょっと食べたいな、ってくらいがおいしいんだからな。買っといてなんだけど」 「なんか、変わった食べ方は無いでしょうか」 するととしあきは一つを口に開け、べぇ、と舌を出した。 「もう、しょうがない人・・・」 二人は絡み合いながらベッドへもつれ込んだ。