メイジが叫び声を上げると、余韻が無くなる前にアリスが弾かれた。 新しいグロックを二本抜き取る、グロックは計4本、今使える最期のフルオート銃だ。 勝者の余裕で偉そうに此の私にご高説を垂れた副官と、肩を撃たれた雑魚を楽にしてやった。 後ろのドア付近へ進み。 姿勢を出来るだけ低くして、狙って撃つではなく、撒き散らして乱雑に当てた。 発砲は敵と同時で、弾がアリスの右に当たる。 2人が絶命したが、躯のところどころに弾を受けてしまう。 アリスのコートは上半身部分のみ特殊な金属を縫い付けてあり、かなりの防弾効果があるが、材質は薄い。 重量を減らすため、下半身部分は普通の皮。 弾が肉に入らずも、凄まじい鈍痛が響き渡る。 銃一本を捨てると同時に、乾いた金属音がした。 肉がえぐられる痛みを押しながらドアから身を出すと、ピンを抜いてあった手榴弾を牽制に投げ込む。 廊下はあまり広く無い、廊下には二名居た、反撃を受けた。 隣の部屋からおっかなびっくり覗き込む様な小僧どもと、廊下に出た二名に手榴弾を放り投げる。 右腕、コートから覗いた手首あたりに一発良いのを貰ってしまった。 撃たれた反動で其の侭振り返り、部屋へ逃げ込む。 「メイジ、飛んで!」 メイジがMP5とカバメントを事前に拾っていた。 メイジは大人しく窓から飛び降りる、木造二階建て、怪我するほうが難しい高さだ。 メイジの脱出を優先させた為、自分の時間はあまり残っていない。 窓から自分の躯を投げ捨てると同時に、手榴弾が爆発する。 残りの正確な数は判らないが、10人殺し、此の部屋で7人、外廊下で2人、計19人。 隣の部屋に何人居たのか判らないが、4人くらいは死んだだろう、爆発で建物が傾いた気がした。 としあきと叫んだ声が聞こえたので、としあきが二名を如何にかしたのかもしれない。 あいつの事だ、殺してないにしても、完全に行動不能にしてしまっただろう。 多分、頭がスイカみたいに割れている。 手榴弾の爆風に押され、全力で窓から飛んでしまったものだから、 着地するとバウンドした、洗ってない犬みたいにぼろぼろになりながら、土の校庭を転げまわる。 躯中に仕込んだ銃が、唯の金属として躯を痛めつける。 勢いが死ぬと仰向けに倒れていた。 「っかっはっ」 目を見開き、激痛に呼吸困難に陥る。 苦しい割りに頭が冴え、右手の傷口に土入ったら厭だなと思った。 「アリス!」 メイジがぼろ雑巾に駆け寄ろうとしてきた、 大声で激怒しようとしたがまだ声が出ない。 躯に鞭を入れ立ち上がり、走り出す。 駆け寄ってきたメイジを左脇に抱え、先ほど二人が居た場所を見ると、 行き成り黒い物体が視界を遮った。 判断力が一時的に鈍っていた私は、死んだと思った。 右手は動かない、左手にはメイジを掴んでしまった、死ぬ。 すると、メイジを奪われ、私も重力を奪われた。 二人して小脇に抱えられ、荷物の重量を考えるとかなり速めに、先ほどのコンクリートの塊へ滑り込んだ。 メイジと二人で転げると、運送してくれた黒い塊の顔を覗き込む。 「メイジ、アリス。頑張ってるみたいだな」 としあきの、月を背負った笑みを見て、自分の何かが音を立てて崩れる。 苛苛して、はけ口が無くて、意味も無く喚きたてたくなる、そんな気分誰だって持ってる。 解決しないのは判っていても、誰かに当たり散らしたい時もある。 窮地を救ってくれた彼に、とても感動したのは、きっと愛情を思い出したから。 長い時間見つめていた気もするし、一瞬だった気もするが、兎に角溜め込んでいた物が壊れた。 縋りたい、助けて欲しい、死ぬのは厭、痛いのも厭。 そんな感情を誰にぶつけた事もなかった、誰も信じていなかったからだ。 辛い時は、誰にも相談なんて出来ない、全部自分で片付けた、全部自分で殺した。 たった一人で、今まで生き抜いてきた。 「あぁ、あ、ごめんなさいとしあき、何時もなら、何時もなら失敗しないの、ちゃんと殺せるの。  失敗した、撃たれた、何時もならあんな奴ら、怪我しないで殺せるのにっ!」 自分でも良く判らなかった、如何してか必死で云い訳して、如何してか泣いてしまいそうだった。 私は何一つこいつに期待していなかったのに、自分一人で如何にかするはずだったのに。 抑えきれない感情が、止め処なく垂れ流された。 声をしゃくり上げ、10歳の乳飲み子より幼い泣き声をあげていると、メイジが優しく私を抱きしめた。 「お姉ちゃん………」 抱きしめられると、どんどん切なくなってしまう。 余計に泪が溢れた。 痛みを過剰に感じはじめて、悲しくて悲しくて仕方なかった。 「こんな………駄目な女を、まだ、お姉ちゃんって、云ってくれるの? ありがとっ、メイジ………  駄目な、おねぇちゃんでごめんなさい………失敗してごめんなさい………」 痛くない左手で、泪を抑えると、優しくて大きな手が頭に乗った。 優しいとしあきが撫でてくれているのだと判った。 もう、死んでも良いほど、心が高ぶっていた。 どうしてか、認めたくはない。 甘えた声で、としあきの名を、縋るように云う。 としあきの優しい笑みが、片眉だけ引きつると、信じられない言葉を口にした。 「知るかっ!」 心無い一言で、空気が凍りついた。 まだ子供のメイジは、としあきを睨み付けた。 「そんな事は知らん、腹が減ってる、さっさと三人で家に帰るぞ、  まだ失敗した訳じゃない、お前は良くやった。続きだ、皆、殺してしまえ」 心無いのではなく、彼は何時だって私に気づいてくれないのだ。 本当は判っているのだろうが、何時だって私の泪を見てくれない。 私に強くあれと厳しく躾けるのだ、お前は強いのだと私を高めてくれるのだ。 そんな風に云われたら、答えない訳にはいかないじゃない、馬鹿。 「お前活舌悪いねん、何云うてんか判らんかった、まさか泣き言とかやないわな?」 「はぁ? 勿論じゃない、私を………誰だと思ってるの?」 泪は何時の間にか止まっていた、左手で前を見るため目を拭う。 随分とロマンスをやらかしたが、右手の血は止まっていない、状況は良くないのだ。 早急に解決し、治療しなければならない、死にたくないし痛いから。 コートに遊び半分で仕込んだテープを右手に巻きつける。 私は髪をかきあげて、自分が何をするべきで、何をすべきだったのか思い出す。 「さて? 今私、何か云ったかしら?」 自信たっぷりに笑みを浮かべながら、としあきの胸に手をむけ、私を須らく見ろと仕草で伝えた。 月を背負いながら、きっと今の私なら何でも出来る。 「女々しく、犬たいにわんわん泣いてた」 としあきは兎に角信じられない言葉を使う。 折角盛り上がってきた空気がまた死んでしまった。 反射的にとしあきを殺そうかと思った、としあきにメロメロのメイジも流石に同じ考えだったようだ。 「馬鹿っ! あんた今までのやりとりどうなったのよ! 今のキャラなら此処は気のせいだって云うとこでしょ!  しかもさっき聞こえなかったとか云ってたじゃない!」 としあきが物凄く詰まらなそうな顔をしていたので、 喉を切り裂いて絶命させてから、深呼吸した。 「別に作戦何てないわ、どれくらい人数が残ってるのか判らないけど、最悪10人、まぁ多分7人くらいでしょうね」 メイジは銃を構えた。 としあきは灰になって消えた、やっぱりあいつは人間じゃなったのかもしれない、南無。 私は、無線機を手に持った、全員に伝わるか判らなかったので、今出来る全力の大声をあげる。 「応答しろ! 話がある!」 一拍してから、反応があった。 「いいか、お前らが助かる道は、私に付くか、私を殺すかの二択だ!  データは私が持っている、此れを回収し、私が裏切ったのだと伝えればボスが出世でもさせてくれるだろう!   だが、もし今逃げ出しても、お前らは一生組織の影にひぃひぃ怯えながら暮すだけだ!    菓子折りを持たないお前ら塵どもの話など、ボスは決して耳を貸さない、如何する!? 戦うか!? 降伏するか!?」 としあきにブルガリア語は相変わらず判らないが、 自信たっぷりに笑顔で叫ぶアリスを見ながら、嬉しい気分になっていた。 あ~こいつは多分、また性格悪い事ゆうてんやろな~と思った。 「聡明な者は降伏しろ、命だけは助けてやる!  野心ある者は、私の首とデータを持ち帰り祖国へ帰れ! かかってこい豚ども、此の私を殺してみせろ!」 返事の雄たけびも聞こえず、まわりはしんとしている。 迷っているのだろう、私が怖いのだろう。 裏切りはもう判っているだろうが、私はもう20人殺した、たった一人で20人殺した。 別に大した事ではないが、彼らにとっては恐怖の対象だった。 もしかしたら、怪我をした事実も正確に知らないのかもしれない。 「本当に、ボスを裏切るのですか………?」 無線から干からびてざらざらした音声が届けられる。 チンピラの一人は、信じられないと私を疑う。 「いいえ………私は………ゴット・ファーザーに忠実………」 「だったら何故!?」 「云ってるじゃない! 名付け親に忠実だってね!」 自分の言葉で、塗れてしまう程感じた。 凍えるほどぞくぞくする。 今の自分はアリスって名前なんだ。 「お前らと出会って始めに云ったな! 簡単に相手を信じるなと! 敵も味方も簡単に信じるなと!   私に付きたいなら、証拠に一人の首を持ってこい、味方だと思っている人間から撃たれない様、せいぜい背中に注意しろ!」 もう、大して痛みも感じない。 時間がたって麻痺してしまったのか、脳内麻薬がだだ漏れなのか。 人を殺す前に、こんなに興奮したのは初めてだった。 たまらなくなったので、としあきにキスをする。 メイジもとしあきも固まっていた。 「としあきっ、ぜったい帰ってくるから、おかえりって云ってね?」 遺言じゃない、私は帰ってくる。 踊る様に建物へつっこむ、今なら弾もすべてかわせる気分だった。 としあきが打ち倒した二人はまるで動かない。 銃で、動かない二人を軽やかにさよなら申し立てる。 「いってきますっ」 「こ、怖ぁ………あの女怖ぁ………誰ぇ? 何ぃ?」 としあきはかなり心底ビビっていた。 メイジも心底驚いていた、あんなアリスは見た事が無い。 女の第六勘が警告を告げていた。 まずい、お姉ちゃんとしあきに惚れたのかも。 アリスに教えて貰った事だが、戦場では決して気を抜いてはいけない。 教えた相手が脳内から色々抜けている気がした。 腸が煮えくり返る気がして、メイジはとしあきに抱きつく。 急に出し気締められ、としあきはメイジが怖がっているのだと優しく抱き返すと、 むしろ殺意に満ちていた。 「今、お姉ちゃんにキスされて喜んでたでしょ………」 背中に爪を差し込まれ、10歳の少女とは思えぬ、万力みたいな力で背骨を叩き折られる。 嫉妬している女は、世界で一番恐ろしいものだ。 としあきは今戦闘初の恐怖を味わっていた。 だが、としあきはメイジを制した、ふざけている場合ではないのだ。 「メイジ、大丈夫、私にはメイジだけ、本当だから離れろ、ちゃんと戦う気でいなさい」 「うん………判った」 私達がここに隠れているのを敵は知らないのか、弾は一発もこちらへ飛んでこない。 中央から突入したアリスの付近で、アリスの雄たけびと銃声が聞こえる。 あの人だから、幾らなんでも状況に酔った行動はしないだろう。 咆哮を発さないと、出血で倒れてしまいそうなのかもしれない。 大量では無いが、アリスが向かった方向には、血が転々としている。 「援護に往くぞ、暴力はアリスと私に任せろ、メイジは人殺したら駄目」 ふと、メイジは自分の好きなタイプを思い出した。 色々好きな人はいたが、何となくアリスととしあきは似ている気がする。 多分、当人二人に云ったら怒りそうだと、メイジは気を引き締めた。 平和な考えは、此れから数分後の平和な未来で考えれば良いのだ。 回収したガバメントを自分に、MP5をとしあきに渡し、アリスの援護へ向かった。 ------------------------------------------------------------------------ 右翼に残った人数は、5人だった。 彼らは私を殺す選択をしたようだった。 壁越しに、情け容赦ない弾丸が過ぎていく。 武器は、としあきが倒した二名から分捕ったMP5。 二人がとしあきとメイジのところへ向かった。 遮蔽物の無い校庭へ行くのは愚かだと、無視した。 あの二人、ましてメイジなら、素人二人くらい戦闘不能にしてしまえるだろう。 問題はとしあきが、迷い無く人を殺してしまうかもしれない。 唯一の心配点は其処だった。 自分は残り3名を沈めるため息を潜めている。 相手は愚かにも、わりとあたらないと判っているのに銃を乱射してくる。 弾数は永遠だと勘違いしてるのではないだろうか。 時折、誘うようにMP5だけを覗かせ、雑な射撃を行うと触発されさらに倍の弾を振りかけてくる。 血液が足らず、かなり朦朧としてきた。 大量に噴出していないが、めんどくさそうに腕から血が流れている、まるで止まる気配が無い。 後ろから気配がする、としあきとメイジが来た。 「状況は?」 「馬鹿、貴方達を追って二人往ってたわよ、此方来ないで、二人くらいそっちで如何にかしてよ」 としあきとメイジは戻り、中央の入り口あたりで、敵影を探った。 此れで後ろから攻められたりしないだろう。 私は前に集中する。 マグチェンジする音が小さく聞こえ、私はコートを掴み、隠れていた壁からはみ出させると、 焦った援護射撃がコートを穴だらけにした。 間髪入れずに軽く身を乗り出し、SVインフィニティで対抗する。 大口径はかなり辛かったが、一番手に馴染んだ武器を使いたかった、 MP5は朦朧とした自分が扱うには反動がきつすぎる、戯れ程度、牽制程度にしか扱いきれない。 敵影が見え、弾を二発浴びせたが、狙いが逸れて当たらない。 怪我をしてなければ此処まで体力は無くならず、一人殺せた。 舌打ちをする元気はまだある、変な行為にカロリーを消費するな。 もう同じ行動は通じないが、手榴弾がもう一つある。 3人はわりと隣接して固まっていた、タイミングを合わせ手榴弾を投げ込めば3人殺せる。 決断した私は手榴弾のピンに手をかけた。 刹那、敵が発砲した。 発砲したわりにこちらへ弾が飛んでこない。 「July!」 何故か懐かしく感じた呼び名を告げられる。 「何だ?」 自分でも驚いたが、自分の声色に殆ど生気が無い。 限界が近い、あまり無駄口を叩かせないで欲しい。 「降伏………です。俺は、二人殺しました、証拠に………二人の死体を両手で引きずりながら向かいます、撃たないで下さい」 「ははっ、懸命な判断だ、武器をこちらへ投げろ」 一人の兵が味方を裏切り、大人しく銃を投げる、MP5が一つ、ベレッタが一つ、ナイフが一つ。 何か物音がしてから、引きずる音が聞こえてくる。 彼の声は震えていた。 私は一瞬だけ顔を覗かせひっこめると、一人の男が死体をひっぱってきていた。 「こっちへ来い」 武装をしていないと表現する為に、両手に荷物を引きずってくる。 右舷でばかり人は死んでいるから、中央に死体は無いはずだ、一々持ってくるとも思えない。 生き残った5人のうちの、2名だと判断するが、気は抜かない。 目の前の男に銃を突きつける。 「俺は死にたくない、俺は………死にたくないんです………」 躯中青色になった男が目の前に立っている。 殺人経験の無いものが、お遊びだと感じていた作戦で死体を大量に見てしまい、 尚且つ、自らの保身の為手土産に二人殺してみせた。 優秀で的確な判断であった、作戦開始地にホテルで私を迎えた兵士だった。 ご苦労様。労いの言葉をかけてから、私は引き金を引いた。 降伏した男が仰向けに倒れたが、廊下側から何の反応も無かった。 息を飲む音も、何一つ。 牽制代わりに一発発砲する、それでも何の反応も無かった。 完全に気配が無い、最終確認を確信する、もう生きてる人間は後二人。 背後では銃撃戦が繰り広げられている。 としあきは銃撃戦の経験があるのか、私と同じ作戦だった。 適当に乱雑に相手を挑発し、相手の弾を的確に減らしていた。 ペイント弾なんかで銃撃戦をやるお遊戯を知っていたので、としあきは経験者かと笑えてしまう。 あながち、銃を撃った経験があるのも本当だったのだろう。 ちゃんと素人に毛が生えた動きをしている。 援護に向かおうと足を踏み出すと、世界が傾いた。 壁に躯を着き、体重を預ける。 思いのほか消耗している、血はだいぶ収まったが出血はまだ止まってない。 後ろを振り返ると、同じ場所でじっとしていたからか、小さな漆黒の水溜りが出来ている。 歪む脳みそをかき回してから、メイジととしあきの元へ向かう。 としあきの後ろに隠れていたメイジが、銃を2発撃つ。 短く野太い男の叫び声がした。 何処に当たったのか判らないが、恐らくもう行動不能であろう。 追い討ちとばかりにとしあきが続けると、男は大声をあげ続けた。 声を出す元気があるなら、死んではいない、痛そうな声だったので戦闘不能。 だんだん二人に近づいていくが、けりをつけたとしあきの躯をメイジが思いっきりひっぱった。 としあきの躯は下がり、代わりにメイジの躯が躍り出た。 メイジの上半身の辺りから、血飛沫が飛んだ。 今まで、何度も走馬灯を見た、脳の処理速度があがっているのか、スローモーションも見た。 勿論、走馬灯やらを見る時は、生き物として危険な時だ。 メイジが吹き飛ぶ、幻覚を見た。 幻覚なんて生易しい物じゃない。 メイジが撃たれた、メイジが撃たれた、メイジが撃たれた! 思考回路が断裂していく、自分の躯の事情など忘れ、私は走り出した。 ------------------------------------------------------------------------ 所詮自分は荒事初体験。 そんな自覚もあったが、荒事は初めてじゃない。 銃を使った荒事と、銃を使わない荒事。 大して代わらない、失敗したら死ぬだけだ。 自分の躯への評価はそんな下らないものだったが、自分には護る者がある。 出来れば傷つくわけにはいかない。 そんな生易しさが、原因だろうか。 メイジと二人で、一人を行動不能にした。 メイジが左手を破壊したので、私は右手を壊した。 もう一人がすかさず反撃してきた、走馬灯が流れた。 死ぬと、思った。 やばいと感じているが、躯だけが指示に従わない。 肩に触れた強い力で、私は倒された。 倒れる最中、メイジの髪が横を過ぎ去った。 メイジは強い力で弾かれた。 私はメイジを支えもせず、無視した。 腰からナイフを取り出し、近づいてきた阿呆に向かって投げつけ、同時にメイジを放置し走り出した。 自分がしなければならない事は、メイジを護る事だ。 例え当たり所が悪く、即死だろうがなんだろうが、今は関係無い。 背後の銃撃戦が終わった、あいつで最期なのだ。 重たいライフルはすでに持っていない。 軽いハンドガンを持って駆け寄る、相手はナイフに驚き、遮蔽物に身を潜めていた。 遮蔽物の前まで往き、腕だけを出してベレッタを乱射した。 「としあき、駄目っ!」 アリスの声が聞こえたが、私は気にしない。 全弾撃ちつくすまで止めなかった。 男の狂ったような声が、自分の頭を切り裂いた。 ------------------------------------------------------------------------ としあきが私に一瞥もくれず、走り去っていった。 肩の痛みは、痛いではなく熱い。 電撃みたいな反射が躯で起こって、以後は延々熱い。 弾の熱さなのか、血の熱さなのか判らない。 何故か私は、物語の終わりに安堵していた。 同時に不安だった。 なんだか、良く判らない。 としあきが向かった方向から、銃声がした。 聞いた事の無い声がした。 私は不安になった。 としあきは人を殺してしまったのだろうか。 とても短い時間悶着を眺めようとすると、抱き上げられた。 「メイジ! メイジ! 大丈夫!? ねぇ!?」 アリスが倒れていた私を抱きかかえた。 銃弾は肩に当たった、運が良かった、躯を回転させていたから、肩を持っていかれただけだ。 弾は全力で掠っただけだ、死にはしない。 アリスの顔が蒼白なのは、私が撃たれただけが原因でもないらしい。 支える腕は震えている。 右手が躯にくっついたおまけみたいな雰囲気で、力なくぶらさがっている。 「大丈夫………痛いけど、平気。アリスの方が酷いくらい………」 吹き飛ばされたのでなく、自分から倒れただけ。 肩を打たれたが、立ち上がる元気はある。 家に帰れる、元気はある。 「メイジ………」 としあきが、見た事も無い怖い顔をしていた。 心配をかけまいと、自分で起き上がって無理に笑って見せた。 起き上がれる状態に安堵したのか、大きなため息をついてから、アリスが激怒した。 跳ね上がり、としあきの頬を殴った。 「馬鹿ぁ! なんで………なんでメイジを支えてくれなかったのよ!」 「………あそこでかばったら、俺もメイジも死んでた、だからだ」 悪びれた風も無く、としあきは淡々と告げた。 アリスは怒っていたが、メイジは嬉しかった。 としあきは私を抱きしめ二人で死ぬより、家に帰る選択をしただけなのだ。 三人で帰る選択をしただけだ。 「大丈夫………私、としあきを信じてるから………信じてたから………」 アリスを制止すると、アリスは目から生気が無くなっていく。 無理やり絞り粕をかき集め、としあきを問い詰める。 「殺した………の?」 短く一言だった、としあきは相変わらず悪びれた風も無く、淡々と詰まらなそうに答える。 「さぁな、足に10発以上叩き込んで、ひるんだ頭を割った、死んでないと思うが、ほっとくと死ぬ」 「良かった………」 殆ど糸の切れた黒い操り人形は、ふらふらと死体を確認しに往く。 此れで全て終わったのだと、メイジは壁を背にへたり込んだ。 「メイジ、ごめん、支えてやれなくて………」 泣きそうな顔で、としあきは謝罪した。 「いいよ、としあきは一番良い選択をしたんだよ………物凄く痛いけど、死んだりしない、それよりとしあきは大丈夫?」 としあきは情けなそうに無傷だと見せた。 自分が傷ついたほうが良いと思っているのだろう、そんな様もメイジは嬉しかった。 私もとしあきが怪我するは厭だった。 としあきの愛情を確認していると、銃声が一回鳴る。 恐らくアリスが、止めを刺したのだ。 時間が止まってしまった、としあきと二人で長い時間月を眺めていた気がする。 もう一回乾いた音がなる、発砲は其れで最期だった。 「私が………私が殺した、あんた達の力は一切借りてない………  私が30人をたった一人で殺し切ったの、判った? そう考えなさい」 戻ってきたアリスが立っているのも辛そうだった、アリスは全部自分の所為だと告げた。 私は姉の優しさに首を振る。 「私が殺した、私の我侭で、30人が死んだ。私の所為だよ………」 罪の意識よりも、安心感ばかりが先に立って怖くなった。 自分はそんな薄情な人間だったのかと、恐ろしくなった。 一人怖がっていると、としあきに抱きしめられた。 何か良い台詞でも発するのかと思いきや、何も云わずに強く抱きしめているだけ。 倖せを勝ち取った、今は其れで良いのかもしれない。 そう遠くない未来、罪の意識で身を引き裂かれるかもしれないけれど、 愛しい人と一緒ならば、きっと乗り越えていける。 抱き合っていると、鈍い音が鳴った。 二人して音の方向に目をやると、アリスが力尽きていた。 血の気の引く音が耳に五月蝿いほど響き渡り、駆け寄った。 「アリス!」 「お姉ちゃん!」 アリスは壁に寄りかかったが崩れ落ちた。 アリスの白い肌は本当に気持ちが悪い白だった。 明らかにおかしい色をしている、早く処置をしなければ、死ぬ。 ------------------------------------------------------------------------ アリスを呼び続けるメイジを気に止めず。 馬鹿で無傷な、情けない自分だけでも冷静に対処しなければならない。 私の本番は此処からだ、こいつら二人を無事に帰す。 コートを脱ぎ、シャツも脱ぎ、ナイフでシャツの袖を両方とも切り取る。 先にアリスの右腕をきつく縛る。 傷口が生生しい、肉が抉れ、手が欠けている。 白いビニールテープの隙間から惜しみなく血が漏れている、 こんな傷をして何故あんなに大暴れしたのか、アリスの馬鹿さ加減に苛立った。 コートはきつくへこんだ部分が見受けられた、穴は開いてないが被弾した後だろう。 脱がす必要は無いが、恐らく打ち身より酷い打ち身が隠れているに違いない。 体温を低下を抑えるため、腹をシャツの胴部分で包み、自分のコートをかけた。 次に、メイジの肩をきつく縛り上げた。 痛みでメイジが軽く鳴いたが、きつく縛らないと血が出る。 アリスもやばいが、メイジの躯は小さい、あまり体温を下げてはいけない。 アリスに触れると、あまり温度じゃない。 コートを躯に巻きつけ、アリスを背負う。 脱出は考えていなかった、現地へ向かう事ばかりに集中し過ぎてしまった。 甘い考えだと云われようが、本当に全員無傷で帰る予定だったのだ。 全員五体満足で帰って、今夜だけは笑いあって過ごし、後日罪に苛まれれば良いのだ。 誰か一人でも死んだら、失敗だった、やる前から失敗を恐れない。 私は本気で、皆無傷だと確信していた。 「メイジ! 車はあるか!」 メイジの顔からも血の気が引いている、出血からではない、絶望感で腰が砕けていた。 仕方ないのかもしれない、当たり前なのかもしれない、10歳の少女なのだ、受け止められない事実もある。 だが、今は当たり前の世界ではない、メイジ自身が好きな相手が死にそうなのだ、 呆けているだなんて許さない。 「立てぇ! メイジ! 帰るぞ! 移動手段はあるか!?」 メイジは、彼らが来た手段は車だと云った。 道中そんなおかしな車は見かけなかった、恐らくどこかに隠しているのだろう。 見つけ出すのが難しいほど、厳重に隠してないにしても、動かせるのだろうか。 流石に車を盗難した体験はない、直結の仕方も危うい、キーはあるのだろうか。 校庭を歩く。 勝利に酔いしれたかったが、敗北感で一杯だった。 何より、武器を投げ捨てたのか、アリスは驚くほど軽く、また、冷たかった。 鼓動はまだしていた、死んでない。 死んでないのだが、肌が白すぎて死体に見える。 メイジが隣を歩く。 メイジも何一つ喜んでいない。 語り掛けたかったが、言葉なんて浮かんでこなかった。 こうなったら、車道に出次第、車を無理にでも止めて、カージャックしてやる。 速めに車が通ってくれたなら良い。 今は、アリスを助ける事しか頭に無かった。 二人で、何の祝福も受けずに車道を歩いた。 外灯も殆ど無い峠道は、ゴールの見えない闇だった。 私はくじけたりしない、途方に暮れるのは、アリスが冷たくなり切ってからの話だ、今は自分がやる事やれば良いだけだ。 メイジがエンジン音を聞いたらしい付近に向かおうとすると、 背後からエンジン音が聞こえてくる。 かなり、大量に。 集団で来られたら、かなり対処がしにくい。 一人なら、脅して連絡手段を奪えば、警察の介入は遅かろうが、車が集団で来られるとややこしい。 けれど、移動手段をみすみす逃したりしない。 「メイジ………ちょっと任せた」 アリスを優しく、冷たいアスファルトの上に置く。 メイジがアリスに抱きついた。 出来るだけ体温を高めようとしているのか、悲しみで縋ったのかは判らない。 爆音が近づいてくる。 大勢と感じた車は4台だった、他にバイクが3台。 ややこしかったが、まどろっこしい事はしていられない。 峠と云え、今は攻めているわけではなさそうだった。 坂道をのんびりと、ライトの光が降りてきた。 車道の中央へ行き、銃を構える。 なりふりなんて構ってられない。 車が前方に見え、ライトがまぶしいが、私は車道の真ん中に仁王立ちする。 「止まれえぇぇ!!!」 車は全力でブレーキをかけた、耳を劈く。 逃げられてはならないと、私は一歩も動かない。 案外余裕を持って車が止まったので、銃に手をかけなながら運転席に接近した。 怪我人を運ばせて貰うだけならば、事情を説明しなくても良いだろう。 ドライバーの顔を見て驚いた。 「としあき、やばい奴やと知ってたけど、カージャックするほどやとは知らんかったな」 悪態を吐きながら、手をひらひらさせて挨拶をした。 走り屋の頭で、薬に詳しい彼だった。 早速縋ろうとアリスの下へ戻った。 まったく彼には甘えっぱなしだ、今度何かで貸しを返さねば成らん。 怪我人が居る事実だけを簡潔に伝える。 何をしていたのか、恐らくばれているだろうが。 「ヤクザの下っ端くらいやったら知り合いや、医者は用意できるけど、ちゃんと病院往くか?」 私は病院に搬送を要請した。 病院なら施設も整っている、治療が終わったらアリスを分捕って銭でも置いて逃げれば、 詳しく調べられもしないだろう。 彼の車に乗り込むと、三人で乗り込む。 飛ばせと命令したので、かなりのスピードで山を下っていく。 「ところでとしあき、此の綺麗なお嬢さんたち、お前のなんやねん」 「悪い、今度話すから………今は黙っててくれや………」 心底疲れきっていたが、タイミングの良過ぎる彼に問いたい話がある。 「何で、こんな良いタイミングで来たんだ?」 慣れた手つきで車を転がしながら、咥え煙草で彼は答えた。 チームの下の者が私を廃校付近で降ろした話。 廃校を覗きに往こうかと思ったが、私の送った男の話では。 届けた男は異様で近づいたらやばいかもしれなかった。 好奇心旺盛な彼は廃校の近くまで往ったが、でかい花火の音で腰が引けたが、 乗り込んだ男の特徴がどうもとしあきに似ていたのが気になり、待っていたのだそうだ。 「流石に爆発は初めてみたな、目の前で人が射殺されたんわ見た事あるけどな」 恐ろしい話を彼はさらっと言い切った。 以前酒の席でそんな話を聞いた、流石に信じていなかったが、 どんぱちを見学しに来ていたのだから、案外本当かもしれない。 「そうか、ありがとな………」 会話とかみ合ってないが、私は素直な感想を云ってから、呆けた。 メイジが私の膝に手を置いた。 「ねぇとしあき、全部終わったの?」 「あぁ、終わったんだろうな………」 抱きしめ続けているアリスは、どんどん状態が悪くなっている気はしない。 むしろ、回復してないが安定している程だ。 随分しぶとい女だ。 メイジは窓の外を眺めてから、ため息をついてから、胸に手を当てた。 自分の胸がとても大切そうに。 「としあき、云いたい事があるの」 真剣な目で、メイジは私を見つめた。 大切な胸に手を置いたまま。 「もう一度、告白させて、好きよ………としあき」 今更だと目で伝えたが、 何か雰囲気が違った、全てにケリをつけ何かが吹っ切れたのかもしれない。 メイジはもう一度胸をなぞってから、胸ポケットから何かを取り出し、私に差し出した。 「此れは………」 「12歳の………としあき」 彼女は時と手垢でぼろぼろになった一枚の写真を手渡した。 私が写っていた、幼い私が写っていた。 私が幼い頃は、こんなにも笑顔が綺麗だったのかと、他人事に感じた。 12歳の自分は随分前に殺してしまった。 女と違って、男は過去の自分を殺して成長していくものだから。 「今より、ずっとずっと小さい頃。此の写真を始めて見たときから、好きだったの………」 メイジは照れながら、長年意中の、彼、に告白した。 私にとって写真の彼は他人だった。 私は、メイジを前々から疑っていた。 彼女の心は、まるで普通だったからだ。 組織が何か知らないが、組織なんて名称の場所で育ったのだ、にも関わらず彼女はまるで普通過ぎた。 彼女の狂気に気付き、少し安心した。 彼女は写真一枚で、私の全てを見てしまったのだろう。 10歳の少女が、今より小さいならば、物心ついた時から私を愛していた、薄っぺらい写真だけに恋してた。 美談とは片付けられない。 彼女は恋の空想をし続けたのだろう、だからこんな私でも愛せたのだ。 彼女の考えた妄想に、死角は無かった。 譲れない部分はあっただろうが、例え何者であろうが想定の範囲内であったのだ。 私がどんな人間であれ、彼女にとっては理想の相手に成りえたのだ。 私が私なだけで、彼女は良かったのだ。 私への恋心が、彼女の唯一信じた宗教だったのかもしれない。 神格化されていたのに本物の私にさえ幻滅しないのは、そんな可能性さえ空想した経験があったから。 想像の域を超えないが、真実では無いだろうか。 私が誰でも良いだなんて、どんな瞳でも愛せるだなんて、十分狂気だった。 メイジもまた、狂ってる。 そんな自分に気付いているのか、気付いた私が屈折しているのか知らんが、 メイジは恥かしそうに俯いていた。 アリスを抱きっぱなしだが、メイジの腰に手を廻し、引き寄せた。 「私も愛してるよ………メイジ」 ふと、ルームミラーに目をやってしまうと、ドライバーの彼も真剣な目をしていた。 彼も十分狂っている、運転に集中しているのか、メイジの狂気に気付いたのか、私の狂気に気付いたのか。 目では判断し切れないが、私は彼と最高の友だと感じ、 メイジを一生守り抜くと、再度心に唱えた。