お父様とお母様に別れを何度も告げた夜が過ぎた。 物心つく前しか逢った事の無いおじい様に出会ってしまった。 自分のナニから血が出るなんて初めての体験であった。 案外頑張れば出るものだが、ストロベリーヨーグルトは勘弁だ、むしろ最後はストロベリーしか出なかった。 昨夜は本当に死を覚悟した、走馬灯まで見てしまった。 全身がカサカサになって目が冷めた、果たして、何時の間に私は搾取される側になっていたのだろう。 俺の竿は牛の乳首じゃねぇ。 メイジとアリスは倖せそうに眠っていたので、今のうちに殺しておかないと、明日は自分が死ぬんじゃないかと思えた。 立ち上がろうとすると、膝が大笑いしだし、私は這いずりながら水辺へ向かった。 死水、そんな言葉が頭に過ぎった。 人間、死にそうになると水を飲みたくなるのだと体感した。 阿呆二人は昼まで眠っていた。 昨夜の行為は開けたくない思い出アルバムに閉まっておいた。 表紙に虎と馬の絵が描いてある。 メイジが先に起きた、服を身に付け終えるとアリスも起きた。 アリスは全裸で行動し出した、服を着てくれ。 昼食を準備し、私だけは粥を食べ終える。 せめて食べ物にだけでも優しくして欲しかったのだ、作ったのは俺だが。 食器を片付けると、アリスが場を仕切りだした、頼むから服を着ろ。 昨夜の続きの話である。 伸ばし伸ばしにして、後手に廻ると対処しようが無くなるので、 遅くても一週間、出来れば今からでも行動を起こすべきだと告げた。 同感であったが、服を着て欲しかった。 「30名はある程度戦闘訓練受けただけの下っ端、でもメイを探し出すために諜報戦、電子戦のプロが3人  別に彼らの土俵で出し抜く必要は無いけど………としあきはパソコン使える?」 云えない、云える訳がない。 PC使い始めて6年目になるが、文字書くツールと絵描くツールとエロゲーしか出来ないだなんて。 ネットなんか殆ど虹裏見てるだけだなんて、CPU何使ってるのかさえ判らないだなんて。 OSの種類覚えたのがOSたんでだなんて!!! 服着ろ!!!! 「嗜む程度に………」 ニヒルな笑みで全てを見透かされたのか、適当に無視されメイジが続ける。 お前らもっと俺に優しくしろ。 僕に優しくしてよ。 「私を探し出すだけが目的じゃないのに、どうして戦闘力の低い者を?」 メイジが話を煮詰めようと努力している。 「下さない質問ね、自分で答え位出しなさいとは思わなかったけど、答えるわ。」 アリスの話によると、探し出して殺すのが目的であり、探し出すのにある程度人数は居ると判断された為らしい。 もともと、昨日の時点で殺されたみたいなものだから、単純に戦闘力だけの話なら自分一人でも十分らしかった。 大した自信だと始めは感じたが、悪びれもせず、驕ったりもせず淡々と告げるものだから、 唯の事実だと判断した。 30名の部下は下っ端であり、此のミッションは訓練もかねているらしい。 「連中は殺人童貞ばっかりなのよ、皆で仲良く可愛い少女を狩り出して、血も泪も無く殺す練習しようって訳。  メイは無力な少女ってわけでもないけど、メイの能力で私の部隊は倒せない。   後、貴方の持ち物にも問題がある。」 アリスは古泉みたいだった、今全裸だし、やらないかとか昨夜口説いてきたし、全く持ってぴったりだった。 でも、いらん話で口を開いたりしない、ちょっと集中力を欠くだけだ。 持病の頭痛が再発したところで、メイジが兎のぬいぐるみを抱きしめる。 メイジが来た翌日に確認した、異物感の正体が問題なのかもしれない。 他に思い当たる物は無かった。 「戦力ではなく、情報を操作する使い手を3人も連れてきたのは、  貴方の持っている物が組織にとってあまりにも危険だからよ。」 何かは詳しく教えてくれなかったが、ヤクザ映画に出てくるやばい物なる認識であながち間違ってはいないだろう。 問題は連中を拿捕ないし殺害するだけであり、決め手にはなりそうもない。 「あれは、こっちにとって攻撃手段には成りえない、向こうは破壊するのが目的だし、リークしたら最後絶対殺されるし」 アリスは事実しか話さない。 メイジはぬいぐるみを抱え押し黙ってしまった。 確かに情報をリークしたところで、手に入るのは多額の金だとかで相場が決まっている。 人質ならぬ物質にしても、破壊された方が向こうには都合が良い。 また、リークすると脅しても効果が不透明だ。 実際流してしまったが最後、其の組織とやらが茶目っ気抜きで殺しにきそうだった。 「こちらの勝利条件は、メイととしあきを守り切る事、組織にメイを死んだと思い込ませる事。  ついでに私も生き残りたいのだけど、加えて貰っていいかしら?」 アリスは煙草を手に取った。 今更だと鼻で笑い、火をつけてやると微笑んだ、全裸で。 「私は部下を全滅させたけれど、如何にかメイを殺し、あれを持って帰る。  パパに怒られそうだけど、30人くらい殺しても大丈夫でしょ、多分………うん、多分………」 メイジは不安そうな色で、アリスを覗き込む。 アリスは微笑ながらメイジの頭を撫でた、仲の良い、姉妹想いの姉の姿と、可愛い妹はまるで一枚絵だった。 片方全裸だが。 いや、局部を腿で隠し、乳首を髪で隠すと、それはそれで。 「其れはそうと、媒体何か知らないけど、あれ、持って帰るから寄越しなさい」 「うん? ………判った」 メイジが兎に小さく話しかけると、兎は二度震えてMOらしき物を吐き出す、そんな幻覚を見た。 兎はぬいぐるみなので生きていないのである、あんな変な動きはしない。 恐らく、踊りをやめてしまったため持病の頭痛が再発したのだろう。 兎から目を背け、まずは笑いながらハミングしてみた。 兎から出てきたMOに覚えが無かった。 以前兎を潰した際感じた違和感は、もう少し大きな物だと感じたからだ、記憶違いだろうか。 ハミングしながら記憶を洗いなおしていたら、 メイジが一つ笑いを零した、べたな仕草で何も見てないと演技しているとか感じているのだろうか。 そっちの方がましなので、自分でもそう考えた。 「………ふぅ、馬鹿ぁ!」 行き成り叩かれたメイジは目が点になりおろおろする。 私も何故メイジが殴られたのか判らない。 「簡単に相手を信じるなって教えたでしょ! 敵も味方も簡単に信じるな! 殺すわよ馬鹿!」 兎の中身を渡した瞬間怒り出したので、何かしらメイジはミスでもしたのだろうか。 かなり怒っているみたいで、母国語が出ていた。 私には何を怒ったのか判らないので、しょんぼりしているメイジを抱き上げ、胡坐かいてる自分に収める。 メイジは私の腕にしがみ付いた。 メイジの叩かれた場所を撫でながら、アリスを睨みつける。 一切無視された。 「あのね、其れが無ければ貴方を生かす必要何てないの、生け捕りにしてMOの場所聞いて、  拷問して使用してないか問いただして、殺すだけ。   此れがなければ、スナイパーが射殺するか、部屋ごと爆破する! としあきごとね、判った!?」 切り札にならないとは、攻撃手段になりえないだけで、自らの保身には使える意だった。 私にも伝えたかったのか、今度は日本語だった。 此れから修羅場に行こうかと話をしている最中の、うかつな行動が許せなかったようだ。 「でも………ジュ、アリスは………」 メイジも日本語で話す、 抱きかかえているため見えないが、声が泣いていた。 「信じたいよ………助けに来てくれたんでしょ?」 ふと見ると、アリスは銃を構えていた。 「違うわっ! 油断させて此れの場所を聞き出して奪取し、としあきを締め上げて貴方に此れで何をしたか問うわっ!」 何処までも厳しくされ、本格的に泣き出してしまったメイジを抱きしめると、私の腕の中で声を殺して泣き出した。 突如裏切られた悲しい事実は、嘘臭くて信じていなかった。 アナリストらしいアリスが、一々脅し文句で説明台詞を吐く事は無いだろう。 メイジが搾り出すような声を上げた。 「す、好きな人も………信じ、られないから、信じたら、怒られたから………、  あそこ………か、ら………逃げて………逃げたかった………」 メイジが日本へ来た理由の一端を、泪と嗚咽交じりで告白する。 メイジが逃げ出した理由が、少しだけ判って嬉しかったが、疑問も浮かぶ。 どうして、誰も信じるなと教えられてきた少女は、顔も知らないだろう私を頼ってきたのだろうか。 無粋な疑問には蓋をして、メイジの頭を撫でた。 アリスを見ると、少し涙ぐんで見えたが、私は見なかったと目線で伝える。 もともと紅い目の彼女は、目を赤くしても判らないだろうか。 瞳孔が広く見えたが、アリスは厳しい口調を変えない。 「さっきのは本当、私は此れさえ手に入れば用は無いの、としあきを殺すわよ、リークしたの? 其れは何処?」 「ごめんなさい………ごめんなさい、だから………もう許して………」 アリスが、我が家に侵入する際に使用した巨大な鋏が、私の隣に立てかけてあった。 柄を掴み、全力でアリスの顔面の真横に勢い良く投げると、髪が少し切れ、ソファに穴が開く。 大きな音に時間が止まった、アリスは思いもよらない場所から攻撃され呆けている。 メイジも泣き止んでしまった。 「あんまり怒ってやるな、お前の愛情は判り難い」 アリスは目を見開いた侭、瞬き一つせず私を見つめる。 「大丈夫だ、もし今の話が本となら、私がお前を殺してやる、私がメイジを守り切る」 メイジは顎を限界まで上げ、私の顔を覗き込む。 「好きな女も守れへんなら、何のために男として生まれたのか判らんわ」 詰まらない暴力に反省しながら煙草に手を伸ばすと、アリスが立ち上がる。 私の前にとことこ歩いて来ると、メイジを挟み込むようにして、私の腰に手を廻した。 「ごめんね、ごめんねメイ………ごめんねメイジ」 「ふぇ………」 さっきみたいな、感情を押し殺して流した泪でなく。 歳相応の少女の泣き方で、メイジはアリスにしがみ付き号泣した。 鋏を投げられたのが存外怖かったのか、感情にやり場が無いのか、 アリスは私の腰に爪を立てながら泣くのを堪えている。 メイジの腹を抱き、アリスの背中を両手で包むと、私はとても倖せなのでは無いかと改めて気付いた。 ------------------------------------------------------------------------ 全員に落ち着きが戻り始めた頃は、夕日で部屋が赤く染まりだしていた。 随分3人で呆けていた気がする。 「私は、全てを出来るだけ悲観的に考える、本番に戸惑わない様に、裏切られた時泣かない様に」 アリスは夕日を見ながら、呟いた。 「状況さえ良ければ、一人でも全員殺せる、私の考えを話す」 メイジが私の手を強く握った、余った手で、胸の中のメイジをきつく抱きしめた。 大部屋で30人がひしめき合って眠っていたなら、爆破して殺すところだが、 そんなに単純な作業ではない。 敵が宿泊しているホテルに押し入り、ホテルごと爆破したいが、火薬を持っていない。 単純で判りやすく、尚且つかなり無茶苦茶な案をアリスは一つずつ否定していく。 各部屋に赴き、寝込みを狙っても30人を無音で殺すのは難しい、 誰かに騒がれたら其れでお終い。 ホテルで殺すから、中に居る関係無い人間まで巻き込みかねない。 そもそも全員を同じホテルに泊まらせたりしない。 どこか人気の無い所に呼び出して、如何にか自分とメイジで処分しきると云った。 私は端から除外されていた、志願したが、素人に人殺しは出来ないと判断された。 一瞬でも迷ったりしたら、絶対に助からないし守り切れないと、目を合わせて貰えなかった。 腹立たしかった、事実かもしれないが、私は付いて行きたかった。 メイジはおびき寄せる餌として、如何しても使用しないと話しにならないので、連れて行くらしい。 10歳の子供連れて行って、私を除外するとはどんな了見だ。 「でも、としあきはきっと来てくれるよね?」 メイジは心配そうに、私の胸に顔を埋めてきた。 「勿論だ任せておけ」 アリスはため息をついたが、観念したのか参戦を許可した。 メイジの真意は来るなと告げていたが、私には判ってなかった。 私は具体案を一つ持っていた、数ヶ月滞在しただけの二人よりも地元を詳しく知っていた。 実家は割りと田舎で、峠道をあがると廃校があった。 周りに人居ない、もし昼間往ったのなら銃声が数発なっても無視される。 山で猪などの獣を狩ったりできる山だったのだ。 隠れるには適しているし、本当にならず者が潜伏していそうだった。 詳しく場所を教え、簡単な地図を描くと二人とも場所を正確に判断したと云い切った。 「さて、覚悟は決まった?」 「覚悟? あぁ、別にいいが………?」 「あっそ、じゃぁ………今から往くわよ」 「えっ………」 今からなのかと、メイジが動揺する。 夕日がまだ沈み切っていない、まだそんな時間。 「行動は常にやると云ったらやる、やらないと云ったらやらない、成功させるコツの一つ、  ちなみに昨日、私は無断外泊だから向こうも少しは慌ててるでしょうね、さっさと往くわよ準備なさい!」 呆気に取られ、メイジと二人で固まっていると、軍人が放つみたいな大声で起立を促され。 二人で立ち上がり、服を着る。 戦闘準備としては、全く実感が無い。 メイジは初めて出会った日と、初めてデートした日に着た服を着込んでいる。 メイジにとって正装なのだろう。 私は黒いシャツと黒いジーンズに着替えてから、机に引き出しに手をかける。 中には、趣味で集めていたナイフとモデルガンが入っている。 モデルガンを入れるホルダーも本物のホルダーに変わりない、銃は入る。 アリスに一つ銃を貰おうかとホルダーを身に付ける、アリスのコートは四次元ポケットだったからだ。 マチェットに近いアーミーナイフを太ももに貼り付け、腰に、まさに首を切るしか目的がないような形状の、 アサシンナイフなる名前のナイフをベルトに通し、付ける。 細々したナイフ数本を、ポケットに突っ込み、一本を足首にテープでまきつける。 メイジとアリスは呆気に取られている。 「………平和大国日本で、そんな物騒な物持つな馬鹿」 「………としあき、其の引き出し開けるなってそ~云う意味だったのね………」 「変な目でじろじろ見な、銃刀法違反者ども………」 堪え切れずに三人揃い大声で笑った。 案外皆実感が無いのかもしれない、此れから何をするかの。 其れとも私だけなのだろうか、人を殺しても構わないと頭が響くのは。 メイジもいそいそと、人を殺す道具を身に付け始める。 此のコルトガバメントは本物だ、前撃たせて貰ったから知っている。 少女と銃の愛称が、とてもちぐはぐで、どんどん現実感が死んでいく。 メイジの装備は、ガバメントと、アリスから貰ったベレッタを一丁。 私も、アリスから一つベレッタを貰う。 って云うかベレッタしかくれなかった。 大口径の銃は、素人がぶつけ本番で扱うには無理がありすぎるらしい。 何度も銃は撃ったと伝えても信じて貰えなかったので、ベレッタで甘んじる。 よっぽど訓練せぇへんとあたらんねん、此れ。 私はアリスのドレスアップを手伝う。 完全に躯にフィットした全身を覆うようなホルダーには、所狭しと銃やナイフが敷き詰められている。 目を引いたのは、右太ももの横にある、大きめの空洞、鋏を入れてきた部分であろう。 腿の横に下がる部分は付け外しが可能みたいだ。 左側にはSVインフィニティがぶら下っている。 部分部分が編み上げで、コルセットを閉める感覚でアリスを縛っていく。 「黒のロングコートは、此れ隠す為なのか?」 「そうよ、マガジン持つの極力避けたいの、直ぐ撃てないじゃない」 総重量は子供一人背負ってるくらいありそうだ、こんななりでよくもまぁ、あんなに早く動けるものだ。 メイジはホルダーに、昨夜取り外した銃を詰めていく。 最後の一本を入れた後、メイジに何かが託される、メイジはアリスの躯を一度軽く叩いた。 そんな仕草をちゃんと見れていなかった自分を恥じる。 メイジが兎に呟くと何か長方形の物が出てきた、気になって覗こうかと身を乗り出すと、アリスの声が行動を遮った。 「作戦は簡単、私は一度本部に戻り、廃校に潜伏していたメイを殺しに往く、  上手く騙し討ち出来れば、私一人でも何とかなる。他に方法は無い、本部に知られれば其れで一環の終わり」 メイジは頷く。 「としあきは自宅待機、指をしゃぶってメイが帰ってくるのを待ってなさい!」 私は疑問符を上げる前に、メイジに迫られていた。 「ごめんなさい、としあき」 行き成りスプレーを顔に吹きかけられる、泪が止まらない。 大声で叫んでやろうかと考えた矢先、誰かに手を後ろ手に締め上げられ、 テープで巻かれる。 「くっそ、無いわぁ! 無いやろ此れ、解けやオラァァ!」 「こいつの地が全く判らない………」 「あぁっ、俺も判ってなぃ!」 二人がどんな表情をしているのか、泪で全く見えない。 手を縛られ押し倒され、其の侭ベットの足に接着される。 暴れてみたが、あまり効果は無かった。 胸からベレッタを取り上げられ、机に置いたみたいな音がした。 取り合えず連れて行って貰えないと判ったので、二人の手前大人しくしておいた。 膝で目を擦ってから、二人を睨みつける。 「としあきを………危険なとこにつれてけないよ………」 「気にするな、自分が死ぬより、メイジが傷つくほうが厭だから………」 メイジの優しさに泪してから、焦点の合ってない目で、メイジらしき黒い塊に向かって話す。 それっきり二人の気配が遠くなっていく。 メイジは最後に、今までありがとうと云って消えた。 こんな状況の場合、大声でやり場のない怒りをぶちまけて、次の話数だろうがそうは問屋が卸すかあほどもめ。 扉が閉まると、早速行動を開始した。 何故か二人は私の装備を全く外さなかった。 どちらの意思か知らないが、銃を机に置いた。 此れくらいの試練乗り越えてみせろと、挑戦されたのだ、勝利しなければならない。 本当はついてきて欲しいんだろうが、ツンデレどもめと、置いていかれた寂しさをひた隠し、必死で自分を激励した。 持ち前の躰の柔らかさで、かなり苦労して足首に取り付けてあったナイフを口に咥える。 後ろで縛られたが、ナイフでテープを裂き、銃を取り、二人に追いついてみせる。 倖い、少なくともメイジを廃校へ送り、アリスが兵を焚きつけ戦闘に向かわせる為の時間が残っている。 バイクで飛ばせば十分時間が有り余っている。 是非、今の状況を想像して貰いたいのだが、後ろ手に貼り付けられていて、 口にナイフ咥えたところでテープは切れないのである。 躰は柔らかいが、こっちだってちゃんとした人間なのである、九九も七段以外は噛まずに云える。 中国で雑技をやっていないので、とても無意味な時間であったと判った。 無意味な時間で異様に焦りだし、私はもがきにもがくが、テープはきつめに閉められており、 万事休すかと、心底諦め、ナイフを吐き出し、頭の悪い方法を取る。 テープで結ばれているから動けないなどと、そんな視野の狭い考えは死んでしまえばいい。 もういっそベット装備したまま参戦してやる。 ベットだって人殺せるもの、ベットの上で最近何度も地獄と走馬灯見たもの、 ドラクエ6だってベット空飛んだもの! 「オッラアアアアアアア!!」 雄たけびを上げ、ベットを持ち上げると、割と簡単に立ち上がる事に成功する。 代わりにベットが横倒しになる。 記憶を巡ってもらいたいのだが、カンフー映画を見た事があるだろうか。 カンフー映画で相手を殴る声で、私は勢い良く腕をちぎろうとする。 倖い、ベットは木で出来ている、気合で如何にか叩き折ってみせる。 「はぁ! はぁっ、はは! はぁ! はぁ! はははぁ! 不味い手羽先じゃ! 不味い手羽先じゃああああ!」 微妙すぎてわからないモノマネを繰り返していると、 ベットの足が折れ物凄い勢いで、受身不能で顔からテーブルにつっこむ。 戦闘前から負傷し、かなり体力を消耗した。 縛られた手を潜り、前にだし、此処で始めてナイフが役立つと思ったら大暴れでどこかに紛失した。 何で狭い部屋ほど物が無くなるのかしら、困ったものだわ、ふふふ、 とやばい笑みを浮かべながら徐々にトランスモードに入ってきた。 太もものアーミーナイフを取り出し、どうにかテープを切る事に成功した。 自由に感謝してから、顔と目を良く洗うと、案外簡単に痛みが消えた。 あまり効果が高くないのだろう、結局未だに来て欲しいのか来て欲しくないのか判断出来ない。 自分のキーホルダーをひっつかみ、銃とマガジンをホルダーにつっこむ。 ふと、足元に長方形の木が置いていた、メイジの持ち物だったはずだ。 気になったので拾い上げてみると、額だった、写真でも入っていたのだろうか。 何も入っていない額を、強く握り締め机に置いた。 メイジを強く強く思い出すと、何でも出来そうな気分になった。 家に施錠もせずに銃弾よりも早く駆け出した。 階段を踊りながら転げながら、凄まじい速さで下っていく。 駐車場へ往き、我が愛機に跨ろうとする。 鍵を探す時間さえ惜しい、私は握り閉めたままのキーホルダーを両手で探る。 足は全く速度を落とさない。 冷静に対処しているつもりだが、心は心底焦っているのだろう。 バイクの鍵が中々手の中にしっくり見つからない。 もどかしさが募る中、バイクの前まで行き、鍵が探り当てられないので目で探すと、 無かった。 バイクの鍵が無かったのだ、家に忘れたのかと自分の愚かさを悔やむと、バイクも無かった。 惜しい時間を贅沢に使い、暫し、固まった。 「くっそアマぁぁぁぁぁ!」 冷静に対処すると、勿論今日の夜中には私はメイジと倖せ一杯で我が家に帰ってくるのだ。 奇跡的に敵を一撃で倒し、天使の気まぐれで一発も自分に弾が当たらず、尚且つ弾切れも起きない世界へ行って、帰ってくるのだ。 明日からも住むマンションで、同居人達に雄たけびを聞かれるのは不味かったのかもしれないが、 今はそんな状況じゃない。 私のバイクはドカティのモンスター、750cc並みの大きさだ、10歳の子供に乗れる代物じゃないが、 アリスは乗れる体格だ。 あの馬鹿女は銃を置いていったツンデレの分際で、足まで奪いやがった。 パニック状態になる、喉がからからに渇く。 此処から何で向かえば良い、幾らなんでも走って往くだ何て無茶だ、とても間に合わないし、体力が切れて動けなくなる。 其の時、私は神の啓示を聞いた。 確かに聞いたのだ、空耳では無い。 いつか珍プレイ好プレイでプロ野球選手が云ってた、 中学生で自分はチャリキパクんの名人でしたよ、蹴り一発で鍵壊してました、と。 (チャリキ、チャリ。は関西弁で自転車の意味) 神の啓示のまま、全ては主の御手に、私は最寄自転車目掛けて鍵の部分を蹴飛ばすと、鍵が空いた。 やはり、私は物語の主人公なのだ、私が居なければ物語りは始まらない。 そうじゃなきゃ、こんなに都合良くチャリが入手できたりするものか。 興奮状態に陥ったが、現実に打ちひしがれ自分が急激に冷めていく。 私の移動手段は、ピンクの自転車。 機能性ではなく見た目重視、高確率で女子中学生が乗っているに違いない。 見た事無いが、どうせこんなチャリ乗るあほは不細工なデブに決まっているのである。 同じマンションに住む住人のチャリをパクると云う良心よりも、 捨てきれないプライドで凍りつく。 私の姿は、黒のロングコート、黒のブーツに、シャツに、ジーンズに全身黒。 高身長に強面と来たものだ。 コートをおっぴろげれば、大量のナイフと銃。 コぉ~トの中身は~兵器~なのっ 武器は無しにしても、こんな見た目でピンクの自転車に跨るのは神が許しても法が許してくれない。 警察に見られれば、職務質問無しに即無期懲役だ。 ふと、メイジの満面の笑みが浮かぶ。 メイジの笑顔を守るため、私にとって、メイジが全て、命よりも躰よりも魂よりも。 プライドが許してくれなかったが、自分のプライド何て下らない、常識何て下らない。 恐怖で震えながらも自転車に跨ると、全てが如何でも良くなった。 今行くぞ、愛しいメイジ、アリスを殺しに。 私怨が混じりだしたが気が付かない。 「ちくしょおぉぉぉぉ! 神よぉぉぉぉぉ!!!!」 咆哮と共に、自転車を漕ぎ出す、数年ぶりに乗った自転車の勘は全く衰えていない。 「私に宿りし! 笑いの神よぉぉぉ!」 一度叫べば力が沸き、二度叫べば目に映る世界が変わる。 私は今、光よりも速い。 「死んじゃえぇぇぇぇぇぇ!!!!」 三度叫ぶと、現実とか道徳とか常識とか自分の命とか如何でも良くなった。 5へ