麻薬を処分してから、二ヶ月平和だった。 友人の仕事は意外に速かった、彼もさっさと処分したかったのだろう。 小銭が手に入った、小銭ではなく駄賃と称した方が正しいかもしれない。 小さいと書くには、余りにも多額であった。 中年の肥満成金の匂いがした銭だった、例え話だが。 もしメイジが居らず、適当に使える駄賃ならば、為にならない生産性のない行為に使用しただろう。 メイジは食物以外の物品を何も求めなかったが、流石に衣類程度は買い与えたい。 私はメイジと一緒に、色々買い物をして回った。 二ヶ月たった今では、かなり物が増えてきた、大半が私の趣味の服だ、 メイジに服の好みはないらしく、云われるがままに袖を通した。 流石に二ヶ月の経つと、双方に落ち着きが戻りだした。 私はやはり、メイジに振り回されっぱなしで慌しい気もしたが、平和な多忙さだった。 メイジの年齢から考えて、そろそろ社会生活をさせたいと思っていた。 具体的には学校へ通わすべきだろうか、そんな取りとめもない事を考えていた。 私は甘かったのだろう、平和じゃない、慌しい日々が直ぐ其処まで迫っていた。 のんびり、私は海を泳いでいる。 何も無い青空、何も無い海、一面が青色で染まり私はたゆたっている。 突如、大波が私を襲う、波に飲まれながら夢を見ているのだと判った。 白いしぶきをあげながら、私はもみくちゃにされる。 息ができない、呼吸が出来ない、苦しい。 苦しいが嘘である、苦しいと感じているだけで本当は苦しくない、夢なのだから。 半覚醒状態になっても、呼吸困難から冷めない、もしかして現実なのだろうか。 酸欠状態で死にそうになり、私は跳ね上がる。 「きゃっ」 小さな声がして、メイジにぶつかった。 メイジが熱っぽい声で、頬を赤らめおはようと囁く、甘い朝である、生易しくないが。 自分が何をされたのかわかり、無理やり口内の液体を飲み下し、酸素を得る。 鼻に逆流し、気持ち悪い。 花粉症の人がよくやる、鼻うがいを、メイジが来てから覚えた。 メイジは悪戯半分に、私の寝ている間に悪戯をする、其れは、十割十部十厘性的な悪戯である。 私は、週三回溺れる夢で目覚める。 朝一発目からカツ丼を飲まされている気分になり、テンションが一気に下がる、まだ慣れない。 いや、週三回口に精液入れられて目覚める事に慣れてしまったら、もう人間がどうこう抜きに終わるかもしれん、 私の中の数少ない、かけがえの無い何かが終わってしまいそうだ。 哲学をしながら、ついでに顔を洗い朝食を用意する。 用意するほどのものでなく、冷蔵庫に入れてある水とヨーグルトを持ってきただけだ。 「としあき~としあき~キスして、おはようのキス~」 両手を広げて待つ天使の額にキスをして、ヨーグルトを食べさせる。 自分の分も用意したが、白くてドロっとした物は出来れば口にしたくないのである。 普段なら食えるが、こんなさわやかな朝はごめんなのである。 朝食のヨーグルトなら、産地直送の奴を飲み下しましたとも。 「さわやかな目覚めをありがとう、メイジ………」 自嘲気味に云うが、メイジに皮肉は伝わらない。 卑猥な単語はばっちり学習しとる此の阿呆は、肝心な日本語的表現を理解しやがらねぇ。 メイジは満面の笑みでどうしたしましてとほざく、可愛いのでもう何でも良い。 私は大学へ行く為、準備をし、出かける。 行って来ますと告げ、私は出かけた、今日おかえりが聞けない事はまだ知らなかった。 ------------------------------------------------------------------------ としあきが出かけると、メイジは途端に何もする事が無くなる。 メイジは、何もせず呆けているだけ。 膝を抱え、ぬいぐるみを抱きしめているだけ。 未だに、一人が怖い、一人にされるのが怖い。 気配を出来るだけ殺して、座っているだけ。 たまに、堪らなく不安になり、としあきに電話をするととしあきは帰ってきてくれる。 でも、世話になっているとしあきにあまり迷惑はかけられない。 としあきは、良く家を空ける、仕事をしていたり、学校へ行ってみたり。 私は、我侭な自分を許さない、甘えたい、一時も離れたくない。 そんな想いは、きっと迷惑になる、としあきにだけは嫌われたくない。 でも、寂しくて堪らないので、ストレスも溜まるので、としあきに悪戯をする。 さぁ今度は何をしよう、そんな考えだけで、としあきが帰るまで待っていられる。 日本に来て何も変わらない、私は何一つ変わらない。 私が欲しい物は一つだけ。 悪戯の趣向を巡らせていると、チャイムが鳴る。 メイジは動かない、としあきの取り決めでメイジ一人の時は客を迎えない。 外へ出ても良いと云われているが、外へも出ない。 チャイムはしつこく、何度も連打された。 チャイムを諦めた客は、今度はドアを叩く。 「と~し~あ~き~、大学~? 女の娘と同居してんでしょ~見せろ~」 メイジは立ち上がる、としあきは自分に友達は居ないから、 自分の家に来るのは、セールスのあほだけだと云って聞かせていた。 本当のところ、としあきはとても顔が広いのだが、としあきは殆どの人間を知り合いだと云っていた。 友達ではなく、戦友だとか、同盟国だとか、仲間だとか兄弟だとか、良く判らない日本語で教えてしまっていた。 メイジに日本語の細かいニュアンスは伝わっていなかった、知り合いも友達も同じような意味だと思っていた。 女の声だったのが気がかりだが、メイジはドアへ向かう。 としあきの友達ならば、礼儀を尽くさねばならないと思っていたからだ。 「としあき~」 「はい」 一応用心として、チェーンロックをかけたまま、メイジはドアを開けてしまった。 自分が腑抜けたと感じ、開けた瞬間勢い良く後ろに下がる。 メイジの首ごと持っていかれそうな、チェーンロックを切断する事が出来る巨大な鋏がドアに滑り込んでくる。 自分の脊髄も、一緒に切断されてしまったのかと勘違いするほど、残酷な音が鳴り響き、 メイジの背中に蛆が這いずり回る。 鉄の鎧を裂く為の鋏みたいで、チェーンロックを外すのに使っただけだ、そんな雰囲気をかもし出す巨大な鋏。 黒い塊が、鋏を捨て飛び込んでくる。 メイジは部屋へ滑り込み、銃を手に取り構える。 構えた瞬間、黒い塊はすでに目の前に居た、驚きや迷いで引き金を絞り切れなかったメイジは、 銃のハンマーをしっかり押さえられていた、眼前に広がるのは白銀みたいな笑みで、 次に来たのは、鳩尾に衝撃。 メイジは昏倒した、最後に愛しい者の名を口にしながら。 黒い塊は停止する、長い髪が揺れ、低位置に留まる前に、全ての決着はついてしまった。 ガムや、痰を吐き捨てるついでに出た様な、とてもがっかりした声で女は吐き捨てる。 「詰めの甘いっ!」 ------------------------------------------------------------------------ 帰路につくとしあきの頭は、メイジの精液が甘くなったら糖が出ている話になるので、 口にすれば健康チェックが出来るのではないだろうか。 毎度毎度無理やり飲まされるのだから、せめて何かしら有効利用できないだろうか。 いや、そんな考えなら、虹裏住人のエロスパワーで発電とか出来れば地球温暖化は回避できるのではないだろうか。 そんな非生産的で、頭の不自由な考えで渦巻いていた。 としあきの脳みそは9割蛆だった。 慣れた手つきで、毎日している様に自宅のドアを開けると。 ガムテープで四肢を巻かれ、口をテープで塞がれているメイジが転がって唸っていた。 目の前の光景が信じられず、ドアを勢い良く閉め、私は二度大きな足音を立て逃げ出した。 「は………はぁ!? 逃げた!」 背後から、何語か良く判らない響きで悪態らしき言葉が飛んでくる。 意味は判らなかったが、響きで不満らしき物を感じた。 メイジを見捨て、逃げ出した私に腹が立ったのか、女は全力で駆け出し、ドアを勢い良く開ける。 私は逃げたと思わせ、追ってくる敵に必殺の一撃を入れようと待ち構えていた。 声で女性と判断し、身長を考え、兎に角顔に当たれば良い位置に肘をぶち込むが、さけられた。 恐ろしい程の反射神経である、女性であるが、勝手に家に押し入り、メイジに悪戯した女を容赦する気は毛頭無い。 頭が下がったので、次弾の膝を顔に入れる。 見事に入ったが、体制がよくなかった、あまり効いていないようだ。 膝の反動で其の侭状態を戻した相手は、目にも留まらぬ速さと云うやつで、銃を突きつけた。 時間が凍りついた、私は出来るだけ平静を装い告げた。 「………ただいま、メイジ」 一つ鼻で嗤い、両手を挙げギブアップだと伝える。 自分が殺されるとは思えなかった。 こんな場所で、サイレンサーも無しに発砲は出来ないだろう。 メイジも転がっている、死んでいるわけではなさそうだった。 出来るだけ冷静に勤めようとしたが、流石に銃を向けられる経験なんて始めてだ。 膝が震えていたが、もし死ぬなら最後まで格好つけたい、相手の足にすがり付き、泣いて死ぬ何て御免だ。 「舐めてた、案外凄いのね………」 女の言葉は、何を云っているのか判らないが、大人しくしろと解釈した。 私は手もあげている、間違いは無い、今の状況で私に阿波踊りしろとは絶対に命令しないだろうから。 女は銃を仕舞い、メイジの口のガムテープを外した。 訳がわからない状況下において、暴力を信じる私は、如何にか相手を絞め殺そうと考えていたが、距離がありすぎる。 肉迫する前に、目にも止まらぬ速さで、また銃を出される気がした。 女が二三言メイジに話しかけると、メイジが通訳をしてくれた。 「合格だって………」 「………はっ?」 良く判らないが、合格みたいで、女はてきぱきとメイジの拘束を外していく。 もしかしたら、敵では無いのかもしれないと、私もメイジのテープを外していく。 まともな記憶は、三名で部屋に戻った瞬間で終わった。 其処から先はまさに地獄だった、いっそ解体された死体でも並んでいる方が楽だっただろう。 私の物が著しく減っていた。 毒の粉が採取できるだろう数々の同人誌達が無くなっていた。 四肢を切り裂かれる想いが良く判った。 瞬間、私は風よりも、弾よりも早く、PCの電源を付けた。 のんびりとPCが起動すると、まず壁紙が無くなっていた。 厭な予感しかしなかったが、やばいフォルダを確認すると、ありとあらゆるやばい物が綺麗さっぱり消えていた。 どこのさっぱり妖精の悪戯なのか、問い詰めたかった。 人生の大半を賭けて集めた、ロリ画像、ロリ動画、スナッフやらが消えていたのだ。 殴った事を謝罪し、女の足にすがりつき、私はさめざめと、泣いた。 そんなのは勿論全部嘘で冗談である。 私は自らの色をなくし、何よりも白く固まっていただけなのだから。 そもそも、PCにロリ動画もスナッフも入っていないのだ、断じて無いのだ、 メイジが来た時点で、隠しフォルダにし、壁紙を大人しいのにすれば良かったとか後悔はしない。 呪いの言葉を呟き続ける、ぐっばいレイ、ぐっばいマナミ、ぐっばいチカゲ、ぐっばいマコ様、ぐっばいらぶわいふ。 我が物顔でソファを一人で陣取り、氷で顔を冷やしている女で早速スナッフを撮影する気は全く無い。 人の煙草勝手に吸う女を、殺してやりたいなど考えもしない。 女性は殴ってはいけないものなのである、女性を守るのが紳士なのである。 女性に手をあげる男何て最低で、俺は膝なのでセーフだ。 「メイ………自分が何をやったか、判ってる?」 女は、日本語が話せないのか、メイジに向かってだけ話す。 メイジは正座し、膝に手を置き、唯々苦い顔をしている。 「判ってる、でも、もうあそこには居たくなかった、私は此処に来たかったの………!」 メイジが何を云ってるのかも判らない。 真剣な空気の中、恋人達の名前を繰り返す自分が恥かしくなったが、そんな自分も大好きだった。 冗談にもいい加減飽きたので、私は真剣に今後を思案する。 まず、オタクとしてのチャクラを積んだ今の私ならば、失った恋人達を蘇らす方法を探せるかもしれない。 ゴミ箱につっこんだだけのファイルなら、再生できたはずだ、バックアップも破壊されてしまっているのだろうか。 物理的に破壊されてないなら、まだ如何にかチャンスはあるかもしれない。 「としあき!」 「あぁ、はいなんですか?」 「話聞いてた?」 「あ、すいません、全く聞いてませんでした………ほんますんません………」 「なに君? 急におどおどしちゃって………」 押し入った女が発した最後の台詞は、恐らく悪口なのだろうとぶっ殺してやりたくなった。 「としあき、何か聞きたい事ある? って此の人が云ったの」 「其の前にメイジに聞きたいな、『此の人』って何? 知り合いじゃないの?」 メイジが女の名を云わず、此の人と呼称した事が疑問だった。 メイジは少し迷ってから呟く、メイジは聞かれたくない話の場合、割と判りやすい仕草をする。 「彼女は、知り合い、私のお姉ちゃんみたいな人。此の人って云ったのは、彼女に名前が無いから」 さっきから不機嫌そうに人の煙草勝手に吸ってる此のアマは、名前が無いのか。 「呼びにくいなぁ………まぁいいけど、で、此の人は何しにきたの?」 「お説教、そう云ったっきり話してくれない」 「じゃ伝えてくれないメイジ? 用無いなら出てけ此の糞アマ、さもねぇとケツの穴増やすぞ腐れバイタ、と………」 「随分歓迎して下さるのね、光栄至極に存じ上げますわ、としあきさん」 突然日本語を話され、お前日本語話せるのかよとつっこみを入れる前に。 言葉の節々に全てハートを付けたメールの様に、無意味に甘ったるい声で、 女は私の手に煙草の火を押し付けていた。 今すぐやり場の無い怒りを爆発させたかった、腹が立ちまくったので、煙草についてはノーリアクションだった。 あえて無視してやったのだ。 熱くないもんっ! こんなの全然熱くないんだから! あんたの事なんて全然好きじゃないだから! そう目で云わんばかりの、満点の憎悪で睨む。 煙草にノーリアクションがさぞかしきいたのか、女はしかめっ面を生意気にも此の俺様に向た。 「メイ………こんなのの何処が良い訳ぇ? 気持ち悪い男」 「としあきを悪く云わないで!」 メイジは日本語で叫ぶ。 背後からエールの念を送る、そうよっそうよっ、私を悪く云わないでっ、ほんとあんたってデリカシーってもんが無いだからぷんぷん と念じながら、今すぐばらばらにして内臓引きずり出してやるとの、ラブメッセージの篭った熱い目で女を睨みつけた。 すると、女は途端に真剣な目になり、新しい煙草に火をつけた、勿論私の煙草であり私のライターでだ。 「あんまり見つめないで、照れちゃうわ」 照れる素振りなど微塵も見せず、詰まらなそうに煙草を吸う。 私の目を一切見ずに、女は一呼吸置いて重々しく口を開いた。 「もう冗談は結構、結構状況は切迫してるの、私がなぜ此処に居るのか、お話しましょう?」 行き成り話し出した女の口からは、目を背けていた事実が淡々と篭っていた。 メイジは泣きそうな顔になりながら、静かに耳を傾けている。 私にも判るように、日本語で丁寧に教えられる事実は、恐ろしいものだった。 彼女は、二ヶ月前に来日した、30名の部下を引き連れ、メイジを殺しに来たのだと云う。 メイジが組織から抜け、とある物を持ち出したため、早急に処分が決定した。 日本に来ている事が判ったが、具体的に何処に居るのか判らなかったので、捜索に今まで時間がかかった。 話を聞いていると、疑問点が多かった。 話を区切る様に、話に一拍置くように、私は疑問を一つ擦り付ける。 「あんたは、メイジを殺しにきたのに、何故此処に居るんだ? さっきも殺せただろうに」 「私はメイの処分に派遣されたの、志願してね、貴方達を殺さないのは、メイを助けに来たからよ」 私が知りたい答えは全部だった。 メイジに危害が加わらず、なおかつ味方も出来たなら頼もしい事この上ない。 女は話を続ける。 メイジの処分が決定した後、自ら志願して捜索を開始した。 見当違いのところばかりを部下に捜索させ、できるだけ伸ばし伸ばしにし、 あわよくば発見出来なかったと伝えられないもの等と、甘い考えもあったそうだ。 部下も馬鹿ではなく、検討違いの場所ばかりからも少しづつ情報を集め、現在は近くの地方に潜伏しているらしい。 限界が近いと判断した彼女は、としあきの実家に行った。 昔、メイジから見せて貰ったメールの住所が其処だったからだ。 暫く監視したが、メイジらしき人影が居なかったので、私の両親を騙し、私の住所を聞きだしたそうだ。 そこで私の家に訪れ、窓を覗き込んでみるとメイジが居たので、危機を知らせに来たらしいが、 追手がかかる程度判っているだろうと、あえて暴力で場所の制圧を決行した、 緊張感を見たかったが見事に裏切られ、簡単に拘束出来た事実が大変残念だったと、メイジの顔を見つめながら苛めた。 メイジは小さい躰をなお小さくし、順調に行けば手の平サイズになるのでは無いだろうかと危惧できるほどであった。 手の平サイズの妖精さん。 妖精がしょぼくれ可愛そうになったので、メイジの前に手を出し、視線を遮る仕草をすると、 メイジが目をきらきらさせて私を見た、すると、女はとても嬉しそうに笑った。 「そしたらぁ~としあきっ!」 「………私?」 何故か勢い良く指を指され、私は少し驚く。 「さっきは意地悪してごめんね、可愛い可愛い私のメイジが、   随分懐いてるみたいで気に食わなかったの。後あのスラングもね………」 笑みを浮かべると長め八重歯が、見た目より幼い悪戯娘の雰囲気をかもし出す。 今さらだが冷静に観察すると、彼女は人形みたいに整った顔をし、 長くさらさらの黒髪に、紅い瞳を持つ、凄まじい美少女だった。 違うわっ違うわっあんたの事なんて全然好きじゃないだから! と自分の心に刻み込む。 見つめられると照れそうだ。 「貴方、とても気に入ったっ、倖せ太りしてる馬鹿メイなんかより、ずっと冷静に対処してた」 支配されそうな心に、憎悪の火を灯した、彼女は人殺しだ、私の恋人達を殺した罪人なのだ。 馬鹿メイと呼ばれた妖精さんは、手の平サイズの一歩手前だ。 「ねぇ~? 倖せなメイ~?」 メイジの顔は青ざめ、脂汗が出ていた、どうも此の人には頭が上がらないらしい。 表情が口ほどに物を語る。 苛めるのを止め、真剣な声色でメイジに問いかける。 「メイ、此れからも此処に居たいの?」 会話は続く、時折確認する様に、ブルガリア語と考えられる言語が飛び交っていたが、 メイジへの確認は、殆どが日本語だった。 私への配慮なのだろう、メイジも日本語で答えていた。 此処に居たいのかとの問いに、メイジは頷いた、先ほどから気になっていたが、彼女はメイジをメイと呼ぶ。 メイジの愛称なのだろうか。 メイジは彼女を強く見つめ、もう一度力強く頷いた。 「としあきと一緒に生きていきたい」 メイジのとても嬉しい口説き文句に心で浮気を謝罪した。 彼女は、目線を外し私に目を向ける。 「ところで、何でメイをメイジって呼ぶの?」 彼女は変な話をし出した。 「何でって、メイジはメイジだから」 「其れ、本人が名乗ったの?」 彼女は変な質問を投げかけてくる、察しの悪い私でも、何を伝えたいのか判った。 今ならわかるが、メイジは聞かれたくない事を聞かれた時、判りやすい反応をする。 メイジの名前は恐らくメイなのだろう、何か改名をしたかった理由があるのだろう。 詳しくは聞かない、私にとってメイジはメイジだ。 「いや、私が偶々云ったらあたってただけだ………」 彼女はメイジを見るめるとニヤリと笑った。 「そう、じゃぁ私の名前も当ててみてよ? としあきさん」 ゼンマイではなく、バネ仕掛けの人形みたく、メイジは彼女を睨んだが、まるで攻撃力が無いのか、適当に流された。 彼女は全身から棘が出始めたメイジに全く気づかない、気づいているのだろうが、無視しているのだろう。 何を伝えたいのかは判った、私に名前をつけろと云っているのだ。 深く考えずに、私ははじめに思い立った外人女性の名前を口にする。 「じゃアリス」 「そうっアリスっ、凄いっ当たってる当たってる!」 尋常じゃないほど嘘臭い響きで、尋常じゃなく嘘臭い動きで、 凄い確立で名前を当てたのだと自称アリスは演出する。 メイジがかなり怒っているのを背中にひしひし感じたが、やっぱり名前がないと呼ぶ時も不便なので勘弁して貰おう。 「July………」 恐らくブルガリア語でメイジが呟く、聞き覚えのある響きだったが、 箸と橋みたいなもので、同じ響きでも意味が違うのかもしれない。 手淫と朱印とか、決して一発変換が手淫だった訳ではない、わざと始めに書いただけだ。 突如アリスの雰囲気が激変する、先ほどの穏やかだが皮肉の篭った声ではなく。 深遠から絞りだした、人殺しの声が、胸の辺りから響く。 「私がやるべき事、貴方がやるべき事、彼がやるべき事、如何すれば良いのか判るわね? メイ」 メイジが、見た事無いほど、見えないほど、遠い場所に居るみたく見える。 手を伸ばせば直ぐに届く、狭い部屋に居るのに、一緒の部屋に居るのに。 「良い娘ね、メイジ」 新しい煙草に火をつけて、アリスは如何してか自嘲気味に吐息を漏らす。 「其れじゃメイを殺しましょうっ」 幼稚園の園児に告げる言葉と同じ色で、人の死を彼女は開始した。 何を伝えようとしているかも判った、此れからお遊戯が始まるのだと。 私が参加させて貰えるか判らないが、一緒に混ぜて貰いたい。 お遊戯の内容は、最悪の想像だが、30人を殺すのだろう。 メイを殺す為に。 メイジは泣きながらアリスに抱きついた。 私は、ベットの中では下克上と云う変な台詞を思い立ち、笑いを堪えていた。 としあきの脳みそは9.5割蛆だった。 メイを殺す、とても嬉しそうな響きだったので、私は三人分の食事の準備を始める事にした。 先に断っておくが、精液でもヨーグルトでもない。 4へ