色んな意味で色んな物を失った翌日、私は痛む全身をベットから引きずり出した。 メイジは隣で眠っているので、起こさない様にする。 服を身に付け、メイジの荷物を再度漁る。 女性の荷物を勝手に荒らすのは良くない行為だが、私は色々と確認せねばならない。 まず、意味不明な形状の兎のぬいぐるみ。 ぬいぐるみを、隅々まで潰すと硬い異物感があった。 何かが入っていたが、取り出せるジッパーみたいな物が無い。 ぬいぐるみを切り裂いてやれば出せそうだが、メイジが大事そうに持っているぬいぐるみだ。 私に人形を持つ趣味はないが、何かしら思い出もあるだろう、勝手に壊せない。 ぬいぐるみを諦め、次は鞄に手をやる。 中身は、着替えさえ入っていない、麻薬っぽい片栗粉だと信じてやまない白い粉を全部取り出す。 底の方に、弾薬が入ったケースが敷き詰められ、サイドポケットに何も弾の入ってないマガジン多数。 暴力的な何かしらが結構な量で眩暈がしたが、やばい物が隠れていないかと私は空っぽの鞄をはたいていく。 物凄く自分につっこみを入れたくなった、隣に麻薬らしき片栗粉を出して、弾薬出して、此れ以上やばい物って何だ。 丁寧にはたいたが、異様な感覚は無かった。 残るは、銃である。 コルトガバメント、使い方が判ってはいるが片栗粉なので使えない、いや片栗粉は使えるがそんな云い訳は如何でも良い。 銃である、興味を引いてやまない、銃器マニアな私は、モデルガンを大量に所持していたが、実家に殆どおいてきてしまった。 今すぐにでも使用できる、禍々しく艶やかに、鈍く光っていた。 判りやすくて宜しかったが、案外持っているだけならばれたりはしない。 麻薬もしかり、であるが。 麻薬は邪魔なので、水道にでも盛大に流してやろうかと考えたが、流石に何かつまりそうな気がする。 TVの末端価格と云う言葉が、頭を万円していた、いや蔓延していた。 国民の末端価格である此の私が、末端価格に夢中になったりはしていない。 人間レベル、上は総理大臣、下は西川きよしまでと伝えられてきたが。 現代の国民の末端価格は間違いなく私に決まっているのである。 思い出し笑いやら何やらでやばい笑みを浮かべながら、やばい声で笑っていると、口元がやばくなっていた。 麻薬持ってるだけでトランス状態になれるとは、我ながら器用だと又笑みがこぼれた。 「としあき!!!」 刹那、メイジの大声と同時に頭を思いっきり殴られた。 胸倉を掴まれ、メイジが凄い形相で凄んで来る。 「としあき、したの!? 此れ使ったの!?」 弁解の前に、自分はそんなに気持ち悪いのかと凹みそうになった。 マリファナを吸ってる奴を間近で見た事はあったが、あれに近い感じだったのだろうか。 失礼も甚だしい、生まれてきてごめんなさい。 「いや、してない思い出し笑いしてただけ」 「ほんと!?」 右手を顔の横に上げた。 「誓って」 「そう、良かった………」 メイジは心底ほっとしたみたいで、胸を撫で下ろした。 片栗粉だと未だに信じている、夢とか幻想とかは色々大事にしないといけない、そうばっちゃが云ってた。 私は、片栗粉をメイジに差し出し、問うてみる。 「まぁ此れが何か判らないほど馬鹿じゃないが………なんでこんな物持ってるんだ?」 メイジは少し固まってから、ばつが悪そうにとつとつ呟く。 「軍資金………代わり………」 「メイジは此れ如何したかったの? 売り飛ばす………のか?」 メイジは首を小さく縦に振り、肯定の意を表す。 世間知らずなのか、どんな環境で育ったのか、どうやって手に入れたのか。 ブルガリアのイメージが、下にしか繋がらなくなってきた私を許して欲しい、ブルガリアの真人間の人。 平和な大日本帝国で、こんな物をよく持ち込めたものだと、関心とも呆れとも判断できないため息を出してしまった。 メイジは、私が困っているのかと判断したみたいで、小動物の目でこちらを伺っていた。 尋常じゃなく可愛くなったが、甘やかしてはいけない、少女の胸に宿るのは獰猛な獣なのだ。 主に、下半身が。 私は頭を一度かきあげると、もう一度ため息を吐き出して、メイジに告げる。 「じゃぁ、処分するか………此れ」 メイジは、首を傾げた。 ------------------------------------------------------------------------ メイジが全裸だったので、汚れた服を水である程度洗い流して着せようと思ったが、 とてもではないが着用不可だったので、仕方なく私の服を着せた。 白のYシャツである、ぶかぶかである、勢い良く下半身に支配されそうになったが、 人を呼んであるのを失念していた、問題外である、そいつに殺されてしまいそうだ。 仕方ないので、ジーンズをはかせて見たが、私のウエストである、体格が違いすぎる、ぶかぶかである。 下着の代えさえ所持していなかったメイジは、仕方なくノーパンで私のジーンズをはくのである。 ぶかぶかである、此れは凶悪な姿である、ちぃ覚えた。 実はメイジは女ド○○○んで、色々やってくれるんだよ、あっち方面とかあっち方面とかあっち方面も。 もう、昨夜の痛い思い出しか蘇らなかったので、切なくなった。 実際問題、知り合いみたく幼女のナージャのパンツを盗んだ実体験は無いので、 10歳程度体格で着れる衣類など所持していない、下着しかり。 知り合いが来訪しても、事情を説明すれば良いだろう、今はぶかぶかで甘んじるしか選択は無い。 ドアが勢い良く鳴り響く、明らかに三度蹴飛ばされたので、三度蹴飛ばし返してやろうとドアを開けた。 って云うチャイム押せ、ピンポン鳴らせ。 「何やとしあき………俺は休みは昼まで寝てんね………」 太陽がさんさんと降り注ぐ時間、活動してはいけない、今日は土曜安息日なのであるから、 昼まで寝ないと死ぬのである、今は一三時だ、ギリギリ大丈夫な筈だ。 「まぁ、お前に相談があってな………」 其の一声で、友人の表情は一変した。 彼と付き合い初めて随分長いが、私が悩みを相談する言葉など聞かせた覚えはない。 「まぁ入れ………」 「………あぁ」 余り広くも無い部屋に招き入れると、彼はソファに腰掛けた。 他人に逢うのは遠慮するのか、メイジが少しおどおどしていた。 怖がらせてしまったと感じたのか、彼は満面の笑みをこぼして、白い歯を光らせた。 其の優しさを2㍉で良いから俺に向けろとか思ったりした。 「こんにちは、俺はとしあきのお友達やった、あぁ、えぇ友達やったよ………」 ぶかぶかのメイジに欲情したのか、彼は勢い良く立ち上がると、いつの間にか思いっきり殴られていた。 無言で吹き飛ばされ、私は胸倉を掴まれた、少女と友人に連続で殴られ、胸倉を掴まれる経験を他人はどれだけ体験しているだろう。 多分、世界でも五本の指に入るほど、私は可愛そうなのではないだろうか。 「手前!! とうとうやりやがったか! やりやがったのか手前!?」 胸倉をつかまれ上下に振り回され、後頭部を床に打ち付けられる私。 「ははは、待て、待て兄弟、ときに、落ち着け、待て待て」 「なんと待てとな!? ドアをあければ其処は吃驚するほどユートピアァぁぁ!!!   手前とうとうやりやがったな! おぉべっぴんさんやんけ!」 「ははは、そうだろう可愛かろう可愛かろう」 「よしっお前を殺して海に沈める」 「ははは、ぐっばいまいらぶ」 本当に首を絞められたので、本気で抵抗すると割りと大暴れになった。 メイジは何が起こったのか判断不能で、部屋の隅に行きぬいぐるみを抱きしめていた。 「あの娘ビビっとるやんけ! ビビっとるやんけおぉ!? 手前やったのか、やったんだな!」 「お前にビビっとるんじゃああああああああ!!!」 上にのっかかる男を押しのけ、私は服を正す。 「其れに、むしろ泣かされたのは俺だ!」 変に男前ヴォイスが出たので、彼は大人しくなった、濡れ濡れだったのかもしれん。 「冗談はさておき………彼女は、メイジ、双葉メイジ、俺の親戚にあたる」 「外人の親戚が居るとか、聞いた事あるが………其れか………なんでぶかぶかなん?」 「決して私の趣味ではない、断じて私の趣味ではあるが、普通にメイジが着れる服持ってないから」 彼女が此処に居る経緯を嘘を交えながら、適当に話すと彼は納得した。 納得してなかったのかもしれないが、本人が云っているのだから納得せざるを得ないのであろう。 「お前を呼んだのは、別にメイジを紹介したいからじゃない、頼みたい事がある」 さっきの大暴れはもう良い思い出として処理され、思い出アルバムに綺麗に張られているのだろう。 こいつの思い出アルバムは絶対に黄ばんでいると信じてやまない。 さっきの片栗粉は一度鞄の中に戻した、私は目線をメイジに向ける。 「うん、好きにしていいよ、私の物はとしあきの物だから」 友人が中腰になったが、私が彼を睨むと、彼は大人しくなった。 ほうら、あいつやっぱり俺の事が怖いんだ、とか云う台詞を思い出した。 鞄から片栗粉を取り出し、彼の前に置くと、空気から冗談が抜けていく。 「ま、片栗粉なんやったら、袋に入ってるし揉んだらえぇやん」 「いや、そんな使い方はしないが………」 希薄になった冗談をかき集めながら交わすが、彼は随分と的確な動きをする。 袋を破いて良いかと問われたので、メイジの顔を伺ってから許可する。 匂いを嗅いだ後、袋を破り、彼は歯に少量をこすり付ける。 「………文句しかない、何でこんなもん持っとんね」 本気で怒っている声色だが、私は臆さない、あるのだから仕方ない。 「海に撒いても良い気がしたが、どうだ上手に処分出来るか?」 「まぁ、俺はほんまの玄人やあれへんから、質は判らんが、本物ってのは判った」 私は煙草に火を付け、交渉を続ける。 「何をするにしても、ややこしい物だと思ったんだ、仕方ないから詳しいお前に電話した、お前薬の売人やってただろ?」 「失礼な事云うな、バイトで運び屋ちょっとやってただけや」 私にはいまいち違いが判らないし、如何でも良かった。 知り合いで最も薬に詳しいのがこいつだっただけだ。 「そやな、持って帰るわ、捨てるにしても知り合いに預けるにしても、ややこしいもんに変わりはないわ」 「助かる………売れたら………こちらに全部とは云わん、10割寄越せ」 「全部やんけ!」 「全部云うてへんやろが!」 冗談で場を和ますが、和まし切れない厭な空気が支配している。 メイジは私たちのやりとりを、じっと見つめていた。 交渉は済み、少なくとも処分には成功した私は、彼を見送った。 外へ出て来いと、顎で合図されたので、私は玄関外へ出る。 彼は普段絶対に見せ合いたくない、真剣な表情をしていた。 「俺は今までお前を頼ってばっかりやったし、頼られて嬉しい面もあるが、此れは無いわ………あほめ」 「すまんな、俺もこんな事になるとは昨日の昼まで思ってなかった」 「世間知らずのお嬢様な親戚なんか、俺ら二人で見てる幻覚なんか判らんが、としあき、もうやばい事は無いねんな?」 見た事の無い、殺意さえ篭ってそうな視線を向けられ、軽く胸が痛む。 私は事実を話す気にはなれなかったからだ。 「秘密の一つや二つは持っとるもんや、せやけど、持って良い秘密と持ったらあかん秘密がある。   日本を判ってない、あの娘が持ってきた唯のおまけやとしても、此れは度ぉ超えとる」 まるで友人からの、食物の差し入れでも入っているのかと疑ってしまいそうな。 かなり適当な入れ物に麻薬が詰め込まれている麻薬を、彼は揺らした。 日常と云うのは、案外すれすれの場所に存在しているのかもしれない。 「あぁ、同感だ」 「もう一度聞く、もうやばいもんは無いねんな?」 「俺が、嘘を吐いた事があるか?」 笑みで返すと、彼は殺気を解いて、ため息で返事をした。 「さよか、嘘か、俺がお前に望むことわ、死ぬな捕まんな、以上や」 「肝に命じるわ」 拳で胸を軽く小突かれた後、彼は振り向きもせずに去って行った。 部屋に戻ると、メイジが心配そうな顔で膝を抱えていた。 「大丈夫、もう済んだよ」 メイジの頭を優しく撫でてやると、メイジはすまなそうに呟く。 私と目を合わせてはくれない。 「としあき、友達と喧嘩してた………迷惑だったかな、私が此処に来た事………」 私はメイジの目を覗き込み、否定を告げてまた頭を撫でた。 脅威は去り、私は日常に綺麗な少女を追加して過ごしていくのだ、 何も変わりない、彼女と暮らしていこう、そう決心した。 そんな簡単に、安息は手に入らないのだと、私は知っていたのかもしれない。 いっそ銃と弾薬も渡してしまうか、今からでも遅くない、分解して捨ててしまえば良いのだ。 銃を手元に、武器を手元に置いておくのは、未来があまり明るくない気がしたからだ。 理由は、メイジが銃を持っていたから。 メイジの手が、面白い筋肉の付きかたをしていたから。 ------------------------------------------------------------------------ 空港に、厭な緊張感が流れていた。 映画やドラマのセットとして使われたりする空港には、 日々、別世界の空気が流れている。 別世界の芸能人が経由してきたり、別世界のドラマが展開されていたり。 自らが神と崇めているのが物質界に存在するなら、空港に居たりするのである。 黒髪より黒髪な、長い髪を持った女を先頭に、屈強な男達がぞろぞろと入国してくる。 男達は皆一様に黒いスーツ。 男達は皆一様に無機質で、まるでチェスの駒だった。 先頭をのんびり歩く女は、駒のキングと云うよりも、指し手に見えた。 足首に届く黒い皮のコートに、黒いシャツ、胸に紅いリボン、黒いパンツ。 膝下まである長く黒いブーツを履いて、女はのんびり歩いている。 肌が異様に白く、黒と白のコントラストが美しいでなく、気持ち悪い。 「メイは元気かな~美味しい物食べてるかしら~、残り少ない人生を謳歌してるかしら?」 日光に当たると溶けてしまいそうな女は、日本人に聞き覚えないない響きで何か呟いた。