act♯ 「地下排水道?」 「はい。ここ一帯は豪雨の多い地域だったのですが下水道の十分な配備となると、最近の話です。  ビルなどが殆どを占める廃ビル区・社営宿舎区・工業区などは浸水することもあったそうです。」 「それで企業は大型の排水設備を作ったと?」 「いくつもの企業の共同によるものらしいです。  今使われている下水関連もこの排水道の使用権を市が買い取ったものだそうです。」 「いま、雲雀が逃げ込んだのもこの排水道か。  大型って言うからには相当大きいんだね?」 「はい。  恐らく、今の下水道にも直接繋がってるでしょうし、広さもけた違いです。」 「まいったね………どうしろっていうんだい。」 (とはいえ、これで少しは彼女との距離は遠退く訳か。が、余り手を打たないと今度は僕の組織への忠誠が疑われそうだ。 「早急にその地下排水道の地図を。  それと、ここ一帯の地図も・……そこにある?」 「有ります。どうぞ。」 (とりあえず、包囲網は作らせて貰おう。あとはメイ………彼女次第か。 act10 相手の対応は迅速だった。 私達が暗闇に消えてから、数分。 いくらも離さない内に後方からライトの光が見えた。 数にして六台。 同じようにバイクで突入してきた相手に、私達は既に捕捉されている状態だった。 「!!? 利明右に!!」 「おう!?」 利明が私の声に応じて車体を傾けた。 甲高い着弾音が響く。 壁際で火花が上がり、パイプか何かから水が糸のように噴出していた。 未だに聞こえる残響音。 「……でも発砲音はしないね。」 呟きにジェスが答えた。 後ろに視線をむけ、相手に向かって鼻を鳴らす。 「……SKを完成させたか。  メイ。やつらどんな銃を持ってる。」 「暗くてよく見えない。ハンドガンにサプレッサーがあるみたいだけど。知ってる?」 「俺が組織で投げ出した計画を完成させたんだろう。  ケースレス弾と専用銃を使った無音銃計画でSKというのがある。本来はスナイパーライフルだ。」 「けーすれす?あの使い辛いの?」 「可燃性の硬化樹皮をケースにした。火薬もC4を元に研究していたから諸々の問題は解決してある。  面白も何もないんで抜けるときにそのまま、丸投げしてやったが。」 「面白みで研究すんなよ、オッサン。  というかオッサンも組織の人間だったのか。」 「何のツテでメイと面識があったと思ってたんだ小僧。  協会で顔をあわすような仲じゃないぞ。」 そう言っている間にも相手は再度こちらに照準を合わせてるのが見えた。 私の指示で利明は車体を傾け弾をかわす。 利明本人も後ろを意識して、弾幕を張られても動じずに私の指示を聞いてくれる。 「道を空けろ小僧。俺が出る。」 ジェスがスパスを構える。 が、利明はそれに応じず、後ろをバックミラー越しに見詰めている。 「………ちょっとまってくれ ジェス 。   足 だけなら 僕の方が上手く止められる。」 「「??」」 私もジェスも利明の方を窺がってしまう。 利明は視線を受け止めたまま私が貸したポーチに手を伸ばして弄っている。 ポーチから細長い塊を出すとそのまま片手で操作し、バックミラー越しに後の間合いを計ってるのが判った。 1、 2、 3、 四つ目で利明は塊を宙に大きく投げ込む。 と、まるでスプレーのような噴出音が聞こえる。 相手はそれに対しても迅速だ。 この高速でガス系統なら突っ切るだけで殆ど無効化できる。 相手はすぐに口元を抑える素振りをみせる。 が、その瞬間、広がった白煙が破裂音と共に光る。 途端に後方から悲鳴ともつか無い声があがってバイク数台、そしてそれに巻き込まれるように後続がバタバタと倒れていく。 まるでドミノ倒しだ。 そのまま追手の姿がどんどん小さくなっていく。 私もジェスも利明もその姿を暫く呆然とながめる。 「て!はわわわ!!だ、大惨事にぃぃいい!!」 「すごい。利明それなぁに?」 「いやwその前にw後ろ後ろwwwwww」 「気にするな小僧。あいつらなら気絶する直前に防御体勢くらいは取る。あの程度じゃ死なない。」 「ちょwどんだけ超人だよwwwwwwww」 確かに、下級の構成員でもそのくらいは訓練される。 利明は落ち着きを取り戻すとポーチを上から叩き、ジェスに持ち物があるのをアピールする。 「さっきのはスタンガン。  見てもらった通り、導電性の霧を撒いてその後にコンデンサー内の電気を一切余さず放電する構造をとってる。」 「………ほう。やるじゃないか。  閉所で大人数を相手にするのに有効だな。」 ジェスは感心したように頷く。 利明は後方を暫く見詰めたあと、ジェスに視線を戻し、ジェスに向かって声をかける。 「オッサン。少し提案があるんだけど聞いてもらえる?」 「なんだ?」 「一応手持ちでワイヤーがある。  さっきのスタンガンと組ませるためなんだけど。これで罠を張っていきたい。」 「その案は賛同しかねる。開いた差をまた縮められるようなものだ。」 「その上でオッサンには道を選んで欲しい。  上手くすれば更に相手の足を遅らせられる。」 「こだわるな。いざとなったらお前のメイジに俺の獲物もある。  策に固執するメリットはないぞ?」 「出来るかぎり、メイジやオッサンのブツにはお世話はさけよう。  死人が出ないのならそれに越したことはないんじゃないか?」 「ふん。何をぬかすかと思えば………  今更そんな慈悲をかけるような相手じゃないだろう。それは相手に付け入る隙を与えるだけだ。」 そう言うとジェスは利明から視線を外す。 幾つもの分かれ道を左右に曲がり、開いた距離をより確実にしていく。 「小僧。いまはそれはしまっておけ。  殺したくない気は理解できなくもないが、現状そう言っていられない。  理解しろ。」 「それは十分理解してるよ。  メイジが来て、状況がわかった時から覚悟はある。」  利明は何気無く言ったのだろう。でもその言葉は私の心臓を止めるのに十分な言葉だ。 私は口を挟まず先を聞いた。 「なら、今はその時だ。  俺もメイジも相手もお前が知るような御綺麗な生き方をしているわけじゃない。  お前の生き方に今はこだわってられる状況じゃない。」 「………そう言うあんたは随分殺しにこだわるな。  それがあんたの生き方なのか?」 その言葉にジェスが視線を戻した。 まっすぐに利明を見る瞳は静かだ。 言葉を確かめような目で利明を凝視する。 「ぬかすな小僧。  俺はお前に付き合って死にたくないだけだ。」 「確かに僕も死にたくはないよ。  だから、いざとなったらやっぱりメイジとオッサンに任せる。  ただ今は、メイジたちの弾の温存の意味も含めてコレを利用したい。」 「利はあるが、しかし 小僧。  なぜそんなに執拗にこだわる?」 「さっきも言っただろ?  なら、なんでオッサンも殺しにこだわる。」 一息。 利明は間を空けて、ジェスの目を見詰め返している。 「今更引き返せないって同じ道を回る事はないんじゃないか?。  メイジもオッサンも。  今も歩きながら殺してるわけじゃないんだろ?  今更そっちに 引き返す だけしか道がないわけじゃないだろ?  ただ、そう思っただけだよ。」 「………否定はしない。  それでも殺さないと誓いを立てたわけじゃない。」 「でも 殺さなくても いいんだろ?  なら、やっぱり今更戻る必要はない。」 ジェスは視線を外し黙った。 暫く沈黙が続き、答えが出ない。 今度は利明が言葉を確かめようとジェスの背中を見詰める。 「ジェス………」 私はその沈黙が耐えられなかった。 言いたい言葉が止められなくて二人の間に割って入った。 「私は利明について行く。  私に、    普通に生きて良いって認めてくれるなら  その人についていきたい。」 利明が眉をひそめて振り返った。 きっと言いたいことがあるのだろう。 私も自分の言った言葉の意味は判っているつもりだ。 利明にはきっと、随分と後ろ向きな言葉に聞こえたことだろう。 ジェスも私を寂しそうに見た。 私はそれに嬉しそうに返したと思う。 だから、ジェスは私から視線を離し、 「ばかどもが。  付き合わされるこっちの身になれ。」 「のってくれるのか?オッサン。」 「こっちにも譲れないラインはあるぞ。  あんまりトロいようだったら纏めておいてく。」 そういってジェスは曲がり角を曲がっていった。 act♯ 「大分苦戦しているね。」 「申し訳御座いません。」 「いや………」 そう言って少年は男が頭を下げるのを制した。 実際、指揮は少年と現場指揮官が行っているのだから男には何の過失もない。 少年は未だに地図から視線を離さず、男に運転に集中するよう指示する。 (もうそろそろ酔いそうだし。 長い間地図を見ていたので大分こみ上げていた。 少年は地図に三つ目の丸をつけると一旦外に視線を外し、窓を開け風に当たる。 ブロンドを揺らし数秒、再度窓を閉めると後部座席の方の無線を取り細かく操作していく。 「通達、現場班そのまま追跡を続行。現場指揮官。判断を任せる。」 一方的に連絡し、また無線を操作しマイクを口にあてがう。 「通達、第七・第八・第九、行動。以下の場所に集合。場所は………」 少年は幾つかの場所に行くよう無線で指示した。 少年は無線をおくと背中を深く埋もれさせる。 (早いとこつかないかな? 色々やっているうちにだいぶ迫りあがってきていた。 少年は運転手に、言った場所に急ぐよう指示した。 act11 小僧の手際は賞賛出来るほど早かった。。 壁から壁にワイヤーを張ると、物の数秒で固定して帰ってくる。 小僧が張っているのはブービートラップ。今張っているのはワイヤーしか張っていない牽制兼用のトラップになる。 既に等間隔で数個張った後になるから、次辺りでさっきのスタンガンを使って手前際にトラップを張るだろう。 「オッサン。狭い通路は?」 「先に行って一回目、二回目、三回目の分かれ道に、この幅の半分の通路がある。  距離は前に張ったトラップまでの距離で丁度三等分ほどだ。」 「二回目辺りでまた止まるけど良い?」 「問題はない。しかしその道だとまくのに不安が残る。  暫く、止まらずに行くぞ。」 「問題ない。そのほうが良い。」 思ったとおりだった。 その後の長距離の間でトラップを辿られる可能性も消すつもりだろう。 稚拙なやり方だが、小僧なりに考えて張っているようだった。 俺は愛車をふかすといっきに繋いで最高速までもっていく。 小僧もそれにあわすように加速し、正確に俺の後についてくる。 「小僧。どうやらお前の目論見は上手く行ってるようだな。  思った以上に相手の足が遅い。」 「そうみたいだな………ただ、なにか相手も策が合って足が遅いんじゃないといいが。」 「今のところはその杞憂はしなくてもいいだろう。  仮に策があったとしてもこの広さの地下だ。そうそう追いつくもんじゃない。」 「そもそもココ何なんだ?  とりあえずドブっぽい事は判るが?」 「ふん。住んでいるのに知らんのか?」 「大学通うのにこっちに越してきただけだからな。」 「そうか。  ここは企業の共同で作られた排水設備だ。  もともと豪雨の多い地域だ。こういった設備がないと中心部のコンクリート地帯だとハケが悪かったらしい。」 「あぁ。そおいや一階水没したなあ。夏だかに。」 「夏でよかったな。九年前には秋の終わりに床上浸水があったそうだ。」 「………凍えそうな話だな。」 「その日は例に見ない集中豪雨だったらしく、実際大惨事だったらしい。  主要な区だけでもそういった被害を避けるために作ったのがこの地下だ。  今はその殆どを市が買い取って運用しているが、一部はまだ手付かずのまま放置されてる。  俺のビルみたく不法に穴を空けていても気付かれないくらいにな。」 「とことんアバウトな。」 「無秩序に拡大したせいで企業も市も正確な規模を把握してないはずだ。  前に地下は80%程度が地図かされたと聞いた。」 「残り20%は不明かよ。  いつか町が大崩落とかあるんじゃないか。」 「判らんな。  まあ、それを避けるために市も地下開発にはかなり金を割いてる。」 小僧の顔はそれに賛同するか否定するか考えあぐねている表情だ。 確かにそうだろう、仮にもその資金は自分の懐から捻り出されているのだから。 と、そこで疑問に思った。 この小僧は今どういう状態なのか? 「小僧。好奇心に聞いておきたいが今お前は何をしているんだ?」 「ニート。」 「大学を落とされたか。」 「嘘です。冗談です。  大学通いながらバイトしています。」 「利明って大学生だの………?。」 「あ、あれ?メイジちゃん?俺今まで何してるもんだと思ってたの??」 「バイトでしょ?」 「いや、それ も してるの。そ れ も 。」 「???そうなんだ?」 「ちょwwwwwwwハゲしく理解されてネェエエエエエエwwwww」 「………大体判ったよ。」 別に愚痴りたか無いが最近のやつは何でこう同じ奴しかいないんだろうか。 コイツにはメイを養う現実が有るには有るが。 「何の因果でこう言うやつが関って来るのか。  お前メイの何なんだよ。」 「親戚。」 「穴。」 「メイジちゃんwwwwwwwwww」 「親戚?貴様が王族の親戚?  正気か?」 「俺だって親父に聞かされたときは信じなかったさ。  でも実際メイジもそうだって言うし。」 「そうなのか。  今は調べるのも一苦労だけど………なくなる前に母様がそう言ったわ。」 「………全く何の因果か。小僧も名だたる名家だったりするのかね。」 「極々普通の双葉 利明です。」 「…………?」 ………双葉。 俺はその言葉に引っかかるものを感じ眉をひそめたが、すぐに問題の場所に着いてその考えを飛ばした。 愛車を減速しその場に止める。 小僧はすぐにバイクから降りると即興でトラップを張る。 後ろのポシェットに手を伸ばし、壁際の影に隠すようにスタンガンを置く。 「利明って本当に一般人か疑いたくなるときが有るわね。」 「全くだ。」 そう言えばこいつはシューティングの成績も上々だったようだったが。 何か引っかかる。 頭の片隅に追いやられた記憶が盲点があると嘲笑っているように、やたらと俺の神経を小突いてくる。 歳を取るといかん。 物を思い出すのも手間を取って苛々してくる。 「行こう。もう終わった。」 そう言うと小僧は俺に駆け寄ってくる。 俺はまだ思案すると小僧の顔を観察し何か糸口が無いか考えた。 「………ドウシタンデスカ?ジェスオジサン?」 「気にするな。俺の中で解決しないことがあるだけだ。」 「??」 俺は愛車に跨る。 続くように小僧も跨り、一度エンジンをふかす。 「小僧。こっから先、暫く巻くのに専念する。  十分に離したら合図する。」 「判った。」 「あと覚えておけ。こっから先出口までそう長くない。」 「了解。」 俺はそこまで喋り終えて、嘲笑う声を隅に追いやった。 今は現状から逃げるのが先だ。 外に出るのなら、後もう少しだ。 それまでは保留にしておくことにした。 act♯ その後の対象の捜索は困難なものになった。 一度見失った以上、正確なマップの無い地下は単純に迷宮だ。 人数を割いて探索するにも限界はある。 途中、相手が仕掛けたであろうトラップのお陰で順路を特定できたが、そのたびに足が一台ずつ行動不能になっていった。 さっきに至っては等間隔のトラップに気を取られ、手前にあったスタンガンでかなりの数の構成員が重症を被ることになった。 その後はトラップも発見できない。 相手は思いのほか、巧妙にこちらをまいている。 侮っていたわけではないが、この不甲斐なさに改めて相手への認識が間違っていたことを痛感させられる。 「別働との連絡は?」 「既にセットは完了したようです。」 「なら人員を拡散させて相手を追い込め。  実質、今はこちらの班は追い立てるのが役目だ。  確保はより先ず捕捉を最優先。」 「了解。」 「獲物が顔を出したときが狙い時だ。  俺達は追い立てて、出来るなら背中に一発決めてやればいい。」