act7 その後、僕とメイジは強面のオッサン──ジェスの案内で廃ビル郡の中を彷徨っていた。 辺りにあるビルの一つ一つが個性的だ。 窓がないもの、タイルがはがれているもの、全焼しているもの。 余りに独創的過ぎて長く回るとさっきも同じ場所を通ったのではないかと勘違いしそうになる。 そう思ってる内にも既に数回、全焼・半壊・赤紙貼りのされたビルを通った。 「小僧。帰りの道は判るか?」 「全然。」 「ふん。愚直なやつだ………。帰りも先導する。今は考えずついて来い。」 「それは非常に助かります。」 正直何を目印にしたものか。 最早最初の頃の道は記憶にはなかったのでその申し出は助かった。 迷子の心配がなくなったことに安堵しつつ、僕はバイクに跨るメイジに視線を向けなおす。 メイジはジェスから貰ったペットボトルを少しづつ傾け、ビル街の風景をぼんやりと眺めているようだった。 「ってメイジも出来るなら道覚えるの手伝って欲しかったが。」 「運転は利明に全て任せてます。道のほうも運転手さんが覚えてください。」 「これがゆとり教育の弊害か。」 「私は日本の教育機関には通ってません。利明が一番よく知ってるじゃないですか。」 なんとも痛い言葉だ。 本人曰く今の所一般的な高校なら主席で卒業できるくらいの学力があるというが、心苦しい。 諸事情から考えれば通わせるにはリスクが高いし、メイジからしたら煩わしいだけかもしれない。 ただ、通わせないと言うのは容易だが、しないのとしたのでは道が違ってくる。 どっちにしろ、そこまで社会的にも金銭的にも助力できない今の自分には甘んじるしかないが。 「………ふん。」 「何?ジェス。」 僕が難しい顔でもしていただろうか。 ジェスは鼻を鳴らすと前を向いてメイジのようにペットボトルを傾けていた。 「また随分と頼りないやつを篭絡したもんだとおもってな。  お前ならそこいらの好事家を落とすのは容易だろうに。」 その言葉にはっとなる。 ジェスは恐らく メイジの事 を知っているのだろう。 その言葉でメイジが傷ついた素振りはない。 ただ口を尖らせ軽口に飽き飽きしてるとでも言いたげな表情をする。 「確かに、ここに来た段階で お客 は居たけど、あれに尻尾振るのは御免よ。  物好きの目でしか見れない人ばっかりだわ。」 「何だそこの小僧にだったらケツだって振るのか?それじゃ変わらんだ………」 「ぼくはそんな事してもらったこと、ないです。」 その言葉に意表を突かれたジェスもメイジも一斉にこちらを向く。 いかん。思わず口走ってしまったが思わぬ反応だ。 勢いで言ったことを激しく後悔しつつ、真正面から二人の視線を受ける。 熱い視線に何か目覚めそうだ。 暫くしてジェスがまた鼻を鳴らして視線を外し、空のペットをビル前のごみ箱に投げ入れた。 「着いた。俺のねぐらだ。」 そう言って、ごみ箱のあるそのビルを指差した。 メイジもバイクから降りそのビルを見上げた。 ぱっと見、辺りに立ち並んでいるビルと殆ど大差ない。 窓の大半は目張りと補強で塞がれ、壁面には何を表すのかすら判らないストリートアートが繰り広げられている。 ただ、三階の一角に、唯一居住を示すかのような普通のガラス張りの窓があり、外に向かって火の灯った看板が吊るしてある。 些細な目印なので、たぶん、大体の人が見落とすだろうものだ。 「まず中に入れろ。」 そう言うとジェスは一階のシャッターを上げると中に消えていく。 僕もメイジも中に入ると、ジェスはシャッターを閉め、真っ暗になった車庫の電灯をつけた。 がらんとした、本当に何もない車庫だ。 機材を置いたラックや意味もなく打ち捨てられた木材などがあるがその殆どが手付かずなのだろう。 ほこりを被ったそれも何処となく寂れたイメージがする。 「こっちだ小僧。先にすすめ。」 「?」 と、ジェスの言葉に疑問を覚えながらそちらを向いた。 行き止まりなのに進めとは此れ如何に。 僕が向いた先。ジェスが立つその脇には防火扉が収納された状態で有り、ジェスは丁度それを開ける所だった。 そこでやっと意味を理解し、随分と用心深い男だと思ってしまう。 防火扉の収納。 普通そこは壁になって何も無い所だろうが、ここにはそのまま同サイズの通路がある。 薄暗い通路は入ってすぐ直角に曲がっておりそのまま下に降りれるようだった。 バイクだと些か狭い通路だ。 引いて歩くのも難しそうだし、跨って先行するか、最後に降りるしかないだろう。 「一応後方は俺が固める。メイ。  小僧に続いて降りろ。」 「お言葉に甘えて。  利明。とりあえず貴方が一番です。早く降りて。」 「また、軽々と………。」 僕は車体をこすらないように慎重にハンドリングして降りていく。 メイジもそれに続くように通路の方にもう歩いていた。 と、ジェスがそれを止めるように口を開いた。 「気のせいだろうと思うか?」 「二人して気のせい?  でも、すぐには来れないと思う。巻いてきたんだし、相手は間を空けすぎなくらいだもの。」 「だといいがな。」 ………気付いてなかったのはヤッパリ僕だけだったんだろう。 ジェスとメイジの会話に一抹の不安を隠せない小市民だった。 act♯ 尾行に気付かれたか途中、雲雀を見失ったが包囲網は完成した。 後は範囲内から対象の行方を掴めば突入は可能だ。 仮に出てきても、立てこもったとしても、現状なら拿捕は可能な範囲だ。 act8 そのまま僕はバイクに跨ったまま下を降りた。 途中から緩やかに螺旋になっていたからヒヤヒヤしたものの取りあえず車体を擦るようなことはなかった。 薄暗い通路を抜けた先にはさっきの車庫より遥かに広い、開けた空間があった。 さっきとは打って変わる。 コンクリート剥き出しの部屋は整然としていて、広い室内の奥にはニ次元で見慣れた 人型や丸の黒いターゲットもある。 台はいい加減にも折りたたみ机だが、恐らく試射が出来るのだろう。 そしてその台から僅かにはなれた場所。 そこには並べられたラックとおよそ素人には判らない旋盤器や加工台、果ては上を監視できるのか 数台のモニターが存在する。 「あ、射座がある。」 降りてきたのか通路の出入り口からメイジの声が聞こえた。 メイジは僕の脇を抜けると真中に置かれた折り畳み机の前に立った。 そのままコートの下からコルトを引き抜くと指はかけず、照準だけを合わせて的を狙う。 「遠い。」 「?」 「……20ヤードだ。」  答えたのはジェスだ。 ジェスは出入り口の扉を閉めるとそのまま旋盤器のほうへ歩きモニターを一斉に点ける。 「円から人型まで20。右のは15。左は30だ。」 確かに長方形ののこの部屋には三つの的がある。 ジェスの言う通り、人方を中心に左右に円形の的。 机の真下の床には赤いペンキで擦れた円も描いてある。 「.45ならここにある。試すなら使え。」 「早くて助かるわ。  数ケース買いたいんだけど、貯蔵は十分?」 「9mmじゃねぇから腐るくらいだ。  つけといてやるから纏めてもってけ。質は管理してる。」 「何から何まで、有難う。甘えさせてもらうね。」 そう言うってメイジはマガジンから弾丸を一個づつ抜いて箱の中の正規弾に変える。 ジェスは抜いた弾を掴むとそれをゆっくり見回す。 薬莢と弾頭を素手で外し、中から出てきたスポンジ状の塊を揉み解す。 「お前も器用に成ったもんだ。  あまりリロードしつづけるのは関心しないが、ここまで良くやる気になる。」 「あら?  名工ジェス・マクラーレンからお褒めの言葉がもらえるなんて。光栄だわ。」 「こんな真似するのがお前くらいなもんだと言ったんだ。  それに教えたのは俺だ。センスは知らんがテクニックは俺は認める。」 ジェスの皮肉にもメイジはくすくすと笑うだけだ。 取りあえずついていけないので自分は部屋の隅っこでメイジとジェスのやり取りを眺めるだけだ。 イヤァ、ナカガヨロシイヨウデ。コリャ、ユカイユカイ。 「小僧。」 「あ?はい?」 と、ぼんやりしようかと思ったらオハチが回ってきた。 無防備にしていたので思わず素頓狂な声をあげてしまう。 「小僧もそんな所に居ないでそこにバイクをつけろ。  獲物を見てやるからこっちにこい。」 「いや、獲物って………」 ジェスが指す先にはアメリカンのバイクが止めてある。 バイクはそこに止めればいいのだろうが。 「ジェス。利明は銃を見てもらいに来てる訳じゃないの。  本当に私の買い物に付き合ってもらってるだけよ?」 「何?」 そこでまたジェスに睨まれる。 今日だけで一体このオッサンに何回睨まれたことか。 もうそろそろ本当にそっちのプレイに開眼しそうな勢いだ。 数泊。お決まりのようにまた鼻で笑うと平型の工具箱のようなものを開け中身を取る。 何となく流れはわかる。 ジェスがその箱から出したのは一丁の銃だった。 全体的に古めかしい野暮ったいデザインの銃だ。 物自体は新しいのか傷一つない本体は艶光している。 「丸腰なんざ、話にならん。こいつはお前名義でつけとく。  持て。」 「ブローニング………。  古風なのが来たわね。」 「お前のガバと大して変わらん。  むしろ定評のある獲物だ。」 「なんだか古いイメージが有るから不安に成るね。」 「大戦にも用いられた銃だぞ。今でもまだ十分な性能がある。」 「あの~・・・・・・・・・もしもし。」 何か話が一人歩きしているので途中でその流れを切った。 「僕はその物騒なのは携行しない主義というか……持ちなれない物は持たない主義なんですが。」 そう言うとジェスは今までで一番訝しそうな目で僕の事を睨んだ。 これはクる。後一歩でマジ、クる。 「持て。慣れなかろうと慣らせ。  それがお前とメイジの関係に築ける最善だ。」 拒否権は無い様子だった。 act9ー1 その後、私と利明はジェスから弾丸を受け取ると射座の前に立って試射を続けた。 さほど難しい構造の銃じゃないし、利明は使い方をすぐに理解してくれた。 弾丸の反動に負ける様子も無い。 ただ、やっぱり慣れないのか。 さっきから怖い顔で銃を構えているし、腰も引けているようだ。 (でも意外だった……かな? いや、何となくそんな気はしていたけど…… 利明の射撃の上々だった。 打った初弾が15ヤードでダブルブル。9ミリでこの成績には私も感心した。 既にターゲットも20ヤードに変更してマガジンを三つ近く消費しているが大体中心から2・3cmの所で安定している。 この程度だったら遅れをとるようなことは無いだろう。 私も利明のすぐ隣で30ヤードを試射していた。 感触では問題なさそうだった。 ジャムを起こす様子も無く、撃った感触も良い。 撃っていると横で利明が試射を止めた気配が取れてので、私も同じく引き金から指を離して休憩にした。 ジェスの所まで行くと置いておいたペットを手にとり口に含んだ。 利明も、ジェスからペットを貰い中身を一気にあおった。 青かった顔に少しだけ生気が戻ったように見える。 「急いで整備した感じだな。」 やはりジェスにはバレていたようだ。 私が素直にうなづくと、ジェスは珍しく笑わず、考え事でもするようにあごの下を撫でていた。 「スライド後部に引っかかってる感じがあるな。  多分解体すれば判るだろう。そこだけだな。」 「あんた、判るのか?」 「小僧。普通は判るものだ。」 「いや、どんだけ超人だよ。」 「判ったわ、ジェス。取りあえず解体してみてみる。」 ジェスはそれに頷くと利明に向き直り幾つかレクチャーを始めた。 ブローニングを利明から受け取ると解体の仕方からクリーニングの仕方までゆっくり丁寧に教えている。 利明もここには興味があるのか真面目そうな顔で一つ一つをちゃんと聞いているようだった。 その姿はまるで昔のジェスと私のようだった。 お節介にも、頼んでもいないのに面倒を見てくれる。 私は今だに変わっていない彼の姿に安堵しつつ、その一途さに思わず微笑ましいと思ってしまう。 (でも師匠を取られたようで少し妬けるけど。 私にはもう教えてもらう事は少ない。 それはただ、ジェスにかまって欲しいそれだけなのかもしれない。 それは、嘲笑ってしまうような甘えだ。 私は恋人に向き直るとスライドの後ろの方を見る。 ジェスの言った通り、僅かな痕が残っているのが見える。 私は傷の原因を見つけるとペーパーを走らせ削っていく。 「と、そうだ。ジェス!」 私はもう一つジェスに頼もうと思っていたものがあったのを思い出した。 正直、私の持ち物だと有事の時には火力不足の感が否めない。 少々日本で使うには憚られるが最悪の時には構ってられない。 「.45のSMGはない?」 利明の解体を見守っていたジャスがこちらを向いた。 私のオーダーに頷くとジェスは腰を上げ棚の方へと歩るき、 「MAC10がある。  マガジンにヘリカルマガジンを………」 と、そこでジェスがモニターを見たまま視線を止める。 利明もブローニングを組み終え、ジェスのほうを静かに見詰めている。 「・………客が来たようだ。  まったく、今日は何の連絡もなしに来るやつらばっかりだな。」 利明も私もその言葉に、すぐに立ち上がる………。 act♯ 包囲網完成から約二分。 司令のからの通信で到着を待たずに対象のビルに突入をかけた。 シャッターのロックを破壊すると数名を先行させすぐさま上階に走らせた。 三階の一角。 外観からも判る居住スペースらしき場所をまず調べる。 主力は一階車庫に残し三階の様子をうかがう。 三階の状況把握が出来た段階で主力が最突入する形になる。 既に部屋の前に着いたであろう。 そのタイミングで、上階から爆音が響き突入部隊から連絡が途絶える。 想定内では有ったが三階が囮と発覚した。 トラップ解除に時間をかけ逃走時間を与えるのを避けたが、大きい痛手だったようだ。 主力はそのまま上階には行かず一階探索に人数を分散。 上階は先行第二・第三班に任せる。 またトラップにかかったときに主力を大きく殺ぐ訳にはいかない。 少人数で分配しつつ各個所をくまなく探させる。 それこそ徹底的に。 扉という扉。床から天井。机から椅子。 そして、車庫に有った棚や防火扉も。 act9-2 ジェスの話だとトラップにかかったの先行員の数名だけだったそうだ。 今、防火扉を開けたのか仕掛けられたトラップの音が盛大に聞こえた。 既に当たりをつけてここに突入して来るだろうけど、途中のトラップの回避には時間を要するはず。 最悪、先行員総出で突入してくる可能性もあるけど相手もこれ以上戦力を欠くような真似は避けるだろうし、 僅かだけど、まだ猶予はある。 利明も既にバイクに跨ってエンジンをかけた所だった。 私もジェスからイングラムと弾丸を持てるだけもって、すぐに利明の背中にしがみ付く。 「小僧。行きに言ったとおりだ。帰りも俺が先導してやろう。」 「頼むよジェス!!出来るだけ判りやすくな!!」 「いいだろう。今度は迷うな。」 そう言ってジェスはスパスを壁の一角に向け発砲する。 打ち抜いた先。 モルタルの壁が積み木のように崩れて大きな空洞を空ける。 空洞の先は電灯もなく暗い。 ジェスが自分のバイクを動かし、唸らせると、暗がりに向かってライトを点ける。 「いくぞ!!」 その声を全部聞かず、ジェスも利明もアクセルを捻る。 同時に轟音。 ひっきりなしにトラップの音がすると思っけど、相手は先行員を総突撃させて突破してきたようだ。 防火扉がドア抜きされて吹き飛んでいく。 私達が空洞に消えるのと、相手が射撃場に突入するのはほぼ同時だった。