act5    切る風が清々しい。    自分が風になっているような錯覚がする。    でも私の手を引くように        彼が傍にいるのだから、    きっと彼と一緒に風になっているんだろうと思う。    今日の幸運がこの一瞬だけだったとしても、    これほど幸せな一日はない。 「寒くない?」 「全然。むしろ気持ちいくらいです。」 「それは随分と。光栄だよ。」 秋空の下。 私は利明の駆るバイクにまたがり、一路、都心への公道をひた走っていた。 何日ぶりに成るだろう青空の下、利明のバイクは調子を取り戻しつつ、快調にアスファルトを滑る。 「さっきまで鈍かったけど。ちょっと回り道して慣らしても良い?」 「はい。構いませんよ。今日中に終わるなら、急ぐ用でもないです。」 「了解。じゃあ街中突っ切っていくよ。」 そう言うと利明は車体を傾ける。 体をもっていかれそうな勢い。 地面に手が届きそうな運転に、私は振り落とされないよう、強く利明の体を抱き寄せる。 胸元でマカロが身動ぎするのがよくわかる。 苦しいことは無いと思うけど、私は胸元を緩めてマカロの顔を外に出してあげた。 顔を出したマカロは、そのまま遠景を見詰めたまま大人しくなる。 私はそれで、マカロが回りの風景が見たかったんだと納得することが出来た。 私と似てしまったのか、危なっかしい位がマカロはすきなのかもしれない。 私もこの子もチョッとイケナイ子だ。 利明の後ろで、私は普段出すことの無い疾走感に酷く高揚した。 何日かに一回はこういった日が欲しいと純粋に思う。 (きっと利明の後ろなら次もその次も楽しめると思うんだけどな。 我ながらそれは随分と少女趣味な妄想だと笑ってしまう。 利明の後ろなら、と言うのもまるで白馬の王子さまに手を引かれて喜んでいるようなものだ。 彼は白馬の王子にはちょっと足りない気がする。 と、そこで利明がこちらを伺う。 彼はちょっと気まずそうな顔をして、 「メイジちゃん当たってますのよ。」 と、少し背中を動かす。 気付かなかったけど私のものは興奮で剃り立っていたようだ。 今更ながらショーツから盛大にはみ出ているのに気付いた。 「こう言うところが……」 王子様から遠いのだ。 「メイジたん?」 「気にしないで下さい。当ててるんです。」 「わざとやられて気にするなと?」 「あら?我慢できません?」 私は捻るように腰を動かし逸物を利明の腰に擦り付ける。 ゆっくりと挿すようにシートとの境で蠢くと、片手を利明の股に這い寄らせる。 「いいんですよ?私は一向に構いませんから。  ここで利明の思いの丈を曝け出してくれても?」 「ほぉぉぉぉぉおおお!!お、、、、ぉおお!!お、お前!!冗談はやめろ!!  こちトラ、今100kくらいで走行してるんだから!!マジ事故じゃすまないから!!」 「そうなんですか?じゃあ利明はちゃんと集中して運転してもらわないと。」 「言ってることと、やってることが矛盾してます!!」 「そうですか?じゃあ私は利明の邪魔をしないように………」 「そう!せめて走行の邪魔は………メイジ、何してる?」 「オナニーです。」 「ら、らめぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!幻聴聞こえちゃぅぅぅぅううう!!」 ムードを読めなかった利明がきっと悪い。 私は利明に構うことなくワンピースの上から亀頭から竿にかけて手を上下させる。 もう大分先走っているのかワンピースは湿ってシミが有ってもおかしくないくらいに成っている。 ここで撒いてしまうにはには流石に問題があるだろうと、首のマカロに手を伸ばそうとする。 「……?」 そこで気付く。 何か硬いものが手に当たっている。 「利明。何か膨れていますよ?」 「ああ、当たり前だろ!!おま、コレで何事も無かったら男として問題が!!」 「違います。前じゃなくてポケット。」 「え?あ、ははい、はい。コレ?」 矛先が違う所に言って安心したのか、一旦呼吸を整えてポケットを叩く。 「護身用にな。偽装スタンガン。」 「え?」 聞いて驚いた。 まさかちゃんとそこまで警戒していたとは夢にも思わなかった。 わたしは無骨に膨らむ衣服に手を重ねる。 (……… 「こんなんじゃバレちゃうから。後でポシェット貸してあげる。  擬装用のマガジンケースになるから。」 「おお。すまん。助かる。」 その頃にはもう私も落ち着いて景色を眺めていた。 結構利明には気を使わせていたんだと思う。 利明は王子様に成れるかもしれないと少し申し訳なく感じながら思った。 act♯ その黒ずくめのクラウンの中は外観とは裏腹に内部の構造は日本車では不必要とまで思える構造をしていた。 皮のシートに良く利いたサスペンション。 それとは判りづらいが、車体からスモークの窓まで全てが防弾素材でできている。 中にいる人影は二人。 一人は黒尽くめの運転手。 サングラス越しでも判る強面のイカにもと言った感じの男。 もう一方は後部座席に座る落ち着いた少年の姿だ。 赤黒いロングコートに金の髪がイヤに目立つ。 運転手はサングラスをかけ眉一つ動かさず運転を続け、少年も合わせるように息すら聞こえない静かさで目を閉じている。 異常とまでいえる静寂。 それを切るように控えめな発信音が、車載の無線から聞こえてくる。 運転手はすばやく受信のスイッチを点けると一転、 「よぉ!!どうした景気のいい話でもあったか!!」 その様変わり用は普通の人が見たら異常なほどだ。 何の呼吸も無く快活な声を上げ、運転手は無線の相手と和気藹々と話しだす。 『おぉ、比嘉氏!!ちょっと珍しい話があってなぁ!!そっちに御坊いるかい!!?』 無線の向こうからも軽快な声が聞こえてくる。 運転手は相手が話し終わるより早く後ろの少年に目配せをする。 少年は既に顔を向け無線のマイクに顔を向け、そっと声をかける。 「今晩は、爾志さん。どうしたんです?朝から元気で。」 透き通るような声が車内に響く。 相手は緊張からか一度声の調子を整え、数泊間をおいて話し出す。 『おぅっ!おはよう御座います御坊!!それがさ御坊、聴いてくださいよ!  珍しいことにいま雲雀を見っけちゃいましてね!!』  雲雀 と言う言葉に運転手が姿勢を改めた。 自然と車の中の空気が変わりだし、二人とも無線の内容に耳を傾けだす。 「雲雀ってあの雲雀?」 『えぇ、そうですよ?まったく稲穂も無いのに良く出るもんだ!!』 「町を外れると田畑もあるし、そこから来てるのかもね。」 『ちがいねぇ!!ここんとこトンと見なかったのになぁ!!』 「雲雀はまだ居るの?」 『あぁ!!いまはまだ俺の目の前で呑気に飛んでるよ!  ちと飛ぶのが早いがな!!』 「いいなぁ。僕も見たいよ。」 『はっはっはっ!!仲間にも見かけたらチョット教えるよう言ってあるさ!!』 「さすが、爾志さん。頼りになるなぁ。」 『御坊の鳥好きは、みんな承知よ!!』 「ふふ。でもあんまり大勢で追っかけたら鳥も驚いちゃうよ?気をつけて?」 『は、はは!!御坊にはかなわねえ!!ちゃんと心得とくよ!!』 無線の相手はそこまで言うと大体の場所をいって『また後で連絡する!!』と言い軽快に無線の通信を終えた。 一変してまた車内は静まり、少年はシートに深々と座りなおす。 「かかりましたね。」 「連日の悪天候だったからね。  多分出てくるとは思ってたけど……」 やはりその口調は無線のものと違い酷く落ち着いた口調だ。 その一変の仕方から、今静かに話す彼らの雰囲気が際立って見える。 「どうします?直行しますか?」 「さっきも言った通りだ。悟られてはいけない。  僕達は最後に着くくらいの余裕で良いよ。」 「了解しました。」 運転手はそこまで確認するとスピードを落としてまた運転に集中する。 少年もさっきと同じよう静かに口を閉じ、窓の外の町並みをぼんやりと眺めだした。 (メイ……… 少年は思う、 (願わくば会えれば………否、会えなければいい。 と。 act6 私は少し気になってバイクが止まった後もきた道をしばらく振り返って見ていた。 何か違和感があった。のだが、今の所、それらしい追跡もない。 途中から後続の車もなくなったし、あれだけ長い間後続がなかったとしたらここに辿り着くのも かなり時間が必要なはず。 私は状況を反芻すると、としあきのエスコートでシートから下ろしてもらった。 「そんな重たいもんしょってて肩こらないの?」 利明が言うのは私の背負っているトラベルバックだろう。 私はそれを背中から降ろす途中に言われ、利明の方に向き直った。 「ん?ううん、荷物も有るし、離すわけにはいかないからね。  それに慣れだし。」 「慣れられるもんなのかな。俺には無理そうなんだが。」 「そんな事ないでしょ………はい。これ。」 そう言って私はバックからポシェットを出し、手渡す。 マガジン入れとして偽装するために使っている小型のものだ。 利明は私からポシェットを受け取るとポケットに入れていた偽装スタンガンをその中に入れ、腰につけた。 古めのラジオほどの大きさの箱。 むしろその通り偽装してあるのであろう。黒い本体にはスピーカーの穴とアンテナがついている。 「随分大きいのね?」 「まあな。ちょっと使い方が変わってるからな。」 利明はソフトにおいてもハードにおいても優秀な技師だ。 その構造にはやや独創的なセンスを感じさせるがポテンシャルの高さはその分抜き出ている。 このラジオもそういった道具の一つ。そう言うことなのだろう。 「で、目当ての場所は何処なんだ?  ここら辺なんて、ほんとに寂れた建物しかないけど?」 「実は良く判ってないんだけど……  ただ、一目見たら判るとは思うんだけど…………」   「往来のど真ん中で何をやってる餓鬼ども。ここは一車線だぞ。他の車の邪魔になる。」 その野太い声に利明は肩をすくめて、ゆっくり声のほうへ顔を向けた。 そこに居たのは小柄の強面の外人。 太っているというよりは、ついた筋肉でまるで樽のように肉付いているといった、威圧のある男。 男は買い物袋を下げ、利明と私を睨み佇んでいる。 「あぁ。すいません。すぐに退きますんで………と、メイジ!?。」 私はその男に歩み寄った。 2、3歩。 少しだけ間を空けて立ち止まると私は男の顔を覗きこんだ。 「ち、ちょっと。メイジ失礼だ………」 「小娘。もう少し礼儀とやらを学習した方が良いんじゃないか?  仮にもこれから世を歩いていくというのに、始めがそうでは女になれんぞ。」 「あら?人に凄んで子供だなんて蔑む人が礼儀なんて言えるのかしら    それにそんな遠慮する仲じゃないでしょ? ジェス  。」 そこで利明もやっと理解してくれたようだ。 小さく声を漏らすと丸めた背を伸ばして、男の方をまっすぐに見る。 ジェスはその視線を受け止めると、鼻を鳴らして袋を掲げる。 私に視線を戻してから、袋の中のペットボトルを取り出し、私の前に突き出す。 「久しいなメイ。相変わらず貧相な体つきをしている。」 「お久しぶり。ジェス。ちょっと老けちゃったんじゃない?」 私は差し出されたボトルを受け取ると遠慮なくその中身に口をつけた。