紺GWイベントその4「青少年保護育成条例を守ろう」 紺ちゃんとの距離が少し近づく事が出来たその日の夜、父さんと母さんが家に帰ってきた。 母「ただいま〜」 紺「あっ、おかえりなさい。おば様見て、見て! これ、お兄ちゃんと二人で作ったんだよ」 紺ちゃんは母さんの手を取って、僕達二人で作ったお菓子の家を大はしゃぎしながら見せびらかせていた。 母「あらあら、すごいわね〜」 母さんは紺ちゃんのはしゃぎっぷりに少し戸惑いながらも、 紺ちゃんのお菓子作りで苦労した部分や、上手く出来た部分の説明を笑顔で聞き入っている。 父「おー、なんかすごいのがあるなー」 紺「おじ様、おかえりなさい。あのね、これお兄ちゃんと私で作ったの!」 父「へー、そりゃあすごい。将来は天才パティシエだな、これは」 紺「ぱてぃしえ?」 父「フランス語でお菓子を作る専門の人の事をパティシエって言うんだ」 母「ダメよ、お父さん。紺ちゃんは女の子なんですから、パティシエールって呼ばないと」 父「日本じゃ女性の職人でもパティシエって言う事の方が多いからな〜   第一フランスでも女性の職人は少ないぞ」 母「だったら、紺ちゃんがパティシエールっていう言葉が一般的になるくらい、   すごいお菓子職人さんになってくれるのを期待するしかないわね」 紺「ええっと……その〜」 紳士「二人とも、紺ちゃんにプレッシャーかけてどうすんのさ」 母「いやねぇ、プレッシャーじゃないわよ。自慢の娘に期待しているだけよ」 父「どこぞの息子は親父の期待を裏切って、自分で仕事見つけてくるからな〜。   紺ちゃんは我が家にとっての希望の星だよ。   紺ちゃん、大きくなったら一緒にお菓子のお店作ろっか〜?」 紺「あ、あの、その……私、お兄ちゃんと一緒にお店がやりたいです。ごめんなさい」 父「が〜ん! ふ、振られた……」 お兄ちゃん、ちょっと感動。 母「ふふふ、年甲斐もなく若い子に粉かけるからですよ。   やっぱり若い子は若い子と一緒がいいもんね〜。   で、これどうするの? ずっと飾っておくわけにもいかないでしょ?」 紳士「もちろんみんなで食べるよ。いいよね、紺ちゃん?」 紺「うんっ。おじ様とおば様にも見てもらったし、写真も取ったからいいよ」 父「何っ! 写真だと! お前だけ紺ちゃんと写真を撮るとはけしからん。   俺達の分も撮れ!」 紳士「はいはい、分かったよ」 父さんと母さん、紺ちゃんの三人で写った写真と、そして家族全員がお菓子の家を囲んだ写真を撮って、 僕達はお菓子の家を切り分けて、動けなくなるくらいまで食べきった。 ………… …………………… ……………………………… 父「ふー、しばらく甘い物はいいなぁ……」 紳士「もう若くないのに食い過ぎだろ、父さん」 お腹を押さえながら、満足した面持ちで父さんはカーペットの上にだらしなく寝そべっている。 紺ちゃんはお腹がいっぱいになったのと、お菓子の家を食べている時も喋りっぱなしで疲れたのか、 ソファーの上で安らかな寝息を立てている。 父「一生味わう事はないと思っていた娘の手作りお菓子なんだ。   腹が破裂してでも食わないわけにはいかんだろう」 母「二人とも、お茶入ったわよ」 テーブルの上に置かれた番茶の入った湯呑みを一口すすると、 重くなっていた胃が少しは楽になった。 紳士「そういえば、帰ってくるのは明日じゃなかったの?」 父 「あー、まあ俺達は遠い田舎から出てきてるのみんな良く分かってるからな。    気利かせてくれたのか、特にやる事もないから挨拶だけ済ませてとっとと帰ってきた」 母 「そんな事よりも、紺ちゃんと何があったのか、詳しく教えてもらわないといけないわよねぇ」 父 「そうそう。そっちの方が大事だな。お前、どんな魔法を使ったんだ?    まだ25歳だから魔法は使えないはずだよなぁ……」 紳士「25歳って、何の話だよ……」 父さんと母さんは年甲斐も無く目を輝かせながら、僕と紺ちゃんの間で何があったのかを訊いてくる。 紳士「別に一緒にお菓子の家作っただけなんだけどなぁ……」 父 「一緒にお菓子作っただけで、二日前までまともに会話が無かった子が、    ちょっと保護者が家を空けただけで、急にお兄ちゃんっ子になるか?」 母 「紳士、青少年保護育成条例って知ってる?    母さん、紳士の事は信じている……でもお互いの合意があっても、18歳未満の未婚者はね……」 父 「おいっ! 紳士! お前まさか……な、なんてこった……」 紳士「あんた等、何おかしな想像してんだよ!」 母 「だってねぇ、二人だけでお菓子の家を作ったんですもの。おかしな事の一つや二つくらいねぇ……」 父 「お菓子の家でおかしな事……ぷっ! 母さん、その洒落寒いから。ぷーっ、くくくくくくくくく」 もうやだ、この両親…… 紳士「あのなあ、紺ちゃんは小学四年生でまだ9歳か10歳。俺は今、二十五だぞ。何考えてんだ?」 母 「あら、でも十年後なら20歳と35歳。おかしな事の一つや二つあってもおかしくない年頃……」 紳士「なら、そういう話は十年後にしてくれ……」 父 「冗談はさておき、紺ちゃんがあんなにはしゃいでいる姿は久しぶりにみた。    あのくらいの年頃の子はやっぱりああいう姿が一番可愛い。    あの子に一時的にでも笑顔が戻ったのはお前のお陰だ。    あの子の保護者として、お前には感謝する」 さっきまでのふざけた雰囲気とは一転して、父さんは真面目な顔になって頭を深く下げる。 紳士「いや、僕は何もしていないよ。きっと紺ちゃんは元はああいう子だったんだと思う」 母 「そうね。私達も忘れかけていたけど、あの子は元々そういう子よ。    紳士、あの子の両親の話、覚えている?」 年端もいかない女の子が背負うには重過ぎる話だ。忘れられるはずもない。 母 「あの子の両親が普通に仲の良かった頃、あの子は良く笑う子だったわ。    学校でも目立つような子ではないけれど、そこにいると周りの雰囲気を穏やかにするような、    そういう子だった」 父 「全部が大人の身勝手さで崩れちまったけどな。    正直、俺達にもどうしたらいいか分からなかったが、    お前はたった一月そこらであの子を7割方元に戻しちまった。本当、大した奴だよ」 紳士「でも、まだ7割方なんだ?」 父 「ま、後は時間が解決してくれるさ」 母 「そうね。時間が経てば、青少年保護育成条例にもひっかからなくなるでしょうし」 紳士「もう条例はいいっての!」