4月18日(日)紺イベント「日曜朝は……」 紳士「ん〜……良く寝た〜」 布団から身体を起こして軽く伸びをして大きく息を吸うと、背骨がこきりと音を鳴らす。 今の学校での仕事を始めてからの日曜は、今日が始めてだった。 部屋の目覚まし時計を見ると、そろそろ八時を差し掛かりそうな時間だ。 僕は寝巻き着のまま、多分朝食が用意されているであろうリビングへと向かった。 紳士「おはよ〜」 母 「あら、おはよう。ご飯食べる?」 紳士「うん、お願い」 既にテーブルの上には全員分の朝食が並べられていて、 父さんも紺ちゃんもご飯を食べ始めていた。 紺 「おはようございます」 紳士「おはよう、紺ちゃん」 父は味噌汁の椀を片手に、黙々と新聞を読んでいた。 ポーン 僕が生まれる前からあるという柱時計が、八時を知らせる音を鳴らす。 僕が子供の頃はこの音を合図に学校へ出かけていたが、 料理人になってからこの音を聞く機会はほとんど失われていた事を思い出す。 父 「おっと、もうこんな時間か」 父はテレビのリモコンを手に取ってスイッチを入れる。 見たいニュース番組でもあるのかなと思いながら、 母さんから渡された汁椀を取って、味噌汁をすすると…… ニュー速戦隊!VIPマン! 紳士「ぶっ!」 思いがけないフレーズがテレビから流れてきて、思わず味噌汁を噴出しそうになった所を、なんとか押し止めた。 ちゃららーららーちゃーら♪ ちゃららーららーちゃーら♪ すちゃーすちゃーすちゃー♪ 子供向けのヒーロー戦隊物テーマソングがテレビから流れだした。 僕が小学校に入るか入らないかの頃に放送していた、ヒーロー戦隊物で、 男の子なら一度は誰もが憧れるだろう正義の味方の特撮ドラマだ。 父 「懐かしいだろ〜。お前、これ子供の頃良く見てたよな〜」 紳士「そりゃあ見てたけど、」 父 「お前が来る前からやっててな、これ。お前と見ていたのが懐かしくて、ついつい毎週見てるんだよ」 紳士「あんた、今いくつだよ……」 父 「数えで50だな」 紳士「いや、素で答えなくていいから……」 我が父親ながら、悲しくなってくるんで。 悪の幹部「ハハハハハ! ニュー速でやるレッド! お前達VIPマンの運命も今日ここまでだ!      さあ行け! 怪人ニコ厨よ! 今こそニュー速戦隊を倒すのだ!」 ニコ厨 「フタエノキワミアッー!」 怪人ニコ厨の一撃で必要以上に空高く吹き飛ばされ、地面に叩き伏せられるレッド。 父 「紺ちゃん。あれ、ピアノ線であれだけ高く吊り上げてるんだってさ」 紺 「そうなんですか?」 紳士「父さん、戦隊物で高く飛んだりするシーン見ると、いつもそう言うよね……」 ちなみに真偽のほどは分からない。 紳士「っていうか、女の子が男の子向けの番組見ても面白くないだろうし、番組変えない?」 紺 「私は別に嫌いではないですから」 紳士「そ、そうなの? あ、そ、そうだ、天気予報とか見たいな〜、僕」 父 「天気くらいネットででも調べてろ……って、はは〜ん……お前、あの事に触れて欲しくないんだろ?」 紳士「よ、余計な事は思い出すなっ!」 紺 「何ですか? あの事って」 父 「いやー、昔こいつをこのVIPマンのヒーローショーに連れて行った事あるんだよ」 母 「あらあら、懐かしいわねぇ」 紳士「その先を言うのはやーめーてー!」 父 「それでこいつ、ショーに行く前は目を輝かせて楽しみにしてたんだけどさ、    いざ会場について最前列に座ったのはいいんだけど、生の怪人見たらわんわん泣き出してさ、    ありゃ大変だったんだよ」 紳士「いやぁぁぁぁぁぁ! 人の黒歴史をほじくり返さないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 紺 「そんな事があったんですか……でも、子供らしくて可愛いですね」 子供に子供らしくて可愛いって言われても慰めにならないよ、紺ちゃん…… 母 「あれからこういう番組ほとんど見なくなっちゃったわよねぇ、紳士ってば」 そりゃあ、一生思い出したくないトラウマの一つだからね…… なんて過去の生傷を思い出していると、今日の展開が佳境を迎えていた。 レッド 「くそっ! なんてクオリティの高い攻撃だお!」 イエロー「大丈夫か! レッド! 今すぐオプ×ナを買う権利を……」 ブルー 「大丈夫だろう、常識的に考えて」 悪の幹部「ふっふっふ、今のを食らって良く生きていたな。だがこれまでだ!      お前の真の姿を見せてやれ! プレミアビーム!」 怪人ニコ厨「ぐごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 悪の幹部の放つプレミアビームによって、怪人ニコ厨は五階建てビルほどの高さにまで巨大化した。 レッド 「み、みんな、あいつは手強いお。みんなの力を一つにするんだお!」 ヒーロー達「おう!」 ヒーロー達が円陣を組み、手を空高く掲げるとどこからともなく巨大ロボが現れてヒーロー達を収容する。 レッド 「いくお! 必殺! 明日から本気出スラッシュ!」 怪人ニコ厨「ヴァァァァァァァァァァァァァァア!」 巨大ロボの必殺剣で怪人ニコ厨は一刀両断にされ、爆散した。 悪の幹部「ぐぬぅぅぅぅ! 覚えてろ! 次こそは本気を出してやる!」 ナレーション「今日もVIPマン達の力で地球の平和は守られた。        だが、まだVIPマン達の闘いは終わらない。        負けるな、正義のVIPマン! 地球の平和は君達の手にかかっているのだ!」 紳士「はぁ……なんだかんだで、全部見ちゃったな」 父 「はっはっは、少しは童心を思い出したか?」 紳士「思い出したくなかったよ……」 紺 「ふふふ」 僕達のやりとりを見て、紺ちゃんが笑っている…… しかし、僕ももし第三者でこの光景を見ていたら思わず笑っていただろう。第三者だったなら…… 思い出したくないトラウマではあったが、紺ちゃんの笑顔が見れて少しは慰めになった気がした。 VIPマンが終わった後、女の子向けのテレビアニメ「二人はウリナラ」が始まって、 どうやらVIPマンを見ていた紺ちゃんの目当ては、 こっちだったんだなという事も、紺ちゃんのテレビを見つめる視線で良く分かる。 いつの時代になっても、子供には戦うヒーローやヒロインに憧れるのは同じなんだろう。 そういう意味では僕も紺ちゃんも、同じ子供だったんだ。 父 「ウリナラ・ウリナラ・マーンセー」 紳士「……あんたは少し自重しろ」 女の子向けアニメのテーマソングを口ずさむ父に、僕は思わず突っ込みを入れるのだった……