夏凜「..................」 久遠家の墓前で、少女が手を合わせる 新しく刻まれた天乃という名の少女とは親友で そして......かけがえのない大切な家族でもあった 夏凜「......天乃のおかげで、今のところ平穏無事よ」 天乃の満開によって、 星屑はもちろんバーテックスも、 そして全てを焼き付くす地獄の業火のようなものも 神樹様の周囲から一掃されて 代わりに咲き誇る花が第二の結界として機能しているからだ 夏凜「おかげで私達は戦いから解放されたわ」 勇者としての戦いがある非日常から 勇者としての戦いのない本来の日常へ 勇者部の日々は切り替わった 夏凜「だけど......」 死してなお、背負わせて良いのか 考えた末に、少女は首を横に振る 夏凜「きっとまた来る......その為に、私はあんたよりも強くなってみせる」 そう告げて、少女はゆっくりと立ち上がって墓石を見下ろす その瞳は寂しげで、悲しみに満ちて 平穏無事という言葉が嘘のような表情を作る 夏凜「......また来るわ。次は友奈も連れて、きっと」 さっと踵を返して 少女はその場から立ち去っていった お墓参りから戻った少女は讃州中学の一室の前で立ち止まり 少し躊躇いながらもドアを叩いて声をかける 夏凜「入るわよ」 返事も待たず部屋に入って綺麗になった元部室を見渡す 職員室で鍵を受け取れた時点で 先客などいないことは解っていた それでも......来てしまった 夏凜「......なにしてるんだか」 讃州中学勇者部は天乃の死後、すぐに廃部になった いや、 廃部というよりは消滅したというのが適切かもしれない 回りを喜ばせるよりも 先ずは自分達自身をなんとかしなければいけなかったというのもあるが 結城友奈の一言があまりにも痛かったのだ 【友奈「一番大切な人も助けられないのに、他人を助けられる訳がないじゃないですか 」】 誤ってはいない けれど、誤りの言葉であるそれを誰も注意出来なかった 友奈を叱ることなんて出来なかった 友奈の瞳に光がなくて 生気がまったく感じられなかったのだ 風「......残念だけど、今は依頼。受け付けてないわよ」 不意に聞こえた声に夏凜が振り返ると 勇者部の部長、犬吠埼風が入口に佇んでいた 夏凜「......解ってるわよ」 それでも夏凜は来てしまう 誰もいない家に帰るのはどうしようもなく寂しくて とても悲しくて、辛くて、苦しいからだ 夏凜「ところで、樹は?」 夏凜の問に風は困った顔で首を振る 犬吠埼樹は数ヶ月前に受けたボーカルオーディションに合格した けれど、あの日以降 人を幸せに出来る歌が歌えなくなった 正確に言えば どんな歌を歌っても、悲しみが入り交じってしまう どんなに明るい歌を歌おうと その明るく楽しい日々は一時的なものでしかないのだと 絶望が影を忍ばせる 風「......樹にとって、天乃は夢や希望そのものだったから」 仕方がないと言いたくない けれど、いう他ない 前向きになれていない人が 前向きになれなんて、口が裂けても言えない というのも風自身、後悔してもしきれないのだ なにせ、一番初めに巻き込んだのは自分だ それさえなければ、久遠家や街が崩壊することはなかった 天乃が自己犠牲して世界や自分達を守るなんてなかった 天乃があんなにも辛い思いをして、苦しい思いをして、悲しい思いをするなんて きっとなかったはずなのだから 風「そっちはどう? 東郷とか」 そうは問つつも、 東郷が今まで通りなんかではないことなど分かりきっていた 一番親しい友人 その友人の最も大切な人だが、 東郷にとってもかけがえのない存在だった 夏凜「大した動きはないけど......いつ爆発するか」 東郷はすでに満開によって足と記憶を奪われており、 その記憶の中にはきっと天乃との思い出もある それを取り戻すため あるいは、友奈がまた天乃にあえるように 神樹様を破壊する可能性は限りなく高い。と、 大赦はかなり怯えており、 面の皮が厚いと言うべきか 図々しくも、その監視を夏凜と風に命じたのだ しかも 【「久遠天乃が命を賭して守った世界が消えて良いのですか?」】 などと言う言葉を使って。だ もちろん、夏凜達は何も返事しなかった 怒りを通り越して呆れ果てたのは言うまでもない 春信や、天乃と親しかった女性は抗議したらしいが 揃って意見は通らなかったらしい 夏凜「けど......大赦は何もわかってない」 もっとも警戒するべきは友奈なのだ どうせ勇者にはなれないのだから。と考えて 精神的に不安定の一言で片づけたのだろうが、 張り付いた笑顔を浮かべ 見る者すべて、問いかける者すべてに、畏怖を覚えさせるあれは まるで......絶望そのもの 天乃が守ってくれたから、自分は幸せだ 天乃が好きだと言ってくれたから、自分は笑顔でいるべきだ それこそ、天乃が望んでいることなのだから。と 自分自身に絶望しきった友奈はその考えに依存した だから――結城友奈の心は壊れた きっと誰も悪くない 誰も悪くないからこそ、感情をぶつける所がなくて 深く、重く、抱えてしまう 結果、自分自身が悪いと考えて潰れて壊れてしまう 風「ねぇ、夏凜......」 風の言葉を聞き終える前に 夏凜は首を横に振って、その先は言う必要ない。と、目を伏せる 天乃のしたことは正しかったのか 天乃がしたことで誰が幸せになることが出来たのか 天乃が犠牲になった意味は、本当にあったのか そんなことは、考えたくもない 夏凜「とりあえず......あんたの家、行っても良い?」 いつもの事だから。と 風は快く受け入れて、共に部屋を出ていく 三好夏凜は寂しさを知った 一人になれば、彼女の声がした賑やかさを思い出す 一人になれば、彼女の肌の温もりを思い出す それは、とても耐えきれるものではない 世界はそれでも回り続ける 久遠天乃と言う少女の犠牲を礎に 何一つ変わることがないまま、 あるいは、その変化に気づかないまま、儚く脆い安寧を保ち続ける 友奈「......死神様。私を勇者にしてください」 何をもってして勇者なのか 何をもってして魔王なのか そんなものは結局、見ている者の定めたものでしかないのではないだろうか 勇者が魔王を倒せるのではなく、勇者は勇者しか倒せないのではないのだろうか その答えを世界が知る時は――遠くはないのかもしれない